第179話「なんだこいつらは」



『おお、ポテチがいっぱい! センセ、見てくださいよこれ!』

『いつもありがとうございます、皆さん。ほら華蓮君? キチンとお礼を』


 東棟の寂れた屋上にて。

 一ノ瀬托生が困り顔でそう促せば、ホクホク顔で大量のお供え物を眺めていた化野が『どうもどうも!』と頭を下げる。

 冬期休暇でしばらく学園には来ないからな。その分、我が主と妹が気を利かせたのだ。伏して受け取るがいい。


「ええ。二人も旅行、楽しんでらっしゃい」

「ちなみに、どこに行くんですか?」


 リゼットと刀花の言葉に、そういえばと思い出す。

 この幽霊カップルは誰にも見られないのを良いことに、最近は屋上から離れ流浪することも多いのだ。

 この前は遂に海を越えて外国方面にまで行ったとか。まったく、悠々自適な余生のようだな。

 俺がつまらなさそうに鼻息を鳴らしていると、一ノ瀬が人の良い笑みを浮かべた。


『今度は北海道や東北辺りをうろうろしようかと。恐山あたりでしたら、他の幽霊もいるかもしれないですから』

「霊場巡りか。逆に浄化されんようにな、この悪霊共め」

『あはは。お気遣いありがとうございます、酒上君』

「……ふん」


 頭に手をやってこちらに礼を言う一ノ瀬に肩を竦める。

 さすがに元教員か。こちらの憎まれ口にも余裕を崩さぬその佇まいに、毒気を抜かれてしまう。相も変わらずつまらん男だ。俺が化野を害そうとした時には、いい表情をしていたものを。


『ではではお三方、また新学期に~♪』

『皆さん、よい年末を』


 リゼットと刀花をいつものように両腕に乗せ、二人が頭の角を安全バーよろしく掴んだことを確認してから屋敷方面に向け跳び立つ。

 幽霊達の、そんな穏やかな別れの声を背中に受けながら。


「まったく、あの屋上は息が詰まるな」

「あら、どうして? 幸せなのはいいことじゃない」


 冷たい冬の風が吹きしく中、苦々しげな俺の呟きに左腕に乗るリゼットがそんなことを言う。


「俺は怨嗟を食む妖刀ぞ。撒き散らされる幸せオーラなど、毒にしかならんわ」

「あなたがあの子達をそういう風にしたんでしょう? もう、勝手なこと言わないの」

「えー? じゃあ兄さんは、私が幸せになっちゃうと毒なんですか?」

「そんなわけなかろう。主と妹は話が別だ」

「ホントに勝手ね……」

「むふー、ホントですか? じゃあチューして確かめちゃいますね。ちゅっ♪」

「あ、こらっ、トーカ!」


 右頬に柔らかく幸せな感触。こんなに可憐な妹が毒? そんなわけないだろうが誰がそんなことを言ったのだ殺すぞおお?


