第306話「なんでもないでぇす♡」



「にーいさん♪ お風呂、一緒にはーいりーましょっ」

「!」


 ……今宵も、試練の時が来てしまったか。

 夕食も終わり、談話室内で各々が時間を過ごす中。

 リゼットが自室に引っ込んだその機を逃さず、我が妹は喜色満面の笑みを浮かべて兄を風呂へと誘った。


「お風呂、お風呂、兄さんとお風呂っ♪」


 よほど兄と風呂に入れるのが嬉しいのか、弾むような足取りで刀花は俺の手を引く。だが俺は、幾ばくかの緊張を覚えずにはいられない心地だ。


「……」


 いや、分かっている。妹との入浴に緊張するなど、誇り高き兄として失格であると。

 全世界の妹を持ちし兄は、毎日妹と風呂に入るが義務であり、互いの情愛を確かめ合うが常であり当然であると知識では理解しているとも。刀花がそう言っていたのだから間違いない。

 だが……、


「さぁさぁ兄さん? 脱・い・で♡」

「……うむ」


 果たして、"脱衣所に閉じ込めた兄の脱衣を食い入るように見つめる妹"を目の前にした時、俺は被食者の立場を感じずにはいられないのだ。

 シュルリと紺の帯を解く音を聞けば妹の頬が紅潮し、肩から黒衣をはだければ「はぁ、はぁ……」と熱い吐息が漏れ始める。


「……」


 ……刀花が小さい頃は、独りで風呂に入れぬ彼女に合わせ、共に入浴するなど当たり前であった。

 しかし、妹の成長に伴い生活費の捻出に苦労するようになり、バイトを増やした俺と彼女の生活リズムがずれ始め、次第に入浴を共にしない日が増えていきそのまま……小学校高学年時に、今と同じ目をし始めたことも遠因ではあったが。

 我々兄妹が再び入浴を時折共にするようになったのはつい最近のこと。しかし彼女の琥珀色の瞳が爛々と輝いているのを見ると、少々の不安が過ってしまうのだ。昔はこうではなかったはずだが……と。

 そう疑問に思いつつも和服をストンと床に落とし、たちどころに全裸となった俺。その姿を上から下まで粘性のある視線でたっぷりと見つめる妹に、俺は問いを投げかけた。


「刀花……大丈夫か」

「もちろんです。妹は今、絶好調です」


 絶好調らしい。確かによく血が巡っておる様子ではある。浅く呼吸を繰り返す我が妹様は現在、大変劣情を催しておられる。己の欲望に忠実たるその姿、大いに結構。今にも飛びかかってきそうだ。

 だがそうなってしまうと俺も我慢が効かなくなってしまうため、今はその辺りの意識を刀花に促すことにしよう。


「しかし刀花? 少し落ち着くがいい」

「無理です」

「無理か」


 間断無く言う刀花に唸る。

 うぅむ、このままでは彼方が長女として産まれてしまう危険性すらある。それは今の環境や金回りでは現実的ではない。

 ここで刀花を諌めるならば……一般論に問いかけるか?


「だが若き兄妹の全員が全員、共に風呂に入りはすれど結ばれているわけではなかろう?」

「え? 結ばれてますよ? 一般常識です」


 む?


「……しかし以前、『兄さんは妹に欲情しちゃう変態さん♪』と言われた覚えがあるのだが」


 変態というのはつまり、常軌から逸脱しているということであろう? 背徳の味とは、禁忌の先にある快楽の名であるはずだ。

 兄の問いかけに、妹ももっともらしく頷いてみせる。


「そうですね。不肖、妹の身から申し上げさせていただきますと、実兄だからこそ興奮する部分は大いにあると思います。"いとこ同士は鴨の味"なんて言いますが、でしたらより近い兄妹でしたらもっともっと美味しいに違いありません。禁断の甘ぁい果実です、むふー」


 ?


「……しかし、先ほどは一般常識だと……」

「はい。兄妹で結ばれるのは一般常識です」


 ??


「一般的なはずであるのに、禁断の味……?」

「そうです」


 ???????


