第187話「これ画面暗くなって”ゲームオーバー”って表示されるやつ」
「今日も疲れたわね……」
私、リゼット=ブルームフィールドは自室のベッドに腰掛けつつ、まだ少ししっとりと濡れた髪を櫛で梳く。
お風呂上がりにジンに髪を乾かして貰うのはいつも通り。そしてその後、入れ替わりで彼が最後にお風呂に入って掃除を兼ねるのもいつも通りの流れだ。
しかし昨日娘達が来てからというもの、私は情報の奔流に揉まれて精神的に疲労していたのだった。入浴だけでは取れないタイプの疲れだ。
「冬休みはゆっくりできると思ってたのに……」
儚い希望だったわね、と渇いた笑いが漏れる。
そう、彼と一緒に冬の休暇を優雅にって――
「……まぁでも、悪い子達じゃないし」
一部ヤバい属性を受け継いでいた子がいたけれど、一応普段は抑えているという話なので不問にしましょう。うんうん。
そうやって自分を納得させ、寛大な心を示す。私、“誇り高いご主人様”だから。でも……、
「……“母親”、かぁ」
あの子達にとっては、そう。
自分が赤ん坊から育てたわけではないし、年だってそう変わらない。だけどお昼に一緒にショッピングしたり、お話してみたりすればすぐに打ち解けられたし、彼女達は両親のことが大好きなのだとすぐに分かった。
「……うまく、やれたのかしらね」
未来の事は分からない。
大事な家族を失ってしまっている私が……そんな自分が母親になるなんてまだまだ実感も湧かない。
だけど、唐突に現れた娘達の様子を見て少し――嬉しかった。誇らしかった。大事な家族が増えるのは、すごく良い事だから。
「少し、妬けちゃうわね」
クスリ、と一人で笑う。未来の自分に嫉妬だなんて、おかしいことだけど。
「……ふふっ♪」
行儀が悪いとは思いつつも、今の想いをぶつけるようにベッドにダイブして枕を強く抱いた。
「家族になるんだぁ……」
夢見るような心地でそう呟く。
娘達の出現――それはつまり、大好きな人と添い遂げたのだという証明に他ならないからだ。
「ジンと……」
その"大好きな人"の名を唇から漏らす。
熱い……知らず、鼓動が早くなる。
「ふ、ふふふふふ♪」
まったくもう、しょうがないんだから! 眷属の癖にご主人様とそういう関係になろうだなんて、もうもう!
「寛大な心を持つ可愛いご主人様に感謝しなさいよね」
ゴロゴロとベッドの上を転がりながら、そんなことを言ってみる。
昼間に自分の娘であるリンゼが三女だったと知れた時はかなりイラッとしたし許さないけど、
「まぁ? その分、一生私に尽くすって誓うのなら? 私も鬼じゃないし、情状酌量の余地は与えてあげてもいいわよ?」
まったく、なんて優しいご主人様なの私ったら。普通はこんなの死罪よ死罪。
いやまあ、オーダーで何回か殺したし、これ以上女の子を増やしたりなんかしたら本気で冥府に葬る所存だけど……別にそれで死に絶える彼でもないし。
「そう、その分キチンと私を甘やかして……あ、愛して……くれ、たら……」
ピタリと身体を止めて、その言葉の意味と頬の熱を確かめる――熱い。
(ああ、家族になったってことはやっぱり……そ、“そういうこと”もきっとしちゃってるわけで……)
ドキドキ。
いくら私がお嬢様といえども、どうすれば子どもができるかなんてちゃんと理解している。
ど、どんな感じだったのかしら。優しくしてくれたのかしら……それとも、獣のように激しく求められちゃったのかしら……。
ぽーっと、頭の熱を上げながらイケナイ妄想に耽る。
(時間はさすがに夜でしょう、あの子達クリスマスベイビーみたいだし。きっと彼がクリスマスプレゼントをくれて……)
いや。
もしくは……私が"自分"を彼にプレゼントして、とか……?
「きゃあきゃあ! もう、ばかばかぁ♪」
はしたないし安直ぅ~!
トーカが、これまでのクリスマスは自分を贈っていたって話を聞いてたから、ついおバカな妄想しちゃったじゃないのもぉ!
それに、そんなことしたらあのおバカ眷属ったら私のこと襲っちゃうに決まってるわ。あの子私に夢中だし、私のことホント大好きなんだから♪
「うっ、鼻血出そう……」
鼻の奥がつーんとしてきたので慌てて妄想を……いえ、厳然たる事実を考えるのをやめる。彼は私の魅力に逆らえないしイチコロなのよ。オーケー?
