第9話「フロンティア大陸について知ろう 3」

「お2人とも、とってもよくなりました!」

「ありがとうソフィ。服の代金まで出してもらって」

「いえいえ、これは預り金の必要経費ですので。それに、私も異世界のファッションに触れることができて勉強になりました!」

「えへへー。そんなにハイセンスだったかなー。てれる」


 着替えを終えた頃には日が沈み3人は宿に帰っていた。そして夕食を済ませ、ソフィの部屋に集まって和気あいあいと歓談する。

 マリーは一目惚れしたと言う淡いピンク色のラインが入ったシャツを靡かせ、ミディアムスカートから伸びた脚をパタパタと動かす。マリーの金髪が映える格好はキレイニかつ可愛らしくまとまっていた。

 部屋に時計はないものの、時間は21時くらいだろう。夜が深くなり始める時間に、ソフィが道周とマリーに言葉をかける。


「今日はお2人とも召喚されたばかりでお疲れでしょう。そろそろ就寝してはいかがですか?

 明日は朝早くから行動するつもりですので尚更」

「うん、そうだね。何だかんだといって、疲れてないって言ったら嘘になるよ」


 ソフィの提案に乗ったマリーは大きく伸びをした。気が緩んだのか続いて大きな欠伸をすると、椅子に座る道周に目をやった。


「というわけで、ミッチーはもう一つの部屋に戻るのです。今からここは女子部屋だから」

「おう。それじゃあお邪魔します」

「違う!」


 椅子に深く腰かける道周。

 憤ったマリーは反射的に枕を投げつけた。

 道周は飛んできた枕を片手でキャッチすると、枕をソフィへ投げ返す。


「まだ俺たちの質問に答えてもらってないけど。そこん所どうなってる?」


 ソフィは無言で投げられた枕身体で受け止める。そして枕に込められた道周の真意を伺った。


「……分かりました。明日の朝が早いというのもありますので、2、3個にさせていただきますがよろしくですか?」

「うん。それだけ答えてくれるなら問題ないな」


 またしても道周とソフィのやり取りに、マリーは疎外感を抱きながら静観する。

 マリーがどれだけ寂しく感じても、口出しをすることができない。道周はソフィと組み合わしたときの体捌きといい、異世界への理解といい、どこか「慣れ」のようか違和感があった。

 マリーは己の力不足を痛感しながら、道周とソフィのやり取りに耳を傾ける。

 道周はマリーが黙り込んだことに気が付きながら、その真意は分からずにいた。

 道周はマリーの様子を気にしながら、ソフィに問いかける。


「ソフィはどうして俺たちを庇ってくれるんだ? 見ず知らずの異世界人の召喚に居合わせた理由も教えてくれないか?」

「いきなり踏み込んできますね」

「まずかったかな?」

「いいえ、いずれ話さないければならないことだったので。

 まずお2人の召喚に居合わせたのは、私の主の命令です。や召喚される者を確実に案内しろ」とのことで、試させていただいたのは私の独断です。ごめんなさい」


 ソフィは深々と頭を下げた。

 道周は慌ててソフィに言葉をかけ、頭を上げるように促す。


「別に責めて言ったわけじゃないから、謝らないでほしい。こっちだって助けられているから、お礼をいくら言ったって済まないくらいさ」

「そう言っていただけるのならよかったです」


 ソフィは胸を撫で下ろし照れ笑いを浮かべる。

 道周は拍手で空気を切り替え、真剣なトーンで2つ目の質問をする。


「これは俺の予想だが、ソフィの主っていうのは"白夜王"じゃないのか?」

「っ!? どうしてそれを!?」


 はにかんでいたソフィは一転して驚きの表情に切り替わる。忙しない表情の変化に伴いました、尖った耳がピクピクと跳ねる。

 マリーはソフィの耳に気をとられながらも、我慢できずに口を開いた。


「ソフィの主が"ビャクヤオウ"っていうのは、どういうこと?」

「重ねて言うけど、これは俺の予想だぞ。

 ソフィの話にあったが、200年前に勇者を召喚したのが"白夜王"なんだろ? 「今回の召喚も"白夜王"なのじゃないのかな?」って予想して、お迎えに来たものだと思ったんだ」

「ほうほう……。確かに合理的だね、イイネ!」


 道周の説明を受けたマリーがサムズアップ。そして話をソフィに振った。

 ソフィは道周の予想を聞き付けると、渋い顔で反応を返す。


「ミチチカの予想は半分「○」で半分は「△」です」

「と、言うと?」

「まず、「私の主が"白夜王"である」という点はご名答も言う他ありません。お2人を王の元へ案内することが私に課せられた命です」

「すると、「俺とマリーを召喚したのは"白夜王"である」ということは?」

「それは誰の仕業か分かっていないのが現状です。少なくとも"白夜王"による召喚でないことは事実です」

「すると、"白夜王"以外にも異世界召喚の魔法を使うやつがいるのか……」


 道周が顎に手を当て熟考しながら唸り声を上げる。

 道周の発言を、ソフィが遠慮がちに訂正に入る。


「いいえ、魔法とはまた異なる能力なのですが……」

「ん、そうなのか? 「魔法じゃない能力」なんて概念があるのか。すると魔剣の使い方も変わってくるか? いや、そもそも「神秘」なんてアバウトな概念に通用するなら、いけるのか? いけないのか? こればかりはトライ&エラーで試していくしか--------」


