第274話「おや?ガーネットの様子も……?」



「あ゛―! 面゛白゛い゛ぃ゛ーーー!!」


 でも辛いぃー!!

 リゼットちゃんオススメのゲームをプレイし始めて五時間ほどが経った今。

 あたしちゃんこと吉良坂ガーネットは、やんややんやと囃し立てるファン達の前で発狂しかけていた。


『これでもう何回死んだ?』

『まだ五十くらい』

『ここからが本当の地獄だ』


 本気で言ってんのかー?

 テレビ画面に表示されるのは赤くて大きな『死』の文字と、さっきまであたしが操っていた忍者が倒れ伏す姿。もうこの数時間でだいぶ見慣れてしまったよ。


「おい何回死ねばいいんじゃー! でも次はいける気がするぅー!!」

『落ちたな』

『ガーネットたそが調教されてる……』


 いやーん、調教だなんてぇ。悔しいでも回生しちゃうビクンビクン。

 でも分かるわー。何度も死ぬ間に、あたしの神経が敵キャラの動きに最適化されていくのが! 洗練されていくのが!


「うっ、み、見える……! あたしにも敵の動きが見えるぞ!」


 やだ怖いなにこの感覚! これがゾーン!?

 自分でも意図せず指が動く! 次の敵の動きが分かる! 最初は数十秒しか生き残れなかったのに、徐々に徐々にその時間が延びていく!

 そうして敵の体力がみるみる削れていき──!!


「あ、あ……!」


 ここ!

 極度の緊張と共に、ボタンを連打! そうすれば忍者が、これまでとは異なる大きなアクションで敵の胸を刺し……!


「や、やったぁー!!」

『やったか!?』

『さて……』


 敵の姿がかき消える。

 おいおいおい、勝ったわあたし。どんなもんじゃい!


「おら見てたか『無理』とか言ってたクソ雑魚ども。勝ち申したがー? ガーネットちゃん勝ち申したがー? おう一言詫び入れるんが筋なんとちゃうんかい」


 ふぅ~! 煽り散らすのきもてぃぃ~~~!

 いえーい! パソコンの隣に陣取ってる戦鬼君も見てるぅ~? 今からぁ、あたしのファン達を~、炎上する寸前までボコボコにしたいと思いまぁ~……ん?


「クックック……」

「おん?」


 なにわろてんねん。

 マイクに入らないくらいの声量で、童子切が肩を愉快げに震わせている。すっげぇ意地悪げに。


『組長、うしろー』

『ガーネット、上だ!』


 あ?

 達成感にコントローラーをぶん投げ、勝利の余韻に浸っていたところ……なにやら不穏なコメントが……?


『やるじゃないか……』

「は?」


 画面から響く、さっき倒したババアの声。

 なんということでしょう! そこには、元気に走り回りクナイを投げてくる第二形態ババアの姿が──!


「あ゛ー!!」


 絶叫し、急いでコントローラーを拾おうとするも動揺で操作も覚束ず……倒れる忍者。


『はい』

『ねぇ今どんな気持ち?』

『じゃあ……死のうか』


 ………………。


「二度とやらんわこんなクソゲー」


 はいコントローラーぽいーっと。あたしイチ抜けたー!


「……」


 ………………。


「……『続きは一時間後に』っと」


 カタカタとキーボードで画面に文字を入力し、画面を休憩モードに切り替える。勘違いしないでよね!


「べ、別に、あんた達のためじゃないんだからっ! やられたままじゃ組長の沽券にかかわるから、仕方なくやるんだからね!」

『晩飯食ってきまーす』

『はい休憩~』

『ワー、ヤサシイナー』


 ちっ、どいつもこいつも訓練されやがってよ……。


「あー、疲れた……」


 マイクを切り、背もたれに勢いよく身体を預けた。

 さすがに長時間のトークは喉も神経も酷使する。久しぶりにファンを相手にするなら余計に、だ。


「……」


 そんなあたしの身体は、そこそこの疲労感と気怠さと……そして、大きな充実感に包まれていた。


「……へへっ」


 ああ……楽しい。すごく楽しい。

 ずっと求めていたものが、そこにはあった。まだ直接、顔は合わせていないけれど……それでも、とても楽しそうにするファンの姿がそこにはあった。

 茫洋とした顔でこちらを見る、ガラスの笑顔ではなく。自分の意思で笑い、励まし、楽しそうにしてくれる大好きなファン達の姿が。


「……やっぱり、好きだな」


 うん、と固まった筋肉をほぐすように背伸びする。

 こんな気分、本当に久しぶりだ。そしてこんな気分を味わったからこそ……昔のあたしは歩みを止められなかったんだ。


「っと」


 いけね、浸りすぎてて童子切のこと忘れてた。

 また気の抜けた姿晒しちゃったら『後ろがガラ飽きだぞ』とかなんとか言って背中を刺されちゃうよ。こえー、通り魔じゃん。


「うん……?」


 だけど、部屋を見渡してみてもさっきまでこちらを意地悪げに見ていた彼の姿は無く……。

 しかし、ほどなくして彼は姿を現わした。部屋のドアが開く音と、ガラガラとカートを押す音と共に。


「夕食を持ってきたぞ。今の内に食べるがいい」

「おっ、サービスいいねぇ」


 あらやだいい香り。

 夕食の時間は決めてたけど、メニューまでは事細かに決めてなかったからなぁ。ロケ弁でも出てくんのかと思ったけど、なんか銀食器が出てきちゃったよ。

 机の上に鎮座するモニターをどかせば、童子切が粛々とした様子で皿を並べてくれる。


「焼きたての白パンに、野菜をふんだんに入れたブイヨンスープ。綾女から教わった“ぐれーびーそーす”をかけた牛のロースだ」

「お、おう……」

「デザートを作る技量はまだ無いゆえ、スーパ〇カップのバニラで許せ」

「おぉ、お構いなく……」


 え、これ料金取られない?

