第182話「私って、本当にズルい女の子だったんだ」



「ありがとうございました、またお越しくださいませ!」


 お客様の「ご馳走さまでした」の声と、そっと口許に添えられた柔らかい笑み。

 それらを見送る時ほど、喫茶店で働いていて充足感を得る時はない。


「ふふっ♪」


 退店のベルも耳に心地よく、私――薄野綾女は空席となったテーブルを鼻歌交じりに片付ける。


「~♪」


 接客中に歌うのはダメなことだけど、モーニングの時間も過ぎて、他のお客様がいらっしゃらないのは確認済み。これくらいなら許してくれるよね?

 長年の悩み事も解決して、最近は働くのが本当に楽しい。だからつい細かいところでこういうのが出ちゃうんだよね。

 私の家族が、喫茶店が。こうして無事に営業できるのも全部、あの鬼さんのおかげ――


「あっ」


 食器を運びながらチラリと時計を見て少し焦る。

 今はモーニングの提供時間が過ぎて、だけどランチメニューもまだ出ない隙間のような時間。客足も少し途絶えてしまう時間帯だ。

 だとしたら、きっとそろそろのはず――


「パパ、洗い物ここに置いとくね」


 厨房とフロアを繋ぐ小窓からパパにそう言って、食器を受け取り口に置く。

 そうして最近持ち歩くようになった手鏡をウエイトレス服から取り出し、他の人より明るめの前髪をいそいそと整えた。


「寝癖はないよね……うん」


 朝のフロアへ出る前に一通りチェックはしたけど、その時よりも入念になっちゃってるかも。人によって接客態度を分けるのはダメなことかもだけど……仕方ないよね?


「髪よし、服装よし――」


 そして最後に、鏡に向けてにっこりと笑う。


「スマイルも……うんっ」


 いつも他のお客様へと向ける笑顔に、ほんのちょっぴり喜びと楽しさと……あとは、その……ね? ドキドキと胸を打つ"甘酸っぱい何か"を加えて。


「よし、これで――!」

「あら、そろそろ酒上君来るの? 冬休みなのに……愛されてるわねぇあやちゃんったら」

「まままままママ!?」


 ふんすと気合いを入れたところで、横からからかうような声。

 隣を見れば、いつの間にかママがニタニタと意地の悪そうな笑みを浮かべてこっちを見ていた! いつから!?


「な、ななななんのことカナ?」

「隠してもだーめ。お母さんにはお見通しよ? あやちゃんったら、私の若い頃そっくり……いや今でも私は若いけどね?」

「あっはい」


 変な声出ちゃった。

 まあでも確かに、私はどっちかと言うとお母さん似で、私が順当に年を取ればこういう雰囲気になるのかなと思える。

 私より落ち着いた色のウエイトレス服を着こなすママは、懐かしむようにして頬に手を当てている。


「思い出すわぁ、恋心の芽生えってやつね。私もね? 最初はパパなんてただの幼馴染みだと思ってたのに、ある時『あれ?』ってなっちゃうものなのよ。あれはそう……暑いサバンナでの――」

「わ、分かったから! そういうのいいから!」


 またパパとママの惚気が始まっちゃうよ。これが始まると長いんだよね……ていうか、前はエーゲ海でって言ってなかったかな?

 商店街ではおしどり夫婦として通ってるけど、私の両親も大概変だ。私がしっかりしなきゃ……!


「でも、そっくりなのは本当よ?」


 密かな決意を燃やしていると、ママはクスリと笑う。


「恋する乙女の顔をしてるわ。あやちゃんもそういうお年頃になっちゃったのねぇ」

「んなっ!?」


 こ、恋する乙女って!

 ボッ、と頬が熱くなるのを感じていると、ママは感慨深そうにため息をついている。


「まさか娘の初恋が、お伽噺みたいな存在相手になるとは思ってなかったけど」

「ちょ、ちょっとママ!」

「それで? もう酒上君には言ったの? 『好きです』って」

「そ、そんなこと言ってな――」


 ……いや、言ったよねー。

 うん。言った。『君のことが好き』って、言った。喫茶店の問題が解決してすぐの頃に。

 教室で、見つめ合いながら。恥ずかしくって、胸が苦しくって……だけどすごくドキドキして、切なくて。このまま時間が止まっちゃえばいいのにな、なんて思ったりもして……。


「……ふーん?」

「はっ!?」

「私の娘にしては固いなあって思ってたけど、なぁにやることやってるじゃないの!」

「いやっ、そ、そうじゃなくって――!」


 思わずその時のことを考えてたら、ママはそんな私の表情を見て色々と悟ってしまったのか頷いている。


「鬼、鬼相手かぁ。きび団子とか差し入れた方がいいのかしらね? ……ってそれじゃ逆かぁ!」

「う、うぅ……やめてよママっ。刃君とはそういうんじゃないから! ただのお友達だから!」

「えぇ~?」


 娘と恋バナできるのが楽しくて仕方ないのか、ママは他のお客様がいないのをいいことにグイグイと攻めてくる。恥ずかしいよぉ!