「んもう、兄さんったら」


 頭から煙が出そうなほど混乱していれば、刀花が「いやですねぇ」と笑って軽く手をヒラヒラと振る。


「私達は奥ゆかしい日本人ですよ? そんな秘め事を外に漏らすわけないじゃありませんかぁ~」

「ふむ……?」

「兄が妹に手を出す、妹が兄に手を出す。そんなのどのご家庭でもやっていることです。外に漏らさないだけで、ね?」

「ほう……?」

「つまり今の私達は、とても健全な家庭のあり方を体現していると言えるでしょう。兄妹円満です」


 そう、なのか……? そうなのかもしれん……?


「兄さん!!!」

「むっ!?」


 その王としての一喝に、迷いの森に行っていた思考を強制的に現実に戻し、即座にその足元に跪いた。

 全裸で頭を垂れる兄を眼前に、妹は「情けないですっ」とでも言うかのように嘆く。


「兄さんどうしちゃったんですか! 最近の兄さんは、ちょっぴり置きにいってると思います! それはいけません!」

「っ!?」


 この俺が、置きにいっている……?

 それはつまり……俺が腑抜けていると!?


「バカな……む、いや……!」


 待て。先ほど、俺は何を思考した?

 "一般論で刀花を諌めよう"と、そうしていなかったか……?

 この俺が……この無双の戦鬼が、社会に迎合を……!?


「そんなことが……」


 その事実に行き着き驚愕に身を震わせていれば、刀花は慈しむ目で愚かな兄を見る。


「いいんですよ、兄さん。間違いは誰にだってあるものなんです。許し合うのもまた兄妹の形です」

「刀花……」


 おぉ……全裸で苦悩する兄を包み込むその慈愛。まさに女神のそれよ。やはり俺の妹は格が違う……いや、やはり妹とは神なのではなかろうか?

 俺が妹という名の神を崇めるように見上げていれば、刀花は微笑みと共に信者を導かんとする。


「いいですか兄さん? 日本神話に曰く、国産みの神様イザナミとイザナギは兄妹であり、同時に夫婦でもありました。日本の始まりからしてそうだったのですから、兄妹で結ばれることなんて日本では至極当然であるべきなんです。今の日本人は悲しくもそれを忘れてしまっているだけで……私達こそが、真の兄妹のあるべき姿なのです! それを知る私達こそが、それを啓蒙していくべきなのです!」

「!!」


 やはり、俺の妹は神であった……!

 毛唐共の聖書にもこう記されている。『妹から右頬に口付けを受けたら、左頬も差し出せ』と。妹とは崇めるべき神であり、つまり好き放題させよという教えである。刀花がそう言っていたのだから間違いない。

 縛られぬ妹を前に、下らぬしがらみを覚えた兄の、なんと情けないことか……!!


「理解の及んでいなかった己が恥ずかしい……」

「可哀想な兄さん……きっと度重なる環境の変化に、少し疲れてしまっていたんですね……ほろり」


 そうかもしれん……いつの間にか俺は、常より小馬鹿にしていた人間共の価値観に汚染されていたのだ……。


「常識を常に疑ってくださいね兄さん」

「ああ、そもそも俺は何を問題視していたのだ……?」

「分かりますよ。勢いのままに妹を無理矢理傷付けて、彼方ちゃんを作ってしまうことが気がかりだったんですよね……」


 ああ、そうだ……始まりの思考はそれで、そこから一般常識などと俺が凝り固まった固定観念を抜かしてしまい……。


「分かりますよ分かりますよ……私達は核家族ですからね。拡大家族と比べてしまうと、制限を設けざるを得ないのが現状ですとも。親がいるご家庭は、やはり強みですよね」


 うんうん、と刀花が腕を組んで頷く。

 核家族とは"夫婦のみ"または"夫婦とその子ども"の家族形態であり、拡大家族とは二つの核家族以上が同居している家族形態を指す。

 つまり拡大家族であれば若い内に出産をしても、子にとっての親、孫にとっての祖父母がいるため満足に子育てが可能であるということだ。だが俺も今や学徒の身。独立しているとは言いがたい身の上である。

 もし今彼方が産まれたとて、全霊をもって愛を注げるかと聞かれれば、その環境に非ずと判断するしかない……俺は先の冬に、未来の娘をも幸せにすると誓っているため、軽率なのはいかん。


「くっ」


 無い物ねだりだと理解しているが、口惜しく思うのが兄心である。


「妹を抱きたいと思っているというのに、環境が許さぬというジレンマ……!」

「悲しいですね……私も常々、兄さんとえっちしたいと思ってますよっ」

「人間め……結ばれても子ができぬようにする発明などしていれば、このように刀花に恥をかかせることもなかっただろうに! ありそうなものだがっ」

「無いんですよ、兄さん……」

「無いのか!」

「無いです……世の若いカップルさんは、運良く授からなかっただけのラッキーボーイにラッキーガールなだけなんですよ、えぇ……」

「本当に無いのかっ!」

「無いですねぇ……妹と結ばれる時はゴムなんて無粋なもの──」

「ごむ……?」

「なんでもないでぇす♡」


 ふん、やはり人類は怠慢な生き物であるな!

