第500話「りぜっとこわれる」



 きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 私の眷属カッコよ過ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!


「くっ!?」


 いけない! 彼のあまりの輝きに、吸血鬼の目が灼かれてしまう!

 私、リゼット=ブルームフィールドは先程まで、ドレス姿を一番に彼に見せたい一心でテキパキと着替えを済ませ、聖堂で待っていた。それはもうドキドキソワソワしながら。

 するとどうでしょう。そんな心地で中央の十字架を見上げて待っていたところ、彼の気配と共に開いた扉から、目を灼かんばかりの白い光が……!!


「──」

「──」

「あ、あのぉ~……どうされましたお二人とも?」


 彼の背後に控える聖女さんの声も耳に入らない。

 不思議。眩いのに、少しも目が離せないの。それはきっと、虚ろな足取りのまま無言でこちらに近付いてくる彼もそうなのだと思う。

 上下白のタキシードに身を包んだ彼は、髪も少し整髪料で撫でつけてもらっており雰囲気が異なる。いつもが野生児な感じなら、今は文明に染まったサラリーマン。それくらい違う。

 そんな純白の彼が目の前で立ち止まり、こちらを見下ろす。ウエディングドレスに身を包んだ、私を。


「……ウ、ア……ァ……」

「……ワ、ァ……ァ……」


 熱い視線を交わし合い、二人で言語にならない声を上げてしまった。でも二人でコクコクしきりに頷いていたから互いに褒めているのは分かる。

 だって白よ? 女の子に白を着せるのは好きだけど、自分は「†闇より生まれし俺に白は似合わない†」だなんて言って全然着ない彼が、白を。

 こんなのねぇ……ダメでしょう? 着崩しや暗い色が多い彼がここまでするくらい、それはもう真剣に私との結婚を考えてくれているって証拠じゃない。あー、これはもうこの眷属完全に私と結婚したがっているわ。もう私と結婚するために生まれてきたでしょう。絶景ね。


「う──?」


 あ、ダメ。

 彼の姿を見ていたら、それにつられて私の思考もなんだか真っ白に塗り潰されて──、


「お、お二人とも~? 大丈夫ですか~?」

「はっ」


 私達の間にひょっこりと顔を出す、修道衣を着た女性。あ、シスターさん……? いけないいけない。

 ようやく彼の姿から目を逸らすことに成功した私は、愛想笑いと共にシスターさんに聞いた。


「ごめんなさい、うっかりして。今、どこまで式のプログラムは進んでいたかしら」

「試着です! プログラムは進行してないです!」


 え、何言ってるのこの人。こわ……。


「こんな晴れ舞台に変な冗談はやめてちょうだい。折角、彼の選んでくれたドレスに袖を通しているのだから」

「うちのスタッフが選んだんですよね」

「そんなわけ。ねぇジン?」

「うちのスタッフが選んだんですよね?」

「俺が選んだ」

「『俺が選んだ』!?」


 ほら、ね? 彼にそう目配せしながら、私はさり気なくスカートの裾を摘まんで彼へアピールする。着飾った私をね。

 彼ってばよく日常的に私のウエストを褒めてくれるから、それをより活かせるよう上半身からヒップへのラインがフィットする“マーメイドライン”のものを一緒に選んだのよね~?

 腰回りからスカートがフワッと膨らむ“Aライン”や“プリンセスライン”もそれはそれで華やかだけれど、黄金のスタイルを持つ私ならむしろこういった女性らしいボディラインを強調する方向で攻めるべき。彼の熱い視線からして、やはりこれが正解だったと確信した。

 オフショルダーはちょっと肌を出し過ぎだと思い、腕周りは半袖のパフスリーブにしている。でもその代わりに、自慢の長い金髪をポニーテールにし、真っ白なうなじと空いた背中を大胆にアピール。彼の視線は、これで花嫁わたしが独り占め♪


