第32話「夜の王 1」
「夜王!? こいつが!?」
行く手を阻む男を凝視し、道周は切迫した声を上げる。
蒼白の肌に光を吸い込む黒髪、漆黒の外套のコントラストに映える紅玉を嵌め込んだような瞳が映える美青年が「夜王」と言う。
(見てくれは若いが……、圧が違う……)
道周は気を引き閉めて魔剣の柄を握り直す。
夜王の覇気に当てられ、配下であるはずの近衛兵たちが戦慄している。
顕著に取り乱すリーダー格の騎士が、砕けんほどの勢いで膝を着いて頭を垂れる。
「夜王!? まだ半刻は経過しておりませんが!?」
「半刻経てば捕らえられたか? オレの目には取り逃がしているように見えたが」
「そっ、……それは……」
リーダーは口ごもってしまう。夜王の眼光を受け、血の気が引いた形相で震えている。
夜王はそんな配下の様子を気に留めることなく、道周とリュージーンへ眼差しを向けた。
「
「うぉぉ!」
道周が発破を駆けた。夜王の不意を突いた特攻が功を奏し、魔剣の白刃が外套を捉えた。
キィン!
魔剣と外套の衝突で甲高い刃音が鳴り響く。ぶつかる魔剣は白銀の刃から火花を散らす。
衝突の感触に違和を感じた道周は、咄嗟にバックステップを踏んで距離を取る。
「何だ今の音は何だよミチチカ!? 鉄と布のぶつかる音じゃねえぞ!?」
「皆目分からない。けど、あの外套に仕掛けがあるのは確かだ。気を付けろリュージーン」
道周は夜王に切っ先を向け、その背中をリュージーンが守る。
2人を囲む騎士は依然特攻の好機を窺っている。
「邪魔だ下がれ」
すると夜王は冷や水のような声で命令を下した。
「ですが夜王」
「下がれ」
食い下がろうとしたリーダーだが、夜王の威圧感に押され膝を折った。
「……御意」
「「「御意!!」」」
地上の騎士たちは剣を納め、膝を折って意のままに従った。夜空に舞う騎士たちは事の顛末を見守るべく口をつぐんだ。
夜王は破顔し、邪悪に紅目を歪ませて笑う。
「来訪者よ、来るがいい」
「言われずともそうするさ!」
道周は勇ましく、立ちはだかる夜王に立ち向かった。
魔剣は夜王の身体の中心に突き込まれた。
夜王はその回避困難な初撃を、ステップを踏むように身軽に逸らした。
しかし剣閃は夜王を追いかける。
夜王は煉瓦造りの足場を蹴破って宙へ翻る。バック転の要領で魔剣の上を越えると何事もなかったように着地した。
「まだまだ!」
道周は縦へ横へ時には打突を織り交ぜ変幻自在の剣戟を繰り出す。
振り下ろされた魔剣が空振ると、地を蹴り跳ねるように天へ遡って鼻先を掠める。
薙ぎ払う魔剣の威力に逆らうことなく、一回転の加速を乗せて追撃を放つ。
身体の部位を不規則に突く切っ先は、時に剣閃を煌めかせて斬撃へと変貌する。
これらの立体的な魔剣の猛攻を、夜王は体捌きだけで回避した。
攻め続けているはずの道周が息を乱し始める。「当たらない」という焦燥より、猛攻を続けて尚、突破の糸口が見付からないことに心がざわつく。
道周は攻め立てる最中、打開のために一石を投じた。
「逃げてるだけかよ夜王サマ、案外大したこたないな!?」
「下らん挑発だ。……ならば掴んでやろうか?」
「なっ!?」
夜王は宣言通り、難なく道周の剣筋を捉えた。その白くか細い手で捕まれた魔剣は微動だにしない。
夜王は釣り上げるように口角を歪ませると、初めての反撃に出た。
「ほら、どうした
「うぉぁぉわ!?」
夜王は貧弱そうに見える細腕で、事もあろうか魔剣ごと道周を放り投げた。夜王の頭上を衛星のように回った道周は、来た道を帰る軌道で放り投げられた。
空中で縦に三回転した道周は、街道に魔剣を突き刺して着地する。
「何だ今の怪力は!?」
目の前で起こった不思議な光景に、堪らずリュージーンが叫んだ。
一方の道周は体験した出来事に違和感を覚えていた。
(今の怪力、純粋な腕力だけじゃないな……)
思考するも束の間、道周に向かって夜王が地を這った。
道周は不自然な影の蛇行を目の当たりにして悪寒が走る。
「避けろ!」
第六感が囁いた。
次の瞬間、影が牙を剥いて地表から突き出した。煉瓦の瓦礫を喰い破り、影の刃は道周へ迫る。
道周は咄嗟に魔剣を構え、目の前の「神秘」へ突き立てた。
「喰らえっ!」
魔剣は見事なまでに影刃を切り裂いた。
細切れにされた影は逃げるように大地に戻り、そそくさと夜王の足元へ帰っていく。
魔剣の煌めきを目撃した夜王は紅目を剥いて驚いた。しばらく呆気に取られた後、愉快に哄笑を上げる。
「ハッハッハ! 何やら珍妙な剣であるな。面白い、貴様に興味が沸いてきたぞ」
「悪いが俺は全くだね。早く逃がしてくれないか」
「戯け。仮にも貴様は侵入者、赦されたくば恩赦を乞うのが必定であろう」
「なら、やっぱり押し通るしかないな」
立ち上がった道周はリュージーンと肩を並べた。
勇ましく魔剣を構える道周に倣うように、リュージーンも戦闘の意志は見せておく。
誘いを断られた夜王だったが、愉悦に満ちた表情に変わりはない。
纏った漆黒の外套を揺らし、刺々しい眼光を放つ。
「では遊びは終わりだ」
夜王が溢した。
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