「もう。あなた達も、少しはあの子達を見習って落ち着きなさいな」


 リゼットが、俺達兄妹を見て疲れたようにしてそうぼやく。

 先程の一ノ瀬と化野の様子を見て言っているのか。まあ確かに化野はそうでもないが、一ノ瀬は大人の落ち着きを見せていたな。

 シチュエーションやロマンチックに拘る我が主のことだ。そういった大人の恋と言えるような落ち着いた雰囲気にも憧れがあるのだろう。


「とはいえ、あやつらも姿は若々しいがその実、百年近い時を過ごしている。あまり参考にはなるまい」


 ……そう考えると、化野は落ち着きがなさ過ぎるが。外見に性格が引っ張られる、ということもあるのだろうか。

 群がるビルの上を渡りつつ一人で首を傾げていれば、右腕に乗る刀花がフワリと笑う。


「まあまあ。大人な雰囲気も良いですけど、そういうのは将来の楽しみに取っておきましょうよ。今は今で、私はこうやって兄さんに甘えたいんですから♪」


 むぎゅーっと。

 豊満な胸が当たることも気にせず、刀花はこちらの首に腕を絡める。彼女の少し高めな体温のやわっこい身体が密着し、冬の冷たい風など気にならぬほど心地よい。


「そうだな。俺としても、こうして分かりやすく甘えてくれた方が助かる。……我が主には、少し難しいかもしれんがな?」

「う、うっさいわね……」


 水を向ければ、意地っ張りな我が主は赤くなって顔を背ける。まあ、先程より少しこちらに身体を寄せてくれるだけ譲歩はしてくれたか。そんな素直になれない彼女もまた可愛らしい。


「ああ、そうだ」

「うん?」


 これもまた未来の話であるが、聞こうと思っていたことを忘れていたな。


「二人は、将来の目標などはあるのか?」

「また唐突ね……」

「綾女と橘がそんな話をしていてな」


 先程の教室での一幕を伝えれば、リゼットと刀花は悩ましげに唸る。


「将来、ねぇ……。まだ全然具体的なビジョンは思い浮かばないわ」


 リゼットは今のところそうらしい。

 まあそれもそうだ。貴族という身分や吸血鬼という種族の違いはあれど、彼女はまだまだ高校一年生の少女だ。日本で言えば義務教育を終えたばかり、自分の道を探し始めるにしても早すぎる。


「でも優雅には過ごしたいわよねぇ、私に労働とか似合わないし。不労所得だけで生きていきたいわ」


 夢を見るのもまた自由である。宝くじでも買うか?


「はい、はーい! 私は兄さんのお嫁さんに永久就職しまーす!」

「元気があってよろしい、我が妹にして嫁よ」

「よ、よめっ! なんて素敵な響きなんでしょうか……!」

「ホント、トーカって分かりやすいというかノリで生きてる感じあるわよね……」


 元気いっぱいに手を挙げ主張する刀花に、リゼットは白い目を向ける。とはいえ、これも馬鹿にはできん願いだぞ?


