第224話「よろしいですか? 絶対ですよ!?」



「あ! いらっしゃいませ、皆々様。和雑貨店"式守"へようこそお越しくださいました」

「あら?」


 結局事情を全て話し、ぞろぞろとブルームフィールド邸の面々で店を訪れたところ。

 暖色の照明と共に我等を笑顔で出迎え、店の雰囲気に合わせたのか若草色の着物を身に纏う小さな陰陽局支部長・六条このはを目にしたリゼットが意外そうな声を上げた。


「コノハ? ここでアルバイトでもしているの?」

「あれ、公務員さんって副業禁止じゃありませんでしたっけ?」


 首を傾げるリゼットと刀花。む、そういえば言っておらなんだか?


「私達がクリスマスプレゼント買う時にはこのお店にいなかったわよね?」

「マスター、ここは陰陽局支部だぞ。むしろいて当然なのだ」

「………………はい?」

「あ、そうだったんですか?」


 和雑貨店の皮を被る、我等が日ノ本の平和を守る裏の公務員共の巣窟よ。

 俺がそう言えばリゼットは目を点にし、刀花は「へー!」と感心した声を漏らした。

 そんな二人の様子に、後ろにいるリンゼと彼方も数回頷いている。


「まぁ当然の反応かと。お父様にとっては敵地なわけですものね。どの面下げてって感じですわよ」

「いや本当にそうなんですよ……」


 情報として既に娘達のことを知っている六条は、娘達の姿に驚くこともなく話を合わせてくる。げんなりとして。赤い組み紐で一つに纏めた長い黒髪も、どこか艶がなく映って見える。


「正確には支部本体は地下にあるのですが、安綱様が来られるとなるとどれだけ待機中の陰陽師達が殺気立つか……」

「ああ? 文句があるならばかかってくるがいい。首と胴にあらかじめ別れを告げておけよ」

「できないから余計そうなるのではないですかっ」


 六条が理知的な光の宿る黒目を細めてこちらを睨むが、俺は肩を竦めるのみだ。

 過ぎたる炎は己が身さえ焼く。俺という炎を御し切れなかった過去の貴様らの失態に、一々お伺いなど立てるものか。

 俺がいつものようにつまらなさそうな鼻息を鳴らしていると、リゼットが呆れたようにため息を漏らした。


「敵対してる人達のお店だったのねここ……普通にお買い物気分で来ちゃったけど」

「あっ、いえいえそれは誤解というものですよリゼット様!」


 六条が大袈裟に手を振り、店内の片隅にある来客用スペースに俺達を案内しながら内情を語った。


「そもそも、陰陽局とは日ノ本の住民を悪質な怪異から守る裏の公務員です。決して、無闇やたらに『怪異だから』と言って討伐をおこなったりはしておりません」

「あら、そうなの?」


 受付の女性が茶を配るのに軽く会釈をしつつ、我がご主人様は興味深そうに相槌を打つ。


「てっきり私も、吸血鬼だから何か言われるものかと思ったわ」

「まさか! むしろ逆です。どうしても人に害をなす怪異であれば調伏もやむなしですが、人格のある方々ならば保護から隠れ住む住居の確保、仕事の斡旋までおこなうのが我等の仕事! 陰陽局とは正しく、正義の味方なのでございますとも!」

