第266話「似た者親子めが」
魔法に関しての方針は、ある程度だが決定された。
しからば次なる課題──"アイドル活動"について知らねばならん。
「お母さーん、ただい魔法使い!」
「あらあら、お帰リンドブルム~」
帰宅して開口一番これならば、この親にしてこの子ありということだな。髪の色は黒とピンクでまったく似ていないが。
隣に立つリゼットが「もう帰りたくなってきたかも……」と頬をヒクつかせているが、これまでの吉良坂の生態を鑑みるに、恐らくこの程度はまだまだ序の口だと見るべきだろう。
「邪魔をする」
家人の手前、一言断ってから玄関をくぐる。
そう、現在……学園帰りの逢魔が時。吉良坂の事情を知る俺、リゼット、刀花、綾女は魔法使いの潜む家へと足を運んでいた。アイドルの諸々について知るために。
「……これといって変哲の無い洋風建築のようだな」
一見して危険な罠等が設置されていないことを確認してから、少女達を迎え入れる。そんな俺達一同を、吉良坂の母がおっとりとした雰囲気で見つめていた。
「いらっしゃい~、いつもうちのガーネットがお世話になってます~」
「ああ、気にするな。こちらにも思惑というものがある」
「……あら~」
こちらにも利がある。そう伝えれば、吉良坂の母は頬に手を当て、含みがあるような吐息を漏らした。
「さすがは妖刀、といったところかしら~。童子切安綱さん? いったいうちの娘から何を奪うつもりなのかしらぁ?」
「……ほう」
仕草、声色……そしてスッと細められた瞳。それら全てが如実にこちらを観察、警戒している。まさに、子を心配する母の姿であった。
なるほど、先の一幕で随分と緩く頼り無さげな印象を受けたものだが……なに、良い母のようだな。吉良坂がお母さんっ子になるのも頷ける。
少々、甘やかし気味な部分はあるようだが。
「ククク……案ずるな。この魔法使いが上手くやれば、悪いように取って食いはせん。上手くやれば、な」
「そーお? なら心配ないわねぇ。うちのガーネットは頑張り屋さんだからっ! きらっ☆」
「お母さん、それ人前でやらん方が良いと思う」
お茶目な女性のようだ。確かな血の繋がりを感じる……主にウインクとペロッと出した舌から。綾女の母君といい、やはり経産婦はモノが違う。
「あ、申し遅れました。私、ガーネットのお母さんやってます、
なに?
「もうあたしの元ネタが一瞬で察せられるよね。つーか、あたしも恥ずかしくなるからやめなー?」
「すまない、らぴ……なんだと? よく聞こえなかった」
「言わすな言わすな」
「あっ、一応魔法使いとしての師匠でもありまぁーす。
「言うな言うな!」
「先輩がツッコミに回ってるや……」
この破天荒なピンク魔法少女も、母には形無しらしい。とはいえ目を三角にしてぎゃあぎゃあ喚く姿は代わり映えせんが。
「吉良坂から聞き及んでいるだろうが、こちらはこういう者だ」
簡単に、己と少女達の概要を伝える。不明の者が家に居ては、家人としては落ち着くまい。
すると母親は吸血鬼が珍しく映るのか、瞳を輝かせてリゼットに拍手をし……再びこちらに目を向けた。なにやら、少し遠慮するように。
「つかぬことをお聞きするんですが~……本当に鬼?」
「魔法使いの界隈に我が名は轟いておらんのか?」
眉を上げて聞けば、吉良坂が「いやー」と手をヒラヒラ振る。
「ほとんど伝説というか眉唾な噂って感じ?『なんか日本のどっかに滅んだはずのやべー鬼が隠れ潜んでいるらしい』みたいな。まーでも、あたしもまさかスーパーで献立考えながら普通にお買い物してる鬼がいるとかいまだに信じらんねーわ」
「鬼とて炊飯器から米をよそうぞ」
「アイドルはトイレしないけどね!」
なんの張り合いだ。そして貴様はことあるごとに『漏れる、漏らした』と言っているではないか。
黒いカツラを被ったままのピンク魔法少女を睨んでいれば、吉良坂は「あっ」と声を上げこちらにシュビっと手刀を切る。
「ごめんあたしちょっとトイレ行ってくるわ」
おちょくっているのか? 綾女も困惑しているぞ。
「先輩、アイドルはトイレしないんじゃ……?」
「いやいや薄野ちゃん……行くだけだから」
「な、何をしに……?」
「行くことが目的なんだわ」
「えー……」
諦めろ綾女。こいつはもはや、ノリだけで物を言う生物なのだ。我々の思考回路とは根本的に造りが異なるのだ。
「んじゃ──おっと童子切ぃ、いくらあんたが女の子の尻に敷かれるのが大好きな変態だろーが、あたしが尻を丸出しにしてる姿を覗くなよラブコメ主人公ばりによー?」
「貴様の母は付き添わせんでいいのか? その青い尻を拭くために」
「アイドルはクソなんかしねぇーーー! オナラもしねぇし、なんだったらファンと握手したら手も洗わねぇー!」
二度とうちの少女達には触らせんと誓った。