 人間への怨嗟を高ぶらせていれば、刀花はニッコリと笑う。


「大丈夫ですよ兄さん。少しずつ階段を上っていきましょう? そう、これも訓練のようなものなのですよ」

「訓練……?」

「そうです。兄さんが"担い手を無闇に傷付けることができない"ことは分かっています。ですので徐々に、慣らしていきましょうね」

「なんと兄想いの妹を持ったのか……!」


 そうか、理解したぞ……! 共に入浴することは、そのための練習であったのだ! 決して妹が己の性欲を満たすためだけに兄を誘っているのではなかったのだ!

 その深謀遠慮な妹の姿に、俺は心から尊敬の念を覚える。そして同時に、彼女の隣に並び立つための努力を惜しまぬと誓った。

 そして、今できる努力とは? 決まっている。

 俺は愛しい妹を抱き寄せ、すっぽりと胸の内に収まった彼女の耳元に囁いた。


「さぁ、刀花……お前も脱ぐがいい」

「っ、はい……♡」


 感極まったような声で、妹は頷いてくれる。

 そう。俺が今すべきことは、劣情を覚えながらもその衝動を抑えられるようにすること……妹の身を貪る獣にならぬようにすること。

 つまり──妹の裸をじっくりと鑑賞することである!

 一度強く抱き締めたあとに刀花の身を離せば、彼女は少し頬を赤らめて、己の服に手を掛ける。まずはその黒のミニスカートに下から手を入れて……、


「んしょ……」

「っ」


 最初に、下着を脱いだ。白のレース地が美しい、純粋な刀花によく似合う下着であった。


「ふ、ふふふ……♪」


 小さくそれを畳んで、脱衣かごに入れる刀花。揺れるミニスカートの裾に、視線が吸い寄せられてしまう。頼りなく妹の下半身を隠すそれがヒラヒラと舞うたび、胸が高鳴るのを感じるぞ。

 初手から全力を出す刀花は次に、腕を交差させてモコモコとしたセーターを脱ぐ。そうすれば、彼女の上半身を守る薄い色のタンクトップと、セーターを脱ぐ際に大きく揺れた胸が姿を現した。


「──」

「ん……」


 ゴクリと喉を鳴らす。刀花もまた興奮しているようで、どこか甘い吐息を漏らした。しかしその手が止まることはない。

 細い肩紐をずらし、タンクトップも脱ぎ捨てる。そうして「はぁ……」と熱いため息を溢しつつ、彼女は少し前屈みになって背中に手を回し……プチン。


「ふぅ……ふふふ……♪」

「はぁ……はぁ……!」


 ホックを外した途端、重力に従い胸が重そうに揺れる。身体を締め付けるブラを外したことで一息ついた様子の刀花だが、それをじっと見る俺に対して一瞬クスリと笑う。その妖艶な仕草に、今度は俺が呼吸を荒げさせる番であった。

 たわわに実った乳房を惜しげもなく晒す刀花は、こちらの昂ぶる様子に満足したように笑みを深めた後、ちょこんと顎に指を当てた。


「次はぁ……んー……」


 少しだけ迷う素振りを見せた刀花は、次に両手を上げて髪に手をやる。染み一つ無い白い脇が目に眩しい。

 そしてこれまた一瞬で白いリボンをほどけば、彼女自慢の黒髪ポニーテールが落ち、その背や乳房を覆い隠す。うまい手だ!