「も、もう! お仕事中にそういう話するのはダメ!」

「委員長ー、お仕事中にそわそわしながら身だしなみ整えるのはいいんですかぁ~?」

「み、身だしなみ整えるのは普通! 誰が来てもいいように整えただけたから! もぉーほら、ママは早くパパとランチの下ごしらえ――」


 ――チリン。


「あっ♪」


 入店のベル!

 そうして、ママの背中を押していた私が視線を上げた先には――


「……邪魔をする、一人だ」

「いらっしゃいませ、刃君っ!」


 私の予想通り!

 ドアを開けてのっそりと入ってくる大きな影。教室で私の隣の席に座る……怖くて、でも世界一優しい鬼さんが今日も来てくれた。

 そんな彼に、元気よく挨拶! 挨拶するのは良いことだからね!


「……いやその笑顔で"ただのお友達"は無理でしょ」

「……」

「肘打ち痛いわ、あやちゃん」


 ほんとやめて……。

 私はへらへらと笑うママに「絶対に覗かないで!」と念を押して厨房へと追いやってから、ドア近くに立つ彼へと歩みを寄せる。


「お煙草は吸われますか?」

「吸わん、妹の健康に悪いのでな。だが酒は飲むぞ」

「当店はディナータイムのみアルコールを提供しておりまーす。というか、高校生がお酒飲んじゃダメ」

「あ、酒上君、魔○あるけど飲むー?」

「○王……たまには芋もよいか。かたじけない、綾女の母君」

「こらっ! ダメって言ってるでしょもー! ママ――お母さんもっ!」


 厨房からひょっこりと顔を覗かせるママに頬を膨らませてみれば、刃君とママは肩を竦めてクスクスと笑う。か、からかわれてる……!


「……お席にご案内します」

「悪かった悪かった」


 プイッと顔を背けて私が言うと、刃君は全然悪びれてなさそうな態度で謝罪を口にする。絶対そんなこと思ってないよ、もぉ……。

 ママが今度こそ厨房に引っ込んだのを確認してから、お店の奥側の席に座った彼に素っ気なくメニューを渡す。


「今日のお勧めは何だ?」

「……オリジナルブレンドと、クリスマス風のデコレーションケーキだよ」

「では、それで。砂糖とシロップはいらぬ。綾女が想いを込めて淹れてくれれば、充分に甘いのでな」


 またそういうこと言うんだから……。


「……刃君ってさ、案外悪戯っ子だよね」

「鬼は元来悪戯好きなものだ。だが、誰にでも悪戯をするものではないぞ? 俺が悪戯をするのは、愛しい存在にだけだ」

「……もう」


 臆面もなく、すぐそういうこと言って。私じゃなかったら大変なことになってるんだからね?


「……ふふ、じゃあちょっと待っててね。すぐ用意するから!」


 でも、そんな言葉ですぐ機嫌が直っちゃう私も大概なのかも。

 もう、君は本当に悪い鬼さんだよ。


「焦らずともよいぞ……ああ、そうだ。少し本棚を漁るがいいか?」

「? うん、いいよ」


 頷くと、刃君は席を立って店内にある本棚の方へ。


「なんだろ?」


 彼が本を読むなんて珍しい。いつもなら待ち時間はカウンターでコーヒーを淹れる私の姿を目で追う彼だけど……今日はいっぱいゆっくりしていってくれるつもりなのかな?


「~♪」


 なんだかちょっぴり嬉しくなり、彼が一冊の本を手に取って席に戻るのを眺めつつコーヒーを淹れる。パパが厳選した豆から抽出する、拘りの一杯だ。


「今日は~……」


 そしてミルクピッチャー片手に少し思案。


「……よし!」


 頭の中で描いた図絵を、ミルクと共にコーヒーへと流し込む。シャカシャカと素早く爪楊枝を動かし――できた!


「日本刀~♪」


 彼をイメージして描いてみたよ!

 うんうんと出来映えに満足し、銀のトレーにカップと、厨房から差し出されたケーキを乗せる。えへへ、喜んでくれるかなぁ?