「なるほど。俺が外で働き、刀花が家を守る。古き良き日本の夫婦の構図であるな」

「ちょっと時代遅れよそれ?」

「知っている。それに専業主婦だと言って低く見るつもりもない。年給換算すれば、バイト時代の俺より稼いで然るべき業務内容なのだからな」

「嫁が業務て」


 言い方が悪かったな。

 だが皿洗いや掃除に洗濯、そういった細々とした作業はこの戦鬼の最も不得手とする仕事だ。それができる少女には、敬意しか抱かん。


「むふー、逆に私が働きに出て、兄さんが主夫になるのも面白いかもですよ?」

「ジンが、主夫ぅ?」


 からかうような刀花の言葉に、リゼットが疑問の声を上げる。


「ええー? この顔面凶器男がエプロン着て可愛いお弁当毎朝作って私達を玄関で見送るの? ぷっ、ふふ、似合わなすぎ……!」

「リゼットさん、さりげに酷いです……」

「まあ、似合いはすまいな……」


 吹き出すリゼットだが、まあ分かる話だ。


「だが綾女に調理学校へ誘われもした。俺も家庭での仕事の一つは満足にできるようにならねばな」

「え、それ本気なの?」

「そういう道もまた面白いかもしれん。金の工面が難しいが……不服だが陰陽局の依頼を受けまくり、そして綾女と下宿を共有すれば……」

「は?」

「兄さん、アウトー」

「む?」

「いや『む?』じゃないでしょ……」


 そんな風に。

 少々先走り気味な将来を語りつつビルから樹木へ飛び移り、最後に大きく足に力を入れ――着地する。屋敷の敷地に到着だ。


「まったくもう、油断も隙も無いんだから。あなたの将来に関しては、あとで少しお話があります」

「冬休みですからね、語らう時間はたっぷりありますよ兄さん?」

「そうだな。悪霊どもに倣い、旅行にでも行くか?」

「誤魔化さないの。それにあなたなんて観光地に連れて行ったらどうなることか。いっそ異世界くらいじゃないと心配で一歩も動けないわ。行けるものならね」

「行けるぞ?」

「え」


 彼女達を腕から下ろし、下らぬ口を叩き合いつつ屋敷の鍵を取り出す。

 まあ、刀花の言う通り時間はたっぷりある。例年ならば年末年始にぎっちり詰め込まれたシフトも無く、日常に差し支える問題も皆無。


「さて、まずは茶でも淹れるとするか」


 扉の鍵を回しつつ、我ながら凡庸な台詞を吐く。

 この師走は、どうやら戦鬼もゆっくりと羽を伸ばすことができるらしい。これまでにそんな年末の経験など無かったが、そこは大切な彼女達と共にゆっくり見つけていければそれで――


 ――ピシッ、ピシリ……!


「へ?」

「何の音でしょう?」

「……下がれ、二人とも」


 いざ開けようとしていた屋敷の扉から手を離し、振り向きつつ二人を背後へ庇う。

 ……何かが軋む音がする。

 その方向。ちょうど庭の中央辺りに目を向ければ……、


「……なんか、割れてない?」


 リゼットの言に鋭く目を細める。

 彼女の言うように割れている――空間が。窓でも地面でもなく、割れるはずのない“光景”というべきものに、ヒビが入っている。


 ――まるで、何者かがこちらに侵入しようとしているかのように。


「ほへー、危険な感じですか?」

「いや……だが、何か来るぞ」

「え?」


 呑気な刀花の声にそう返す間にも、そのヒビはまるで卵が孵化するかのように徐々にその面積を広げてゆき……!


 ――バリーン!


「ふぎゃっ!?」

「とう。着地……お嬢様、無様」

「ぶっ、無様じゃないし! あ、コホン……これは、久しい大地に再会のキスを施しているだけでしてよ?」

「無理くりな理屈。旦那様もビックリだと思う」


 ……なんだ、こいつらは。

 空間の隙間とでも言うべきものから、二人の少女が転がり込んできた。


「うー、大丈夫? ドレス汚れてないこれ?」


 大地とキス――もとい、思い切り顔面から落ちてきたのは金髪ツインテールの少女。リゼットのそれよりも少々黒みがかった、血の色をした瞳をキョロキョロ動かして、纏った黒を基調としたゴスロリ服を忙しなくチェックしている。


「……大丈夫。お嬢様は汚れてても可愛い」

「いやそれ汚れてるってことですわよね?」


 そんなどこか高飛車な少女の横に侍るは、濡れ羽色の髪をサイドテールにした少女だ。

 どこかぼうっとしているような、刀花のそれより深い琥珀色の瞳。身に纏うは丈の長い、白黒のメイド服。だがメイド服を着込んでいる割には、発言の主張が強い。控えめ、というわけではなく随分マイペースな小娘であるようだな。


「――何者か」


 とりあえず、侵入者だ。

 そう問いながら、礼儀として刀を向ける。年端もいかぬような小娘だろうが、この小娘どもは空間を割った。その事実からして、相当“できる”。


 ――ピクリ。


 俺の問いを聞いた瞬間……金髪の少女が動きを止める。

 そうして、おかしそうに肩を震わせ始めた。


「ふ、ふふふ……ワタクシが何者か、そう聞きまして?」

「我が主と妹に聞かせる価値のある名であるならば、な」


 まるで一つの流れのように。

 庭に佇む少女は、待ってましたと言わんばかりにその存在感を増大させていく。

 腰に手を当て、もう一方は扇のようにして口許にあてる。フリルのあしらわれたスカートを翻し、その瞳を三日月のように細めて高らかに。


「おーっほっほっほ! 余こそは! 天魔より産み落とされし絶世の美姫、リンゼ=ブ――いった!? ちょっと、叩くことないじゃんカナター!」

「……お嬢様、名前バレ、ダメだと思う」

「え、あ……ほとんど言っちゃったごめん……」


 ……なんだこいつらは(二回目)


