第222話「妹直伝戦鬼ホイホイです」
「待ちなさいジン! 何を隠して──って早っ!?」
勢いよく玄関を開けて彼の背中に呼びかけるも、彼はチラリとこちらを見たかと思えば、残像すら見せない早さでその姿を消した。
「ご、ご主人様の命令無視した……」
私、リゼット=ブルームフィールドはその事実に頬を膨らませる。たまにあの眷属って私の命令を無視するわよね。『ご主人様は絶対』って聖書にも書いてあるのに!
まったく、眷属としての自覚が足りないんじゃないの? この前だって「もうらめぇ……♡」ってずっと言ってるのに恋人のキスやめてくれなくて私をトロトロに……ってそうじゃなくてっ。
「私に隠し事なんて絶対許さないんだからね……」
「えぇ~? リゼットさん重~い」
「お、重くないわよ! ご主人様として当然の権利を主張してるだけ!」
いつの間にか隣に立つトーカの心外な言葉に、頭を振って返す。
重いですってぇ? 私、王の器だから。別に重くないし。ただ恋人は二十四時間私のことを大事に考えているべきだし、私の言うことはなんでも聞くべきだし、辛い時は何も言わずそっと寄り添ってくれるべきだって思ってるくらいで、一般的な恋愛観に収まってるわよ。むしろ風船より軽いくらいだわ。そうよねー?
「そう言うトーカは気にならないの」
「まぁ、兄さんが隠し事なんて怪しいなぁとは思いますけど」
「でしょ!? もし浮気とかだったら……!」
「いやぁ、それでしたら兄さんは隠さずに堂々と言いますし」
「……確かに」
しれっと言うトーカに思わず納得してしまった。でも嫌な信頼ねこれ……。
私が「むむむ」と唸っていると、トーカは得意気にピンと指を立てた。
「でもでも、なかなか楽しそうな匂いがしますよこれは」
「どういうこと?」
ジンの行動にむずむずしてしまう私に、トーカは「だって」と続ける。
「兄さんは基本隠し事はしませんし、良いことも悪いことも全部言います。特に悪いことは率先して言います」
「それもどうなの……」
「私がそう教えましたからね」
妹の教育こわ。
「ですが、そんな兄さんが隠すことでしたら……それはきっと、私達にとってとても良い感じの隠し事なんですよ!」
「良い感じの隠し事……?」
トーカの力説に首を傾げてしまうが、彼女は気にせずその大きい琥珀色の瞳をキラキラとさせている。
「そうですよ! 妹の婚約指輪を買いに行ったとか、兄妹での結婚を認めるよう国に働きかけてるとか、妹のウェディングドレスを予約しに行ったとか! んもう、兄さんったら健気さんっ!」
「ねぇ私"達"って言わなかった? 全部あなたじゃないのよ」
「いはいれふぅ~」
むにぃっと頭お花畑な妹の頬を摘まむ。あら、すごいもちもちほっぺ……。
少し癖になっちゃいそうな感触の頬っぺたをコネコネしていても、トーカは懲りずに口を開いた。
「じゃ、追いかけましょっか」
「え?」
切り替え早くない?
