第327話「F→G、おぉ~」



「きゃあー!?」


 ──夜の洋館に木霊する、我が妹の悲鳴!


「きゃあー!?」

「どうした刀花!?」

「きゃあぁぁ!!??」


 異変を察知し、押っ取り刀で脱衣所へと駆け付ければ、二つの悲鳴が俺を出迎える。前者が刀花で、後者がリゼットだ。その声音は少々異なってはいたが。


「ななななに普通に入ってっ、ちょっ、見ないでよおバカー!!」


 刀花の悲痛な叫びとは違い、リゼットの声は羞恥と怒りを孕んでいる。チラリとそちらを見れば「きゃっ」と可愛い悲鳴を上げて、彼女は後ろを向いてしゃがみこんでしまった。

 その姿は当然、全裸である。おそらく刀花と風呂から上がったばかりなのだろう、まだポタポタと水滴の落ちる黄金の髪と、上気した肌が大変艶っぽい。加えて言えば、そうしてしゃがみこむと小ぶりなお尻がよく見える。

 リゼットは一人で風呂に入ることも多いが、時折、髪や身体を洗うのを刀花に任せる時がある。状況を察するに、今夜もそういう気分だったのだろう。ちなみに俺と共に入浴してくれるのは、とてつもなく気分がよい時("がちゃ"が大当たり? した時など)や、俺が口説き落としてふにゃふにゃになった時のみだ。口惜しい。

 だが今は、真っ白でスベスベで美味そうな背中を晒す主よりも──!


「どうした刀花!」

「──」


 なにやら青ざめてガクガクと震えている、こちらもまた全裸の妹の様子である! いったいどうしたというのか!

 突然の闖入者には目もくれず、刀花はその琥珀色の瞳を戦慄に染め、口を押さえて下を向き続けている。その視線の先には……む、あれは!


「体重計──!」


 体 重 計 。

 それは乙女の友にして同時に敵でもある、まこと大きな業を背負いし道具の一つ。一瞬で示される真実の数値に、全世界の乙女は今夜も一喜一憂し、そしてある者は阿鼻叫喚の坩堝へと叩き落とされている。

 そしてそれは、無双の戦鬼を兄に持つ酒上刀花であっても例外ではなく……む?


「……」


 いや、ここで一度、刀花は体重計から降りる。


「……」


 そうしてもう一度、彼女はその爪先を体重計に乗せる。踏み台昇降を見ているかのようだ。

 そして惜し気もなく乳房や局部を晒しながらも、刀花は「ふむ」としかつめらしく顎に手を当て……、


「少々動揺してしまいましたが……兄さん、大変です。この体重計──壊れてますよ!!」

「現実から目を背けるのはやめなさいトーカ。あとさっさとパジャマを着なさいな」

「どうした刀花!?」

「どうしたもこうしたも、体重計に乗って震えてる女の子なんて“増えてる”パターンしかないでしょうに。減って震えるのは重篤な病人の方だけよ」


 いつの間にか黒い厚手のネグリジェを身につけていたリゼットが冷たい声で言う。

 そうして「あほくさ」と言わんばかりに鼻を鳴らし、リゼットは俺の両手に無言でドライヤーと櫛を渡してきた。髪を乾かせとの仰せである。

 旅館ほどの広さがあるこの脱衣所には、当然のように壁一面の巨大な鏡と洗面台が設置されている。

 その前にある椅子にチョコンとリゼットが座ったことと、どうやら危急ではなさそうな空気感を認め、俺はドライヤーのスイッチを入れながら妹に問いを投げた。


「して……妹に曰く、体重計が壊れたと?」

「はい」

「その損壊を信じて疑わない絶対的な自信はどこから来るのかしら……」

「いえ、絶対におかしいです」

「おかしいのはあなたよ、いつまで裸なの」


 だが我が妹は、半眼のリゼットの言葉も何のその。

 たっぷりとした乳房をたゆんと、肉感的なお尻をぷりんと揺らす刀花はどうにもシリアス顔を崩さない。活発な黒髪ポニーテールを下ろしていることもあってか、怜悧な色を宿したそのかんばせは様になる。俺の妹は美人さんであるなぁ。

 気持ちよさそうにするご主人様のその金髪をぶおぉ~と熱風と櫛で労りながら、俺がそんな呑気な考えを抱いていると、刀花はふにふにと自分の腹なぞを摘まんでいる。


「おかしいです。来月にウェディングドレスを着るために最近は間食も控えて、お腹のお肉も増えていないはずですのに」

「勝手に結婚式を開こうとしないの。マリッジブルーにつられて内臓脂肪でも増えてるんじゃないのストレスで。肝臓の診察はお早めにね」

「脂肪肝さんじゃないですぅー!」


 ガーネットだっただろうか、「肝臓は陰キャ」と言い放っていたのは。人間の身体というのは厄介な造りをしているものよ。内なる助けの声すら小声とは。


「はっ……!」


 だがここで刀花、とある可能性に行き着いたのか目を見開く!


