第275話「ふえぇ……怖いよぉ……」



 YA☆BA☆I☆


『今の何!?』

『和服?』

『天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!』


 っべぇ~……ど、どこまでインした? 顔? 袖? 『男がいた!』ってことにはなってないよね!?

 童子切が近くにいる時に誤ってカメラを起動してしまったあたしは、もう生きた心地がしないであります!


(あ、アカン……)


 ガーネットちゃん復活生放送で『実はヤローとずっと一緒にいました☆』とかガチ炎上案件っすよ……し、社会的に死ぬぅ!

 幸い、マイクは起動しておらずカメラだけの状況。なんとか言い訳を考えないといけないんだけど……ど、どう誤魔化すのがベストなのさ!?


『あ、スタッフとかじゃない?』

「おっ」


 いいねそれ。

 そうそう、そんな感じで都合よく解釈してくれたまえよ。なんだ君達ぃ、自己解決してくれるじゃーん?

 じゃ、あたしもマイクオンにしてその流れでアナウンスをば──、


『いや和服で働くスタッフとかなにもんだよ』

『そもそもスタジオじゃなくて友達の家って言ってたじゃん』

『豪華な部屋に、和服の友達……まさか……』 

『つまり、極道の友達……ってコト!?』


 過去があたしを追い詰める──!

 まぁそうなるよねぇー! テメーのファッションセンス、今は恨むぜ童子切ぃ! 今時私服で和装なんてヤーさんの組長しかおらんのじゃい!


(どうするどうするどうする……!?)


 もういっそただの男友達だって紹介する!?

 いやそれは悪手じゃろアイドル舐めんな最悪ファンに刺されるわ! こちとらファンに夢を見せる女の子なんでい!


「あー、うー!」

「む?」


 頭を抱えて隣を見れば、カチャカチャと空いた皿をカートに乗せる童子切が呑気に首を傾げる。何が起きてるのか分かってないその顔、最高にムカつくぜ! あたしのせいだけどな! うわーんごめんなさーい!


「ふえぇ……」


 もうダメ! 終わり! くぅ~男バレしました、あたしのアイドル生活はこれにて終了です!

 あたしは己の死期を悟り……だけど往生際悪く、隣に立つ童子切を見上げた。もうそれしか、あたしにはできない!


「た、たしゅけてぇ……」

「ん──」


 あたしのクッソ情けない涙声に、彼は一瞬ピクリと眉を上げる。

 そして、その切れ味の鋭い瞳をあたしやパソコン上に踊る文字列に向けた。忙しなく動くその黒い瞳は、一心不乱に状況を把握せんと努めているようにも見える。


「……なるほど、これはいかんな」


 ほとんど藁にも縋る心地で声をかけたというのに、彼は真剣な顔のまま現状を理解していく。

 進退窮まったこの現状。しかしこれを見る彼の唇が不敵に歪んでいく。


「いいだろう。その望み、叶えてやる」

「へ?」


 まるでこのような現状の打破こそ我が本分だとでも言いたげな、自信満々な笑み。

 間抜けな声があたしの口から出る間に、彼は指をパチンと一つ鳴らして、あろうことか自らカメラの方へと近付き──!


「──おや? こんにちはー?」

「な!?」


 そこには──、

 そこには、無知を隠さぬキョトンとした顔でカメラに近付き、その向こうへヒラヒラと手を振る和服美少女の姿が!


『!?』

『エッッ』

『でっっっっっ』


 な……な、ナイスぅー!

 そうだ、こいつ女にも化けられるんだ! 前に一回チラッと見たきりですっかり忘れてた!

 そのファインプレーに、あたしは大慌てでマイクをオンにする! 乗るしかない、このビッグウェーブに!


「ちょ、ちょっとー、あたしのファン達にちょっかいかけるのやめなー? えー……っと……」

「クス、いけませんわガーネットちゃん。だってとても楽しそうなのですもの。あなたの新しい友人であるこの"サヤ"にも、楽しさを少し分けてくださいまし。これは……はて、どうなっているのでしょう……?」


 ナイスナイスナイス!

