第7話「フロンティア大陸について知ろう 1」

「-------ということで、改めまして、私の名前はソフィ・ハンナと申します。種族はエルフと人間ヒューマンのハーフ、"ハーフエルフ"です」


 ソフィは快活に自己紹介を終えた。スポーティーな服装にも揺れる肩までの銀髪にも滴はなく、落水したことは丸く収まったらしい。

 ソフィの自己紹介に充てられたのか、同じくらいの年頃であろうマリーが続く。

 長い金髪を揺らし、マリーは敬礼交じりで自己紹介を行う。


「私はマリー・ホーキンス。気軽に「マリー」って呼んでね、ソフィ」

「はい。ありがとうございますマリー」


 打ち解けあったレディースたちは、意気投合しキャッキャウフフと談笑している。やれ髪が綺麗だとか肌が白いとか、手足が長いとか絞まっているとかスタイルいいだとか……。


 いいぞもっとやれ。


 道周は役得とばかりに2人の美少女同士のやり取りを眺めていた。

 これはいい目の保養だと観察し鑑賞する道周は、有り体に言えばハブられている。

 ソフィとの歓談に夢中になっていたマリーだが、ようやくやっとついに道周の存在を思い出す。


「あっ、そうそう。それでこっちの人がミッチーだよ」

「どうも姓は小堂こどう、名は道周みちちか。ミッチーと呼んでくれ」

「こちらこそよろしくお願いします、ミチチカ」


 ソフィは道周を蚊帳の外にしていたことに気が付き慌てて礼をする。

 道周は気にする素振りも見せず、タイミングを計っていた質問をソフィへ投げ掛ける。


「ところで、俺たちを召喚したのはソフィなのか?」

「あ、私もそれは気になる。どうなの?」


 道周とマリーに問いかけられるソフィは考える素振りを見せる。

 周囲の森を一周見渡し空模様を窺う。しばらく旬順したソフィはケロっと微笑み提案をする。


「ここでお話すると日が暮れるので、お2人がよければワタシの寝泊まりしている宿まで行きませんか? ここから歩いてそう遠くはありませんし、概要は道すがら、仔細はお部屋でゆっくりとお答えしますので」

「やったー! これで今日の宿は確保だよミッチー。幸先いいんじゃないの?」

「まぁ、そうだな」


 見知らぬ世界、見知らぬ土地での野宿を回避できたとマリーは手放しで喜ぶ。

 だが道周の返事は歯切れが悪かった。


(まだソフィを全面的に信用するには至らないが、宿の確保は棚ぼただよな……。

 うーん、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とも言うからな。背に腹は変えられないか。仕方ない)


 道周は十分に考え込んだ結果、ソフィの提案に賛成した。いざというときの実力行使も視野に入れ、ソフィに先導され獣道を突き進む。

 道周は先程のソフィとの手合わせで魔剣を温存できたことをよしとしていた。

 ソフィが行くのは草木が茂る森の獣道。一度気を抜けば見失いかねない道なき道を、ソフィは的確かつ迅速に掻き分ける。

 枝葉による裂傷を避けるために、ソフィは湖から引き上げたねずみ色のローブを纏っている。

 先を行くソフィはいかにも「ファンタジー」感のある格好だが、道周とマリーは完全に浮いていた。

 鬱蒼とした森の緑の中に浮かぶサーモンピンクのコンビニ制服は、新種の生物ではないかと疑ってしまう。そのためか、森の獣たちはこの一行に近付こうともしない。


「まずは服装から変えないと、郷に入っては郷に従うのがセオリーだ」

「そうだね。この制服ダサいし」


 マリーが切り捨てた。

 先導していたソフィも愛想笑いを浮かべ、宿のある町で着替えを用意するよと約束してくれた。

 しばらく足場の悪い獣道を進むと、少し開けた森の街道にぶつかる。そこからは一本道が続くため、ソフィは2人と足並みを揃えた。

 ソフィを真ん中に横一列になると、ソフィが会話を切り出す。


「ではでは、改めましてこのフロンティア大陸についてのお話を」

「大陸ってことは、海の向こうには他の大陸があったりするのか?」

「ですです。

 ただしかなりの距離がありますので、現在の航海技術ではかなりの大冒険になります。それにフロンティアの内政が芳しくありませんので、誰もそんな大冒険には出資しないのです」

「ってことは、この大陸は国同士の戦争中ってこと?」


 マリーが続けて突っ込む。

 ソフィは連続の質問に会話のテンポを乱されながらも、苛立つ様子もなく丁寧な受け答えを行う。


「そうなりますね。ただしフロンティアにおいて「国」というものは存在しません」

「……と、いうと?」


 マリーが腕を組み大きく首を傾げた。マリーのリアクションはさすがに大袈裟だが、道周もソフィの発言に同じ疑問を抱いていた。

 ソフィは2人の抱いている疑問を理解し、噛み砕いて解説を始める。


「そもそも「国」というものは、人種・宗教・政治思想などなど、様々な"核"を中心に形成されます。このフロンティアで集団を形成するに当たり、最も重要視されるのは「地縁」です。

