第10話「ここから始まる冒険譚 1」

 マリー・ホーキンスは道周みちちかが語った異世界冒険譚に胸踊らせた。


 道周が魔剣を持って竜の息吹を切り裂いた話。

 ジノという聖剣使いの友人と競いあった日々。

 ユーロという熱血漢が荒れ狂う海を泳いで横断した武勇伝。

 フォリスとセピアという2人の一流魔法使いが料理に悪戦苦闘した話。


 道周はその全てをまざまざまと語り明かした。

 尽きることのないマリーとソフィの突っ込みは話を広げ、どこかに存在し繰り広げられた冒険に思いを馳せた。


 道周がかつて過ごした異世界へ話を終えた頃、宿の一帯は物音一つしない静寂の夜に包まれていた。

 道周が寝室に戻り、ソフィと就寝の挨拶を交わしてなお、マリーは寝付けずにいた。

 頭から被った布団の中で、自分が異世界召喚された意味を延々と考える。

 「本当に自分は必要とされたのか?」

 この言葉がマリーの頭を締め付ける。


(私に何ができるのか……)


 その一心がひたすらに頭を駆け巡る。グルグルと、ただグルグルと回る雑念で目が覚める。


「私、ミッチーのおまけだったのかな」


 極めて前向きな性質のマリーの口から、諦念に近い本音が漏れる。

 そこでマリーの意識はプツリと切れた。偶然に本音が漏れたことにより緊張の糸が切れたマリーは眠りに落ちる。


 これが、夢だったらいいのに--------。




「リー、マリー。もうお昼前ですよマリー」

「うん……。おはよう、ソフィ?」


 寝起きのマリーの視界にソフィの顔がぼやけて映る。窓から差し込む日の光りがソフィの銀髪を眩しく煌めかせ、マリーは目を擦りようやくソフィを直視する。


「はい。ソフィ・ハンナ、僭越ながら起床の時間なので起こさせていただきます。「朝チュン」というやつですね」

「待ってソフィ、ミッチーに変なこと教えられたでしょ」


 ソフィの爽やかな笑顔から飛び出た爆弾発言に、寝起きながらもマリーは反応せずにはいられなかった。


「ですです。何でも元の世界での伝統的な起こし方だとか」

「よし今すぐ忘れて。そして今からミッチーを、これからミッチーを殴りに行こうか」

「Ya-Ya-yah

 CHAGEandASUKAだな」

「おはようございますミチチカ、準備はできましたか?」

「おう。俺はいつでも出発できるぞ」


 扉口に現れた道周は、昨日こしらえた異世界衣装に身を包んでいた。


「出たなミッチー」


 マリーは警戒心を剥き出しにして、寝間着のまま道周に向かいファイティングポーズをとった。

 道周はマリーの構えにはコメントせず、飄々と会話を続ける。


「どつだったソフィ? 俺の言った通りマリーを起こせただろ?」

「はい。これが「朝チュン」なる異世界文化なのですね。勉強になり」

「ません。ソフィはいい加減その言葉を忘れるように」


 マリーはソフィが覚えた言葉を一刀両断した。

 道周はマリーの反応と、ソフィの熱心さを目の当たりにして心底楽しそうだ。


「それはそうと、俺は見ての通り準備万端なんだけれど?」


 道周は落ち着き払ったようすで装いをマリーへ見せびらかす。

 マリーはハッとして自分の服装へ視線を移す。マリーは昨日用意した動きやすい服装とは異なり、就寝用の薄いワンピース、要は寝巻きに身を包んでいる。

 今が正確に何時かは分からずとも、マリーは外の日の高さに焦りを感じた。


「ま、まさか……寝坊した!?」


 ソフィは柔和な笑顔で首肯した。怒りなどの裏はないだろうが、純朴な笑顔もそれはそれで効く。

 マリーは申し訳なさそうに肩を落とした。


「ごめんなさい、すぐに着替えるから待ってて?」

「はい、もちろんですよ」

「置いていかないからゆっくり準備しな」


 マリーはソフィと道周に頭を垂れると、急いで寝間着の裾を掴んだ。ところでふと冷静になる。


「ミッチー……?」

「ん? あくしろよ」

「とりあえず出ていけ!」


 昼前の宿場町に、甲高い拳骨音が鳴り響いた。

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