 不思議そうにカメラを覗き込む彼……いや彼女の言葉を受け、脳内で着々と台本が組み上がっていく。


 ──あたしの新しい友達である和服美少女のサヤちゃん! 生粋のお嬢様で、このお屋敷は彼女のお宅。楽しそうにファンと交流するあたしの姿に嫉妬して、機械音痴にもかかわらず思わず自己主張してしまった……って流れでどうよ!?


『ふ、ふつくしい……そしてでけぇ……』

『え、一般人? 先輩アイドルとかじゃなくて?』

『サヤたそ~』

「あら、皆さんお上手ですこと」


 若干あたしのファンが食われてるけども! そりゃ無知そうな黒髪ロング大和撫子が画面いっぱいに映ってたら仕方ないね! おう和服越しでも分かる巨乳をカメラに寄せんな親御さんがビックリしちゃうでしょうが!


「ふー……オーケーオーケー……」


 でも炎上よりは遥かにマシ。

 この放送を見てるであろうリゼットちゃんと刀花ちゃんは気が気じゃないだろうけどごめんねごめんねー!


「ほ、ほらほら、放送の邪魔だからあっち行ってなって」

「ふふ、ごめんなさい。それでは、この後も楽しんでくださいましね? 私は後ろから静かに見ておりますゆえ」


 やんわりと、そのまま童子切をカメラ外へ促す。

 た、助かった……このまま放送から捌けてくれれば、何事もなく続きを──、


『は?』

『いかないで』

『ガネ×サヤしろ』


 あ、アホかこいつら……。

 一般人に迷惑かけるドルオタは嫌われちゃうぞ☆


『来場者数やば』

「え?」


 何気なく横切ったコメントに、目をパチクリさせて何気なくカウンターを見る。


「ん!?」

「おやおや」


 な、なんかさっきから現在進行形ですっげぇ増えとる……やっぱオタク君って和服美少女に弱いんすねぇ~あたしも好きだけど! でもこの展開は望んでない……どこから嗅ぎ付けやがった……。


『二人でやれ』

『なんか喋れ』

『もうなんでもいいから絡め』


 やべ、ヒートアップしてきた。オタク君は百合営業大好きだから仕方ないね知らんけど。でもこの百合、造花なんすよ……。


「んー……」


 そんなコメント達を見て、"サヤちゃん"は顎に指をちょこんと当てて思案顔。

 あら可愛い。刀花ちゃんもやってたねその仕草。刀花ちゃんをもう少し大人っぽくしたらこんな感じになるんかねぇ。でも中身はあの俺様ポン刀なんだよなぁ……すげぇお淑やかに見えるけど。

 そんなお淑やかオーラ全開の和服美少女は、クスリと一つ笑って……にっこり。


「──不粋な。それが、人にモノを頼む態度なのですか?」

「ぶーーー!?」


 あ、ダメだやっぱ! どんだけ可愛く見えてもこいつ戦鬼だわ! 人間ちゃんに全然優しくないわ!

 まぁウチのファンちゃんもアレだったけど! あたしに対してならまだしも、この子一般人だから! ネットのノリを一般に持ち込むのは、やめようね!


「あばばばば」


 やべぇよ、ネットを敵に回したらやべぇよ? このままじゃまとめサイトに個人情報晒されちゃう~☆


『サーセン』

『ちょっと男子~』

『コラボしてくださいお願いします』


 優 し い 世 界 。

 あーよかった、あたしのファン層まだ良識あって。ネットもまだ捨てたもんじゃねーな!

 掌を返すコメントに、サヤちゃんも袖で口許を隠してご機嫌そうに笑う。


「クス、お利口な子は嫌いではないですよ」

『あ゛っ』

『サヤ様……』

『ガーネットたそちょっと捌けてて』


 あ゛あ゛!!??