「……」


 そんな彼の方を見れば、なんだか真剣な様子で本を読んでいる。漫画……じゃなさそう。なんだろう。

 トコトコとトレーを運びながら首を捻る。さすがに盗み見るのはダメなことだし、聞いたら教えてくれるかな?


「お待たせしました。刃君、何読んでるの?」

「ん、ああ……これだ」

「うん?」


 ケーキのお皿を置きながら聞いてみれば、刃君がこちらに見えるようにその本の表紙を見せてくれる。そこには――


『赤ちゃんができてしまって育児の覚悟もできてないんだが、もう遅い』


「!?」


 ――い、育児!? 赤ちゃん!?


「へ、へへへぇ~? め、めめめ珍しい本よよよ読んでるねぇ~~~……」

「どうした、震えているぞ綾女」


 手に持ったコーヒーカップとソーサーがカタカタと揺れる。

 いやそりゃ揺れるよ! ってああ絵柄が崩れちゃう!?


「おお、今日のラテアートは日本刀か。やはり時代は西洋剣ではなく日本刀だな。『携帯するなら日本刀』、憲法でそう定めるべきだ」

「刀狩りに遭っちゃうよ……」


 カップを覗き込む刃君にそう返す……いや冷静だね……。

 私は恐る恐る、ラテアートの写真をスマホで撮る彼に聞いてみる。


「じ、刃君? 何でそんな本読んで……」

「ん?」


 ん? じゃなくてですね……。

 ま、まあきっといつもみたいに彼が何かを勘違いしちゃった結果だと思うけど。リゼットちゃんか刀花ちゃんがお酒を間違えて飲んじゃって精神年齢赤ちゃんになっちゃったー、とか。あはは、さすがにないか。


「いや実はな」

「うんうん」


 さてどんな勘違いが飛び出してくるか、私は銀のトレーを胸に抱き締めながら彼の言葉に耳を傾け――


「――昨日、娘が二人デキてな」

「……」


 ……。

 …………。

 ………………。


「……………………え」

「おっと」


 呆然とした声が私の口から漏れる間に、手からこぼれ落ちてしまったトレーを彼は中空でキャッチ。でも私はそれどころじゃない。


 え、何て言ったの? 娘? デキた? 


 ……でっ、デキた!?


「へっ、あっ、そ、それは……あっ! ね、猫を拾ってきたとかそういう――」

「いや、血の繋がった、正真正銘リゼットと刀花の腹から産まれた娘だ」

「――」


 え。

 え……本当に? で、でもでもっ、リゼットちゃんも刀花ちゃんもそんな様子じゃなかったよね?

 彼の言葉で、頭の中がぐちゃぐちゃになる。上手く思考を纏められない。


(ああ、でも……)


 慌てちゃったけど、なんだか冷や水をかけられたように冷静になってしまった。

 そういうことも、あるんだよねきっと。

 だって彼は二人のことが大好きで、二人も彼のことが大好き。

 一般的な観点から見たらとんでもない関係を築いているけど、そうやって想い合う異性同士が一つ屋根の下で同棲してるんだもん。そういうことだって起こるものなんだよね、きっと。


(それに……)


 彼はただの人間じゃなくて、鬼さんだし。二人を幸せにするって誓いを立てていて、実際その力も持ってる。

 ただの人間じゃ推し測れない。リゼットちゃんは吸血鬼だし、刀花ちゃんは昔から彼の持ち主だったし……うん、普通じゃないんだよね、きっと。


 ――私と、違って。

 眩しい彼女達みたいに、何度でも『好き』って伝える勇気の無い、私なんかと違って。


「……綾女?」


 だからここはいつもみたいに叱るんじゃなくて、祝福してあげないと。

 そうだよ、新しい命の誕生はすっごく良いこと。赤ちゃんは愛の結晶なんだから。それを批難するなんて可哀想だしもっての他、だよね?


「そ、そうなんだ……」


 だから、笑顔で……祝福、しない、と……!