「……」


 そうして無言で、己の自慢の一つである豊満な乳房を見つめたかと思うと……、


「──」


 両手で、掬い上げるようにして持ち上げたのだった。


「なにやってるの……ん、ありがとジン」

「ああ」


 主の礼の言葉に、多数のスイッチが配置されているドライヤーを置く。俺は彼女に出会うまで、高価なドライヤーの性能というのを舐めていた。まいなすいおん……。

 毛先まで艶々となった金髪に仕上げの櫛を通しながら、俺は横目で刀花のその様子を観察する。

 ぽよんぽよん、たゆんたゆんと。刀花の手に乗った乳房が、その豊かさゆえに蕩けた餅のように少し横に広がりながら揺れる。

 だがその蠱惑的に映る絵面とは裏腹に、妹の顔は少しの差異も見逃すまいとする研究者のようで……む、いやまさか……そういうことか……!?


「……兄さん」

「……ああ」

「え、なにこの空気」


 重く呟く刀花に、理解による頷きを返す。リゼットはついて来られていないようだが。


「そのタンスどこから出したの」


 壁に沿ってピッタリと背を預ける厳かな様子の刀花。その横に、俺も無言でどこからともなく出した古びたタンスを設置する。酒上家に先祖代々伝わる (予定)の逸品だ。

 そうしてピンと文字通り胸を張る刀花の、その桃色の先端に目測を合わせ……ピッと、タンスの横腹に爪で縦方向の傷を付けた。

 ……もう何本も傷跡の残る、そのタンスへ。


「っ! 刀花!」


 そうして数ある蛇腹の中へ新たに並んだ傷は、これまでのものより更に大きく差を付けており……!


「胸が……成長しておる!!」

「──ありがとうございます、兄さん。妹は今、更なる高みへと至ることができました。感無量です。この喜びを、私は兄さんに一番に伝えたかったです」

「そういう微笑ましい成長の記録って、普通は身長でやるものじゃない? さすがにだいぶ気色が悪いでしょう胸でやるのは」

「いずれ私は、このタンスの横幅を越えてみせます」

「ドラム缶になりたいだなんて初耳だったわ私。せいぜいいっぱい食べて頑張りなさいな」

「嫉妬ですか?」

「は?」


 酒上家家訓!『汝、妹の胸を愛せ』である。

 俺が妹の成長に感涙する横で、刀花は嬉しそうにニコニコしながら頭に手をやった。


「いやぁ、実は最近ブラのサイズがきついかも? って内心思ってたんですよね~。お腹が出ちゃったのかと思い、今日まで怖くて確かめられていなかったのですが」

「現実から目を背けてたのは認めるのね」

「しかし! これは僥倖……! 兄さん、明日は妹と一緒に下着を見に行きましょうねっ、むふー」

「承知」

「……やば。兄妹で下着を見に行くことに一瞬なんの疑問も抱かなくなってたわ私。これが毒されるってことなのね」


 ──というわけで、翌日!


「店員よ。この子のサイズに合い、なおかつこの店でもっとも可憐な下着を見繕ってやってほしい」

「あと一番エッチなやつでもお願いします」

「出禁RTAやめなさいあなた達」


 こちらの注文に冷や汗を流す店員に連れられ、我が妹はまずサイズ測定のためカーテンのある試着室へと姿を消した。

 色取り取りの布地に囲まれる店内にて、俺はその背を見送りながら、思案するように顎に手を当てる。


「我が目測では既にFを越え、綾女と大きさを同じくするGへと至っていると思うのだが……マスターはどう思う?」

「『クラスメイト女子のカップ数を把握してる私の彼氏キモい』ってところかしらね」

「どうした。昨夜から活気が感じられんぞ、マスター」

「これで普通なのよ。あなた達がおかしいんだってそろそろ気付いて?」

「ここで高揚せずしていつ高揚するのだ?」

「少なくとも今ではないでしょう?……もう」


 腰に手を当て、ご主人様は嘆息のポーズ。

 だが男手一つで妹を育ててきたのだ、その成長を喜ばぬ兄など存在しない!