「おう控ぇサヤちゃん。こいつらあたしのファンだからよ」

「あら怖い怖い」


 よく言うぜ、怖いもんなんてこの世にねぇくせによ。

 睨みを利かせれば、サヤちゃんは可笑しそうに笑って、トトトとあたしの背後に回る。


「では、私もこちらで見学させてくださいましね?」

「するんか……」


 いやまぁ、実際助かったし来場者も増えるからいいんだけども……お、落ち着かん……なんでちょっと乗り気なのん……。

 すると、さりげなく童子切がこちらの耳に唇を寄せた。


「……感情の昂りによるものか、魔法の効きが強くなっているぞ。回線越しならばまだしも、直接となるとまだ問題のある域だ。俺がこうしながら逐一、適正値までお前の魔力を斬ってやる。その感覚を覚えながら、ファンどもの相手をしてみろ」

「あ……」


 そういう思惑があったのね。さすが、曲がりなりにも貴族のお嬢様にお仕えしてる従者。自分に与えられた職務はこなすわけだ。

 そのムーブに安心感を抱いていると……むん? なにやらサヤちゃん、コメントを見ておられますけども……ちょっぴり不満そう?

 椅子に座るあたしがちょっぴり見上げるくらいの距離で、ようやく分かるくらいの情動を瞳に乗せたサヤちゃんは、その唇にほんの少しの喜悦を乗せて……、


「でもごめんあそばせ? ファンの方達はガーネットちゃんのものかもしれませんが……今だけは、このガーネットちゃんは私のものですわ」

「っ!?」


 ちょっ!? どゆこと!? なに首に腕を巻きつかせてんのさ!? あとごめんいい匂い!!


『あら^~』

『サヤガネてぇてぇ……』

『切り抜き確定』


 おいテメーらなに呑気に百合を堪能しとるんじゃい。絵面は一見そうかもしれねぇが、こっちは即死級の毒持ってる蛇が首に巻き付いてる気分ぞ。もしくは食虫植物に絡め取られたハエの気分。つかこいつ男だって!


「さぁさぁ、ゲームを続けてくださいまし」

「……うぇーい」


 くそ、どういう心境の変化なんだマジでこの鬼さっきから。わざとらしくあたしにくっついてさ。

 さっきはほとんどノリで『嫉妬で自己主張』なんて脳内で思ったけど、これじゃまるで……、


「クス……実は私、このゲームは初めてではないのです。詰まった時に、少しは助言ができると思いますよ?」

「お、おう……」


 ……マジで、こいつが他のファンに嫉妬してるみてーじゃん。


「うぅ……」


 なんか……そう考えると、胸の奥から感じたことのない疼きのようなものが──、


「クスクスクスクス……」


 いや!

 いやそんなことより怖ぇわやっぱ!

 ふえぇ、よく見たら綺麗な黒いお目々の奥がドロッと濁ってんの超怖いよぉ……絶対浮気とかしたら監禁してくるタイプの女の子だよぉ……いやだからこいつ男だっつの。


「変な気起こされる前にクリアすりゅ……」

「良き心懸けでございますね。ほうら、そんな良い子にはのど飴をあげましょうねぇ……あーん……」

「あ、あーん……」


 怖いよぉ……。

 こんな美少女に甲斐甲斐しくお世話されるなんて、いつもなら「ママぁ……」って言うタイミングなのに甘える気も起きねぇよぉ……有無を言わさねぇ黒いオーラ怖いよぉ……寒気が止まんないよぉ助けてママぁ……。


 そうして──。


「そうではございませんわ。ここは、こちらのボタンを……」

「ひいぃぃ!? さりげなくソフトタッチしないでえぇぇぇ!?」


「あ、やべ。今の台詞聞き逃したわ」

「暗唱致しましょうか? こほん……『あっちじゃ~……』」

「ウィスパーやめてぇぇぇぇ!?」


 最短ルートでクリアするまで、あたしはずっと生きた心地がしなかった。主にゾクッとするようなイタズラをしてくる黒い鬼女のせいで。


 こいつに助けを求めることは、悪魔に魂を売ることと同義なんやなって……。

 でもファンはすげぇ喜んでたからまぁ……いや、うーん……どうなんだ……くそぉ! あたしの情緒を一体どうしてぇんだこの鬼ぃ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る