 つか、え? それより今あたしに『許せ』って言った? あの傲岸不遜の俺様系ハーレム野郎が? このあたしに謝罪したの今?


「さ、遠慮せず食べるがいい。酒上兄妹の持てる腕を振るった料理だ。味は保証しよう」


 得意気に唇の端を上げて後ろに立つ彼は、仕上げと言わんばかりに白いナプキンをあたしの膝にフワリと乗せる。

 そうして彼は無言で腕を組み、背後に控える。特に憎まれ口も叩かず、『待て』と言われた犬のように。


「……なんか悪いもんでも食った?」

「む?」


 その様子に、なにか不気味なものを感じたあたしが思わず言えば、彼は不思議そうに首を傾げる。


「特には」

「そ、そう……あの、あたしテーブルマナーとか知らないんだけど」

「安心しろ、俺も知らん。ゆえにそれを指摘する者などここにはいない。好きに食え、冷めるぞ」

「お、おう……じゃあ遠慮無く……」


 なんか調子狂うなぁ……。

 居心地悪く頭をかいてから、適当に両端に備えられた銀のフォークとナイフを取る。その流れのまま肉に切れ込みを入れていけば……わお、肉汁が染み出てくるよ!


「……もぐ」

「……」


 あー、うめぇ~。疲れた身体に肉が染み渡るぅ~。でも女の子が飯食う姿をまじまじ見るもんじゃないぜ~? あたしアイドルだから食レポもこなすけど。した方がいいんか?


「え、っと……う、美味い、よ?」

「……ふ、そうか」


 う。

 ちょ、ちょっとなんだよその笑顔はよ。あたしの味の感想なんてどうでもいいだろー?

 ……なんで、心底安心したみたいな笑みを漏らすんだよぉ~……いつもだったら「さっさと食え、皿が片付けられんだろうが」とか言うところだろぉ~……?


「水とオレンジジュースがあるが、どちらがいい」

「あ、できれば白湯がいいんだけど……」

「承知した」


 いや承知した、て。なんか文句言えよ。なんで黙々と注文の用意してんのさ。


「ああ、マスターが愛用しているのど飴も置いておくぞ。食後に食っておけ」

「あ、あんがと……」


 おいおい至れり尽くせりかー?

 あたしが肉をモグモグしてる間にも、童子切はこちらのためにせっせと働く。放っといたら、その内あたしの唇の端に付いたソースを拭う勢いで。

 ……なんで? どういう心境の変化さ。あたしこの時間、ゲームしかしてないぞ。そして死にまくったぞ。もしかしてそのザマを憐れんでるのかー?

 それとも……ファンと交流するアイドルとしての姿を見て……、


「……」


 ──あたしのファンに、なっちゃった……とか?


「……どうした」

「むぐっ!? げっほげっほ!?」

「大丈夫か」


 目が合って、思わずむせる。

 うおぉアイドルの背中を気安く撫でるんじゃねー! なんか胸がざわつくんじゃー!

 こちらを気遣うように撫でる彼の腕を振り払い、あたしは勢いよくご飯をかっ込んでいく。


「ガツガツガツ……!」

「少々多いかとも思ったが、健啖なのだな」

「っ……モグモグ……」

「どっちなのだ」


 うるせー。『なのだなのだ』とかハ〇太郎かテメーはよ。なんか『よく食うな』とか思われると……なんか、なんかなんでい!


「……ごちそうさま」

「美味かったか? 改善点などがあれば、言ってくれれば次に活かせるぞ」

「あ、マジ? じゃあもうちょい味濃いめで量は少なめがいいなー」

「なるほど、覚えておこう」


 ……ん?

 なに、その『次に』ってのは。また作ってくれんの? おいおい……。


「……どしたー?」

「ん?」


 色んな意味を込めて、聞いた。誤魔化した、とも言える。

 そうすれば、皿を片付ける童子切は一瞬、思案するような顔をし……、


「ああ──」


 少しだけ、楽しそうに笑ったのだ。


「なに。今の“ガーネット”を見ていると、俺も少し気分が良くてな。浮つくのは許せ」

「そ、そっすか……」


 それだけしか言えず、あたしはそのまま俯いた。なんか、小っ恥ずかしかったから。

 ……つか、なに下の名前で呼んでるんじゃい。今まで『貴様』とか、バカにするニュアンスでしか呼んでなかったじゃん……なに親愛込めて呼んでんのさ……。

 ははーん、あれだな? さてはあたしの魔法にまんまとかかっちまったんだなぁ?……いや『貴様の魔法など効かん』とか前に言ってたし。

 じゃあ今、こいつが浮かべてんのは魔法も何も関係ない、本物の笑顔というわけで……。


「どうした?」

「あ、いや……なんでもないっす……」


 あ、ダメだ。目を合わせらんないわ。

 な、なんなんだよ。ファンになったらなったで、そしたらあたしにとってこいつはただのファンの一人じゃんね? さっきまで相手してた万っていう数のファンと変わらない。

 なのに、なんでこんなに──。


「……コメント見て落ち着こ」


 まったく、なんか変だわ。こういう時は昔からファンレターとかを見て落ち着くに限るんだよなー。

 幸い、目の前にはリアルタイムで表示されるガーネットちゃんのこと大好きなファンのメッセージがあるんだもんねへっへっへあ間違えてこっちの画面映しちゃった☆


『今誰かいた?』

『!?』

『なんか黒い袖みたいなものが……?』


「……」


 っべー、どうしよ☆

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