第14話「怒れよ乙女 2」
水を打ったように一帯が静まり返る。
音を失った輪の中心で、アムウが膝から崩れ落ちた。
厚みのある図体が地面に打ち付けられ、丸眼鏡が跳ねる。
その鈍い音と軽快な音の後も、誰も声を上げられない。状況に追い付けずにいた。
「ボ……、ボス!!」
一番最初に声を上げたのは団長のダイナーだ。
ダイナーは顔から倒れ込んだアムウに駆け寄り、両腕でアムウを抱き抱える。その掌に伝わる生暖かさと鉄の臭いに、ダイナーは全身の毛を逆立てた。
「貴様……、正気かぁ!?」
ダイナーの剣幕にも気後れすることのないリュージーンは、剣に着いたアムウの血を凪ぎ払い鞘に納める。その目尻は鋭く冷酷だが、瞳の奥には嘲笑の色が見えた。
「さぁ、次はどいつだ?」
リュージーンは依然剣の柄に手をかけている。
チンピラ紛いの行動で株を落としているが、リュージーンは腐っても魔王軍の1兵士だ。小さくとも隊を持つというからには相応の箔がある。たとえ歴戦の猛者には遠く及ばぬとも、武器も持たぬ商人が抗える相手ではない。
気迫からして、すでに白黒は着いてしまっていた。
リュージーンは真剣な顔付きを崩すまいと装うが、口角が釣り上がり今にも笑い出してしまいそうだった。無様で格を計り違えた商人たちの誇りを踏みにじり、嘲って全員切り捨てようかと残忍な考えを堪えるのに必死だ。
後ろに控えるゴブリン兵は我慢しきれずに笑い出す。下品な笑い声は共鳴し、気色悪く平地に木霊する。
そんな暴挙をマリーが見過ごせるはずがなかった。
「離してソフィ」
「駄目です。ここは堪えてやり過ごすのです。商会の方々も覚悟の上、私たちを恨むことは決してありま」
「そういうことじゃないよ」
マリーの声には悲痛な訴えがあった。怒るでも諭すでもなく、悲しい色だ。
ソフィはマリーの感情について理解できない。なぜそんな悲しい声を出すのか分からない。分からないが、痛く心に突き刺さった。
そんなとき、マリーにのしかかるソフィが揺らいだ。
「っ!?」
ソフィは予想外の出来事に成す術なく倒れた。横から押された力のままに肩から落ちる。
「ありがとうミッチー!」
マリーはその隙に駆け出す。ビーチフラッグの要領でうつ伏せから最速のスタートを極め、草むらを押し退けて真っ直ぐアムウの元へ駆ける。
「悪いソフィ。マリーを行かせてやってくれ」
「ミチチカ、何をしたか分かっているんですか! 無関係なことに手を出していては「打倒魔王」の道は遠退くのですよ!」
ソフィは道周に対して初めての怒りを露にした。
道周はソフィの怒る様子に驚きはしたが狼狽えはしない。ソフィの方針と正面から向き合うことは、つまりソフィの本音をぶつけ合うということだ。
道周は冷静にソフィと正対し、金色の瞳に向かって語り駆ける。
「ソフィにとっては関係のない出来事かもしれない。
けど俺やマリーにとって、一緒に笑いあって飯を食った相手を貶されるのは関係ないことじゃないんだ。ましてや傷付けられたら怒らずにはいられない。
目の前の守れる人を失くすってことは、俺らの世界じゃ我慢できないんだ」
ソフィの眸に宿る感情の熱は、道周の一言一句とともに落ち着きを取り戻す。同時に道周やマリーの世界に触れ驚きを隠せずにいた。
「そんな平和な世界があるのですね」
「あぁ。俺はともかく、マリーはそんな世界にずっと居たんだよ」
「……分かりました。すでにマリーが飛び出してしまった以上、関係大ありな事態です。魔王軍の鎮圧に当たりましょう」
ソフィは観念したような溜め息を吐いた。なし崩し的に決まってしまったことに不快感は見せるが、先ほどまでの怒りはない。
「なに、俺もマリーを送り出した責任をとるよ」
「武器もないのに?」
無論、即戦力になりうる道周だが剣を持つ相手には部が悪すぎる。ソフィは宿場町で道周に帯刀を奨めたが、道周がそれを辞退した。
故に道周は丸腰だ。そんな丸腰道周の不審な物言いにソフィは思わず聞き返す。
道周はソフィの心配も他所に、秘策ありと笑みを浮かべる。
「分かりました。策を聞きましょう」
「それでこそ俺たちのソフィだ」
道周は上機嫌にソフィの背中を叩いた。
しかしソフィは笑みを見せる余裕もなく、真剣な声音で道周に問いかける。
「ところで道周は、マリーと同じ平和な世界にいたわけですが、一つ確認しておきたいことがあります」
「なんだ?」
「道周は、殺せますか?」
ソフィの質問に比喩も冗談もない。ソフィが口にした「殺す」は「命の与奪」そのもの、平和の対極と言っても差し支えない言葉だ。
道周はソフィの問いかけに即答した。
「もちろん」
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