「……魅力といえば」
別のことを考えようとし、ふと思い至る。
そういえば"あっちの私"って、ネットでアイドルみたいなことしてるんだっけ。
「ふぅん……?」
以前将来のことを漠然と考えた時、冗談交じりに『アイドルにでもなろうかしら』と思ったことはあったけれど、まさか本当に自分がそれに類するものになっているとは。
「でも、なんでバーチャルなのかしら」
まあ顔を出すと色々と面倒そうなのは理解できるし、厄介だと思ったのかもしれない。
「もしくは、ジンの我儘で『素顔は俺だけのものにしたい』って言われたとかだったりして」
あり得る。
動画の中で私が『全世界の下僕』と言った時の彼の反応ったら……まったく、しょうがない子なんだから。
「きっとそうね。私、CGに頼らなくても十分可愛いし」
ベッドから姿見の前に移動し、自分の姿を確かめる。
少し厚めのナイトドレスが、均整の取れた美しいスタイルを包み込んでいる。母親譲りの自慢の金髪と紅い瞳は人間離れし、まるで妖精のよう。
「ふふん♪」
恐ろしい日本の戦鬼すら虜にしてしまう、まさに吸血鬼に相応しい魔性の美だ。私って罪なご主人様ね本当に……。
「……ダンスとか練習しておいたほうがいいのかしら」
CGの姿だとしても、元気よく女の子が踊っているのは動画で何度か見たことがある。
社交ダンスなら仕込まれているが、アイドルのようなポップなダンスとなるとまた勝手が違う。
「こうかしら? わんつー、わんつー」
見よう見まねで、アイドルステップを踏んでみる。たしかこんな感じで……。
「あ、あ、いい感じ!」
さらりと流れる髪に、翻るドレスの裾。少し工夫しただけで華があるように見える。
そして分かりやすく笑顔を浮かべてウインクしてみれば……はい可愛い!
「せっかくだし、ちょっと服を変えてみましょうか」
別に楽しくなってきたわけじゃないわよ? これはそう……未来への投資よ、投資。
誰に向けての言い訳か分からないことを思い浮かべつつクローゼットを漁る。うぅーん……?
「……さすがに、そんな衣装はないわね」
ここで諦めて寝るというのもよかったけれど……そういえばと思うこともある。
「トーカってこの前"変身!"って言って魔法少女になってたわよね」
ハロウィンのことだ。入れ替りが起きたことで嫌でも印象に残っている。あれのおかげで私は毎朝「ごきげんよう」って挨拶しなきゃいけないキャラに……。
「って、そうじゃなくて」
思わず唸ってしまったが、首を横に振る。
そう、トーカはあの時衣装チェンジしていた。ジンを握らずに。
だったら、私にだってできるはずだ。妹にできて、ご主人様にできないことなんてないんだから。
「うーん……こう? いや、こうかしら……」
初めて彼を握った時のことを思い出しながら、霊力を身体に巡らせてみる。表面を包むようにして。
「う、難しい……」
霊力の扱いは大部分をセンスが占める。このあたりは、理屈っぽい自分の性がうらめしい。でも衣装とかは細部に拘りたいし……。
「ん~……こうしてー……こう、かしら?」
時間をかけながら、脳内で緻密な設計図を思い浮かべる。長いリボンとか、パニエもいいわよね。スカートが広がって可愛くて。
そうして想像しつつ、頭の中の図に霊力を流し込むイメージ!
「ん――こう!」
彼を握ってからというもの、掴み始めていた霊力操作のコツを遺憾なく発揮しながら力を込めれば――!
――ポン♪
「あら、あらあらあら!」
姿見に映った自分の姿に思わず声を上げる。
メイド服を着た時も思ったけれど……やっぱり私って美少女だわ。
赤いドレスを基調とした、白いリボンやフリルたっぷりのステージ衣装。自分が想像した通りのできに惚れ惚れする。
動く度にヒラヒラ、フワフワと揺れて……楽しい!
「リアル路線も十分、検討に値するわね……」
さっきと同じステップを踏んでも華やかさが全然違う。可愛さにパラメーターを全振りした衣装が、私の可憐さを何十倍にも引き上げているのが分かった。
「ふふ! 二階席聞こえてるー? お茶の間ぁ~♪」
テンションの上がった私は、マイク(空のペットボトル)を握って虚空に手を振る。想像の中の私は、完全に東京ドームの舞台上だ。
「今日は来てくれてありがとー! 名残惜しいけど、最後の曲は……もちろんこれ! 私のデビュー曲でミリオン達成した『ヴァンパイアガ――」
そうやって。
キメポーズを取ろうとした私は勢いよく手を振ってしまい、
――ガン!
