第254話「その名はガーネット、きらっ☆」



「すみません、会長……もう三年生は自由登校期間なのに」

「いいよいいよ。あたしも暇してたところだし……可愛い後輩達の面倒を見るのも、先輩の最後の務めっていうか?」

「か、会長……!」

「ふふ、まあもう会長じゃないけどね」


 薫風学園、生徒会室。

 感激したようにあたしの"元役職"を呼ぶ後輩達に、パチリとウインクをしながらそんなことを言ってみる。

 すると、後輩の一人がモジモジして口を開いた。


「えっ、じゃ、じゃあ……が、"がーねっ──」

「──"吉良坂きらさか元会長"、ね? 抜け駆けはダメだぞ~? きらっ☆」


 念押ししておく。ダメだぞ? きらっ☆

 そうして目元にブイサインをして言えば、あたしを囲む後輩達は更に熱を上げた様子で囃し立てる。性別を問わないあたしの可愛い後輩達は、もうすぐ卒業する憧れの元会長を想ってかなり寂しそう。

 うんうん。あたしもなんだか柄にもないくらい寂しく思っ──、


「うぅ、でも仕方ありませんよねっ! それに元会長、留学されるんでしょ!?」


 うっ。


「そ、そうねー……卒業式終わったらすぐ高飛びかなー……」

「すごーい! スタンフォードでしたっけ!?」

「えっ」

「いやいや、オックスフォードだよ!」


 えっ。


「……どっちもかなー?」


 あたしのその言葉に「おぉー」と沸き立つ後輩達。

 いや自分で言っててなんだけど、どっちもってなんだい……?


「やっぱり元会長は俺達とはレベルが違うよ!」

「何て言うの? 放つオーラが違うよね!」


 キラキラした瞳から目を逸らす。後輩達の夢を守るのも務めだから……ね!


「でも寂しくなりますぅ! 元会長といると毎日が"楽しかった"から!」


 ん……。


「学園祭もちょっとしたレクリエーションでも、元会長がいてくれれば全部”楽し──え、なんですか元会長?」

「んー……?」


 じいっと、"楽しい"と言ってくれた子の目を覗き込む。その瞳には嘘の欠片の一つもないように見えた。

 うん、まぁ……いっか。

 そう思いあたしは一つ頷いて、その場でクルッとターン。


「ではでは、後輩君達。お年寄りはここいらでお暇させてもらうよ。あとは若い子で、なんてね?」

『えぇー!』


 残念がる皆に、あたしはもう一度ウインク!


「まあまた遊びに来るからさ。それまで"吉良坂ロス"を溜めに溜めておいてくれたまえよ、きらっ☆」

『FOOOOOOO!!!!』


 うんうん、やっぱり後輩は可愛いなぁ。荒んでた心がちょっと癒されたよ。

 そうしてあたしは最後まで笑顔で手を振り、生徒会室の扉を閉める。まだ時間は昼休み半ば。きっと後輩達は、これから仲良く一緒にお昼を食べるのだろう。

 そのままあたしは、鼻歌を口ずさみつつ階段を上っていく。まだこの辺りには人がいるかもだし。


 ──ガコン。


 去年の学園祭あたりから解放された、東棟の屋上。

 その重苦しい扉を開ければ、埃っぽい踊り場を冷たい風が吹き抜けていく。


「ふぅ……」


 背後で扉が閉まる音を聴きながら、フェンスに近寄る。そうすれば学園のグラウンドでサッカーをしたり、ベンチに座ったカップルが食べさせ合いっこをしたりする姿がそこかしこに見受けられた。


「……」


 誰を見ても笑顔、笑顔、また笑顔。

 自由登校期間になって三年生はほとんど登校していないから、ここから見える生徒は一年生と二年生だけだろう。

 まだ一年以上残された青春の日々を、『もうすぐ終わる』なんて思いもせずに楽しむ笑顔。まだまだ子どもであることを許された、無邪気な笑顔だ。


「……」


 あまりに眩しくて、私は別方向のフェンスに移動する。こっちは学園裏の、人気のない自転車小屋しか見えないフェンス。


「……ふ」


 そんな寂れた風景を見て、あたしは自嘲するように唇を歪に曲げて……、


「……大学、落ちたあぁぁぁあぁぁぁぁ…………」


 ──フェンスの網目を掴み、膝から崩れ落ちた。


「オックスフォードとかスタンフォードとかなんだよ……」


 地元大学に落ちるあたしがそんなとこ受かるわけないじゃん! 盛り過ぎぃ! プリクラか? 背景の人の首が曲がっちゃうほど盛ってるプリクラなんかぁー!?