「あなた、放っておくみたいな雰囲気じゃなかった?」
「まさかぁ。良いことでも悪いことでも、妹に隠し事をしちゃあいけませんよ」
「ねぇどの口で私のこと重いって言ったの?」
「頬っぺた伸ばはないれくらはい~」
息するようにダブスタしまくるんだからこの兄妹はまったくもう……。
「でも、もうジンの後ろ姿も見えないけど」
一瞬で彼はどこかへと消えた。
まぁ私とトーカは契約のラインを辿ればおおよその位置は分かるけれど、あのスピードだし追い付けるかどうか……。
「え? いやですねぇリゼットさん」
私が唸っていると、トーカは気にした様子もなく手をヒラヒラと振る。
何の問題があるのか、とニコニコ笑いながら。
「──兄さんにできることは、私達だってできるんですから」
「さて、振り切れただろうか」
ざっ、と。
屋敷周辺を覆う森の出口あたりで、砂埃を巻き上げながら止まる。これ以上は人目につくからな。
「あとは良い子に待っていてくれることを祈るのみだ」
うむ、と頷き街との境目に出る。
いよいよお楽しみだな。このまま和雑貨"式守"に赴き、まずは彼女達にキチンと似合うものかどうか確認をしてから持ち帰り、……を、──…………、
──────────────────
「む」
突如身体に襲いかかってきた硬直の中で、無理矢理指を動かしパチンと鳴らす。
そうして"己の時間を斬り刻む"ことで、なんとか時間停止を免れた。
「これは……」
周囲を窺うまでもない。
先程まで悠々と流れていた雲はその姿を固定させられ、走り回る子どもの歓声も、車の動きも何もかもが凍り付いたように停止させられていた。
「さすがに言い訳が苦しかったか」
言いながら後方を仰ぎ見る。
鬱蒼とした森の上空、ちょうどお屋敷があるその上あたりに……、
「兄さーん! 捕まえちゃいますよぉー!」
「こ、こわっ。ちょ、見ててヒヤヒヤするんだけど……!」
コウモリのような小さい翼を生やして羽ばたき、隣を見て青ざめるリゼット。
そしてその横で、中空に生成し固定した刀剣を階段のように踏みしめ、時に手で掴み体操選手のようにクルリと車輪の如く回りながらこちらを追う刀花の姿が見えた。いや、それだけではない。
「なぜワタクシ達まで……」
「おかーさん方からの指示だ。従う方が賢明」
森の木々を忍者のように渡り来る愛娘二人の姿も見受けられた。リンゼは少しげんなりしているが。
「なるほど、鬼ごっこというわけか」
彼女達を視界に収め、そう判断する。
面白がっているのか刀花は"お願い"を使わないようであるし、リゼットの"オーダー"は今日は既に使ってしまっている。
ちなみに"オーダー"の内容は『十分間、目を閉じてなさい』だった。その間、彼女がどのような蕩けた表情で俺に口付けをくれたのかは彼女のみが知る……時折耳朶を打つ、甘えるような喘ぎ声で俺は頭がどうにかなりそうであった……その分、可憐な蕾の感触を存分に堪能させてもらったがな。
「いかんいかん」
今朝の甘い一時を回想している場合ではない。
捕まってしまえば振り袖の件はバレるのが必定。ここは逃げに徹させてもらうことにしよう。
「ふっ──」
時間が止まったままであるため人目を気にする必要が無くなった俺は、力の源である戦鬼の角を生やす。
全身に力が漲った俺は、そのままバサリと黒い衣をはためかせて街の方へと力強く飛び立った。
「うーん、さすがに止まってくれませんか……」
「私は心臓が止まるかと思ったわよ」
最後にクルクルと三回転くらいして、トーカは地面へと見事に着地してみせる。ずっと落ちたら死ぬ高さだったのに、この妹の胆力どうなってるの翼も無いのに……。
私がドン引きしていると、後ろから付いてきていた愛娘達も近くに着地した。
黒いドレスを翻しながら、リンゼがやれやれと肩を竦める。
「お父様を命令なしで捕まえるだなんて、そんな無茶な……」
「どうだろうな。おとーさんの在り方は基本、おかーさん方の下だから。少なくとも、刀花おかーさんが本気を出したらおとーさんより手に終えん」
ジンと同じような黒い着物の袖を風に遊ばせながら、カナタは腕を組んでそう分析していた。
まぁそうよね……この妹、実はなかなか底が知れない部分あるし。それにこんな言い方はトーカが気に入らないでしょうけれど、この世界で一番“
とはいっても、この常にぽやんぽやんでニコニコ笑顔な妹が本気を出す時なんて、それこそ今後あるかどうかも分からな──、
「むむむむむぅ~! お兄ちゃん、妹のこと無視したぁっ!」
いやすっごい頬っぺたパンパンに膨らませてるわこの子。しかも私と同じ理由で。ほんとにどの口で私のこと重いって言ったの?
「……ちょっぴり本気、出しちゃいましょうかね~」
「えぇ……?」
そんなあっさり出していいものじゃないでしょ……。
しかしこちらの反応も意に介さず、リンゼとカナタがサッと顔を青ざめさせる横で、トーカは一振りの刀を生成する。利き手とは逆の、左手に。
「むふー、お兄ちゃんは妹を無視しちゃいけないんですよぉ~?」
あくまでニコニコと笑顔を浮かべて、刀花はミニスカートのポケットから右手で数枚の硬貨を取り出し……、
──瞬間、バチリと弾けるような音と共に、刀に紫電が走るのを私は見た。
この妹、今の状況楽しんでない?
ピョンピョンとビルの上を飛び移り、雑貨屋方面へ急ぐ。
「うむ、時間が止まっているのならば、このまま六条めから品物を奪い取るのもありだな」
ククク、この無双の戦鬼から
──パリッ……!