「あ」
机の上にあった銀製の鈴に手をぶつけて……、
――チリンチリン♪
絨毯の上に落ちたベルはもちろん己の職務をこなし、美しい音色を奏でた。
……奏でてしまった。
「や、ば――!」
――無双の戦鬼を呼んでしまう、その鈴の音を!
「き、着替え着替え!」
まずい!
こんな姿を見られたら、調子に乗ってアイドルごっこしちゃうイタイ女の子だって思われてしまう! それはイヤ!
「ちょ、か、解除ってどうするのこれ!?」
しかし、着るのに時間がかかるものは、脱ぐのも時間がかかるのが道理というもの。
ただでさえ難しい霊力の操作と、彼が来るという焦りで手こずっていると……、
『呼んだか、マスター』
「ひっ」
ま、間に合わない……!
彼の声が部屋に響き、それにつられて部屋の中央辺りを見れば、そこに真っ暗な闇が収束して像を結ぼうとしている。ジンが現れる予兆だ。
「――って!?」
ちょーい!?
足の先からゆっくりと彼の身体が再構築されていってるのだけど――服、着てなくないこの人!?
「あ、お風呂……!?」
そ、そうだ。
今、きっと彼はお風呂掃除している最中だったのだ。それを私が呼んだから……もちろん、彼は裸体であろうがそんなことで自分の姿を恥じらいなどしないし、むしろ見せつける勢いの気性の持ち主だ。
「きゃっ……!」
太ももあたりまで再構築された彼の身体から慌てて目を逸らす。このまま見ていたら彼の童子切安綱が……!
(そ、それに……!)
私はいまだ、アイドル衣装を着たまま。
もし、彼が裸のままこんな私の姿を見てしまったら……!
「貞操の危機――!」
そう結論付ける。
メイド服を見られた時でさえ私が気絶しちゃうくらい熱烈なキスをされたのだから、それ以上のことをされてもおかしくない!……ちょ、ちょっといいかも。
「くっ……!」
いやいや、淑女のすることじゃないわ!
一瞬よぎった頭お花畑な考えを頭から追い出し、私は……!
「逃走!」
彼の姿が顕現し切る前に、全速力でダッシュ!
部屋を飛び出し、廊下を走る。背中に「む……どういった趣向の遊びだそれは?」と不思議そうな彼の声を聞きながら。遊びでやってんじゃないわよ!
「ふっ!」
いつしかのように、吹き抜けへとたどり着けば手すりから飛び降り、翼を広げて一階へ着地する。
「前はトイレに隠れて見つかったけど……」
同じ轍は踏まないわよ、私は。
私は脇目も振らず廊下を走る。とにかく時間を。霊力を集中させる時間が稼げればそれでいい。ならば、できる限り遠くへ!
「はぁ、はぁ……!」
息を切らしながら廊下の一番奥、地下の階段までたどり着き、その勢いのままに駆け降りる。
そうして私を出迎えたのは……背の高い棚がズラリと地下いっぱいに並んだ酒蔵だ。
「ここなら薄暗いし、影に隠れればそれくらいの時間は稼げる……!」
ジンが今どこにいるかは分からないけど、私がこんな服を着てると分かれば彼は一も二もなく飛び付いてくるだろう。
それがいまだないことからして、まだ私は見つかってない!
「今の内に……!」
なるべく奥の方の棚の影に身体を滑り込ませ、息を整える。錯覚かも分からない、彼が私を追う重圧を感じながら。
「早く……早く……!」
頭の中で元の服装をイメージしながら、祈るようにして呟く。もちろん、四方八方に視線を向けて警戒しながら。よし、天井にも張り付いてないわね!
「――よし!」
イメージ完了!
そうして私は霊力で身を包み――
「ま、間に合った……」
光が私を包み込み、フリフリのアイドル衣装が消えてなんの変哲もないナイトドレスとショールが返ってきた。
か、勝った……!
「いえ、まだ……!」
前回はそうして安心したところを狩られたのだ。
まだよ私……息を潜めて嵐が去るのを待つのよ!
「――」
そうして、吐息すら殺して一秒一秒を噛み締め過ごす。
「……だい、じょうぶ?」
いつまで経っても姿が見えないどころか物音すらしない。それを確認し、ようやく安心して深呼吸する。息が切れていたら怪しまれる。
「……勝ったわね」
無双の戦鬼、敗れたり!
