第3話「異世界転生する男 1」

「いらっしゃいませー」

「しゃっせー。

 って、また自動ドアが勝手に開いただけかよ」


 レジカウンターに立つ青年が舌打ちをした。隣の女子高生バイトも苦笑いをして、外の暴風雨に目をやる。

 夜の暗がりの中に取り残されたコンビニ「ヘヴン&トゥエルブ」はポツンと明かりを灯す。時間につれ強く打ち付ける雨風の影響で客足は途絶え、店内にはアルバイトの2名しかいない。


「雨、強くなってない?」

「ついでも風も強くなってる。とんだゲリラ暴風雨だな」

「昼まで快晴で、雨の予報なんてなかったのに。明日ディニズー行くんだけど耐えてる?」


 女子高生バイトは制服のポケットからスマホを取り出し天気予報をググる。

 ニュースサイトから天気予報へ飛んで、再びニュースページへ戻る。すると目に飛び込んだニュースを隣の青年へ見せた。


「見てよミッチー。このニュースヤバくない?」

「ん? なになに……。

 『トラック横転事故 強風か、もしくは……!?』ってなんだこりゃ」


 ミッチーと呼ばれた青年、小堂こどう道周みちちかはニュース記事の写真に目を疑う。

 そこに写っていたトラックは3台が全て横転反転しており、勢いのまま運転席がひしゃげている。何より道周が注目したのは、横転した1台の荷台部分だ。荷台のど真ん中に打ち込まれた半球状の痕跡は目測で30センチ弱、強風が吹いただけで出来上がるものではない。

 その痕跡はまるで、


「巨人がパンチしたみたいだよねー」

「馬鹿なこと言うなよ。この世界に巨人なんていてたまるか。適当にSNSから拾ってきて着色したに決まってる」

「……ほんとミッチーて夢がないよね」

「マリーが夢見がちなんだよ。いくつだ」

「今年で18ですー。お子ちゃまで悪かったですね!」


 そしてマリーはヘソを曲げた。美麗な金髪を揺らしそっぽを向いて、麗しの唇を尖らせてツンとした態度を取る。

 道周はあちゃーと額に手を当てて、どうやって機嫌を取り直すかを思考する。

 道周が考えを巡らせながら、店外の様子を窺う。


(そうだ。それもこれも、このゲリラ暴風雨のせい)