「ふふ……♪」


 ──まさに完璧。

 花嫁としての貞淑さと、私のゴージャス感を見事にブレンドさせた最高の花嫁衣装と言えるでしょう。

 ああ、ありありと思い出せるわ、彼とここに至るまでの愛の道を。

 ステンドグラスから差し込む七色の光を浴びながら、私はうっとりとして過去を回想する。


「本当はもっとゆっくり恋人同士の時間を楽しむはずだったのにね? あなたが『どうしてもマスターとすぐに結婚したい』だなんて言うんだから」

「リゼット様、まだ高校生ですよね? それにイギリス人女性の結婚は十八からでは……未成年では親族の同意も……」

「ほんと、未成年の女子高生とすぐに結婚したいだなんて。ロリコン眷属なんだから♡」

「法律守ってない式プランは最強の私でもちょっと難しいと言いますかぁ……」

「授かっちゃったのだもの。責任は取ってもらわなきゃ……あ、今動いた♡」

「それ赤ちゃんじゃなくて胃の活動だと思いますよ。さっき食べたご馳走の」


 そんなわけないでしょ。さっきからなんなのかしらこの人変な人だわ……。

 冷や汗をかきっぱなしのシスターさんに、しかし私も今や一人の立派な“女”なので、「まぁ?」と少し譲歩してあげることにした。


「確かに、ちょっぴり経緯ははしたなかったかなと反省はしてるわ。でも……彼ったら、夜もとっても逞しくって……♡ 私も毎回『まだ学生だから』って言ってるのに……何度も、何度も求められて……♡」

「教皇庁秘跡編纂省の調査力なめないでください。先生はまだ童貞だってネタはあがっているのですよ」

「まずいと思ったが、性欲を抑えきれなかった」

「それ性犯罪者の台詞なんですよね」

「子はなしてこそでしょう?」

「なかった出来事を自然と共有するのやめてくださいませんか。さっきからお二人とも眼がキマってて怖いんですって」


 あぁ、幸せ……♡

 うぅん、これからはきっともっと幸せ……♡

 私は彼の腕を取り、そっと隣に寄り添った。自分ができる中で一番、優しいと思う笑みを浮かべながら。


「ありがとう、ジン。私を選んでくれて。あといつもツンツンしててごめんなさい」

「照れ隠しと分かっているゆえ、むしろ愛らしい」

「……そんな風に言ってくれるの、あなただけよ。やり過ぎちゃう時もたまにあるし……」

「俺はマスターの眷属となる時、その全てを受け止めると誓った。過ぎているなど、思ったことはない」

「でも……」

「大丈夫だ、リズ。俺のリズ……」

「あ──」


 優しく私の肩を抱き、支えてくれる彼。うぅん。私の愛する夫……♡

 そんな彼は真剣な瞳で私を覗き込み、愛の言葉を綴る。


「改めて誓わせてくれ。俺を一生、眷属として……そして恋人として近くに置いてほしい。支えさせてほしい。『選んでくれて』などと言うがな。俺の方が……マスターがいないと、もうダメなのだ。こんな情けのない下僕だが……どうだろうか?」

「っ……はい♡」


 あ♡ 好きぃ♡♡♡

 私も……私も、誓ってあげる♡


「もう一生、ぜ~ったい離してなんてあげないんだからね……ア・ナ・タ♡」

「くっ、結婚してくれ!!」

「ふふ、おバカ♪ もうしてるじゃない♡」

「あのぉ~、これどう収拾つければいいんです?」

「あら、嫉妬かしら? 行き遅れないといいわねあなたも」

「私だって既に恋人がいるんれすけお!!?? って、うん? 通信?」


 キレ散らかしていたシスターさんが、なにやらインカムに「え、もう一人着替え終わってこちらに来る!? これ以上!?」と言って顔を白くしている。どうしたのかしらね。

 まぁいいわ。早く誓いのキスを交わしましょう。そうして彼と私の愛は永遠のものになるの……♡


「えと、えと……あ、あー! お、お色直し! お色直しの時間なのではないでしょうか!? ほら、リゼット様も汗をかかれておいでですし!?」

「やだ、うそ」


 ノリノリで口付けを交わそうとしていた私はその声で青くなり、彼からパッと身体を離す。

 もしかして、汗でメイク落ちてる? グリッターメイクで物理的にもキラキラしてるこの私が?

 それはちょっと……彼と永遠の愛を誓う時は、絶対完璧に可愛い私でいたいもの……。

 私は少しの逡巡の後……彼に背を向けながら、ボソッと言う。


「……ちょっと、メイクさんに直してもらってくるわね」

「……そうか」

「シチュエーションを大事にされる方で良かった~……あ、いえいえなんでも。どうぞごゆっくり~」

「えぇ、ごめんあそばせ」

「ふぅ……え、これがあと三人もあるってマジですか?」


 そんな不思議な言葉を聞きながら、私はそそくさと控え室へと進む。それはもう満面の笑顔で。

 ふふ、彼ったら私に見惚れてたわ♪ 当然だけどっ。やっぱりなんだかんだ言っても、このご主人様がナンバーワンなのよねぇ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る