「おっと」
視界の端に放電路が見えたので、何事かと首を傾けて正解だった。
瞬間、目を覆うような光量と共に、先程まで俺の頭があった部分を突き抜けていく光線がある。
「楽しんでいるな、刀花」
最近、身体を動かしていなかったからな。少々、溜まっていたのかもしれん。
頷きつつビルを飛び移る俺を撃ち落とさんと言わんばかりに、地上から続けざまに幾条もの音の壁を越えた光線が放たれる。
「五百円玉か」
それらの内、一発を指で挟んで受け止めて正体を検める。
電磁抜刀術の原理を用いた、超々高速の遠距離射撃。その威力は停止した建物ですらビリビリとその身を震わせるほどだ。
そんな射撃を遠慮なくこちらへと刀花はおこなっているが、その遠慮のなさも、この程度のパチンコに当たる俺とは全く思っていない信頼ゆえだろう。
実際にこの無双の戦鬼、光の速度程度ならば視認してからの回避など容易い。己より遅いものにどうして当たろうか。
そもそも、愛する妹の動きを見逃す俺ではないのだ。達人は命のやり取りの中で『攻撃が止まって見える』などと言うが……、
──俺ほどの兄になると、もはや妹が止まって見える。
まあ、只人には分からぬだろうな、この
「むむ?」
己の愛の深さに身震いすらしていると、なにやら上空の雲が変化しているのに気付く。停止が解けたのか?
冬の空に映える白い雲は、段々とその身を黒く染めていき、大きく渦を巻く。
……それと同時に、刀花達がいる場所で新たに存在感を膨らませる者らがいた。
「リンゼと彼方か」
おそらく、こちらに来た頃に一度だけ見せた“双姫一体”をしたのだろう。
刀剣化した彼方を、リンゼが鬼の角を生やし装備するあの姿だ。きっとあの娘達は、二人揃って真価を発揮するのだ。
そうして娘達の力によってこの街の上空全域を覆うほど黒雲が成長し、その身に霊力を纏わせたかと思えば……、
「おお」
黒い雷がこちらを狙い、一気に数百本落ちてきたではないか。こちらを痺れさせて、自由を奪う腹づもりなのだろう。
「まだまだ」
上から降り注ぐ黒き落雷に、下から狙い撃ちする超電磁弾。
それらを、俺も先程の刀花と同じように中空に浮かべた刀剣を足場にして、身を翻し避け続ける。俺自身が稲妻となったかのような動きで。
「はっはっは」
二面による挟み撃ちは軍略の常だが、この俺を捉え切るにはまだまだよ。せめてもう六面は持って来いというのだ。
「さて、この公園の先だな」
ゴールは近い。
集中力が切れたのか、やや俺の身から逸れた落雷を避けつつ地上の公園に着地する。
問題は振り袖を受け取った後だな。この事態をどう収めるか……。
「ま、待ちなさいジン!」
「お?」
顎に手を当てながら歩いていると、そんな鋭い声がこちらの足を縫い止める。
その声の方へと視線を向ければ、我が黄金のご主人様……リゼット=ブルームフィールド様が待ち構えていた。なぜかその顔は戸惑いに揺れているが。
「ほほう……」
時折、妙な弾道で落雷や硬貨が飛んでくるものだと思ったが、最初からここに俺を誘い込むためのものだったか。
感心して吐息を漏らすが……さて、どうするつもりだ。
“オーダー”は既に使用済み。そもそもリゼットは運動が得意でもなし。単体で俺を止めることなどできようはずもない。
「悪いがマスター、俺は行くぞ」
お前達に贈る“さぷらいず”のためならば、俺は心を一時だけでも鬼にするのだ……。
そうして心の中で謝罪しながらも、横を通り抜けようとする。
「ま、待ちなさいよ……」
「む?」
が、彼女はそう言いつつもなぜか近くにあったベンチに座り込む。追いかけてこないのか?
疑問に思っていても俺の足は動き続ける。さらばだ、我が敬愛するご主人様よ……。
たとえ頬を染めながら上目遣いでこちらを見つめようと、モジモジと恥じらうように足を動かしても、そしてどのような言霊をその色付く唇に乗せようと、この無双の戦鬼は目的を達するまで覇道の歩みを止めぬのだと知るがい──、
「ひ、膝枕……して♡」
──仕方がないなぁ!!!!!!!
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