「あなた何で敵対してるの?」


 薄い胸を張る六条の弁舌に感心したリゼットが「ちょっと誤解してたかも」と言いながらこちらに白い目を向けてくるが、こちらとしては何でもなにもない。


「幼少の刀花に逃亡生活を強いたからだ。殺されぬだけマシと思え」


 この無双の戦鬼を創造した者らは、十年前の中でも珍しい暗部も暗部。常には表で何食わぬ顔をし、裏では人体実験をおこなうような真なる塵共であった。


「面倒な話だ。当時の周囲から見れば、ただの善意ある職員が突如現れた鬼に殺されたように見えるのだからな」


 事情も満足に説明されておらん追っ手も際限無く我等兄妹を調伏しようとするというものだった。

 無論、一部の重鎮はこの俺がどういった経緯で出現したのかを知っているが、末端の者になど言えるわけがない。

 ──正義を守るはずの組織が幾百の人体実験をおこない、その果てに生み出した鬼が暴走して解き放たれた、などと。


「笑い話にもならん」


 まぁ、一部の上層部はその暗部に手を焼いていたらしく、むしろ悪い血が抜けてよかったなどと言う輩もいたらしいがな。感謝するならば金を寄越せというのだ金を。


「だからこそ彼奴らはいまだ俺の敵なのよ。俺にとっては過去に刀花を傷付けた罪人共。そして一部の事情を知る者を除いた彼奴らにとって、俺は跳梁跋扈する悪鬼。分かり合えようはずもない」

「ふーん。まぁ誤解できないほどジンも悪い鬼だしね」

「よく分かっているな、マスター。俺は主と妹という名の鎖に繋がれているに過ぎん」


 それがなければ、俺は刹那の内に地表の生命全てを狩り取るまで止まりなどしない。


「無双の戦鬼は、悪だ」


 俺は確かに主を守護するための道具である。

 だが、その手段が殺戮のみであるのならば、どれだけの理由があろうがそれは間違いなく悪鬼の所業に堕する。

 ……何者かを殺すことに、正義などあるものか。殺すことしかできぬ者は、どうあがいても悪なのだ。御託を並べて『己は正義だ』などと誤認するなど恥知らずのすることよ。

 己が悪であること。人間の命を奪った者は、そこから目を逸らしてはならん。


「娘達も覚えておくがいい。殺しに正義を求めてはならんぞ。誰かを殺すのならば己は悪であると自覚し、奪った命を尊ばず、唾を吐きかけるよう心得よ」

「こら、悪い教育しないの」

「覚悟の話をしているのだ。悪に染まり切らねば、いずれ罪悪感や悔恨の重みに潰されよう。人を殺めるのであれば、奪った命などゴミクズ同然と切り捨てる芯鉄を持て」

「無茶苦茶言うわねあなた……」


 リゼットがドン引きするが、付き合いの長い最愛の妹には筒抜けなのか、刀花はふんわりと笑う。


「ふふ、分かりにくいかもしれませんが、兄さんは『殺しはダメだぞ☆』って言ってくれてるんですよ。普通の人間さんがそんな覚悟、持てるわけがないんですから」


 ニコニコとした刀花がだいぶ極端にだが纏めてくれた。

 そうとも、どうしても殺したい者がいれば俺に言え。その可憐な手をわざわざ血で汚すことなどないのだからな。


「くぅ~、お父様カッコいいー……!」

「おバカリンゼ、ちゃんと理解できているのか?」

「あたっ! 分かってますわよもう!」


 何が琴線に触れたのか知らんが、素の口調で痺れているリンゼに彼方の手刀が光る。

 少々リンゼの態度には一抹の不安が過るが、俺とリゼットの娘だ。頭は弱くても愚かではない。それに今の一皮剥けた彼方が傍らにおれば、力に振り回されることもないだろう。


「まるで私どもが悪に聞こえるではないですか……」

「貴様らがやっているのは、あくまで獣狩りの範疇だろう。矮小な人間らしくそこから逸脱しようとせず、常に己の心に問い続けているがいい。正義とは、とな」


 こちらの言葉に六条は一瞬キョトンとした後、思わずといったようにまなじりを下げた。


「……分かりにくい励ましでございますね」

「ふん……」


 聡い人間はあまり嫌いではない。

 まあこの小娘は小言が多いため気に食わんがな!


