第13話「怒れよ乙女 1」

「そ、それは……!?

 魔王軍の紋章!?」


 誰だか獣人の叫び声が森林に木霊した。

 テントの中まで届いた声に、道周みちちかとソフィが飛び起きた。

 ソフィが飛び起きた振動で隣で寝ていたマリーも起きる。ソフィの慌てようからただ事ではないと察すると、ソフィの背中を着いて行く。


「待てミチチカ、君たちは密航者なんだ。隠れていろ」


 ソフィとマリーの先を行く道周をダイナーが引き止めた。

 道周と続いたソフィ、マリーの3人は大人しくダイナーに従う。

 魔王軍と思われる鎧の一行と、それと対峙するアムウがよく見える草むらに身を潜め、息を殺して会話に聞き耳を立てる。

 魔王軍の先頭にいるのは身長2メートルを越える大男だが、何かただならぬシルエットだ。

 鈍い鉄の鎧と深緑色の地肌の男は長い鎌首を持ち上げ、高い視点からアムウを見下ろす。蛙を睨むような釣り目と冷めた吐息で 威圧的に刃をちらつかせる。

 その後ろには5人の小柄な兵士が控える。

 よく見ると後ろに帯同する兵士たちは人間ではない。全員が小柄な緑色の肌を持つ「ゴブリン」の種族だ。尖った耳と長い垂れ鼻を甲冑で覆い隠しているが、陰険な出で立ちは隠しきれていない。

 対峙するアムウは気負うことも気後れすることもなく、一張羅のハットを被って睨み返す。


「リザードマンの兵士殿が何の用かな?」

「牡羊のエンブレムを掲げるロバの獣人、あんたがムートン商会会長か」

「応とも。俺がアムウ・ムートンで違いねぇ。

 そういう貴殿の鎧には、槍に巻き付く二頭の蛇の紋章、魔王の遣いだな」

「ククク。会長さんは物知りだねぇ」


 リザードマンの男は鎌首を捩らせ腹の底から不気味に笑う。

 それに呼応するように、後ろに控える5人のゴブリン兵も高笑いした。

 虚仮にしたような嘲笑いの合唱にアムウは青筋を立てたが、さすがは大商業グループの会長、すぐに表情を装い先頭のリザードマンに笑かける。


「して、貴殿は?」

「おぉ? あぁ俺か? 名乗らないきゃだめかね?」


 笑い涙を拭い、リザードマンは不遜な態度でアムウに向き合う。

 会長に対する侮辱的な態度に、商会の面々が苛立ちを見せ始めた。それをアムウが身ぶりで諌める。


「ちっ、つまんねーな」


 リザードマンは聞こえる声で呟き舌打ちをした。不機嫌な態度を見せるが、気を取り直して首筋を伸ばす。


「俺の名はリュージーン。見ての通りリザードマンの戦士、魔王よりこの一帯の警羅・巡回を任された者だ」

「その戦士さんが、俺たちしがない商人に何の用だ?」


 リュージーンはアムウの言葉を待ってるいたかのようにククと笑う。

 覗き見ていた道周はリュージーンの笑いに不気味さを感じる。


「いやまぁ、景気よく酒盛りしてる商人さんたちによ、「通行料」を払ってもらおうと思ってな」


(それが狙いか。まるでチンピラだな)


 草むらの中で道周は顔をしかめた。

 それはリュージーンと向かい合うアムウとて例外ではない。


「今までもこのルートを使ってきたが、通行料なんて一回も払ったことはないぞ。それに貴殿の仕事は警羅・巡回だろ? 管轄外じゃねぇのか」

「「お気持ち」ってやつだよ。商人が7人とギュウシが10頭、8500タールってところだな」


(「気持ち」だったら金額まで指定するなよ)

(しかも無茶苦茶高いし!)


