第12話「酒宴にわくわく」

 計6台の荷車と7人の商人、そして道周みちちかたち3人の密航者を乗せた一団は境界線近くの山の麓に辿り着いた。

 太陽が山の向こうへ沈み、辺り一帯は夜の闇に包まれた。

 これ以上の進行は不可能と判断した団長の指示により一団は夜営を行う。

 一行は山岳の麓に広がる平地にテントを立、焚き火を灯して酒宴を始める。


「あー、今日も働いたよーー!」

「連日の力仕事、予想以上に応えるな。商人凄い」


 マリーと道周が唸りを上げて草むらの上に寝転がる。身体を精一杯に広げて腕を伸ばし、溜まった疲れを発散させていた。


「お疲れ様です。お水をどうぞ」

「ありがとーソフィ」

「助かるよ」


 マリーと道周は身体を起こして水を煽る。ボトル一杯に入った水を一息に飲み干した2人は目一杯の「ぷはー」を溢す。


 何を隠そう、ムートン商会の手伝いで密航している3人は無料タダで厄介になっているわけではない。

 ムートン商会と合流した宿場町から丸4日、商会は北を目指しながらも途中の町へ立ち寄り商談を行っていた。

 商談で得た積み荷を荷車に積み込み、ギュウシの世話も手伝うことで密航の代金とする。そういう契約でアムウと手打ちをしたのだ。

 道周もマリーも最初は意気揚々と張り切っていたが、獣人の多い一団のこなす仕事に悲鳴を上げていた。

 そんな環境の中で必死に働き、ようやく明日、北方の領域への密航を決行する。


「お疲れ様、今日は明日に備えて好きなタイミングで休むといいよ」


 一息吐いて休憩する道周とマリーの元へ、猫耳に釣り目、針金のような髭を生やした獣人が歩み寄る。

 広い肩幅にタンクトップ、ネコというよりトラと言った印象の方が強い獣人の正体は、この一団の団長である。


「ありがとうございます、ダイナーさん。今日ぱかりはお言葉に甘えさせてもらいますよ」

「うんうん、それがいい。君たちはボスの無茶ぶりによく応えてくれていたからね。その節は迷惑をかけたよ」

「いえいえ、アムウさんの豪快さに甘えさせてもらってますから。無茶ぶりだなんて」

「そうかい? だったら今晩もボスとの飲み会に参加してもらおうか」

「おやすみなさい」

「冗談だよ」


 道周はここ数日の間でアムウと飲み交わした酒の量を思い出し頭を抱える。

 ダイナー団長の猫由来の瞳は薄闇の中でも道周の焦りを見抜き、楽しそうに頬髭を撫でた。

 そこへロバ耳の獣人、ムートン商会会長のアムウが千鳥足で現れた。


「ミチチカ! 今日も異世界冒険譚を聞かせてくれや! 今日は何の話をしてくれるんだ?」

「勘弁してくださいよアムウさん。もうネタ切れです」

「嘘吐けやい。邪神との戦いの下りを聞いてないぞ」

「それは2日前に語り尽くしましたよ」

「じゃあ竜との決闘の話でいいや! 息吹を両断した話を聞いてないぞ」

「しっかり覚えてるじゃないですか」


 すでに出来上がっているアムウは酒気の強い大声で道周に絡む。

 酒に滅法強い獣人の飲酒に道周は参ってしまい、その酒臭さにはマリーもソフィも手を焼いていた。マリーなんてアムウの足音が聞こえるや否や、ソフィとどこかへ行ってしまっている。