 今は5月の下旬。昼過ぎまでは五月晴れの言葉に相応しい心地の良い晴れ空だった。吹き抜ける風はひんやりと冷たくも陽射しは暖かく、眠気を催すような快晴だった。

 しかし夕方頃から空には暗雲が立ち込め、雲行きは怪しくなった。不安は的中し、降りだした雨は勢いを強め、風は湿り気と寒さを帯び凪いだ。

 朝の予報では「1日中よく晴れる」と言っていたが、その予報が見事外れた。

 その後からは雨脚は一層強まり風も激しく吹き荒ぶ。道周が「ゲリラ暴風雨」と言うのは、雨のみならず強風がある故だ。


『家が雨漏りしたから出勤早めて』


 とはコンビニ店長の言。

 11時からの夜勤だった道周は3時間前倒しで出勤し、高校生アルバイトのマリーの退勤後はワンオペである。


『天気悪いからお客さん来ないよ~。大丈夫だって~』


 とは店長の言。

 天気が快復すれば客が来るでしょ!と言う道周の反論にも耳を店長は貸さず今に至る。

 道周もほとほと人が良い。


『ほんと助かるよ~。僕も家の用事が終わって来れそうなら来るからさ~』


 とは店長のry。

 「来れたら来る」は絶対来ない。

 道周はこれからの億劫な時間を思うと溜め息が出た。


「はぁー。

 マリー、10時だぞ。高校生は帰った帰った」

「ミッチーてほんとお人好しだよね。もしかしてワンオペしたくて早く出勤した? もしかしてドM?」


 さっきまでヘソを曲げていたマリーは、今度は道周にあらぬ疑いをかけてドン引いている。日本人離れした碧眼の瞳はマジだ。

 道周としては一刻でも払拭したい疑惑だ。落ち着きながらも的確に訂正を入れる。


「違うわ。マリーは明日ディニズーに行くんだろ?」

「あー、そういうことねー。

 ……でもさ、帰れると思う?」


 マリーがそういって店外を指差す。外の天気は一層荒れ狂い、街路樹がほぼ直角に湾曲している。

 道周は再び額に手を当てて、ブリーチをかけた明類茶髪を掻きむしる。


「と言うわけで、もう少しお給料いただきますね!」


 マリーは悪戯に笑いサーモンピンク色の制服を着たままくるくると回る。その足でレジカウンターを飛び出し売り場をうろうろ。やりたい放題だ。


「ま、客がいるわけでもなし。いいか」


 道周はマリーの自由奔放さを前に匙を投げた。

 道周は制服の袖を捲り、手首に着けたブレスレットに手を当てた。群青色のブレスレットはサーモンピンク色の制服とコントラストをなしており、目にも鮮やかな映え方をしている。

 群青色のブレスレットが青白く発光すると、道周の手にはスマホが握られていた。売り場を散策するマリーはその一部始終に気が付いていない。

 道周は何食わぬ顔でスマホを操作する。

 道周が調べているのは、先ほどマリーが見せてきた事故についてだ。

 道周は何か"裏"があるのではと考えている。きっと常識から逸脱したような"裏"に道周は心当りがある。

 その裏付けのためにネットニュースではなくSNSでの口コミを探すが、


(当たりはなし、か……)


 道周はスマホをポケットに仕舞った。


「あー、ミッチーバイト中なのに携帯触ってるんだー。悪いんだー」

「客がいないときはいいんだよ。海外ではこれが普通、日本が古いだけ。いいね?」


 金髪少女が純日本人に海外の常識を語られる図、あまりにも奇妙。


 すると静寂に包まれた店内に軽快な電子音が流れた。来店を告げるポップな音は跳ねるように陽気に鳴り、2人の店員は機敏に反応した。


「っせー」

「いらっしゃいませ……、え?」


 マリーの声が滞る。

 それもそのはず。来店した客は、あまりにも大柄すぎた。

 2メートルの高さをもつ自動ドアですらつっかかり、全開になったドアの幅よりも恰幅がいいコートの男だ。

 背中を窮屈に丸め立端は正確には分からない。体格は筋骨隆々の一言に尽き、背中は不自然に丸まっている。しかし大男の奇っ怪さは、その巨体のみではなかった。


「……?」


 マリーの口から素直な感想が溢れた。

 この言葉は比喩にあらず。大男の頭には、牛を彷彿とさせる双角が生えていた。

 天井を擦る湾曲した牛角は歴戦の闘牛の角であり、数多の傷痕が見てとれる。

 しかし男の身体は二足で起立し、上半身を腹筋背筋で起こす人体そのもの。

 マリーは訳が分からず、道周も息を飲んだ。

 眼前の男はあまりにも奇妙で異質、道周の脳内では本能的な警報が鳴り響いている。

 牛角をもつ大男は血走った双眸で店内を見回し、その視線は道周で止まる。

 道周と、道周よりも遥かに大きな男との睨み合いが続く。マリーは目の前の出来事に戸惑い、端から見守るしかなかった。

 道周は慎重に後退りをしながら大男から距離を取る。目線は決して切らさず、一挙手一投足を見逃さないように、大男の所作に対して敏感肌になる。


「……uuuUUUFUuuOoo!!」


 先に動いたのは、牛角の大男だった。

 大男の咆哮は店内のガラスを震撼させ、壁や天井に亀裂が走る。さらに男は猫背になった背を弓のようにしならせ天を仰ぐ。隆起した胸筋が布のコートを散り散りに破り、逞しい上半身が露になった。

 猛々しい咆哮に耳を塞ぎながらも、道周は大男の全体像を視認する。

 頭部に生える二本の湾曲した牛角、顔から鎖骨にかけて生える獣の毛、厳のような頑強な肉体に人の肢体。

 この「牛頭人体」の怪物は、あまりにも有名である。


「ミ、ミノタウロス……!?」

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