 草むらの中で道周とマリーが憤慨する。

 その2人をソフィが宥め事なきを得る。

 しかしリュージーンの暴挙は留まるところをしらない。


「別に払わなくたって構わないんだが……」


 と言いつつも腰に備える剣をちらつかせる。

 魔王の紋章を見せ付け剣を用いた脅しをかける。

 こんな姑息で陰湿な態度を、草むらの中から見ていたマリーが看過できるはずもない。


「もう限界。私ガツンと言ってきてやる!」

「待ってくださいマリー。今出て行ってはいけません」


 気が逸るマリーをソフィが押さえ付けた。

 同程度の体格の2人だが、ソフィの強かさが上回りマリーを完封した。

 ソフィにのしかかられたマリーだが、もがきながら異を唱える。


「見過ごしてられないよ。あんな無茶苦茶を許していいわけないじゃん。お世話になっているアムウさんたちを助けるんだよ」

「今魔王軍とことを構えていいことはありません。それにこの事態は私たちには無関係です」

「無関係!? 関係大ありだよ。ねぇミッチー?」

「とりあえず2人とも黙ろうな。見つかっちまうぞ」

「うっ……」

「そ、そうですね……」


 道周に宥められて黙り込む2人レディーズ。冷静さを取り戻しても、ソフィはマリーをしっかり押さえ込んでいた。

 草むらで一悶着している内に、アムウは部下に金銭を用意させた。

 アムウは金額にして8500タールもの硬貨を詰め込んだ麻袋を抱える。

 パンパンに膨れ、ところどころで硬貨飛び出した袋をリュージーンに手渡す。

 リュージーンは気分よくニタニタ微笑み、喉の奥から奇っ怪な声を上げる。

 このまま魔王軍が撤退し通行ができればよかったのだが、悦に入り味を占めたリュージーンはさらなる暴挙に出た。


 ジャラン! ジャラララ--------。


「……!?」


「っ!?」

「はぁ!?」


 その光景を目にしたアムウは言葉をなくし、道周とマリーは怒気を露にした。


 そう、リュージーンはなんと、麻布を裏返し硬貨を地面にぶちまけたのだ。

 地面で転がる硬貨はぶつかり合い、音を鳴らしながらその場に散乱する。

 余りに衝撃的な行動に、商会の全員が言葉を発することができない。


「数えろ」

「……は?」


 リュージーンが放った一言を、アムウは思わず聞き返す。


「だから数えろ。今ここで8500タールあることを証明しろよ」


 アムウを始め、その場の全員が耳を疑った。

 しかしリュージーンは一切悪びれる様子もなく、こんこんと話す。


「商人は狡いからな。お前らで数えて耳揃えろって言ってんだ。

 ほら、あれだ。お前らが大事にしている「信用」ってやつを示させてやるんだよ」


 リュージーンの目に余る言動にアムウは打ち震える。

 激情の一歩手前で踏み留まるアムウだが、他の商人たちは爆発寸前なのが見てとれる。

 そして怒りは商人たちだけにあらず、マリーも顔を赤くして憤慨していた。


「離してソフィ。あいつは許さない!」

「駄目ですマリー。あれはアムウさんたち「ムートン商会」の問題であり、私たちには無関係です」


 暴れるマリーと押さえ付けるソフィ、その2人の横で道周は歯を食い縛る。

 マリーはソフィに何と言われようが抵抗を続ける。


「関係なくない。私たちを運んだからアムウさんたちが」

「いいえ関係ありません。私たちがいてもいなくても起こった事態です」

「っ、そんな言い方……!」


 ソフィの弁にマリーは明らかに動揺した。ソフィの突き放すような言葉はマリーにとって想像すらしていなかったことである。


「そんな……」


 マリーの抵抗は息を潜め、力なく項垂れた。


 一方で憮然と横暴な要求をしたリュージーンは剣の柄に手をかけている。リュージーンは圧をかけながらアムウににじり依る。


「ほら、早く指示をしなよ会長。それともあんたが部下に手本を見せてやんのか?」

「無茶をいいなさんな。一度受けっとたなら手前で数えるのが商人のルールだ。相手が魔王軍でもそこは譲れねぇ!」


 アムウが胸を張り啖呵を切ると、後ろの商人たちも揃って声を上げる。伝播する反抗は瞬く間に大合唱となった。


「うるせぇな……」


 リュージーンの口から溢れ落ちた一言は苛立ちと憤怒にまみれていた。

 長い首で俯き様に漏らした言葉に誰も気が付かない。

 益々熱を帯びる商人たちの歓声は業火のように燃え上がり、収まることを知らない。


 その輪の中心で赤い飛沫が飛び散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る