第17話「密航、そして」
「さて、作戦の再確認します」
「よしきた」
「はーい!」
境界へ向かう道中、揺れる荷車の中でソフィが行ったら提案に道周とマリーが元気な返事を返した。
ソフィは荷台の木目とコインを組み合せて位置関係をさらった。
道周たちの一行を表した金貨は道程に模した木目に沿って前進し、渦を巻いた黒いカビで止まる。
「最大の難関はこの関所です。魔王の領域"エヴァー"から北の最大領域"イクシラ"へ渡る上で避けては通れない道です」
「そこを荷台に隠れてやり過ごすんだな」
「ですです。
そのためにムートン商会の方々に協力していただきました」
「ソフィの作戦バッチリだね!」
「ありがとうございます!」
マリーとソフィが親指を立てた拳を突き合わせた。
ナイス、サムズアップ。
女子2人のやり取りを傍観していたリュージーンは、鼻を鳴らして小馬鹿にした。
「へっ、呑気なやつらだ。
これから魔王軍の追っ手から逃れる逃避行が始まるっていうのによぉぉっ!」
「人質は無用に口を開かないこと。
尋問のために口の封を解いているのです。次はその長い首を輪切りにしてから、串を通すのでそのつもりで」
「す、すいません……」
ソフィがリュージーンの首に短剣を突き付けた。ソフィの眼差しは冷酷で一切の冗談もない。ソフィはやると言ったらやる娘だ。
さすがのリュージーンも両手を後ろで縛られていては抵抗のしようもない。滝のような冷や汗を流して大人しく反省した。
「蛇に睨まれた蛙」ならぬ、「(ハーフ)エルフに睨まれたリザードマン」ここに爆誕。
「で、あなたは何者?」
「んん? 俺か? 遂に俺の素性が明らかになっちまうのか?」
さりげないマリーの問いかけにリュージーンは勢いを取り戻した。
やけに明るく含みのある高笑いに、話しかけたマリーはとても残念そうにする。
「やっぱりいいよ」
「聞けよ!」
「だってめんどくさそうなんだもの」
「聞いて驚け! 俺はかの魔王軍の執政官ライジーンの長男、未来は魔王の元で
「ミッチー、こいつなんか語り出したよ」
「「騙り」の間違いだろ。こんな小並感がエリートなわけ」
「「ないない」」
道周とマリーは声を合わせてリュージーンの空言を否定する。
しかしソフィが道周とマリーの否定をさらに否定した。
「実はそんなことないんですよ、これが」
「と、言うと?」
「どういうことだってばよソフィ」
「だってばよ?
……このリュージーンとかいうリザードマンですが、名前に聞き覚えがあると思い記録を辿ってみたのです。すると、執政官ライジーンの長男でした」
「まじか」
マリーは目を丸くしてリュージーンを見詰める。
畏敬の眼差しを浴びるリュージーンは誇らしげに鼻を鳴らす。
「チェンジ」
「なぜ!?」
マリーの眼差しは畏敬でなく失望だったようだ。
ソフィの話に引っ掛かりを感じた道周がソフィに問いかける。
「そんな自称エリートが、どうして境界近くの警備なんてさせられているんだ?」
「端的に言うと左遷ですね。
私の過去の調査によると、リュージーンは父親ライジーンを有力な執政官に押し上げるため活躍した挙げ句、魔王の対外政策に異を唱える「過激派」と呼ばれる派閥を作り、」
「目障りだから飛ばされた、か。どこの世界も同じようなもんだな」
「ですです。
風の噂ですが、影で力を振るう息子を疎ましく思った父親が飛ばしたとか言う説もあってですね」
「さすがリザードマン汚い」
「止めて」
リュージーンが止めに入る。もう我慢の限界であった。
自分の栄光輝く来歴ならともかく、恥ずべき黒歴史をこうも披露されては堪らない。聞いているだけでも顔から火が吹き出そうだった。
リュージーンが止めに入るということは、ソフィの話はあながち間違ってはないということだ。
確信を得た道周は邪悪な笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど。魔王の中枢にいたなら、色んなこと知ってるよなぁ……?」
リュージーンは道周の邪悪な微笑みに怯んでしまう。ガタガタと震えるリュージーンは麓で出会った威勢の欠片もない。
「し、知らねぇよ。魔王に直接会ったこともないし、俺は汚れ仕事をやってきたんだ。主力の名は知れどそれ以上は知らねぇ!」
「なんだよ。リュージーン使えねぇな」
「はーつっかえ。リュージーンほんまつっかえ」
道周とマリーが一気呵成に畳み掛ける。
リュージーンは塩らしく項垂れた。
