第33話「夜の王 2」

 夜王の突撃は爆発と見間違うほどに苛烈だった。

 煉瓦造りの足場を踏み砕いて発破をかける。その初速は凡そ人智の範疇に在らず、夜王が踏み砕いた場所はクレーターのように陥没し、その勢いをまざまざと表現していた。

 正しく「目にも止まらぬ」速さに反応できたのは道周だけだった。


「つぅ! 重い……!」


 道周は夜王の拳撃を魔剣で受け止める。か細い腕から放たれる正拳は異様に重鈍であった。

 しかし魔剣は正面から防御しても、折れる所か刃溢れもしない。だが魔剣とて殺しきれない威力が道周を後方へ吹き飛ばした。

 弾け飛んだ道周は建物の壁にぶつかって止まる。組まれた煉瓦の壁は崩れ落ち、積み重なるように道周に襲いかかった。


「ミチチカ!?」

「余所見とは余裕だなリザードマン」

「ぐはぁっ!」


 翻った夜王の裏拳がリュージーンを捉えた。脇腹に直撃した拳は振り抜かれ、リュージーンをゴミのように吹き飛ばす。


「ぐぅ……っ!」


 リュージーンは街道を十数メートル跳ねると、そのまま道の真ん中で沈黙する。

 何とか意識を保っているリュージーンだが戦意は挫けていた。

 たった二撃で2人を下した夜王は至極つまらなそうな顔をする。


「少しは期待したがこの程度か。あの剣士も宝の持ち腐れ、剣のみ回収すればもう要らぬ」


 乱れた外套を整え、夜王は柏手を打った。召集の合図を受け、傍観していた騎士たちが一斉に集結する。


人間ヒューマンとリザードマンを処分しておけ。剣はオレの前まで持ってこい」

「「「御意!!」」」

「それと」


 夜王は温度のない眼差しで近衛兵のリーダーを見下ろす。

 膝を着き頭を垂れるリーダーの耳元へ顔を寄せ耳打ちをする。


「この程度の敵に手こずる騎士は要らぬ。このような失態が次あれば……、分かっておるな?」

「重々、承知しております」

「……ふん」


 夜王は無機質な表情で鼻を鳴らした。

 乾いた心に落ちた潤いも泡沫、つまらぬと一蹴し侵入者へ視線を戻す。

 同じく黒装束の騎士たちも捕縛のために腰を上げたとき、不可思議な事態に気が付いた。


「……?」


 誰かが呟いた。

 建物の瓦礫に埋もれた道周も、街道に伏せるリュージーンも跡形も残さずにいなくなっている。

 夜王を含めたただの1人にも勘づかれることなく霞の如く消え失せた。


「なぜ……」

「いつの間に?」

「どうやって……?」


 騎士たちに困惑が伝播する。

 どよめく近衛兵を指揮するリーダーが声を荒らげた、


「あの重症だ、そう遠くまで逃げられない! 草の根を別けてでも探し出せ! 必ず捕まえろ!」


 夜王の残響がリーダーの頭の中で反芻する。焦りに駆られたリーダー激しい言葉で檄を飛ばす。

 リーダーは額一杯に冷や汗を流し夜王の機嫌を窺う。

 夜王の囁きの意味を知るリーダーは恐怖に満たされている。夜王の機嫌は秋の空、今に憤怒の言が下るやもしれない。


「夜王、侵入者は今すぐ発見しますので暫しお待ちを……!?」


 しかしリーダーが目にした夜王は笑っていた。

 紅目と口角を歪ませる表情は邪悪を感じざるを得ない。

 一体どんな思いで笑っているのか、リーダーは夜王の心が分からなかった。


(本日こそ吉日であるか)


 当の夜王の心は沸き立っていた。

 白夜王からイクシラを奪って200年が経とうとするとき、運命の悪戯か縁を引き寄せた。


 あの侵入者こそが運命の使者だったか?


 何にせよ、夜王の支配はより堅牢になる。そのことに変わりはない。


(愉快愉快、実に愉快。ようやくその首と信念を刈り取れるか)


「我が愚妹よ……」


 夜王が無意識に溢した一言に、傍に控えるリーダーは戦慄した。

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