ふんだ。ご主人様の背中にも追い付けないなんて、他の女の子のお尻を追っかけてるからそうなるのよ、ばーか。
「……というか、ここ暗いわね」
棚の影から出て立ち上がりつつ、物珍しげに眺める。ワインが飲みたい時はいつも彼に取ってこさせるため、自分ではなかなか立ち入らないエリアだ。
「あ、日本酒まである」
ワインがズラリと並ぶ中に、いくつか漢字表記のラベルがあった。
きっと彼が持ち込んだのね。たまにダンデライオンから貰い物として持ち帰ってくるのを見たことがある。
そうやって冷やかしながらも広めの酒蔵を歩けば、自分の足音だけが酒蔵内に響く。
「……静かね」
そんな独り言すら、大きく聞こえてしまう。
見上げれば心細い電灯が一つ点いているのみ。頼りなく照らすそれを見ていれば、異様な心細さを感じてしまった。
「……出ましょう」
一瞬、背中に寒気を感じながら階段へと急ぐ。
衣装は見られなかったし、息も整った。今彼に見付かったとしても「寝る前に飲むワインを物色していた」と言えばどうとでも誤魔化せる。
そう頭の中でシミュレーションしていれば、上階の光が降り注ぐ階段の前へと差し掛かる。
「ふぅ……」
その暖かい光に安心し、私が一歩階段へと足をかければ――
……しくしく、しくしく。
「っ!?」
き、聞こえる……。
女性の啜り泣く声が――う、後ろから、聞こえてきた……。
「――」
心臓がうるさい。
破裂しそうな心臓を手で抑える。相手に聞こえないように。
「はぁ……はぁ……うっ――」
漏れてしまう息も口を覆って隠す。
そうして私は、ゼンマイの切れた人形のようにぎこちなく顔を動かし、視線で泣き声を追った。
「しくしく……しくしく……」
「――」
い、いる……。
階段の正面。その棚の影に……いる。
こちらからは背中しか見えないが、床にうずくまり、顔を手で覆って啜り泣く……和服を着た髪の長い女性の姿が。
(あ、終わった――)
私は自分の運命を悟った……いえ、まだよ!
じっと見ていても、その女性は身を起こさない。何が悲しいのかしくしくと泣き声を上げるのみだ。
(そういえば言ってたわね。こういう悪霊は話しかけたり、言葉を返したりしたら反応して襲いかかってくるって)
屋上の幽霊を思い出す。カレンは確かに、私が声を上げれば脅かしてきた。
(じゃあこのまま……!)
私は極力足音を経てないようにして、階段を上がっていく。泣き声を上げる女性に変化は、ない。
「ああ……悲しい……悲しい……」
「っ!?」
何か言ってる……!
でも、反応を返しちゃダメ! その瞬間に、きっと深淵に飲まれてしまう!
「――」
一段、一段、着実に上階へ歩みを進める。
開けっぱなしにしてあるドアから注ぐ光は、まるで地獄にもたらされる救いの光のよう。
(い、いける……!)
最後の段を上りきる。反応はいまだ無い。勝った!
そうして私は安堵と共に、救済の光を一身に浴びて天国へと――
「――どちらに、行かれるのですか」
「ひっ!?」
しかし――それは叶わなかった。
光へと歩み出そうとした瞬間、仄暗くもゾッとするほど甘美な声が耳許で囁かれたのだ。
(強 制 イ ベ ン ト ……!)
く、クソゲーだわ……! 開発者は出てきなさい!
そう私が憤懣やる方無い心地と絶望を同時に味わっていれば、
「クスクスクスクス……」
「ジン……いえ、さ、サヤカ……」
「ご機嫌麗しゅうですわ、我が主様」
ああ、捕まっちゃった……。
背中から腕が伸び、私を包む。それは優しい糸のようでもあり――罪ある者を縛る縄のようでもあった。
「クスクス、ああご主人様、私は悲しいですわ」
「な、なにが……?」
一ミリも顔を動かせないまま問い返せば、彼女はまたもクスクスと笑う。いや、嗤う。
「顔も会わせずに逃げるだなんて、いけずというものでございましょう?」
「……それは、その」
い、言い訳しなきゃ。さっき考えてた通りに……!
私はサヤカの声に底知れない不気味さを感じながらも、懸命に口を動かし――
「え、えっと、そう、ちょうど喉が渇いちゃって……」
「あぁらぁそうなのですねぇ、これは気が利きませんで……」
と、通った? いける?
