第180話「そもさん!」



「リンゼ=ブルームフィールドに、酒上彼方……だと?」


 目の前にいる少女達が名乗った名を、噛み締めるようにして呟く。

 そうして俺が反芻している間にも、両隣にいるリゼットと刀花は自分と同じ姓を有する少女達に瞠目していた。


「じゃ、じゃあつまりこの子達は――」

「私と兄さんの……娘さん、ですか?」


 そういう、ことなのか……?

 今は人型となり、こちらに礼をする黒髪サイドテールのこむす――彼方は先程、確かにこう言ったはずだ。


『別の枝葉の先から来ました』……と。


 別の枝葉。

 その言葉から察するに、刀花考案の十三禁忌が玖――樹界剪定刃でも使って来たか。

 あまり理屈っぽいのは好きではないが、つまりこの娘達は今から俺達が辿るものとは別の可能性の、そのまた先からやって来たということだ。


「……ふぅむ」

「じ、ジンっ、未来の娘ってど、どう扱えば……!?」

「落ち着いてくださいリゼットさん、むしろこれはチャンス――」

「いや、待て二人とも」


 未来の娘達とやらの姿を前に、逸る二人を手で制す。


「……俺はまだ、信用ならんな」

「……まあ、お父様ならそうですわよね」

「妥当。それが旦那様の仕事、矜持」


 ほう、俺の娘を名乗るだけはあるか。

 そうとも、我こそは無双の戦鬼。大切なご主人様と妹を守護するが務め。一言『娘です』と名乗られようが、おいそれと信用することなどできん。


「お前達は可能性の先の存在。それは言い換えれば"娘になるかもしれない存在"であって、俺の娘ではない」


 いくら容姿が似ていようが、戦鬼の力を携えようがな……『俺の娘ではない』という言葉にショックを受け、涙目になろうともなっ! み、認めぬぞ……!


「ふ、ふん……」


 大体、俺の娘という割には覇気が無いのだ覇気が。瞳を見ればよく分かる。

 たとえば、推定リゼットと俺の娘であるリンゼを見るがいい。確かにリゼットのように煌めく紅い瞳をしているが、その奥には貴族としてのプライドがない。

 リゼットは自分がツリ目がちなことを内心気にしているが、これは彼女が過酷な環境にあってなおそのプライドを貫き通したがゆえの、いわば勲章なのだ。勝ち取った煌めきなのだ。


「ワ、ワタクシ、別に何を言われたところで気にしておりませんしっ?」


 そう言ってこちらの言葉を受け流すリンゼも分かりやすく高飛車な態度を取っているが、所詮は張りぼてだ。

 見たところ齢は中学生あたりだろうが、その身分に釣り合う甘さがその双眸から見て取れる。甘ちゃんだ。


「うぅ……」


 今にも泣き出しそうにプルプル震える身体を、今すぐ抱き締めて慰めてやりたい……などとは思っとらんぞ?


「……どうした、ものでしょう」


 呟く、推定俺と刀花の娘である彼方。いや、この子の存在が最も俺に疑念を抱かせるのだ。

 確かにその濡れ羽色の黒髪サイドテールはどこか刀花を思わせる。しかし、なんだ? そのぼうっとした琥珀色の瞳は。

 刀花はいつも『私と兄さんの子どもなら、きっと元気いっぱいな子に育ちますね!』と言っていた。俺もまったくそうだろうと思っている。

 だが、そのイメージからあまりにも乖離しすぎている。確かにその捨てられた子犬のようにしゅんとする様は、今すぐ拾い上げて柔らかいタオルで包み込んでやりたいくらいに愛らしい……とは思ってなどいないがっ、俺と刀花の娘という像とは全くもって一致しないのだ。そもそもなぜ父と呼ばない。


「うむ……」


 俺はそんな少女二人を視界に収めながら、一つの結論を出し頷いた。


「――だからこそ、見極めてやろう。お前達が俺の娘を名乗るに相応しいかどうかをな」

「うわ、早速甘やかそうとしてるわこの眷属」

「リゼットさん、しー! しー!」


 ……人聞きの悪いことを。


「違うぞ我が主。試練を課すと言っているのだ」

「機会与えてる時点で珍事だって言ってるのよ私は。もうあなたさっきみたいにこの子達を排除しようとしてないじゃないの」


 そんなことしたら可哀想であろうが!