「お、おめっで……ふ、うぅ……! ぐすっ、おめ、おめで――……」

「綾女……!?」


 あ、あれ? おかしいな……。

 なんで私、泣いてるの? お祝いすべきことなのに、なんで……。


 ――なんでこんなに、胸が痛いのかな。苦しいのかな……。


 すごく、寂しい。

 近くにいたと思っていた彼が、なんだか急に遠くに行っちゃった気がして、すごく、寒い――


「綾女!!」

「あ――」


 衝撃と共に、暖かい熱が身体を包む。

 あぁ、彼に……抱き締められてるんだ。


「どうした、なぜ泣く」

「……だっ、て……だってぇ……!」

「大丈夫だ、綾女が心配することなど何もない」

「う、嘘……だって、赤ちゃんができたって……」


 そう言った瞬間、チクリと痛みが胸を刺す。嫉妬とかじゃない……罪悪感で。

 だって、私は彼の"ただの友達"。ただの友達が……これでショックを受けるなんておこがましい。

 何もしてない私がそんなの、毎日いっぱい勇気を出して気持ちを伝え合っている皆に失礼で……。


 そしてそんな自分が一番、情けなくて……。


(ちゃんと『おめでとう』って言わなきゃ……)


 だから、私は祝福するしかない。友達なんだから、私が最初にお祝いしてあげなきゃ。

 ただの友達には、嫉妬する権利なんて最初から無いんだから。笑顔で……そう、えが、お、で……!


「すえ、末長く……お幸せに――」

「いや、冬休みの間だけだ」

「…………へ?」

「言い方が難しいのだが、未来の娘達が遊びに来てな。それで少し、父としての勉強をだな……」

「…………」

「あ、綾女……?」


 ああ……。

 ああ……そういう、ことなんだ。やっぱり、普通とは違うちょっぴり斜め上のいつもの勘違いだったんだ。

 そっか……そっか……!


「……うっ、ふうぅぅ~~~~~~……!!」

「なぜもっと泣く……」


 泣くよ。

 だって、こんなに醜い。大事な友達を素直にお祝いできず、


 そして――勘違いだと分かって、こんなに安心するなんて。


 ああ、私って。

 こんなにズルい、女の子だったのかな――


「……何を考えているのかは知らんが、下らんことは考えるなよ」

「え?」


 胸を押さえながら自分に落胆していると、彼は私を抱き締めながらそんなことを言う。


「大方、真面目ちゃん特有の面倒なしがらみでも考えているのだろう。そういう、岩の底に生える苔と同じ湿っぽい匂いがするぞ」

「……どんななの、それ」


 言いたいことは分かるけど、女の子に対してそういう言い方はダメだよ……?

 私がズルい体勢のまま顔を上げれば、彼はいつものようにして不敵に笑う。自信満々に。


「よいか、他人の幸せより自分の幸せを優先するのは当然のことなのだ。それは人として抗えぬ本能。自分の願うものと異なれば、殊更反感を覚えるなど当たり前のことなのだ」

「……でも」

「俺とてそうだ。たとえば、綾女に好ましい人間が現れでもしてみろ。俺はきっと嫉妬に狂うだろう。醜く、汚ならしくな。もしかしたら縋り付くかもしれん」

「……君にはリゼットちゃんと刀花ちゃんがいるじゃん」

「知らんのか? 鬼は強欲なのだ。そして罪深いのだ。俺は、お前も欲しい。お前が抱く可愛らしい感情など、この俺に比べれば些細なものよ。そうだろう?」

「……どんな慰め方なの、それ?」

「慰めてなどおらん。鬼の友としての自覚を説いているのだ。確かに小さな人間にはその感情の揺れは辛かろうが……それを内に溜め込むな。それともこの無双の戦鬼がその程度、友の激情を受け止められない雑魚に見えるか?」


 ……君は、ズルいね。だけど、同じくらい私も。


「……だって、私、ズルいよ」

「人間はズルい生き物だ。知っている」


 私の小さな反論にも、彼は優しくそう言って私の髪を梳く。


「ありがとう、綾女。こんなにも想ってくれるとはこの戦鬼、感無量だ」

「……またそういうこと言う」


 そうやって私は、全部彼のせいにする。悪役を買って出てくれる悪い鬼さんに。全てを委ねたままに。

 ただの友達なのに、ズルいと理解しつつも。

 ああ、やっぱり……、


 ――私、泣いちゃうくらい好きなんだなぁ。


「綾女……」

「刃君……」


 互いの瞳から、熱を伝え合う。

 ああ、私、今ならもっとズルいことが言えそ――


 ――チリン。


「ああ、やっぱりここにいましたのねお父様」

「……内装、やっぱり少し古い」

「ジン~? あ、奥の方ね」

「兄さん発見ー! ……なんで綾女さんと反対方向見てるんです?」

「ななななななんでもないよ!?」


 唐突にベルが鳴り、リゼットちゃんと刀花ちゃん……そしてその二人に似た女の子二人が入店してくる。

 あ、危なかった……咄嗟に離れてなかったら、なんだか致命的な何かが起こってた気がする!