「すると貴様はトイレに尻を丸出しにするためだけに行くのか?」
「そうだよ女の子にはそういう時があんだよ。ねー?可愛い女の子達ぃ?」
「「「いやぁ……」」」
「な?」
貴様だけではないか。
「ごり押しのアデューーー!!」
そうして未来のトップアイドルは、トイレで尻を丸出しにすべく、そう言い残して颯爽と去っていった。
「んもう、下品でごめんなさいねぇ……普段はもうちょっと大人しいんだけど」
「まぁ、溜め込まれるよりはよかろうよ。して、先程は何か俺に言いたいことでも?」
「つ、角とか見せてもらいたいなぁっ、て……」
「……その程度ならば」
メキメキと音を立たせ、闇色の二本角を生やす。
そうすれば、吉良坂母は「きゃあー!」と黄色い声を上げて大はしゃぎだ。
「うーん、この艶! 太さに長さ! 込められた魔力! いいなぁ……絶対いい霊薬の素材になるのにぃ~……ち、ちょっとだけ。ちょっとだけ削っちゃったりさせてもらえないかしらぁ?」
ね? ね? と上目遣いでおねだりする魔女(あらふぉー)。そういえば吉良坂の両親は魔法や魔術を用いて薬の研究をしているのだったな。
それにしてもこれまでを見た限り、魔法使いや魔術師というのは珍しいものが目の前に現れれば、その知的好奇心を満たさずにはいられない人種のようだ。
以前、リゼットが「童子切安綱を見つけたら目の色変えて欲しがる」と言っていたものだが、その通りとなってしまったな。
とはいえ、
「ダメに決まっているだろう。我が肉体は髪の一本から爪の先まで、主と妹の物なのだ」
「兄さんはあげませんよ!」
ひしっと、校門で合流してからというもの我が首にぶら下がって"妹マフラー"と化していた刀花が主張する。ふかふかと柔らかく、じんわりと暖かい素晴らしいマフラーだ。
そんないじらしく甘い体温と共に更にぎゅうっと抱き付かれるこちらの様を見て、母は「あらー……」と眉を八の字に曲げた。
「だめぇ? ほらぁ、特に鬼って欲望が強いじゃない? きっといい媚薬になると思うのよぉ」
「──兄さん。兄さんの角って生え変わったりするんでしたっけ」
妹に売られてしまう……!
「とまぁ冗談にしても、何か必要なお薬があったら言ってねぇ? 皆ならご奉仕価格で提供しちゃうから☆」
「むふー、私もさすがに冗談ですよう兄さん。ちなみに私は惚れ薬がいいです! もしくは勝手にお腹の脂肪が燃えるお薬がいいです!」
「私は特に無いかな……あ、身長が伸びる薬とかあればいいかも」
「……私、抜け毛を抑制する薬を今のうちに頼んでおこうかしらね……」
ご主人様におかれましてはご機嫌麗しゅう。
それぞれの願望や苦労が見え隠れする言葉を、吉良坂母は頬に手をやったままクスクスと笑って聞く。
そうしてしばらく笑った後……ふと、そのまなじりを下げて見せた。
「──でも、感謝しているのは本当です」
「ん……」
間延びした声が、静かで丁寧な口調に取って代わる。それは、この女性なりの誠意の表れなのかもしれん。
目を丸くする少女達の前で、そうやってこちらに頭を下げるのは、一人の魔法使いではなく、吉良坂の師匠でもなく……、
「私の娘の背中を押していただいて……ありがとうございます」
この五年間、大事な娘の苦悩を見守ってきた一人の母親としての姿だった。
「私は、ずっと見ているだけで……逃げ道を用意するだけで……あの子をこれ以上傷付けるのが怖くて、背中を叩くことができませんでした……」
それはいったい、どれほどこの母を迷わせたのか。
愛深きゆえに、その者を傷付けることができない。我等も冬休みに愛娘と出会ったことで、その気持ちは痛いほど理解できる。
口惜しかっただろう、打ちひしがれただろう。
だがたとえどれだけ愛する者であろうと、このままでは駄目であると諭し、その背を叩かなければならない時は必ずあるのだ。
「師匠なのに、母親なのに……情けない限りです」
それができなかったと、目の前の母親はエプロンの裾を力強く握る。その身体の震えは己への怒りか、それとも無力を恥じるものか。
「だからこうして頼りきりになってしまって……私は、母親失格です」
「……」
……まったくもってままならんことよ。
母は愛深きゆえに娘を叱咤できず、その娘は"笑って欲しい"という祈りが強すぎて周囲を彫像に変えてしまう。
「ふん、似た者親子めが」
「え……?」
そのザマを笑い飛ばす。同情などするものか。
「この無双の戦鬼、生憎と母というものを知らぬ。だが、母だろうが師匠だろうが、その者らが矮小な人間であることには変わりあるまい。同じ人間ならば、周囲を頼りにしない者などいない。むしろそうであって当然だ」
自分の力の及ばぬ領域は他人に任せ、己のできることを力の限りやる。そうやってお前達人間は、蟻のようにコツコツとこの社会を築き上げてきたのだろうが?
