第16話「魔剣……、抜刀! 2」
「魔剣……、抜刀!」
道周は魔剣に手をかけ、一思いに振り抜いた。
白銀の十字剣は朝露の煌めきを彷彿とさせる斑な粒の輝きを放ち、木々の隙間から差し込む朝日を眩しく照り返す。鍔の表裏に嵌め込まれた4つの碧石は覗けば飲み込まれるような深みで鎮座する。
意匠が凝った見るに麗し、振れば神秘を両断する白銀の十字剣こそ道周の"魔剣"だ。
フロンティア大陸とは異なる世界では竜の息吹を切り裂き、邪神に一矢報いた魔剣と魔剣使いを相手に、リザードマンの一兵卒が敵うわけがなかった。
「喰らえ人間! ……んん!?」
リュージーンが上段から振り下ろした剣を道周は魔剣で軽くあしらう。
手首のスナップでリュージーンの剣を振り払うと、大きな一歩で懐に踏み込む。魔剣の柄頭でリュージーンの鎧ごと腹部へ打ち込み、剣身をコンパクトに回転させて刃を振り込む。
リュージーンは身体をよろめかせ、尻餅を着きながら後退して辛うじて剣閃の直撃を避けた。
魔剣が掠めた痕を垣間見たリュージーンは顔を蒼白にさせた。
「な、何じゃこりゃぁ!」
鉄製の鎧は紙細工のように両断され、切り口から下が足元に転がっている。
もしこの一振りを受けていればリザードマンといえどバラバラにされていた。それに道周の身のこなし、リュージーンの武芸では敵わないほどの軽やかさであった。
「さ、立てよ。せめて意地でかかってこいよ駄蜥蜴」
「ひぃっ」
勝負は決まった。
リュージーンの戦意は失せ、立ち上がる意地すら粉々になっていた。
これで許すほど道周もソフィも甘くはない。
「ミチチカ、早々に始末を」
「分かってる。ここで口を封じておかないと魔王に目を付けられる」
道周は躊躇いなく魔剣を構える。狙うはリュージーンの長い首だ。
一呼吸の後、一拍置いた道周は魔剣を振っ
「ミッチー、ストーーーーーップ!!」
マリーが道周の腕を抱き込み押さえ付けた。
後ろから不意に腕を取られた道周は驚きで飛び跳ねる。
「マリー危ないから離れていなさい。刃物使ってるでしょ!」
「お母さんか!
じゃなくて、別に殺すことなくない?」
「あるだろ。こいつを生かしてたら他の魔王軍が来るかもしれないし」
「それにアムウさんを斬られて一番怒っていたのはマリーでしょう」
「でもアムウさんは死んでないしさ。殺すことないじゃん。
……そう! 人質だよ、人質!」
マリーの取って付けたような思い付きの一言に道周もソフィも一考した。
「確かに魔王の情報を喋らせるか」
「こんな下っ端から有益な情報が出てくるでしょうか?」
「ものは試しだ。本当に使えないなら斬って山に捨てよう」
「見つかりにくいように念入りに埋めましょう」
「発言が怖いわ!」
「「あぁ???」」
「な、ナンデモナイデス……」
思わず突っ込んだリュージーンも、2人に睨まれ萎縮する。
道周は溜め息を吐いて頭を掻きむしると、仕方なさそうに微笑んだ。
「ま、マリーがそう言うならそうしよう」
「拘束は魔法も使って念入りにしておきますが、不用意に近付かないでくださいね。噛み付くかもしれません」
「腑に落ちねぇ」
かくして魔王軍の下っ端、リザードマンのリュージーンを人質にした。
同時に切り傷を治療したアムウが目を覚まし、ムートン商会の一行にも明るさが戻る。
危機を救われた猫の獣人ダイナーは泣いて礼を言う。さすがの泣きっぷりに、道周もマリーも、ソフィでさえ狼狽えてしまった。
「本当に済まねぇ、そしてありがとう! この恩は"イクシラ"まできっちり運ぶことで返すぜ!」
普段の豪快さを演出するアムウは大声とともに気丈に胸を叩く。しかし血が足りぬせいか時々よろめき、この度にダイナーが小言を漏らした。
いつの間にか太陽は高くなり、出発の段取りとなる。
荷台に乗り込んだ道周とマリー、そして人質のリュージーンと目を光らせるソフィ。
リュージーンは後ろで両手を縛り、口にもぐるぐると布を巻き付けられている。さらにはソフィが施した硬化の魔法により力で破ることは難しい。もし力みを見せればソフィの短剣が飛んでくるので、リュージーンは大人しく萎れながらお縄についている。
「さぁ目指すは北の最大領域"イクシラ"! "白夜王"様に会いに行くよ!」
元気溌剌なマリーが出発の音頭を取った。
マリーに続いてムートン商会の一行が威勢よく雄叫びを上げ、荷車を引くギュウシも嘶いた。
("白夜王"? "夜王"と間違ってるんじゃねぇのかこいつら?)
1人蚊帳の外にいるリュージーンは無言で首を傾げる。
道周たちを乗せた荷車は山道を進み始めるのであった。
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