「控え目に言って死にたい……」


 あと何が「きらっ☆」だよ、バカバカしい……ちょっと昔悪ノリしただけじゃん……持ちネタじゃないっつーの……。


「気分転換に登校してみただけなのに……」


 なにしてんのあたし?

 ようやく解放された生徒会の仕事を手伝って、後輩から進路について追い打ちをかけられて、一人寂しくご飯も食べずに真冬の風に吹かれて……なんだこれ罰ゲームかー?


「ちょっと、ちやほやされたかっただけなのに……」


 まさか追加ダメージを食らうとは……。

 どうすんの? これからどうすんのあたし? 残された道といったら、もう"アレ"しか……。


「いや、”アレ”は絶対に嫌……」


 "アレ"が嫌だからこそ、あたしはこの学園生活で生徒会長として貢献して点数貯めてきたんだから。それが今更、水の泡になるなんて絶対に嫌……!

 私は現状を憂い、さらにズルズルとフェンスに寄りかかった……いや、大丈夫。結果はまだだけど絶対アレには受かってるはず……うっ、プレッシャーで胸が苦しい……。


「……死にたい」

『センセ、この人すっごい死にたがってますよ』

『こらこら華蓮君? 追い詰められた人を追い込むものではないよ』

『えー? 追い込んでませんって。幽霊になるのも悪くないって教えてあげられればなーって、思っただけですよ。そうすればぁ、永遠に好きな人と一緒にいられますもーん♪』

『おっと、急に抱き付いてきたらビックリするよ』

『デュフフフフ』


 "うるさいな"。

 別に本気で言ってるわけじゃないっつーの。あと笑い方汚い……。

 ただこうしてたら、なんだか悲劇のヒロインっぽいし。少し自己満足を覚えるだけ。心を落ち着けるためにそれっぽいポーズ取るとかあるでしょ普通。

 そんな自分の姿勢に従い、細いリボンで二つ結びにした黒髪が肩から前に垂れる。あ、先端とか地毛出てきたかも……また染め直さないと……。


「……はぁ」


 重いため息が出る。

 まぁ惜しむらくは、あたしは悲劇のヒロインなんかじゃないってこと。それは自分が一番よく分かってる。むしろ逆だってことも。

 だけどたまには、夢を見る。たとえば、こうして絶望してるところで、そこの扉が開いて颯爽とあたしを助けてくれる王子様的な存在が──、


 ──バァン!


「!?」


 蹴り破って来たぁ!?

 まるで「喧嘩の時間だオラァ!」と言わんばかりの足技を使い、この屋上に侵入してくる何者かがいた!


「……」

「……」


 め、目が合った……いやこわ。

 なにこの男の人。すっごい目付き悪いんだけど。眉間の皺ヤッバ。そこのお方、眉間に刀傷入ってますよ。あともう黒の学ランがもう番長みたいじゃん。でも片手に持ってるお弁当箱はピンクの猫ちゃん柄なのはどういうわけ。


「……」


 ……いやなんか言ってよ。

 目の前に絶望オーラ撒き散らしてへたりこんでる美少女がいたら、「どしたん? 話聞こか?」とか言って慰めてよ。いやほんと慰めて。慰めなー? おう慰めろやオラァ!


「……あ、あー、死にたいなー」


 もうなんでもいいから慰めてほしい。あたしはプライドをかなぐり捨てた。

 だってこの人、あたしのこと知らないっぽいし。いやこの学園に在籍してて元生徒会長知らないってのもどうなん?


「……」


 さぁさぁ、君もあたしを囲うファンになりたまえよっ! 特別に、あたしを慰める権利をやろう!


「……」


 チラッチラッと彼を見る。上目遣いでね。あたしの上目遣いなめんなー? 女の子だってイチコロぞー? いやほんとあたし素もアレだけど、このキャラやってて女の子に苛められないとか奇跡の学園生活だったわヌクモリティあったけぇ~……。


「……」


 そうして見上げた彼は、ふと視線を切って給水塔の方へ移動し、


 ──ちーん。


 慰霊碑のお鈴を鳴らした。


「いや慰めんかーい!」

「ああ?」


 なにやら渋々といった様子でお供え物をする彼に思わず突っ込めば、あたしをようやく認識したかのように彼は声を上げる。


「いや『ああ?』じゃないっしょ! 美少女がフェンス前で『死にてー』って言ってたら止めるでしょ普通は!?」

「……???」


 あたしの言い分に、彼は未知の言語を聞いたかのように怪訝そうな顔をして、


「──いただきます。今日も美味しい弁当をありがとう、俺の愛する可愛い妹よ」

「聞けや」


 何事も無かったみたいにベンチに座って弁当食っとる……!

