第70話「我が暴君に再び愛を 1」
ライムンという翼をもがれ、道周はただ落下するしかなかった。
重力に従い身体は垂直に落ちる。眼下に捉えていた街並みが近付き、地面と激突するまでものの数秒しかない。
(こうなったら……)
腹を括った道周は、右手に構えた魔剣を引き絞った。最後の最後まで秘めていた「とっておき」をここで放つのは癪であったが、地に落ち砕けることには変えられない。
業腹ながらも魔剣を握り締める。冷たい空気を切り裂く道周は、近付く石畳を睨み付けた。
「魔性――――おわっ!?」
冷たい手に首根っこを掴まれた道周は驚嘆した。その驚きも束の間、道周の身体は重力に逆らって上昇し、地面が遠退いていく。
首を掴まれ子猫のように運ばれる道周は、残念ながら振り返ることができない。目玉を一杯に動かし、視界の端に昏倒するライムンを見付けた。
「全く……、貴方もいるのならシャンとしないか! ほら、いつまで寝ているんだい!?」
怜悧な声は、背伸びをしたような言葉遣いと共にライムンを揺さぶった。鷲掴みにされても尚目を覚まさないライムンは、力なく頭蓋を上下させる。
「その声は、セーネか!?」
道周の驚きは、人形のように頭を振るうライムンにはなかった。声の主の正体が、自らが身を挺して逃がしたセーネ本人であったのだ。
「どうして戻ってきた!? 夜王は俺が倒すから」
「ミチチカは少し黙っているんだ。舌を噛むよ」
道周を摘まみ上げる手に、不穏な力みが生じた。道周は並々ならぬ悪寒を感じて口を噤んだ。
「愚妹よ、まさか戻ってくるとはな。だが、荷物を抱えてオレから逃れられると思うてか!」
この展開を夜王が許すはずがなかった。エルドレイクを破壊され、すでに怒り心頭の夜王は烈火の如き咆哮を上げる。夜王は圧力をそのままに、広大や翼膜を羽撃かせて突進する。
「セーネ! 夜王が来るぞ!」
「くっ! ミチチカ、少し本気で飛ぶから、本当に舌を噛むなよ……」
「お、おう――――」
道周の返答も待たずに、セーネは純白の翼で空を撃った。夜王にも劣らない速力で反転し、夜王に背を向けて飛翔する。
速度は夜王とセーネともに高速、道周には甚大なGがかかるとともに、突き破る空気の層に目を開くのもやっとである。
それほどの速度を以ってしても、セーネと夜王の距離はジリジリと詰められる。両掌に2人を持つ分、セーネの速度は落ちる。
夜王は嘲るように高笑いし、手の塞がったセーネに凶爪を仕向ける。
「クハハ。そのような荷物を降ろせば、もう少しマシな追いかけっこになっただろうな!」
しかし夜王の攻撃は空を掠める。
その場にあったセーネの存在自体が消失した。残された道周とライムンが慣性のままに、彗星のように吹き飛んでいく。
「とったぞ!」
「いいや、甘いわ!」
刹那、背後に回り込んでいたセーネの拳打を夜王がいなした。夜王は回避と同時に黒翼から影の刃を伸ばすが、セーネは再びその場から消える。
次にセーネが現れたのは夜王の直上であった。
セーネは10メートルの助走をつけて垂直に下降し、縦に回転して踵を叩き落とした。
加速力と回転力を乗算した一蹴は、夜王よって防がれる。夜王は直撃こそは免れたが、逃げ場のない威力に撃墜された。
真下に弾き飛ばされた夜王は、その細い脚で地面を踏み抜いて着地した。それどころか折り曲げた膝の屈伸を利用し、落下よりも勢いよく飛翔する。
だが、夜王が目指す夜空にセーネの姿はない。
セーネはすでに場所を変え、置き去りにした道周たちを拾い上げている。
「す、すげぇな……。さすが「白夜王」ってところか」
「お褒めいただき光栄だ。放り投げてしまって済まなかった」
短い言葉を交わすと、セーネは瓦礫の山に着陸した。紛れるように入り込む瓦礫の中にライムンを寝かし、顔を近付け頬を
「ほら、起きるんだ。折角いるんだから、寝ているなんて許さないよ」
「ほ、本当にセーネか?」
道周は目の前のセーネの奇行に思わず問い掛けてしまった。無理もないだろう。今まで道周が見てきたセーネとは「清廉潔白」とし、常に凛と、常に粛々とした存在であったのだ。一見すれば誇り高き深窓の令嬢、しかしどこか儚げで虚ろとした存在だったのだ。
しかし、今目の前にいるセーネはどうであろうか。乱暴、乱雑、粗暴、粗雑etc。それをドレスのように着込みながらも、芯の凛々しさは変わらない。
「儚い」や「虚ろ」といった印象は消え失せ、相応に強がりもする人間味に溢れている。もはや目の前のセーネは、道周が知るセーネではないかのようだ。
そうこうしていると、間抜けな声を上げてライムンが目を覚ます。
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