第15話「魔剣……、抜刀! 1」

「ちょっっっと、待っっったぁぁぁぁ!!」


 マリーは自慢の金髪を逆立て、怒髪天を衝かんとする勢いで飛び込んだ。

 「隠れるように」と指示をしたダイナーは。颯爽と現れたマリーは見間違いではないかと目を擦る。だがマリーの靡く金髪と快活な声色を間違うはずもない。

 もちろん、マリーの登場に面食らったのはダイナーだけではない。

 突然の珍入者にゴブリン兵は思わず尻込みする。

 不意を突かれたリュージーンも長い首を大きくよろめかせ狼狽えるが、相手が人間の、それも少女だと分かると強気を取り戻す。

 リュージーンは首を大きく動かし、卑しく釣り上がった眼でマリーの全身を舐め回すように観察する。

 発展途上ながらもメリハリの効いたボディラインに童顔ながらも整った顔立ち。衣服から覗かせる白肌は柔々しく傷一つない。

 下品にも舌を舐めずったリュージーンは穏やかな声音でマリーに語りかけた。


「お嬢さんは誰かな? この商人たちの知り合いかな?」

「いいえ!

 私は通りすがりの異世界人、マリー・ホーキンス。魔王軍共々、魔王を打倒する者よ!」

「魔王を?」


 リュージーンの片眉が反応した。本気にしたわけではない。しかし魔王軍を目の前に華奢で無防備な少女が口にするには、笑えぬ冗談だ。


「へー、そうかい。それは聞き捨てならないねお嬢さん。これは「お仕置き」が必要じゃないかな」


 ゲヒヒ。


 ゴブリンの下衆な笑い声が続く。

 異世界にきてまでリザードマンとゴブリンに視咸され、マリーは正直言って限界だった。全身の鳥肌が隈無く逆立ち、今にも尻尾を巻いて逃げてしまいたい。

 しかしアムウやダイナー、ムートン商会の人々を置き去りにするくらいならば、舌を噛み千切ることだって厭わない。

 「ソフィに協力してもらうんだった」と勢いで飛び出したことを後悔し、マリーはホロリと本音を溢す。


「自爆できれば言うことないんだけどな」

「それは聞き捨てならないな」

「ミッチー!?」

「な、何だお前は!?」


 道周の颯爽とした出現にマリーは喜びを露にする。

 リュージーンも道周の登場に驚きはしたが、ただの人間であることに変わらない。それも丸腰の。

 どう考えても遅れはとることのない相手に、リュージーンは強気になった。


「相手が誰だって構わないが、出てきたからには殺すしかないよな!

 おいお前ら、女以外は全員ぶっ殺してやれ!」

「……」

「…………」

「……………………」


 しかしリュージーンの号令に部下のゴブリン兵は1人として返事をしない。響かぬ号令に違和感を覚えたリュージーンは恐る恐る振り返る。


「なっ!?」


 リュージーンの眼前に広がるは、池と見間違える血溜まりと4つのゴブリンの屍だった。ドクドクと出血を続ける頸動脈は、今さっきゴブリンが殺されたことを暗示する。

 そして5人目のゴブリン兵は新手に羽交い締めにされ、喉元に短剣をあてがわれている。


「リュ、リュージーンさん--------!」


 最後の1人も高く血飛沫を上げて絶命した。

 頭から鮮血を被ったローブを脱ぎ捨て、銀髪のハーフエルフ、ソフィが線の整った美顔を見せ付ける。

 ソフィの顔を見たリュージーンは汗腺から汗を滲ませ、鱗を滴るように粒が落ちる。


「エ、エルフだと!?」


 部下の全員が瞬く間に暗殺されたリュージーンは同様を隠せずにいた。何よりエルフが相手となればリザードマンのリュージーンでは勝ち目はない。

 エルフとリザードマンでは体格や筋力の関係ない、純然な戦闘力の桁が違う。

 そもそもソフィは純血のエルフではないのだが、リュージーンは勘違いをしている。そんな同様から見ても、リュージーンがソフィに打ち勝つことは万に一つもない。

 ならばリュージーンがとる行動は何か?

 プライドの高いリュージーンは決して降参などしない。

 しかしエルフには勝てない。


 しかし搦め手ならば逆転できる。


「しっ!」


 リュージーンはソフィに背を向けるように勢いよく踵を返し、道周とマリーに向かって疾走する。二足でドタバタと駆け腰の剣を振り抜く。


「まずはお前からだ! 死ねぇ!」


 リュージーンが息を荒くして立ち向かったのは道周だった。


 道周を早々に切り捨てマリーを人質にする。


 差し詰めそんな算段で飛び出したのだろうが相手が悪かった。


「来るか蜥蜴野郎……!」


 道周は鬼気迫るリュージーンを勇ましく睨み返し、左手首に嵌めたブレスレットに手を掲げる。

 群青色のブレスレットは道周の動きに反応して青白い光を放った。

 カメラのフラッシュのような瞬間的な光の後、ブレスレットは光の粒子を吐き出す。光の粒子は渦を巻いてやがて道周の掌に収束、そして剣を形作る。

 鞘に納められた十字剣は光の衣を破って姿を露呈する。


 一連の行程を目の当たりにしたリュージーンは背中に冷や汗を流していた。しかし止まることはできない。


「くっ、くそがぁぁぁ!!」

「魔剣……、抜刀!」


 道周は魔剣に手をかけ、一思いに振り抜いた。

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