第43話「独白」

「ミチチカ殿、少し話がしたい」


 団欒とするコーヒーブレイクの最中、ライムンが矢庭に耳打ちをした。その視線は広間の外を指示しており、場所を変えようと促している。

 盛り上がる女子たちをよそ目に、道周とライムンは静かに退室した。

 広間と廊下を隔てる木製の扉の向こうで、道周は壁に寄り掛かって腕組みをする。


「話って何だ? セーネたちには聞かれたくない話ってことだよな?」

「如何にも。今からミチチカ殿に告げるのはオレの独白だ。少なくとも白夜王には不要の話。しかし白夜王と肩を並べて戦場に立つ君には、どうしても打ち明けておきたかった」

「……いいよ。話を聞こう」


ロウソクの薄明かりが揺れる廊下は幽玄な雰囲気を醸し出し、雪崩れ込む寒冷な空気に包まれる。

 道周は肌寒さに身を震わせながら、ライムンの神妙な面持ちに免じて耳を傾ける。

 ライムンは迷うような素振りを見せ、慎重に選んだ第一声を発する。


「正直に言うと、オレは白夜王にはこの革命から降りてほしい」

「……」


 ライムンの打ち明けた本音に、道周が返す言葉はない。その沈黙を是と受け取ったライムンは独白を続ける。


「君も知っているだろうが、リベリオンの構成員はほとんどが「魔族」と呼ばれる多種族だ。リベリオンにいる吸血鬼は、白夜王とオレの2人だけ。

 ……このことが意味するのは」

「「吸血鬼v.s.多種族」の種族間戦争」

「その通りだ」


 図星を突いた道周の推理にライムンは首肯した。


「本来この革命に白夜王は不要、もしくは夜王側に付いているべきだ。吸血鬼の代表として選ばれた白夜王が吸血鬼と敵対する謂れはない」


 語るライムンの瞳が曇った。震える声音には恐怖というよりも、己に向けられた怒りのようなものがあった。ライムンはその感情を自覚しているのか分からないまま、声音を荒らげて語調を強める。


「魔族たちは「白夜王」という旗頭を欲しがっているだけなんだ。多くの種族が結束するために、皮肉にも白夜王を選んだ。そして、白夜王はそれを分かっていてリベリオンの主を担っている……!」


ライムンの静かな怒りは縁を突き破った。それは行動となり、衝動的に正拳が石壁を穿つ。


 ゴゥゥゥン――――。


 堅牢な壁は燭台を揺らしながら呻き声を上げた。決して崩れるような脆弱さも震撼もないものの、壁には拳骨の形を残した窪みが形成されている、

 腹の底にどよめく轟音に、熱くなったライムンは我に返る。


「はっ!

 済まない。少し熱くなっていたようだ」

(少し……?)


 道周は石壁に穿たれた拳骨のクレーターを見ながら首を捻った。


「オレにもオレで因縁があってだな。「本題」はこの先なのだが」

(今までのが「本題」じゃない……?)


 道周は石壁にまざまざと残る穴を見つめて言葉を失う。


「夜王の元にいる近衛兵は吸血鬼のみだが、そこにはオレの兄もいる」

「兄……? 兄弟で付く主を違えたのか」

「そうだとも。オレの兄、「トレイル・ヴォイド」は近衛兵の長をしている。戦場ではいの一番に出会うことになるだろう」

「兵士の長……。あぁ、あいつか」


 道周は記憶の中にいる1人の男を想起した。エルドレイクでの戦闘で黒装束を纏っていた「近衛兵」、その中でも一際華美な装飾をあしらった装いの男がいた。その男は近衛兵たちの陣頭指揮を執り、同時に夜王本人と直接言葉を交わしていた。

 まさしくリーダー格、長であるその男こそがライムンの兄である「トレイル」とやらであろう。

 見覚えのある様子を見せた道周に、ライムンが些かの関心を寄せた。


「トレイルを知っているのか?」

「戦場で相まみえたくらいだけどね。夜王上司の圧に過労死寸前だったぞ」

「そうか……、相変わらずバカ真面目にやっているようだな。

 そんな兄に会ったなら……」

「「オレの代わりに殺してくれ」ってか? 俺はそんなの滅法ごめ」

「逆だ。殺さないでくれ」

「へ?」


 思いの外の回答に道周は素っ頓狂な声を上げた。予想の斜め上の答えに驚きの余り問い返す。


「トレイルはあれでも高貴な吸血鬼の長男だ。夜王が倒れた暁にはトレイルが吸血鬼たちを率いることになる」

「そのために見逃せってことか」


 ライムンは沈鬱な顔で首肯した。縁も所縁もない道周に「戦ってくれ」と頼っておきながら、「兄は殺すな」と頼んでいる。ライムンは自ら出鱈目なことを申し出ていると自覚しているからこそ、深々と頭を下げた。

 ライムンの後頭部を見つめる道周は、神妙な面持ちで思慮を走らせる。ライムンの申し出を天秤にかけ、たっぷり時間を要する、なんてことはなかった。思わず喉の奥から零れるのは、押し殺された笑い声だった。


「ふ、ふふ……」

「何が可笑しい……?」


 予想外の道周の反応に、ライムンは反射的に厳しい眼差しを贈る。漏れ出た笑い声を侮蔑と受け取ると、ライムンは臆面なく敵意を剥き出しにした。

 その反応に、道周はは取り繕って言葉を返す。


「違う違う、馬鹿にしているわけじゃないって。ただ、真剣に頭を下げられるとは思っていなくて、むず痒くてつい」

「と、言うと?」


 問い返すライムンの眼差しに怒気はなく、純粋無垢な疑問の色が滲んでいた。


「この前セーネに「ミチチカたちを助けたのは「下心」だ」って言われたけど、その「下心」は俺にもあったのさ。

 勇者が倒せなかった魔王を倒すためには、確かな戦力が必要だろう。イクシラ奪還の恩を売りつけて、イクシラの戦力が欲しいのさ、俺は」

「そのために、君は命を投げ出せると言うのか?」


 ライムンはフロンティア大陸とは異なる、争いのない平和な異世界からやって来た男の腹の内に驚愕した。まさかこの打算のために、平和とは対極にある「革命」に手を貸すなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 間の抜けたライムンの質問を一笑した。破裂するように瞬間的に声を上げると、確固たる意志を持って睨みを効かせた。


「「命を投げ出す」? 違うね、「繋ぎ止める」ために戦うのさ、セーネには生きてもらわなければ困るんでね」


 道周は茶目っ気を見せておどけた。一瞬だけ見せた瞳の切れ味は鳴りを潜め、楽し気に歪む瞳は人懐っこい愛嬌がある。

 道周の二面性を垣間見たラムレイは心の底がポゥと温くなるのを感じた。浮つく勢いに任せて、ラムレイも破顔する。


「そうか、それは頼もしい」


 2人は喉の奥をククと鳴らし、依然続く談笑の長机に戻った。

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