そう思って息を吐く。しかしその安堵は「でも不思議ですねぇ……」と続けて耳に囁く彼女の声に打ち砕かれた。
「――そんなにお可愛いらしい"おべべ"を着て、でございますかぁあぁぁぁぁあ?」
「ひぃいぃ!?」
いや普通にバレてんじゃないのよー!? 上げて落とすんじゃないわよー!?
「クス、それっ♪ ああ、なんてお可愛らしい……」
「ふ、服が!?」
サヤカのイタズラっぽい掛け声と共に再び私の身体が発光し……さっきまで私がお花畑気分で着ていたアイドル衣装に戻されてしまった。
「な、なんで……見えてなかったはずじゃ!?」
「あら、透視程度できなくて何が無双の戦鬼でございましょう?」
「ひっ」
「ああ、可憐ですわご主人様……食べてしまいたいくらいですわぁ」
「わ、分かったから! 怖いから早くジンに戻りなさいよ!」
「それは無理ですわ」
「なんで!?」
背中がゾクゾクするような吐息と囁きにそう返せば、サヤカは「ご主人様がいけないのですよ?」と呟く。
「こぉんなに可愛いお洋服を着て……きっと、昼間に聞いたことを思ってのことでしょう? そしてこれを嬉々として着るのはまさに未来を期待してのこと。それはつまり、私との未来を想ってくださったことの証明でございましょう?」
思考の流れまでバレてるー!?
で、でもそれと元の姿に戻らないのは何の関係が――
「そんなお可愛らしい考えを抱くご主人様なんて……男の姿だと、滅茶苦茶に襲ってしまいかねませんからねぇ」
「っ!?」
滅茶苦茶関係あった! やっぱり貞操の危機だったわ!
ま、まあでも、サヤカの姿を取ったというのなら、きっとこの子もすぐに落ち着いて――
「ですので、この姿でたっぷりと愛してあげますからねぇ……」
「なんで!?」
意味の分からない結論に手を振り払い振り向く。そこには――
「ああ、もうたまりませんわ……」
「ひー!?」
両手を頬に当て、瞳孔がクワッと開きまくった黒目をこちらに注ぐサヤカがいた。こ、恍惚としている……!
「さてと……では、お覚悟めされませ?」
「え、え、嘘っ、まさか本当にこのまま!?」
肩にがっしりと手を置かれ、妖艶とさえ感じる美貌の少女が顔を近付けてくる。キスの態勢……!
「ま、待って待って! 私そういう趣味じゃないから! いや試したことないからわかんないけど!」
「なら試してみましょうねぇ」
「暴走しないでー!?」
「クスクス、無理ですわ」
「なんでー!?」
もはや目と鼻の先。
サヤカはこちらの瞳をじっくりと覗き込みながら言葉を紡いだ。
「私とて、ご主人様と同じです」
「え……?」
その響きが、どこか真摯に聞こえてキョトンとする。
そうすればサヤカはまたもおかしそうにクスクスと笑った。
「私とて、大切なご主人様との未来の可能性を示唆されてウキウキしていたのですわ。私のような殺戮兵器が、よもや家庭を持つなどと」
「あ――」
一緒、なんだ。
涼しげな顔してても……ジンも、喜んでくれてたんだ。嬉しく思ってたんだわ。
「身体の内を巡る爆発しそうな歓喜を、水で冷やして落ち着かせようとしていましたのに……まったく仕方のないご主人様です」
ふんわりと柔らかく微笑み、サヤカは言う。私とおんなじことを思っていたと。
それはすごく、私にとって胸がはち切れそうになるくらい嬉しい事実で……、
「――ですので、口付けをいたしますね?」
「結論がおかしい!? だったらジンの姿で――」
「無理です♪」
「なんで!?」
「制御が効かない恐れがあるからですわ。男の姿ですと勢いのまま傷付けてしまう……その可能性があるほどには私、昂っておりますゆえ」
「っ!?」
そ、それって……え、えっちな気分になっちゃってたってこと!?
「ですがこの姿であれば、ねぇ? クスクス、傷付ける心配もございませんわ……さぁ可愛い私のご主人様? 物は試しと申します」
「あ、あ――」
笑うサヤカは色付く唇をチロリと妖しく舐めて――
「季節は過ぎてしまいましたが……百合の花も、たまには良いものですわよね?」
「いやこれ百合とか生易しいやつじゃなくて絶対シダ植物の類い――や、やめっ、あ、んっ、んぅぅうーーーー!!?? …………んっ♡」
未来を知った代償とでも言うのだろうか。
背後でドアが勢いよく閉まる音をどこか遠くに聞きながら。
私はめくるめく百合の花園へと、恍惚とした和服少女に引きずり込まれていってしまうのだった……。
……造花だけど。
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