「くっ、気が逸るな……!」

「珍しくあなたの瞳に光が宿る時が妹のおっぱいのサイズ測ってる時ってどうなの」

「うぅむ、これが似合うだろうか……いやこれも捨てがたい」

「あと一着でもこのご主人様に下着をあてがって妹の下着姿を想像してごらんなさい、殺すから」

「もしもし、ガーネット。特にお前に用などは無いのだが、刀花の胸が成長したことをここに伝えておく」

『死んじゃえ☆』


 切られてしまった。仕事が忙しいのかもしれん。だがその冷たい声で少し頭が冷却された。


「ふぅ、いやすまない。少し落ち着いた」

「あの桃色魔法使いアイドルをサンドバッグにするのやめなさい? 殴りやすい顔とボディをしてるのは分かるけれどね」

「これは異な事を……ついな」


 あやつは多少雑に扱ってもよいというのは、リゼットと抱く共通認識である。そうした方がむしろ、あのアイドルは輝きを増す。


「ところで、マスターは下着を見なくてよいのか?」

「んー……うーん……」


 ……迷っている。


「なぜ迷う」

「や、まぁその……ね?」


 チラリと、リゼットは深紅の瞳を潤ませてこちらを上目遣いで見た。

 だがすぐにパッと視線を逸らし、彼女は手慰みに陳列された下着を物色する。


「私もまぁ……今のスタイルを気に入ってはいるのだけれど……最近ちょっと、窮屈になってきたというか? でも私って、成長曲線がだいぶ緩やか──いえ、そう、優雅。優雅でね? 結局どこまで大きくなるのか見えないっていうか? 最終的には月曜から日曜までたわわになっちゃうのも視野に入れた方がいいんじゃないかしらって思って買い時を見極めているというか? 可能性の獣が目覚めの時を待っているっていうか?」

「マスターの胸はいつの間に冬眠したヒグマのようなものになったのだ」

「もうちょっとマシな喩えしなさいよ、乙女のバストに向かって」


 む……?


「見るからに形も張りも大変よろしく、今後大きく成長するかもしれないもの……?」


 ………………べ、


「"べいま○くす"……」

「どうして……」


 分からない……。


「そもそも俺はマスターの胸の感触を知らんのだが」

「うっ……そ、そんなことないでしょう? たまに当ててあげてるじゃないの。デート中に腕を組む時とか」

「布越しではないか。……そろそろ、よいのではないか?」

「な、なにがいいのよ……」

「直接、肌に触れても」

「なななな、しゅ、淑女の胸をにゃんだと思ってるのっ」


 頭から湯気が出そうなほど真っ赤になり、彼女はガーッと牙を剥く。相変わらず貞淑で照れ屋だ。

 だが……同時に押しに弱いのは熟知している。そろそろ、布石は打っておくとしよう。それくらいの仲は深まったと、この眷属は愚考する。


「決めたぞ。次、共に入浴する時などの素肌を拝む機会があれば、恋人としてその肌に触れると」

「なんっ!? も、もう絶対お風呂になんて一緒に入らないから!」

「クク、それは残念。フラれてしまったか」

「まったく、信じられないわっ。ご主人様の胸を触りたいだなんて、ほんとに、ほんとに……」


 言葉尻が小さくなっていく。これでいい。

 これで彼女は「今後、油断すれば眷属に胸を触られてしまうかもしれない」という危機感……そして期待を得た。眷属の欲求を具体的に知ったことでな。いわば呪いに近い。


「ククク……」


 これできっとことあるごとに自ら想像し、展開次第では自分から誘ってくるだろう。『ま、まだ触らないの……?』とな。この女の子は、そういう女の子だ。

 くっ、本当に俺のご主人様は可愛らしい……!


