第65話「狂乱剣舞の魂」

 青年は人の身1つに大きなものを背負った。

 仲間が逃げ切るまでの退路を守り抜くため、夜王に支配された都市を奪い取るための悪だって背負おう。

 そのために、青年の頭の中に「敗走」の二文字はなかった。


 夜王を倒せば全てが終わる。


 そのために乗り越えるべき敵は全て出揃った。後はこの「強敵」と言う名の壁を乗り越えるだけであった。


 ――――単純なのが救いだな。


 道周はニヒルに笑った。

 この絶望的な状況でも、王将さえ打ち取れば終わるのだから奇跡は一縷だけ残っている。


「――――っとらぁ!」


 道周は荒々しく雄叫びながら駆け抜けた。顔を真っ赤にして魔剣を振るい、「百鬼夜行」の足元を滑るように掻い潜る。


「Guuaaa!」


 背後から体躯のいい狂戦士が丸太のような怪腕を振り上げていた。その「百鬼夜行」は道周の頭を胸元に置き、それを砕くために巌のような拳骨を振り下ろす。

 道周は目線の1つもやることなく身体を翻す。振りかざされた怪腕の間を縫うように魔剣を走らせると、次の瞬間には「百鬼夜行」は肩口をざっくりと斬り開かれる。しかしその痛み程度で狂戦士は止まらない。暴走したように猛り狂う狂戦士の鉄槌が道周を掠めた。


「これでもかっ!」


 直撃を免れた道周は大柄な狂戦士の股下を潜り抜ける。その通り際に狂戦士の腱を切り裂くことで、体格で劣る相手を無力化していく。


「もう一丁! 喰らえ!」


 連続して地を蹴った道周は素早く反転して発破をかける。

 都市中に張り巡らされたガス管から立ち昇る黒煙を切り裂き、2つの銀の刃が疾風のように迸る。

 白銀の魔剣が狂戦士の関節を次々と切り刻む。痛みはなくとも神経系を捌いて、筋肉の連動を断ち切ればただの肉達磨となる。高度で繊細な技術を求められるそれを難なくこなし、その刃を鮮血で湿らせる。

 純銀のスピアは鋭利な穂先で狂戦士の点穴を突き刺した。時には狂戦士の眼球を容易く抉り出し、真っ赤な舌を何重にも貫いて引き千切っていた。


「Gyaryyy!」

「Nuooaaa!」

「Buruuu!」


 一回り体躯の小さな道周に翻弄され、「百鬼夜行」たちは無残に紛糾する。「百鬼夜行」の怪腕で一度捕まえれば八つ裂きにできるが、その一度がありえなく遠い。


「uuu……RYAAA!」


 痺れを切らした「百鬼夜行」の1人が瓦礫を持ち上げた。重機よりも小さな身体から生まれる怪力で、二回りも大きな瓦礫を投げた。歪な軌跡を描く瓦礫は出鱈目に宙を舞う。狙いを定めてなどいない精細さを欠く投擲は、あえなく別の「百鬼夜行」を踏み潰す。


「何だ? 仲間割れか……?」


 「百鬼夜行」の突如とした暴挙に道周は首を傾げた。だがそれもぬか喜びであった。


「Uuuooo!」


 別の「百鬼夜行」が奇声を発して倣った。手が届く範囲の最も大きい瓦礫を頭上に持ち上げ、全身のバネを駆使して天へ放る。暴挙と思われた投石は、1人また1人と伝播する。

 「百鬼夜行」は次々と身の丈に勝る瓦礫を投擲する。流星のような攻撃は続々と手数を増やし、無差別の流星群と化けていた。


「そんなのありかよ……。無茶苦茶だな!」


 道周は常軌を逸した攻撃に文句を付ける。それでも状況が変わることはもちろんない。


「骨の折れるゴリラ共が……」


 道周は愚痴を溢すことを止めはしないが、それでもテキパキと回避行動に移る。周囲を包囲する「百鬼夜行」を簡単にあしらい、退避を第一目標として地面を蹴る。


「Garyy!」


 頭上のすぐそこに瓦礫の驟雨が迫っていようと狂戦士は止まらない。目の前の外敵を排除すべく、ただひたすらに剛腕を振り回す。


「そこを、どけ!」


 道周は向かってくる剛腕を、魔剣を駆使して受け流した。その勢いのまま、前傾に倒れ込んできた「百鬼夜行」の腿をスピアで貫く。


「yyYYiiAA!」


 腿に直径20センチメートルの穴を貫通させながらも、「百鬼夜行」は攻めの姿勢で道周に襲い掛かる。

 道周は血気盛んに襲い来る狂戦士に目を剥きながらも、対処を怠ることはしない。突き刺したスピアの柄に向かい魔剣を振り下ろし打ち付ける。魔剣の勢いに押されたスピアは非常に食い込み、「百鬼夜行」の腿を2つに分割する。

 さすがの「百鬼夜行」も片脚を奪われ姿勢を崩した。前進する勢いそのままに、灼熱の街道に顔から落ちる。

 道周が離脱したと同時に瓦礫の雨が降り注ぐ。つい先ほどまで道周が立ち振る舞っていた場所にも瓦礫が降り注ぎ、見るも無残に「百鬼夜行」の血肉が散っていた。


「はぁはぁ……。本当に無茶苦茶だな……」


 紙一重の攻防を繰り返した道周の精神はかなり消耗していた。体力的にも精神的にも限界のラインで綱渡りをする道周に、一切のミスは許されない。額に流れる滝のような汗を荒々しく拭うほどに故に道周の頭は冴え渡り、思考は時を刻むごとに鮮明に周囲の光景を捉えていた。


(これだけ時間を稼げばマリーたちも逃げきれただろう。

 俺が無力化した「百鬼夜行」は20ちょっと、殺した「百鬼夜行」は5ほど……。残る敵は80くらいだろうが、陣形は崩壊も同然。一番手薄なところを突破して、本命の夜王を叩く!)


 時間が止まったかのような錯覚を覚える。道周の視界は異常なまでに晴れ渡っていた。

 だからこそ、その急襲にいち早く気が付けた。


「死ね蛮族!」


 夜空から罵声と同時に降り注いだ疾風が瓦礫と火炎を巻き上げる。

 天まで巻き上がる混沌とした渦の中央で、凶暴な眼光を光らせる夜王が佇む。横一杯に広げられた翼膜で炎と黒煙の渦を切り裂いた。

 露わになった夜王から黒い外套は取り払われている。筋肉と骨が同化したかのような細腕に痩せこけた頬。病的なまでに白い素肌を晒してなお、爆発する威圧感は留まるところを知らない。

 爛々と赤くギラつく眼光を飛ばし、夜王は道周に殺意を向ける。

 道周とて遅れをとらずに余裕を自演して笑って見せた。


「見違えたぞ夜王。今の姿の方が好感度高いぞ」

「黙れ蛮族。オレの都市荒らした罪を、その命1つで贖えると思うなよ。貴様の仲間だけでなく、一族諸共滅ぼしてやるわ!」

「家族もか……? それはお前には無理な話だな」

「なにぃ?」


 含みを持たせた道周の言葉に夜王は眉をひそめた。

 道周は夜王の疑問を持て余すように焦らし、十分な間を置いて口を開いた。


「だって俺は、だからよ」

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