 異なる種族・歴史・思想であろうと、同じ土地に生きる者を全て受容する、私たちはそれを「」と呼称しています」

「それは国とはどう違うの?」

「うーむ、明確な違いを説明するとなると、お2人の世界の国についての理解がありませんので何とも。難しい質問ですね……」


 マリーの何気ない質問にソフィが苦慮する。その様子を見かねた道周が助け船を出した。


「多人種国家の州制度みたいなものだろ。ほら、アメリカ的なイメージだ。「皆友達! 皆家族! でも州ごとに独自の法律で区分けするよ」みたいな」

「ふぅむ……。何となく分かったような、分かっていないような……。ま、分かったことにしておこう!」


 マリーが力業で理解を落とし込む。ソフィはマリーの意外な一面に感心すらしていた。


「それにしても「アメリカ」とかいう国、色々興味がそそられるのですが」


 ソフィが知的好奇心をくすぐられ素の表情を見せる。「森の賢者」と称されるエルフの血を引くからか、未知に対しては見境なくよだれを垂らして息を荒らげている。


「もー、しょうがないなソフィは。

 えーと、アメリカっていうのはね。

 えーーーと…………、チラッ」

「断る。話すと大脱線だ」


 マリーはソフィの要望に答えようと意気込むが、咳払いをしたところで知識不足だった。道周に助けを求めるアイコンタクトを送るが拒否された。

 道周はマリーとソフィ共々に呆れながら、「俺もアメリカ史博士じゃないんだ。無理を言わないで」と丁重に断る。

 我に返ったソフィは頬を赤くして咳払いをする。


「失礼、取り乱してしまいました。私たちの「領域」というコミュニティ制度についてご理解いただけたのなら、本題へ参りましょう」


 道周とマリーは口をつぐみ耳を傾けた。

 ソフィが話の流れを思い返し、脱線前の内容から説明を再開する。


「先ほど少し触れましたが、フロンティア大陸は現在、内乱状態にあります。かつて大小合わせて300超あった領域も、現在では50もありません。それほどに強い領域による侵略行為が行われているのです」

「ひどい……」


 ソフィの沈鬱な面持ちにマリーが言葉を漏らす。道周も真剣に清聴し、ソフィの次の言葉を待った。


「その原因は、300年前に突如として現れた"魔王"を自称する者の台頭でした。

 領域とは地縁を重視しその土地で一つの社会または生態系が完結しています。大小全ての領域間での交流や相利共生はあれど、他の領域への侵略行為などはありません。

 しかし固定の領域を持たない魔王は侵略を行い、その圧倒的な権能を用いて領域の吸収を進めました」


 宿場町へ続く街道に人通りはなく、ソフィの言葉の一つ一つが染み渡る。ソフィのまざまざとした語り口に、マリーが生唾を飲む音が聞こえた。

 ソフィは歩く速度を少しだけ落とし、譜面をなぞるように言葉を紡ぐ。


「魔王の侵攻に手をこまねき、戦いの火蓋が大陸全土に拡大するのを防ぐために200年前、北方の大地にて最大の勢力だった"白夜王"が異世界から魔王を倒しうる勇者を召喚したのです」

「っ!?」


 道周が声を上げて大きな反応をした。

 「異世界から召喚」というワードは道周の聞き間違いではなく、確かにソフィが口にした言葉だ。

 道周はソフィに問い質したい気持ちに駆られ、衝動が勢いよく喉元を駆け抜けた。

 しかしソフィが道周の動きを阻むように、矢継ぎ早に二の句を継ぐ。


「しかし召喚された勇者は魔王を打倒することができませんでした」


 ソフィの口調には僅かながらの威圧感が含まれていた。

 道周はソフィの語調に押し黙り、質問は上手く押し潰される形となる。

 ここで呑気に手を上げたのは、真剣な面持ちのマリーだ。


「その勇者は魔王に倒されたの?」

「魔王と戦った後の勇者の行方は誰も知りません。しかし200年前の人物ですので、恐らくご存命ではないかと」

「そう、なんだ」


 マリーを最後に会話が途切れた。

 ソフィは話の続きをする気配も見せずテクテクと歩を進める。

 その様子を見た道周は好機を逃すまいと手を挙げようとした。

 道周の挙手に初動、脳からの指令で指先が震えたそのとき、またしてもソフィがあっと声を上げた。


「見えました! あちらが宿場町です!」

「わぁ! やっと何だか異世界チックにファンタジーしてるよ!」

「そうだな」


 道周はマリーの意味不明な感想を受け流し、ソフィに目をやる。

 輝かしい顔付きで町へ駆けるソフィは、一見知的で面倒見のいい純粋無垢な美少女だ。しかし道周の目には底知れない影のような物が見えていた。


(さっきの威圧的な語調といい、タイミングよか宿場町が見えたりといい、もしかして……?)


「ささ! 町の中もご案内いたしますので、ついてきてください!」

「って速いよソフィー!」


 マリーとソフィが無邪気に街道を駆ける。歳の近いであろう2人は旧知の仲の友人同士のように、屈託のない笑顔を浮かべる。

 道周はソフィの陰りのない笑顔を目にして、考えを改めた。


(まさか、な)


 2度目の異世界転生で疑り深くなっているのだ、と自戒をして気持ちを切り替える。

 道周も街道を駆け、じゃれあい戯れる金髪美少女とハーフエルフの美少女の後を追った。


 おい、待てよ!


「いいぞもっとやれ。


 ……違う逆だ」


 その後、道周がマリーからお怒りのキックを喰らうまでがお約束。

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