「そんなご主人様には、この下着などが似合うと思うのだが、いかがか」

「チュチ○アンナ……あなた、あの魔法使いアイドルに会ってからピンクに毒されてない? 私、こういう明るい色合いはあんまり好みじゃないんだけど、子どもっぽくて。……もぉ」


 そんなことをぶつくさ言いながらも、満更でもなさそうにさりげなく買い物カゴに入れてくれるマスターが俺は大好きだ。

 きっと今夜あたりに、ネグリジェの隙間からチラリと披露してくれるのだろう。美意識の高い彼女は"ないとぶら"着用派であるがゆえに。待ちきれんな。


「というか、なんで私の方のサイズはしっかり把握してるのっ」

「分からぬか? ──俺は無双の戦鬼だ」

「無茶苦茶なのに納得してしまう答えやめなさい」

「そして俺は一方的に欲しがるような恥知らずな鬼ではない。マスターが俺に着用して欲しいと思う下着を、好きに選ぶがいい。瞬時に買い、その場で履いてくれるわ」

「え、この女性ものしかない中で?」

「……」


 ………………。


「無双の戦鬼に、二言は無い」

「嘘でしょこの男……」

「この不可思議な部分に穴が空いているものでもよいぞ?」

「なんでド○キの最奥にしか売ってなさそうなものがこんなところに……あとそんなの着て私の前に出てみなさい。もう最終回だからね」

『兄さん、兄さん……』


 むっ、刀花から脳内に直接声が!


『少し確かめて欲しいことがありますので、試着室の方に来てください』

「分かった」

「あら、トーカ?」

「ああ、少し様子を見てくる。マスターは俺の下着を選んでいてくれ」

「……サヤカ用のを選んでおくわ。あの子、下着付けないし……あの子……?」


 リゼットが鞘花の扱いに困っているのを横目に、俺は試着室へと歩みを寄せる。確かこの個室だ。


「刀花──」


 そうして彼女の名を呼び、壁を軽くノックをしようとした。その腕を、


「──むふー」


 まるで蛇のように絡め取られ、俺は薄暗い試着室へと引きずり込まれたままの勢いで、


 ──ふにゅん♡


「っ!」

「ふ、ふふふ……ゃぁん、です」


 その嬉しそうな声と、掌に伝わるずっしりと重く生暖かい感触を味わえば、彼女の伝えたい想いなど自ずと知れる。

 俺が目を見開く間に、刀花は俺の右腕を、自らの心臓が鼓動する左胸に埋めさせたまま、正面からこちらに抱き着く。脈動が、早い。

 その背後には鏡があり、現在の彼女の状態が、ブラを付けずパンツのみを身に付けた格好であると伝えてきてくれる。

 そうして彼女はくすぐったそうに笑いながら、こちらの耳許にこそっと、新たにできた乙女の秘密を開示してくれるのであった。


「むふー、どうですか? 手塩にかけて育てた可愛い妹の──Gカップのお・む・ね・は♪」

「──」

「んっ……あっ、あんっ♡」


 失礼を承知で、指を動かす。耳許で妹のあられもない声が鼓膜を揺らすが、この兄は劣情を抑えることができない。

 まるでその表面は手に吸い付くようで、動かすごとにしっとりと肌が潤っていく。吐息も熱くなる。


「男を誘う、いやらしい胸だ」

「やんっ……もぉ、私は……」


 こちらも耳許で囁けば、彼女は嫌々とするように首を横に振る。

 そして先の一言に物申したいことがあるのか、プクッと小さく頬を脹らませ、妹は兄を上目遣いで睨んだ。


「私はずっと──兄さんしか、誘ってませんよ……?」

「っ! 刀花……!」

「あぅ、やぁ……兄さん、つよい……お兄ちゃん……お兄ちゃん……! んっんっ……!」


 しばらくの間、二人だけの世界に浸らせてもらう。

 普段ならば触れない部分に強く触れ、いつも触れ合っている唇は常にくっついたままで……。

 そうして妹の成長と喜びを互いの身体に刻み込むこと数十分……。


「あら、やっと出てきた。見てみて、ジン。この下着なんてサヤカに──ちょ!? なんでお姫様抱っこで……トーカもぐったりして……!」

「少しな」

「は、はふ……はふぅ……ご、ごめんなさいリゼットさん。私、すぐにGなんて越えてしまうかもしれません……こんなに情熱的に、毎日求められちゃったら……んっ……♡」

「は? というかそもそもなんで二人で試着室にいるの」

「ほへぇ~……♡ リゼットさん──"上"で、待ってますねぇ~……あ、店員さんすみません……この下着は、か、買い取りでお願いします……はい、着けていますのでそのまま……はい。むしろそのままじゃないと……んっ、はひ……♡」

「はぁあぁぁぁぁあ???」


 その後、無事に二人揃ってご主人様の怒りを買い……しかしどこまでも上の空な我ら兄妹に、ご主人様はいつまでたっても怒りが冷めやらぬ様子なのであった。

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