 私は身体の熱を冷ましながらも、なんとか現状を再確認するように努めた。


「相変わらず品の良いお店ですわね。こう、シックで」

「……リンゼお嬢様、それだと意味がだだ被り。『シックなお店で、こう……シックで』って言ってる」

「ちょ、ちょっと間違えただけだし!」


 あっ、この子達がきっとそうなんだ。

 ちょっぴり高飛車そうな金髪ツインテールの女の子に、どこかぼうっとした黒髪サイドテールの女の子。

 リゼットちゃんと刀花ちゃんの面影を、一目見ただけで分かっちゃうくらい色濃く受け継いでる。


「……」


 その子達を見ていると、やっぱり……ちょっと、痛いな。二人しかいないってことは、やっぱり、そういうことなんだから。


「あら!」


 四人がぞろぞろとこちらに歩いてくると、金髪ツインテールの子……えっと、リンゼちゃん? がこちらを見て驚いたような声を上げる。

 そうして、しゃなりとドレスの裾を摘まみ一礼をしてみせた。


「この時代ではお初にお目にかかります。リゼット=ブルームフィールドを母にもつ、リンゼ=ブルームフィールドでございます。ちなみに十四歳ですわ!」

「……初めまして。酒上彼方、です。酒上刀花が母です。同じく、十四歳」

「あ、こ、こちらこそご丁寧に! 薄野綾女、です! 十七歳です!」

「ふふ、存じておりますわ」

「旦那様と同学年。知ってる」

「あ……」


 二人の朗らかな声に、赤くなって縮こまる。

 つ、釣られて変な自己紹介しちゃったよもう……恥ずかしい……。


「それにしても、全然変わっておりませんわねぇ」

「うん。びっくり」

「え、そ、そうなの?」


 リンゼちゃんと彼方ちゃんが、どこか感心しながらこちらを眺めている。

 先程からの口ぶりから察するに、二人とも私を知ってるみたい。


(そっか。未来でも、私は刃君と繋がれてるんだ)


 うん。

 ……うん、大丈夫。ちゃんと嬉しい。笑えてる、よね?


(うん、湿っぽい雰囲気なんてダメだよね!)


 だったら、私も刃君の友達として恥ずかしいところを見せられないよ!


「ふふ、いらっしゃいませ娘さん達! 過去のダンデライオンへようこそ!」


 そうやって私は笑顔で祝福する。

 いずれできる、彼と彼の愛する少女達が育むであろう愛の結晶を――


「はい、ありがとうございますですわ! アヤメ!」

「「「「え?」」」」


 ……ん?


 え? 今、なんて――


「冬休み中お邪魔します、アヤメ奥様……こんなことなら、“千代女ちよめお姉様”も一緒に来ればよかった」

「チヨメお姉様は霊力無いから無理ですわよ。それこそここのシフトもありますし、断られるどころか『余所様に迷惑掛けちゃダメ! このたわけ妹たち、いいから手伝いなさいっ』ってバイトさせられるのがオチですわね」

「チヨ――」

「め……」

「お姉様……?」


 リゼットちゃん、刀花ちゃん、私の順でその名を呟く。

 どこか、私の名前に似た響き。ちなみにママの名前ではない。ママは汐女しおめで、パパが綾人あやと

 それに今この子達……お姉様って、言った? そ、それって……、


 それって――!?


「……え、なんですの、この空気?」

「……妙な反応」


 リンゼちゃんと彼方ちゃんが怪訝そうな顔で周囲を見渡す。

 開いた口が塞がらないという顔をしているリゼットちゃんと刀花ちゃん。そして目を見開いて彫像のように固まる刃君。


「えっと……あの、聞いていいかな。未来の私って?」


 まるで薄氷の上を歩く心地で……だけど、どうしても知りたくなったその情報を問いかける。


 その、答えは――


「え、ええ。アヤメお母様ですわよね? 高二の学園祭を切っ掛けにお父様と交際を始めて――」

「専門学校に旦那様と通いながら、私達より一年早く千代女お姉様をご出産され、た……?」

「え――」


 ああ。

 ……ああ。なんてことだろう。

 そんな、リゼットちゃんと刀花ちゃんにとって衝撃的なお話を聞いて。


 申し訳なさよりも、驚愕よりも上回って……去来する感情が――あった。


 この、胸の奥に渦巻く、身体の底から爆発しそうなこの感情。


 ああ……。


 私って――本当にズルい女の子だった、みたいだよ……。

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