「コテコテな笑い方する子ねぇ……逆に違和感がすごいわ」

「自分の名も満足に名乗れんとは、親の教育の程度が知れるな」

「うーん……?」


 頬に手を当て困ったように言う主に、なにやら疑問を抱くような声を上げる妹。知り合い、というわけではないようだ。

 それと、途中まで聞こえたが“リンゼ”……? どこかで聞き覚えがあるような気がしないでもない。具体的に言えば150話あたりで……。


「まあいい」


 少し待ったが、どうやら二人に心当たりは無いらしい。では、俺がかかずらう理由も無いな。


「我流・酒上流十三禁忌が――」

「えっ、ちょっとお待ちに――!」

「伍……あ、お嬢様まずい」


 焦った声を出す少女達も無視し、霊力を発露させる。

 どこから来たかは知らんが、疾く消えるがいい。


「――開門・閻魔裁定刃えんまさいていじん

「ちょ!? きゃあぁあぁぁぁぁぁ!?」

「あーれー」


 指を鳴らすと同時、見知らぬ少女の後ろに大きく黒い穴が空き――二人を吸い込んでいく。


「――閉門」


 悲鳴と共にその身が暗黒の帳に消えるのを認め、斬り開いていた穴を閉じる。

 終わったな。名乗りも満足に上げられず、この程度の大味な技も躱せぬようでは相手をする気にもならんわ。


「……ちなみにどこ行っちゃったの、さっきの子達」

「知らん」


 外国か、宇宙の果てか、平行世界か、異世界か。

 その者の持つ魂に応じた“どこか”へ飛ばす、閻魔が決を下す様を模した刃だ。平和な世界であるとよいな?


「ちなみに今のを調整すれば異世界にも行けるぞ」

「私の前で二度と使わないでね? 絶対行きたくないから」

「えー、異世界編というのもロマンがありません?」

「行ってどうするのよ……」

「……ピクニック?」

「散歩みたいに気軽に行くとこじゃないのよ異世界は」


 言い合う二人にくつくつと笑う。

 さて、よく分からぬが脅威も去った。今度こそ二人に茶を淹れるとし――


「ぜーはー……ぜーはー……し、死ぬかと思った……」

『……あと数瞬遅かったら、ドラゴンのブレスに焼き殺されてた』

「ワタクシ、お父様以外のドラゴン初めて見た……」


 ……なに?


「え、この子達!?」


 聞こえてくる声に、再び振り向く。

 少しスカートの裾が焦げた見知らぬ少女が、冷や汗を浮かべながら先程と同じ位置に立っていた。

 だが、その意匠が先程とは大きく異なる。


「“双姫一体そうきいったい”してなかったら、間に合いませんでしたわね……」


 金髪ツインテールの少女。その額に……鬼の証たる、歪曲した漆黒の二本角を生やし。


『……私も、飾り紐が少し焦げた』


 そしてその少女の手には、少し不満げに言葉を放つ……一振りの日本刀。


 ――なんだ、こいつらは。


 先程よりも大幅に警戒レベルを上げ、刀を構える。この者達の霊気……もしやこの俺に匹敵するほどの――


「これもう身分明かさないとダメですわよ。すっかり警戒されちゃってますわ」

『……まあ、直接的な未来じゃないし、いいかも』


 ……どうやら、何者か明かしてくれるようだ。しかし、未来だと?

 俺が眉をひそめていれば、目の前の少女は血払いをするように刀を振る。


 ――そうして、まるで覇道を征くようにして、堂々と名乗りを上げた。


「余こそは! 天魔より産み落とされし絶世の美姫、リンゼ=ブルームフィールド、ですわ!」

『……酒上彼方かなた。別の枝葉の先から来ました。冬休み中、お邪魔します』

「ブルームフィールド……!?」

「酒上……!?」


 リゼットと刀花の驚愕の声を聞きながら、俺も思わず目を見開く。


 なんだ、こいつらは……!?


 ……だが、それはともかくよい名乗りだな。親の教育がいいのだろう。

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