 え……こわ。日本語通じないのかなー? きっとそうだよねー。妹を愛してるとか聞こえたけどそれが日本語通りならそれただのヤバイ人じゃん?


「頭おかしいこの人……」

「死にたがっている人間を止めるほど酔狂ではない」


 うわ、言葉通じた。でももう嬉しくない……。

 え、ていうか今なんて言った? 倫理どうしたの? お母さんのお腹の中に忘れてきちゃったのかー?


「普通、止めない?」

「はっ、死にたいならば死ねばいいだろう」


 鼻で笑った彼は、タコさんウィンナーを挟んだ箸でチョイチョイとフェンスの向こう側を指し示す。仕草はムカつくけど可愛いなタコさん。


「いい余興だ。見ていてやるから、勝手に死ね」


 は?

 はあぁぁぁぁあぁぁぁぁ?????

 ちょっ、はぁあぁぁ!? 今、今死ねって言った!? このあたしに!?

 愕然&ドン引きするあたしに、クッソ無礼な男はクツクツと肩を震わせる。


「ふん、できもしないことを軽はずみに吐く。己の分際も弁えずな。これだから人間はくだらんというのだ」

「はー?」


 んだとぉ……?

 えぇんか? あたしが目の前で飛び降りておまんま不味くなってえぇんか! 先生が死ねって言ったら死ぬんかー!?


「キレそう」

「憤死か?」


 あったまきた。

 いいぜぇ……あたしの本気、見せたるわ! あ、ちなみにあたし別に関西人ってわけじゃないから。ネット触ってると勝手に関西弁覚えるよね。


「よいしょー!」


 あたしはもう自分でもよく分からない衝動に駆られて、フェンスをよじ登る。おら見とけよ! あ、いや、


「パンツは見ちゃダメだぞ☆……ってせめてこっち見ろやー!」

「貴様の汚らしい布地など心底どうでもいい。たとえ一億円もらえるとしても、触りたくも洗いたくもない」


 網目に片手で掴まりつつスカート押さえるだいぶアクロバティックな姿勢してんだから唐揚げ食ってないでこっち見んかい!

 あとあたしのパンツ洗いたくないとか正気か!? あたしの後輩なら三億円払っても洗いたがるぞ! サマージャ○ボパンツぞ!?

 

「う、いや結構高さある……」


 怒りのままに、フェンスの向こう側に降り立つ。もうあと一歩でも踏み出せば真っ逆さまである。あたしなんでこんなことしてんの?


「あ、謝るなら今のうちだぞー……」

「ご馳走さまでした」

「完食しとる……」


 あ、あり得ない……人の血が通ってないんじゃないの? ねぇどうすんのここから?


「……」

「……」


 寒風と恐怖でプルプルと内股で震えるあたしと、足を組んでこちらを冷たい目で眺める彼。

 すごい。何がすごいって、助けようって気が微塵も感じられない。むしろ早く落ちないかってワクワクしてるようにも見える。


「……」


 チラッと、下を見る。

 いや本気で落ちるわけないし。むしろそうなるとかなり困ることになるし。それに、そもそもあたしはそれくらいでは──、


『うおぉぉ、戦鬼さんが助けないなら私が助けますよー! 唸れっ、私のよく分からないパワー!』

「む……?」

「へっ?」


 その時。

 あたしの身体を不自然に強い風が押した。

 ……フェンスの無い、逆の方向へと。


 ………………え?


『あ、方向間違えちゃいました。てへぺろ☆』

「……ちっ」


 悪霊だー!!

 遠ざかるフェンスが視界から無くなり、舌打ちの音を最後にあたしは地面に真っ逆さまー!?


「いやーーー!!??」


 あまりのことに叫ぶ。

 し、死ぬ。マジで死ぬ。このままだと死んでしまう! そう、色んな意味で!

 あ゛ー! いやだー! ちょっと悪ノリしただけじゃんー!? それなのに、それなのに……!


 ──"これ"を、使うことになるなんてぇ!