 会長のだる絡みに呆れた団長が道周に助け船を出す。


「ボス、今日は俺が付き合うんで次の商談の話でもしましょうや」

「うん? 何だダイナー、俺の酒が飲めねぇってのか」

「だから飲むって言ってるでしょう。先に行ってください」

「おうっ! 絶対に来いよ」


 するとアムウはふらふらの足取りで酒宴の席へ戻った。

 もはや会話になっていないやり取りだが、ダイナーはアムウの取り扱いに慣れているのが鮮明だ。


「すいませんダイナーさん」

「いいって、ボスに捕まらないように適当に腹を満たして休みな」


「ダイナーさんって紳士だよね。バロンみたい」

「バロン?」


 一歩引いた場所で一部始終を見ていたマリーが呟いた。ソフィは聞き慣れない単語に首を傾げたが、マリーは長くなる説明を割愛した。


「見てないで助けてくれよマリー」

「だって私はお話できる異世界冒険譚がないもの」

「マリーは拗ねてるんですね。可愛い」


 ソフィの一言にマリーは顔を赤らめる。それでも何事もなかったように仕切り直した。


「わざわざ商会の会長自身が一団に加わるわけだから、ダイナーさんも大変ですね」

「ボスが商談や運搬、卸しの場にいるのはいつものことだから慣れたさ。俺たちも本部に詰めてもらった方が安心なんだが、こればかりはボスの性分でね」


 ダイナーは肩を竦めて苦笑する。剽軽に困った素振りを見せながらも、声音は楽しそうに弾んでいた。

 ダイナーはアムウを心から慕っている。そう思えて仕方がなかったマリーは、まるで自分のことのようにくすぐったく感じた。


「アムウさんのこと尊敬しているんですね」

「応さ」


 即答だった。

 ダイナーは苦笑いではぐらかすこともせず、真っ直ぐな眼差しで酒宴の席にいるアムウを見つめる。畏敬と尊敬の瞳は燦然と輝いている。

 ダイナーはぽつりぽつりと、マリーを諭すように呟いた。


「地縁を大事にする俺たちにとって、領域の外を往き来する上人は白い目で見られがちだ。特に獣人は「縄張り意識」が強いからな。

 幸い俺は領域をめでたく送り出されたが、中には勘当同然で出てきたやつらも少なくはない。それを拾ってくれたボスは命の恩人、違うな、家族同然なのさ」

「だからムートン商会の人たちはアムウさんを慕っているんだね」

「あ、すまない。ついつい不要なことを口走っていた」


 我に返ったダイナーは紅潮しながら頭を振った。感情の昂りとともに猫耳がペコペコと震える。

 お茶を濁すべく、ダイナーは話題を切り替えた。


「それに俺たちはボスの志に従うまでだ。

 領域から出ることをしたがらないやつらに、領域外のエンターテイメントを届ける。俺たちは誇りを持った商人なのさ」

「ただ運ぶだけだが、大切なことだな」

「ふっ、そうだろう」


 道周の同意にダイナーは満足そうに微笑む。

 その笑みを最後に、ダイナーはアムウの待つ酒宴へ向かった。


「楽しそうだね」

「あぁ。それに生き生きしている。

 「たかが物流」なんて言葉、二度と口にできないな」


 ダイナーの大きな背中を見詰めて、マリーが溢した。その言葉に道周も嘘偽りなく同意する。

 感慨に浸る2人を見守っていたソフィが、宴席から食べ物の数々を運んできた。


「さぁ、私たちは食事を済ませて休みましょう。ダイナーさんの心遣いですよ」

「そうだな。俺たちは明日が一つ目の山場だ。

 寝坊するなよマリー」

「明日は商会の人たちも起こしてくれるから大丈夫だよ!」

「……自分で起きるつもりはないのかよ」


 3人は和気あいあいと歓談と夕食を済ませた。

 マリーとソフィ、道周という男女に別れ、それぞれが用意されたテントの中に転がり込む。

 テントで横になり目を瞑るや否や、1人余さず寝息を立てる。

 蓄積した疲れを落とすように眠りに落ちた道周たち3人。朝までぐっすりかと思いきや、誰も予期せぬ事態に叩き起こされる羽目となった。


 宴もたけなわ、アムウを始めとした商会の獣人たちが酒酔いでうつらうつらとした頃、誰かが叫んだ。


「そ、それは……!?

 の紋章!?」

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