「こればかりは仕方ねぇだろ。魔王軍の関わりはほとんどねぇんだ。特に魔王に近くなるほど霞の中、よくあれで巨大組織を保っていると思うほどだ」
「有力な情報なしですか。
どうしますミチチカ、マリー。処分しますか?」
殺気だったソフィが短剣を光らせる。
それを焦ったマリーが止めに入った。
「待ったソフィ! 殺すのはなし!」
「そうですか。マリーが言うのなら」
ソフィは迸る短剣を大人しくさせた。しかし刃はしっかりとリュージーンの鎌首へ押し当てている。
「そろそろ関所だ! 隠れてな!」
荷車を繰るアムウが大声を張り上げた。
その合図でバレないかとハラハラしながらも、道周たちは身を潜める準備をする。
リュージーンの口は布で縛り上げ、さらにソフィの魔法で布の強度を上げる。その上しっかりと短剣を喉元に突き立てて、一切の反逆も許さない構えだ。
道周とマリー、ソフィとリュージーンの2つ別れ、積み上がる木箱の隙間に身体を捩じ込んだ。
「ちょっとミッチー、どこ触ってるの!?」
「尻だ! ゴフッ!」
「お2人とも! ふざけている場合ではありませんよ!」
(あいつら馬鹿じゃねぇの……)
ゴトゴト揺れる荷車はしばらくすると停止する。
道周たちが潜む荷台の外では、団長のダイナーが関所を通過するため手続きをしている。
荷台の天幕1枚を隔てた外には、魔王軍の紋章を背負う兵士がうようよしている。
「……」
「…………」
「……………………」
「 」
道周たちは必死に息を潜める。短剣に怯えるリュージーンは誰よりも完璧に息を殺していた。
「--------うむ。荷車が6台に通行人が7人、ギュウシが10頭で間違いなし。内容物は……まぁいいだろう。ムートン商会ならば別に」
「おう、毎度ありがとうな。しかしいつもそんな仕事ぶりでいいのかい?」
「構わないさ。わざわざエヴァーから山越えてイクシラに行くなんて馬鹿のやることさ。密航なんて何のメリットもありはしないさ」
ダイナーの手続きをする者は調子よく答えた。
道周は聞き耳を立てながら、ソフィがこのルートを選んだ理由をよーく理解する。この関所の守人と、有り体に言うとザルである。
(中枢に戻ったら境界の警備と、関所の厳格化をするか)
リュージーンは縛られながら厳しい顔付きをしていた。
執政官の長男に聞かれているなんて露知らず、守人は調子よく文句を並べる。
手続きの書類を片手まで仕上げ、荷台の中を一見することもなく判が押された。
「ありがとな兄ちゃん」
ダイナーは機嫌よく守人に別れを告げ、一行に出発を合図する。それに合わせアムウもギュウシに鞭を打ち、荷車が前進を進めた。
「思ったより楽勝だったね」
「まだ油断するなよ。荷車を引くアムウさんからの合図を待つんだ」
マリーと道周が耳打ちで会話を行う。
いくらザル警備と言えど、密航者と守人を隔てるのは布一枚だ。バレるリスクは十分にあり、バレてしまえば水の泡。
道周たちは荷台の木箱に紛れ、慎重に存在感を消す。
一行の先頭を行くダイナーの荷車が、関所の外門をくぐって山道に出た。それに続いて一台、また一台と関所を通過する。
ダイナーの荷車から数えて五番目、一行の最後尾に位置するアムウが引く荷車の番が遂に来た。
道周たち密航者の荷台が外門の直下に差し掛かったとき、守人の1人が晴天を仰いだ。
なぜ天に顔を向けたのか、声に似た空を切る音が守人を呼んだのだ。
「あれは……、鳥?
…………いや、違う! あれは、竜人!?」
黒い鎧をまとった竜人の一団は背中の翼を羽ばたかせ、砂埃を上げながら地に降り立つ。
人間と相違ない体躯に見てくれの彼らは総勢9名。中心の男は他と異なる荘厳なオーラを放つ。
そして何より目を引くのは、9人全員の側頭部に生える立派な角だ。ミノタウロスとは違う、燃える炎のような橙の竜角が熱を放つ。
「特務部隊隊長、テンバー・オータムだ」
鎧の竜人たちを率いるテンバーが声を張り上げた。瞬間、外門の門が降りた。固く閉ざされた門戸が商会の荷車を分断する。
門の閉鎖を確認したテンバーは鞘から剣を抜いた。瞬く刃を天に掲げ、竜角かが炎を上げた。
「今より関所内の一切を改める。違反は我が剣に誓い見逃さぬと思え!」
従い他の竜人たちが機敏な動きを見せる。
「特務部隊」を名乗った彼らは総じて竜角から熱を放つ。そしてもう一つの共通点、黒い鎧に「槍に巻き付く二頭の蛇」の紋章が刻み込まれていた。
それは魔王軍の紋章。
「最悪だ」
道周は切れ切れの声で内心を吐露した。
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