「恥じるべきはそこではない、人間」
「しかし、私は母として──」
「そうだ」
「えっ?」
母として。
そう、確かに母として、あの小娘の背中を早々に叩くべきだったのかもしれん。そういった道も、どこかにあったのかもしれん。
「貴様の娘がな、言っておったぞ」
だが──それよりも、
「『母が憧れ』だと。『母のことが大好き』だと」
「──っ」
親の責務とは、子どもを叱咤することだけでは決してない。己にできぬことならば、情けなくも周囲へ手を伸ばせばいい。
だがそれよりも、母にしかできぬことが確かにあるのだ。
「──"母として、子の憧れであること"。それはまさしく、その母にしか成し得ぬ偉業である」
「──」
なればこそ、この者は母親失格なのか?
……否。娘の憧れであり続け、『お母さんが笑ってくれるのが嬉しい』と、秘めた原初の祈りの対象であるこの女性が母親でないなど、断じてあり得ぬ。
「母親失格は撤回しておけ。己の輝きを、自ら曇らせるものではない」
それに──、
「その背を叩かれるのではなく、優しく撫でてくれる母のことが好きな娘なのだ。否定してしまっては、悲しむだろうよ」
「っ……は、い……」
その身を震わせ、唇を噛み締めつつも涙は流さない。ああ、そうだろうとも。大事な娘の願いだ。
──母として、笑顔だけを見せていたいと思うのは、何もおかしいことではないだろう。
「たっだいまー! ふぅ~! やっぱトイレでお尻を丸出しにすると気分が違うわー。なんつーんですかぁ? ハーモニーっつーんですかぁ? 芳香剤との夢のデュエット──おろ、どしたー? つかなんでまだ玄関いんの」
そうしていれば、アホ面を晒して吉良坂が戻ってきた。我々の纏うしんみりしつつも、どこか温かい空気の正体が分からず首を傾げている。
「あ、もしかしてトイレ待ちだった……? 長くてごめんな童子切……せめて罪滅ぼしとしてあたしが床を拭いたげるから……」
本当に申し訳なさそうに言ってくるが、嫌味を言う気も失せたわ。
「……貴様は、本当に愛されておるな」
「おっ、ぉう……なんだょ急に……が、ガーネットちゃんが愛されキャラなのは当然ですしぃ……」
頬を赤らめモゴモゴとするが、「ま、まぁ?」と誤魔化すように言ってから、得意気に腕を組む。
「あたしってばアイドルだかんな! 愛するよりも愛されたいプリンセスキッズなもんで! はー、無条件に愛されてぇー! ママー! オギャー!」
いつものように赤ん坊となる吉良坂。照れ隠しに、話を切るつもりなのだ。
だが、そうはならなかった。
「ガーネット」
「んぉ?」
……そのママとやらが、娘の求めに応じたからだ。
「うおー!? ちょっ、母上! なして!? なして人前でば抱き付きよっと!?」
「愛されたいって、可愛い娘が言ったからじゃない。私、母親だからぁ~」
「いや、それはそうだけども! あたしの母親は世界一だけども!」
「──っ」
「なんでもっと力入れんのー!? あたしが求めてるのは血縁によるバブみではないというか、それはちょっとテイストが異なるっていうか……やっ、ほ、ほんと恥ずかし……おっ、お母さん!!」
「うん……お母さんよ……」
「恥ずか死ぬー!? うぉい童子切ぃ! さてはうちのマザーになんかやったなこのプレイボーイがー!」
喚いてこちらをキッと睨む吉良坂に鼻を鳴らす。やったのも言ったのも過去の貴様であろうに。
ああ……だが、そうだな。
「伝えはした。貴様が『お母さん大好き』と叫んでいたことを」
「ほわあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!???」
「私も大好きよ、ガーネット……」
「ぎゃあぁぁぁぁあぁぁ!! なんで可愛い後輩達の前でこんな恥辱を与えられにゃアカンのじゃーーー!! でもあたしも大好きぃぃぃいぃぃぃ!!」
恥じらいを越えて自棄になったものの、母の更なる抱擁でまたすぐに大人しくなる。まるで借りてきた猫のようだ。
「あの……ほんとマジでそろそろ離して……」
「もう少しだけ、ね?」
「あ、あとにすればいいじゃんかぁ……ってうぉい安綱ァ! なに写真撮ってんじゃい安綱ァ! そういうのは事務所通して──」
「ガーネット……」
「ひうぅぅぅう……」
そうしてお互いが大事で大事で仕方のない親子を、俺達はなんとも生温い視線で見つめ続けるのだった。
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