「ねぇカナタ、なんで今のが励ましになるんですの……?」

「はぁ……要約すれば『お前達は悪ではない。常に誇りを忘れず職務に励めよ』と言ったのだ、おとーさんは」


 やめてくれないか娘達よ、迂遠にした言葉を解説するのは。


「あなたってほんっと面倒な人よね……」

「兄さんは超ツンデレさんなのです。そこがキュートなんですけどね!」

「ふん、デレてなどいない。俺がそうなるのは俺が認めた少女達にだけだ」

「おや、では私のこともお認めになったのですか? 光栄です安綱様」

「さて、本部のある京都でも消すか」

「あーん! 冗談やのにー!」


 空間が軋むほどの霊力を込めた長大な槍を振りかぶる俺を、泣きながら六条が止める。調子に乗るなと言ったそばから……このたわけめが。


「……安綱様? 京都に行ってもどうかお心を鎮めたままでいてくださいますよう」

「行く予定などないが」

「えぇ……?」


 こちらの言葉にじっとりとした目をする六条がため息をついている。苛立つ態度だ。

 そんな六条は腰に手を当て、ビシッと指を立てた。


「ご存じないのですか? 薫風の高等部は、三年生になりましたら修学旅行があるのです」

「ほう……?」


 話の流れからして、行き先は京都ということか。

 納得していると、六条がズイッとこちらに顔と立てた指を近付けた。


「くれぐれも……くれぐれも本部に喧嘩などを売られませんように!」

「はん、相手の出方次第だ」


 修学旅行となれば、綾女と共に宿泊を伴う旅行へ行けるということであろう? それはなかなかに、今から楽しみであるな。


「この俺の楽しみを邪魔しようものなら、京都中の歴史的建築物全てを灰にしてくれるわ」

「ミツヒデも真っ青ね」

「ああ、今から胃が痛いです……なんと説明すればいいのでしょう。『無双の戦鬼が修学旅行でそちらに行きます』などお歴々に言えるわけが……うぅ、絶対ボーナスの査定に響くやつや……」


 六条が腹を押さえている。いい気味だ、年に二回もボーナスを貰いおって。

 俺が口の端を上げていると、懲りもせず六条は小言を呟く。


「……まかり間違っても"巫女姫様"などにちょっかいをおかけにならないでくださいよ?」

「ミコヒメサマ? なんか前にも聞いたような……」


 聞き覚えのある響きだったのか、リゼットが首を傾げる。以前チラリと話したな。

 俺は茶を一口飲んでから、もう一度簡単に説明した。


「京都の本部に身を置く、陰陽局の象徴的存在だ」


 実務のトップは別だが、そういう存在が本部にはいる。

 逃亡時代、一度本部に襲撃をかけた際に見たことがあるが、まだまだ年端の行かぬ小童だったはずだ。現在となっても、まだ中学生にもなっておらぬのではないか?


「巫女姫様はまこと尊い血を引くお方にして神秘の体現者なのです。絶対に、ぜーーーったいにちょっかいをかけないでくださいよ!!」

「分かっておるわ、誰が好き好んで関わるものか。お飾りとはいえ貴様らの頂点と関わるなど、こちらから願い下げだ」

「……ねぇトーカ、今すっごいフラグが立ったように見えたのだけど」

「気のへいでふよ~気のへい~♪」


 訝しむリゼットに、出された茶菓子をまぐまぐしながらお気楽に返す刀花。俺も妹と同意見だ。

 そうだとも、たとえその巫女姫とやらが源氏の血を濃く引き、噂では前世の記憶すら有しており、そして京都という場が"源頼光みっちゃん"に握られていた頃の我が主戦場だったといえども、決してそんな者らとまかり間違っても関り合いになどなりはすまいよ!

 そんなものは脇にうっちゃって、俺は綾女といつもとは趣の異なる楽しい青春の思い出を作らせてもらうぞ! 茶でもしばいてな! はーっはっはっは!


「はぁ……今から春が憂鬱です──っと、では振袖がご用意できましたのでリゼット様、刀花様、試着室へお越しください」

「「はーい」」


 笑顔で主と妹が試着室へ向かうのを見送る。

 そうして俺は愉快そうな未来に内心で高笑いしながら、愛娘達としばし和雑貨を見て時間を潰すのだった。

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