 なるほどこれならば俺も少しは落ち着こう……いや、髪で局部が隠れているというのに妙に興奮を覚えるぞ。どういうことなのだ……。

 ヒトの身体を与えられた刀として人体の神秘を感じていれば、刀花は留まることなくミニスカートのチャックを下ろす。


「っ」


 そうして……パサリ、と。あっけなく彼女の下半身を隠すそれは地に落ちた。


「──」


 沈黙がたっぷりと場を支配した後、刀花が手を後ろに組み、潤んだ上目遣いで聞く。


「ふふっ、どうですか兄さん……裸ニーソの刀花、綺麗ですか?」

「あにはしんそここわれそうだ」

「えへぇ……そうですかそうですかぁ。もっともっと見ていいんですよ兄さん……兄さんの身体は妹のものであると同時に、妹の身体だって兄さんのものなんですからね……」


 くつしただけがのこっている。ふくをすべてぬぎすてたわけではないというのに、それいじょうのこうふんをおれはおぼえるのだ。これはいったいなんなのだ。むそうのせんきとしてのきのうがふぜんをおこしているとしかおもえない。しこうが、おおきくにぶる。


「「はぁ、はぁ……」」


 いつのまにかこちらにちかづいていたいもうとと、あらいといきがかさなる。


「「はぁ、はぁ……んっ」」


 であれば、そのくちびるをうばいあうことはとうぜんのきけつであった。


「んっんっ、ちゅる……んっ……♡」

「うっ……」


 夢中になって唇を吸う刀花の顔しか瞳に映らぬことによってか、少し思考が回復した。

 危ないところであった……妹の"はだかに~そ"を鑑賞すると鬼は理性が蒸発して死ぬ。よく理解した。

 だが今も彼女の腕はこちらの首に回され、隙間無く少女の柔らかな肢体が密着していることに変わりは無い。こちらの胸板に、彼女の大きな乳房が形を変え押しつけられる感触などたまらない。今にも思考が焼き切れそうだ。

 しかし、懸命な様子でこちらに唇を押しつける妹の姿に、ほんの少しだが理解できるモノもある。

 鬼にとって性欲とは獣欲と同義であり、鬼のままでは主であれ妹であれ、きっと相手を食い散らかしてしまう。

 だが今、唇を交わす妹のその献身的な姿に、俺はそこに猛る獣としての欲の他に……どこか優しい“ナニカ”を感じるのだ。おそらくこれがきっと、人間同士が愛し合う時、共に育み合う感情なのだろうと予測される。ほんの少し見えただけなため、その全体は掴めなかったが……。


(うむ……)


 まだまだ俺も兄として精進が足りんと己を戒めながら、たっぷりと刀花と舌を絡ませた後、促す。ここでは、これで充分だろう。


「さぁ、刀花。靴下も脱いで、そろそろ風呂で暖まろう。風邪を引いてしまってはいかんからな」

「ふにゃあ……ひゃい……」


 俺はこの場を修行であると定めたため理性が早く戻ったが、妹はそうではないらしい。

 その琥珀色の瞳はとろとろに蕩けており、呂律も回っておらずふにゃふにゃとした様子で彼女は頷いた。


「ひゃい……とうか、ぜんぶぬいでおにいひゃんとおふろはいりまひゅ……」

「……いい子だ」


 そんな妹のあられもない姿にまた情欲を呼び起こされながらも、くしゃりとその頭を強く撫でる。そうすれば、刀花はポーっとした瞳のままこちらを見上げた。


「はぁん……おにいちゃんと、はだかんぼでちゅー……しゅごかったです……」

「俺も、何か新しい光明が見えた気がする」


 足が震えて上手く立てぬ様子の妹、そのニーソを脱がすのを手伝いながら頷き、「さて」と俺は成長の機会をくれた尊き妹に身を寄せる。


「では──次は風呂に入りながら、口付けを交わすとしよう」

「っ! は、はぁい……♡ とうか、おにいちゃんとのちゅー、だいすきですのでぇ……」


 そうして真っ白な妹の背を優しく押して、次なる戦場を指し示す。


「刀花、兄としての俺を、更なる高みへと導いてくれ」

「はぁん♡ とうかも、しょうてんしちゃいそうですぅ~~~♡♡♡」

「では、共に上へ行くとしよう」


 我等は兄妹、どこへ行くにも一緒だ。


 ……とはいえ。


 風呂の中での営みも、階段を上っているというよりは……、


「はぁ……はぁ……おにいひゃん、だいひゅきぃ……♡」


 共にどこかへ堕ちている、という心地ではあったがな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る