第71話「我が暴君に再び愛を 2」

「――――う、うーん……。ここは……?」

「エルドレイクだ。まだ夜王の追撃があるのだから、さっさと目を覚まさないか」

「え? はぁ……、え?」


 目覚めたライムンは状況を掴めずに困惑する。迸った背筋の痛みに首を擦りながらも、別状はないらしい。それどころか、目の前に現れたセーネに驚き、荒っぽい風のセーネの言動に二度驚いた。

 間を取り持つように道周が割って入り、疑問をぶつける。


「それよりも、どうしてセーネがここに? マリーたちは無事なのか?」

「そうだね……。その問いに答える時間はなさそうだ」

「っ!?」


 セーネが危惧する視線の先に、道周も遅れて気が付いた。

 瓦礫の山に紛れたおかげか、夜王の結界内にいてもレーダーは誤魔化せていたようだ。しかし着地地点を逆算した夜王が、手あたり次第に瓦礫を砕いて、確実に接近している。

 気を引き締めたセーネは立ち上がり、道周に手を差し出した。


「ん」

「ん?」


 セーネの無言の圧に、道周はオウム返しした。セーネは不満そうに頬を膨らまし、もう一度強く手を突き出す。


「僕の武器を持っているんだろう。あれがないと困るんだけれど」

「あぁ、済まない」


 多くの言葉に恥ずかしかったのか、セーネは頬を赤らめて銀のスピアを道周から受け取った。愛用の武器の感触を確かめるよりも早く、強気に道周から顔を背ける。


(あ、今のいい……)


 などと道周が惚けるのも束の間、セーネが怒ったような眼差しを向ける。


「僕の武器を、大層乱雑に扱ってくれたようだね。こんなに刃こぼれしているなんて、いい身分じゃないか」

「そ、それは仕方なくだな……、えーと。

 あ、夜王が近付いてきてるぞ!」


 道周はスピアで切り裂き貫いた「百鬼夜行」のことを無理やり忘れ、話題を逸らす。

 セーネは怒りの視線から一変、道周の慌てようにくすりと微笑んだ。


「そうだね。このお説教は後でだ。今は、あの愚兄との決着を着けないと」

「おう、もちろんだ」


 道周は頭を揺すり気持ちを切り替える。もう一度魔剣を握り締め、満身創痍の身体に鞭を打った。

 道周は正直に言って限界を超えている。戦うどころか、立ち上がれたことさえ奇跡的と言える。脳内麻薬も出尽くした。

 それなのにどうして立ち上がっるのか?

 それは道周本人にも分からない。ただ、セーネのために戦いたい、と感じたのは嘘じゃない。


「オレも行きます。さっきは不覚を取られましたが、今度こそ役に立って」

「当たり前だ!」

「白夜王っ!?」


 ライムンの驚きは、どうやら確信に変わったようだ。


 ――――白夜王がグレた。


 セーネは新生した超誤解に気が付かず、背伸びした乱暴な物言いで指示を出す。


「愚兄との空中戦では僕が前に出よう。ライムンはミチチカを担いで、隙のあるときに攻撃を仕掛けてくれればいい」

「それで夜王を倒せるのか?」

「恐らく、無理だろう。それくらいで勝てるのなら苦労していない」


 セーネの言にライムンも同調した。


「だったら、無理してでも俺たちも攻撃に出た方が」

「大丈夫さ」


 セーネが道周の言葉を遮った。茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばすと、整った横顔で夜空を見上げる。


「確かに、あの夜空は夜王の支配下にあるのかもしれない。

 だけど、あの空では「百鬼夜行」の邪魔もない。

 あの空だからこそ、僕たちは自由なんだ」


 セーネの紅眼には確固たる決意の炎があった。それは出撃直前には揺らいでいた灯であり、セーネに欠けていた「願望」である。

 そんなセーネの横顔に見とれた道周は、ただ一言だけを漏らす。


「変わったな、セーネ」

「ミチチカの、違うな。ミチチカとマリー、そしてその世界に生きる全ての意志が僕を支えてくれたんだ。

 僕は、もう……」


 ――――迷わない。僕は「誰」のためでもなく、「僕」のために戦う。「誰か」のために戦って火刑なんて嫌だから、彼女と同じ覚悟はないから。僕は「白夜王」を辞めるよ。

 ――――それはいいな。俺も、友人の「セーネ」のために戦おうか!


 セーネたち3人は瓦礫から飛び出した。

 重機のように瓦礫を踏破する夜王がそれを見付け、凶暴に牙を剥く。

 飛翔する夜王を、3人は正面から迎え撃つ。

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