「くっ……!」


 あたしは首から鎖で提げた赤い宝石を握り、意を決して叫ぶ!


 ──体内の魔力を、全身にブン回しながら!


『しゅ……シュガー・メイプル・シナモンロール!』


 いや小さい頃のあたしの食生活よ! どうしてこれを詠唱開始キーワードに設定したぁ! 甘いよ吉良坂さーん! 駄菓子屋のおばちゃんの警備くらい甘いよー!

 近付く地面をどこかスローモーションに感じつつ、あたしはそのまま自動化された動きに従う。


『──変身!』


 その言葉と共に、身体を包み込むピンクの光。

 薫風のセーラー服が光輝き、キュートでポップな衣装へとチェンジしていく。ああ、動きが! 身体の動きが女児すぎる!! あたし、あと二ヶ月で高校卒業します!!

 カメラを意識したポーズを次々と決め、髪の色さえピンクに変身しリボンも解かれて伸びる伸びる! 変身っていうかこれが地毛です! 染め直し大変なんだけど!? あとカット代もね!


「とうっ!」


 最後にあたし専用のステッキをバトンのように振り回し、フリルたくさんの衣装を纏ってビシッとキメポーズ!


「参上、魔法少女ガーネット! あなたの心に、ピンクの煌めき! きらっ☆」


 っべー。マジっべーよ……あいたたたたたた……。

 はい、これ。落ちながらやってます。余裕の態度だ、場数が違いますよ。だってここまでコンマ三秒だからね! どういう仕組みなのか? あたしにも分からん!

 そのまま白い手袋に包まれた掌を中空に向け、あたしはステッキに魔力を流し込む!


『──風よ、あたしを助けて!』


 その言葉を魔力に乗せて紡げば、ふわりとあたしの身体を風が包む。いや真冬の風、さっむ!

 その冷たさにガクガクと震えつつも、急激に落ちた落下速度にひとまずの安堵を抱く。た、助かった……社会的には死んだけど。


「いやいや……」


 誰にも見られてないからセーフ。

 今頃ビビってんだろうなぁ、屋上にいた彼。見られてないとはいえ、また会った時にどう説明すればいいんだろ。双子ですとか? どこのミステリよ。

 とりあえず早く着地して変身を解かないと。魔法少女は身分を隠すものだからね。どうして隠したがるのか、もうお分かりかなー? いやもう早く設定変更可能になる検定試験合格してさっさとこの痛い台詞と動き変え──、


「ほう……これは面白いものを見た」

「!?」


 びくぅ!?

 え、なになになに!? 下から声が!?

 驚愕に目を見開き、スカートを押さえながら下を見てみる。ちょうど、そのまま落下していたらそこに落ちるだろうなと予想されるその地点。


「クックック……」


 ……そこへ先回りするように、"それ"はいた。


「受け取める手間が省けた。なかなかに興味深い生態をしているな、人間?」

「──」


 なに、この人。

 黒い学ランはボロ布のような和服に変わり、その顔は酷薄とした笑みに彩られている。興味深いと言ってはいるけど、その瞳には人間的な温かさが欠片もない。まるでピンに刺された蝶々を見ているかのような、そういう機械的な興味の宿った瞳だった。

 そして、なにより異様なのが……、


「つ、角……?」


 彼の頭から歪曲して生えた、闇色の二本角。空間にまるで脈打つように魔力を放つそれは、見る者が見れば発狂に至るほどの……恐怖を、覚える。


「……」


 ……双子かな? んなわけないよねー……。

 いやどうなってんの。なんであたしより先に地面にいるわけ。さっきまで屋上でタコさんウィンナー食べてたじゃん。もしかしてタコさん? タコさんウィンナーの力なんか? いやタコさんすっげー……デービルフィッシュぅ~……(ネイティブ)


「……」


 すとん、と。

 ようやくあたしも地面に足を付ける。このくらいの風魔術、幼稚園の頃からやってたし余裕っすわ。ガハハ。


「……」

「……」


 で。

 ……どうすんの、これ。いやすごい見るじゃん。このあたしの、幼稚園の頃に設定して後悔してる衣装とステッキすごい見るじゃん。笑うなら笑えよ。

 しかし目の前の角の生えた……なに? 鬼? は、あたしのことを頭の上から爪先まで観察するように眺めたままだ。いっそ笑えよ……この年甲斐のない哀れな女をよぉ!


「貴様、魔術師か? 魔法使いか?」


 うわー、よりにもよってご同業っぽいー。そこ区別するってことはもうだいぶ業界知ってんじゃーん?