 唐突にスイッチの入った道周は、誰に言うでもなく一人言を呟き始める。ブツブツと呪文のように思考に耽る道周に、ソフィが声をかけた、


「ミチチカ? ミチチカ!」

「おっ! あ、あぁごめん。ちょっと考え事を」

「ちょっとってレベルじゃなかったよね。かなりキモかったよー」

「そんなズバッと言ってくれるなよマリー。

 で、何だソフィ?」


 我に返った道周がソフィへ振り向く。

 突然のことに驚いたソフィだったが、すぐに用件を口にする。


「今の発言については、長くなるので明日お話します」

「確かに?」


 これまで話を有耶無耶にされてきた道周が訝る。


「私や"白夜王"にとっても大切な事情も絡むので、確かにお話させていただきます。

 そ、それより他にご質問はありませんか? あと一つくらいならお答えしますよ!」


 ソフィは苦笑いしながら話題を逸らす。

 道周は不承不承ながらも別の話題に乗ることにした。考えて考えて最後の質問を捻り出す、

 道周は3分ほど黙り込み腕組みをして唸った。

 ソフィが頃合いを見てお開きにしようと提案する直前、道周は手を上げた。


「じゃあ本日最後の質問を」

「はい、どうぞミチチカ」


 挙手した道周をソフィが指名する。

 ソフィはドキドキしながら、道周がどんな目の覚めるような名推理を披露してくれるのかと待ちわびていた。


「俺たちにとって異世界であるこのフロンティア大陸だが」


 ゴクリ。


 マリーが生唾を飲み込んだ。

 ソフィはどんな質問が来るのかと身構える。

 道周は期待の眼差しを受け止め、満を持して本題を切り出す。


「大陸全土で言語は共通しているのか? そもそも話が通じているが、これは日本語と同じ言語体系であると理解していいのか? 

 それに通貨は領域ごとで違っていたりせずに、共通のものが流通しているのか?」

「……へ?」

「……………………は?」


 ソフィは面喰らった顔で目を丸くする。

 マリーは道周の言葉の意味を追いかけるが、思考が追い付かずにショートする。

 道周は「あれ、俺何かおかしなこと言ったかな?」とでも言いたげな表情だ。


「あれ、俺何かおかしなこと言ったかな?」


 そして言った。

 苦笑したソフィが戸惑い気味に返事をする。


「私も異世界から召喚された方と対面することは初めてなので分かりませんが、普通はそんなことは聞かれないのではないですか?」


 ここで復活したマリーが合いの手を入れる。


「そうだそうだ! 「魔法」とか「魔王」とか「白夜王」とか、異世界ファンタジートークの後に聞くことじゃないぞ! ミッチーは学者か!」

「マリーの意味不明な突っ込みは置いといてだな。ずっと気にはなってたんだ。

 異なる世界なのに言葉、さらには日本語で会話できてることとか。

 敵対している領域から来たソフィが、魔王の領域で買い物できていることとか」

「うーん……。言われてみればミッチーの言う通りかも。ミッチーは学者か? 学者なのか?」


 マリーが深く頷いた。渋い声で分かった風な割には発言の中身がない。

 ソフィは苦笑して道周の疑問に答えた。


「私は考えたこともありませんでした。

 言語は領域によって独特のイントネーションの差がありますが、「フロンティア語」を共通言語としています。

 通貨は金貨、銀貨、銅貨の順で大陸中で価値が共通しています」

「なるほど。わかったよ、ありがとう」

「ありがとー」


 道周とマリーが礼を述べた。

 ソフィは当たり前のことを語っただけだが、礼を言われてむず痒そうにしている。同時にソフィは不思議な思ったことを道周へ尋ねずにはいられなかった。


「ところで、ミチチカは身のこなしや頭の回転などが鋭いですが、元の世界では何をしていたのですか?」


 ソフィは首を傾げて何気ない疑問を道周へぶつける。

 ソフィの疑問には道周よりも先にマリーが答えた。


「聞いて驚けソフィ。ミッチーは何と!」

「な、何と……!?」

「何と! ……ただのフリーt」

「実はな」


 マリーのボケを道周が強引にぶった切った。これ以上マリーのペースに引き込まれては弁明が問答なため、道周がそのまま言葉を続ける。


「実は俺、一回異世界転生して邪神を倒したんだ」


 道周のカミングアウトには一切の気負いも迷いも虚言もない。

 堂々とした道周の物言いに疑うこともせず、マリーとソフィは言葉を失った。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ………………………………………………………………………………………………………………。


「「えぇっ!!」」


 夜が深まる宿の一室、2人の少女が驚嘆の声を重ね合わせた。

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