07.木野ミナト×大井悠 知らなかった⑤


 美味しいお鍋を食べながら、そろそろメインの目的に移らなきゃいけない、と思い出したので、冷蔵庫に行ってビールを取り出す。

 ついでに、厚揚げ、醤油、チーズも取り出し、フライパンに油をさっと引き、厚揚げを焼く。

 軽く焦げ目がつくまで焼いたら、醤油を小さじで上からかけ、そのままチーズも上に乗せちゃって、さらに焼き上げる。


 その間に、グラスも二つ用意して準備万端。

 お皿に、焼いた厚揚げを盛って、テーブルへ。


「おまちどうさま、おつまみですよ~」

「あ、お皿貰います」

「ありがと~」


 悠ちゃんにお皿を渡して、もう一度キッチンに行き、今度はビールとグラスを手に戻ってくる。


「はーい、本日のメインイベント、ビールのお時間ですよ~」

「ついに、来てしまったんですね……」


 なんだか、強大な敵と対峙したかのような顔をしている悠ちゃん。

 そんなに緊張する事でもないんだけどなぁ……。


「は~い、じゃあ、ビール注いじゃいましょ。」

「はい……。緊張します…………」


 そんなに緊張する事でもないんだけどなぁ……。


 トクトクと、絶妙な角度で注がれた黄金色をしたビールを、クリーミーな白い泡で蓋をして、乾杯。


「はい、かんぱ~い!」

「か、かんぱい……」


 軽くチン、と鳴ったグラスを傾け、まずは一口。

 少しの苦味と、口の中で弾ける炭酸の感触に、素直に美味しい、と言わざるを得ない。

 うん、やっぱりちゃんとビールを飲むのはいいねぇ。


「…………んんっ、にがい」

「あはは、最初はそうなるよね~」


 若干涙目になっている悠ちゃんに、ほほえましいものを感じながら、二口目のビールを味わう。


「どうしても無理なら、無理して飲まなくても大丈夫だからね?」

「はい…………」


 苦味に渋い顔をしている悠ちゃんに声を掛けながら、私は少しビールをあおり、そのままおつまみへと手を伸ばす。


 うん、醤油味の厚揚げと溶けたチーズとが絡み合って美味しい、と自画自賛しておこう。


「悠ちゃんも遠慮せず食べて食べて」

「はい、いただきます……おいしぃ」


 ビールの時とは違って、顔をほころばせる悠ちゃん。

 ほんとに、この娘は可愛いなぁ……一体、どうしてくれようか!

 いや、どうこうはしないんだけどさ。


「どうしたんですか、先輩?」

「はっ……いや、なにもないからね?」

「??? はい……?」


 あぶないあぶない、妄想が溢れ出そうだったわ……。


「っと、ビールなくなっちゃった……」

「あ、取ってきます」

「いいよ、座ってて」


 とはいえ、取りに行くのは面倒くさい…………そうだ!


「悠ちゃんの残ってるやつ貰っちゃうね?」


 言いながら、悠ちゃんのグラスに残っていたビールを飲む。


「……え?!あ、それ……」


 おや、悠ちゃんの様子が……?


「それ……」

「???」

「か……間接、キス……」

「んぐっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


 ちょ!?この娘、急に何という事を!

 思わずむせちゃうじゃん!


 いや、口から零れてないからね!

 セーフ!セーフだから!


「げほげほっ…………あーびっくりした……」

「大丈夫ですか……?」

「ありがと……ごめんね、タオル取ってくる」

「あ、はい……」










 はぁ~…………びっくりした…………。


「間接、キス……。」


 ふと、自分の唇をそっと撫でる。


「いやいや、意識しすぎだから……!」


 そう言いながら、何故か頬の熱さが収まらない。


 今まで知らなかった初めての感覚に、私の感情はとてつもなく揺さぶられてしまうのでした。

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