 関り合いになりたくなーい……でも、外に漏れたら組合に怒られるし、お母さ──師匠にも怒られるし……それこそ検定試験落とされるし……。


「……ま、魔法使いっす……」

「ほう? つまり特別な異能を持って生まれたわけか」

「う、うっす」

「内容は」

「き、企業秘密っす……」

「……まぁ、己の武器をひけらかすことはせんか」


 いや知ってんじゃーん! だったらもう暗黙の了解よー? お願いだから黙っといてくれませんかね……?


「つーか、あんたこそ誰なのさ……」

「──ククク」


 校舎裏に、ピンク髪の魔法少女一人。黒い鬼(?)が一人。

 口をついて出た質問に、しかし目の前の鬼は何がおかしいのか肩を揺らす。


「……この俺が誰か、だと?」

「おう……」

「この俺が誰なのかと、そう問うたか?」

「お、おう……」


 なんでちょっと嬉しそうなん? あとなんで二回言ったん? や○やかー?


「自己紹介が遅れたな……」


 そっすね……あたし、名刺切らしてるけど。

 しかし彼はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに和服をはためかせ……紙の名刺より素敵な"殺気"という名の名刺を、プレゼントしてくれた。

 わーい、いらねー……。


「我こそは、五百の魂を生け贄に、鬼を斬りし妖刀を媒介に創造された無双の戦鬼である!」

「あ、はい。ご丁寧にどうも……それじゃ、あたしバイトの時間なんで……」

「名乗れ」

「えっ」


 バイトの時間っつってんじゃん……嘘だけど。江頭2○50さん見習えー?


「……」

「えっと……」


 あ、ダメだ。逃げられない。逃がさないという凄みがある。あたしのことを無害な蝶か、毒のある蛾か見極めようとしてるわ。

 あたしはそれを感じとり……諦めて、頭を垂れた。


「さ、三年生の元生徒会長。吉良坂……ット……です。魔法使いでま、魔法……じょ、です……」

「声が小さい」


 名乗りたくないんじゃー! えぇい!


「三年生の! き、吉良坂きらさか柘榴ガーネットです! 柘榴ざくろと書いてガーネットの超前衛芸術な名前です! いつか改名することが当面の目標の魔法使い検定二級、半人前魔法少女です! 長所はノリが良いところ、短所は悪ノリが過ぎること! あなたの心に! ピンクの煌めき! きらっ☆ ってなもんじゃ文句あっかこらー!?」

「ない」


 ないんか!? もうやけくそでツッコミ待ちだったのに文句の一つもないんか!? きらっ☆(半ギレ)


「いっそ笑えよ……」

「妹が同じようなことをするのでな。笑うものか」


 あら~、可愛い妹ちゃんでちゅねぇ~。


「なんちゃいなんでちゅか~?」

「今年で十七だが」

「っべー……」


 兄が兄なら妹も妹じゃん。っべーよこの兄妹。ピンク髪の魔法少女がツッコミ入れちゃうレベルでマジっべー……。


「む?」


 戦慄していると、なにやら無双の……何? ご大層な名乗りを上げたけど結局名前言ってないじゃんこいつ。おい後輩~? 略して無線機って呼んだろか。

 そんな無線機君が見上げる先、そこには大きめの封筒をクチバシに咥えたカラスがいて……あ、それ!


「っとと」


 ペッ、とクチバシから離されて落ちてきた封筒をキャッチする。いや待ってたわぁ~!


「なんだそれは」

「そりゃ検定の合格通知よ」


 一級になれば一人前として認められて、ようやく詠唱開始キーワードとか衣装の変更が認められるんよ。恥ずかしかったらさっさと一人前になれってことさ。ほんと悪辣ぅ~……。

 まあ他にも超重大な恩恵があるんだけど、とにかく今は合格という二文字を見て安心したい。

 あたしは封筒をビリビリ~っと破いて、中身を……中身を~……なんか紙、薄くなーい?


『不合格。

 貴君の更なるご活躍をお祈りしております。

 PS. 魔法使わないんじゃ受からんわ』


「……」

「……」


 ……校舎裏に、一陣の風が吹く。寒いぜ。流れる涙も凍てつくくらい。


「……ぐすっ、お、お゛ぉぉぉぉ……!」

「情緒不安定な。魔法使いというのはそういうものなのか?」


 うるせーーー!! 知らねーーーー!!!

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