第66話「異世界ドッグファイト 1」

「だって俺はだからよ」


 夜王は道周の言葉に耳を疑った。


(異世界人……? 愚妹の権能によって召喚された者か? いや、愚妹の権能は200年前に大部分を割譲して失われているはず、有り得るものか。

 しかしオレの権能を斬ったあの剣、確実のこの世界の常識から逸脱した逸品であることは違いない。で、あるなら本当にそうなのか)


 夜王は一瞬の逡巡で道周の戯言を真実として受け止めた。その上で、「夜王」としての矜持がアドバン・ドラキュリアを駆り立てる。


「クク……クハハ! であるのなら貴様の仲間を八つ裂きにして串刺しにしてやろう。異世界にまかり越して尚仲間を集う気概は見上げたものだが、それは貴様がオレに勝つ理由にはなるまい」


 夜王は高らかに哄笑を上げた。

 いくら道周が異世界人であっても、異世界の異能を施した魔剣を携えていようと、己の勝利は揺るがない。そう信じて止まない夜王の自信は、確固たる実力から来るものである。


 道周に空は飛べない。

 道周は狂戦士の兵団を持たない。

 何より、道周は夜を支配していない。


(何が異世界人だ。オレは広大で絢爛のエルドレイクに永遠の夜を敷く者、「夜王」だ。夜の世界でオレは何者にも負けず、何者もオレを下すことはできない!)


 魂に絶対的な炎を灯した夜王は背筋を伸ばした。その細き身体には絶対的な猛威が秘められている。

 対峙する道周も両手の武装を持つ手に力が入る。「異世界人」というカードは一種の脅しであり、少しでも夜王に躊躇いが生まれれば僥倖ほどの一手であった。一時は夜王も狼狽えはしたものの、結果として道周の不利が覆ることもく、実のところ緊迫して仕方がない。

 「百鬼夜行」から逃れる前に夜王と遭遇することは、道周が想定していた中でも最悪の状況であった。願わくば「百鬼夜行」を燃えるエルドレイクの都市に取り残してから夜王と一騎打ちを、などと考えていた自分を張っ倒したい。


(駄目だ、今はこの状況に集中しろ。「百鬼夜行」は不意を突かれれば脅威だが、気配を切らさなければ壁として使える)


 脳内にアドレナリンを満たし疲労を置き去りにする。100%以上に冴え渡る思考が弾き出した戦略は「とにかく頑張れ」の一手である。


「参ったな……、かなりきてる」


 道周は自らの限界を察して自嘲気味に笑った。しかし諦めることは決してしない。道周には真に隠し持つ「奥の手」があった。

 覚悟を決めた道周は純銀のスピアを群青色のブレスレッドに収納する。そして相棒の魔剣を両手で握り締め、精一杯に後方へ振り絞って構えた。重心は低く根を張るように落とし、呼吸を魔剣の一転に集中させる。

 すると次第に空気が膨張し世界が淀む。この空気感の違和は熱気によるものとは違う。何かよからぬもの、魔法や権能という異能とは比較する次元の異なる「概念」の一撃を予感させる。


「……貴様、何をするつもりだ?」


 夜王は1人背筋を震わせた。

 道周の魔剣は権能や魔法を絶つだけではないのか。何か、オレの知らない「何か」をまだ秘めているのか。

 その直感に従い、夜王は一早く号令を飛ばした。


「かかれ「百鬼夜行」! その命をオレに捧げろ!」

「「「Gyooooooo!」」」


 絶対服従の夜王の命に「百鬼夜行」が歓声を上げる。儚い特攻の命令でさえ、強化した「百鬼夜行」たちは躊躇なく従順に突撃する。

 道周を囲い込んだ「百鬼夜行」の波状攻撃が仕掛けられた。突破の隙間もない質量の壁が迫る。

 道周はその中央にいても尚、沈着した眼差しで言葉を紡ぐ。


「――――魔性、k」

「UWOooo!!」 

「くっ!?」


 しかし「百鬼夜行」の攻勢は存外に迅速であった。

 魔剣がその真相を解き放つ前に、収束した「修正力」の隆盛が霧散する。

 周囲360度を「百鬼夜行」の巨躯に囲まれ逃げ道はない。さらには迎撃のための奥の手すら繰り出す暇もない。


 絶体絶命か。


「ミチチカ殿!」

「っ!?」


 そう思われたとき、唯一の退路である直上から道周を呼ぶ声がした。

 道周は声に呼び掛けられるまま顔を上げると、夜空の天蓋から直下降するライムンがいた。猛スピードのライムンは躊躇いなく手を伸ばす。

 道周は伸ばされた掌を掴むと、全身にGを感じながら引き上げられた。

 紙一重のところで道周を取り逃がした「百鬼夜行」が道周の眼下で衝突する。それぞれが苦悶と痛快な声を上げながらも、空を飛ぶ2人を鋭い眼光で追った。

 「百鬼夜行」が常識外れの怪力と狂気の戦士であれど空は飛べない。かつて宙を駆けた種であれど、鬼化の際に飛行能力は奪われている。

 故に、いくら睨み付けようが空中は追えない。

 ひと時の安寧を得た道周はライムンに脇を支えられながら、上空からエルドレイクの光景を俯瞰する。

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