「マスターは鬼か?」

「だからあなたでしょ鬼は……力試しだ、とか言っていきなり斬りかからないでよ?」

「俺をなんだと。マスターは鬼か?」

「う・る・さ・い」


 むにぃ、と頬をつねられた。その様子をリンゼと彼方はコソコソとしつつ「違う枝葉でも変わらない……むしろ若いからか落ち着きがないかも……」などと言っている。いかんいかん。


「でも兄さん? どうやって見極めるんです?」

「うーむ、外面はまあ認めてやらんこともないが」


 刀花の言葉に唸っていると、


「……提案。何か、家族にしか分からない質問をすればいいかと」


 彼方が、小さく手を挙げそんなことを言う。

 確かに問題は内面であろうな。外面はいくらでも取り繕えようが、内面が伴っていなければ意味などない。


「ほほう、さすがは俺と刀花の娘を名乗るだけはある。本質を見極める聡い子のようだな。一愛娘まなむすめポイント!」

「……むふー、やった」

「待って、いきなり出てきたそのポイント何」

「あー! カナタずるいー!」


 ビシッと彼方を指差して告げれば、彼方は少しだけ得意気に鼻息を鳴らした。あとさりげなく"むふー"も押さえてきたな、プラスもう五ポインツ!


「さて、ではお前達に問おう」

「問う前に変なポイント上げたけどそれはいいの……?」


 リゼットがおののいているが、いいのだ。


「ちなみに合計十ポイントで愛娘認定だ」

「もう過半数占めてる子がいるんだけど」

「むふー、さすがは推定私の娘です! きっと兄さんの遺伝子と相性が良かったんですね!」

「は? リンゼ、応援してるわよ! 貴族の意地を見せてやりなさい!」

「えっ、あっはい!」


 コテコテのお嬢様言葉はうっちゃって、リンゼは素の声で応えている。少し皮を捲れば普通の女の子が出てくるあたり、この張りぼては既視感があるな……。


「では、第一問」

「「ゴクリ……」」


 喉を鳴らす推定娘二人。

 そうだな、軽くジャブからいくか。


「我がマスターはリゼット=ブルームフィールド……であるが――」

「なんでちょっと引っかけ問題みたいに言ってるのよ、何に引っ掛かるの」

「あっぶな、リゼットお母様の名前答えるとこだった……」

「あれ? もしかして私の娘って……おバ――」


 それ以上いけない。

 リゼットが残念な事実に言及する前に、俺は言葉を繋げた。


「――その敬愛するマスターの身体にある、ほくろの数は何個か?」

「待ちなさいこら」


 ぐいっと、背伸びをしたマスターに耳を引っ張られる。伸びるぞ。


「何をするマスター」

「警察に通報されないだけありがたいと思いなさいこの変態不審者」

「何を言う。愛している者のことならば、全て把握するのが当然であろうが?」

「あなただけでしょそんなこと把握してるのはっ」

「「えっ」」

「「えっ?」」


 ……ちなみに最初の「えっ」が刀花と彼方で、後ろの「えっ?」がリゼットとリンゼだ。

 なるほどな、これは……。


「――両者、プラス二愛娘ポインツ!」

「もうクイズの形式をなしてない……」

「リゼットさん、考えるんじゃないんです。感じるんですよ、親子の絆を」

「それっぽい台詞で誤魔化されないわよ私は」

「ちなみに俺がリゼットのほくろで最もたまらないと感じる部位は、右内腿にあるほくろだ。これを追加で答えていれば、二十ポイントは固かったな」

「ねぇこれ何の時間? あとさっき十ポイントで認定って言ってたの忘れたの?」

「「くぅっ……!」」

「なんでこの子達は悔しそうにしてるの……むしろ答えない方が好感度アップなのに。あとこれ全何問なの? まさかこの子達が十ポイント得るまでやるんじゃないでしょうね」

「……」

「ちょっと」


 盛り上がってきたな。

 では次の問題だ。もう少し気持ち緩めでいくか。


「第二問、酒上刀花の一番好きなお菓子は?」

「ご主人様の言葉無視した……」

「はい、ですわ!」


 お、ここで彼方に点差をつけられているリンゼがピシッと手を挙げた。姿勢がよろしい。プラス一ポイント。

 そうしてリンゼは腰に手を当て、答えられて当然だと笑いながら言葉を放った。

 

「正解は――駅前のケーキ屋さんで一日十個限定販売される、スペシャルイチゴショートケーキですわ!」


 ……む?


「……ノー愛娘ポイント」

「おっと兄さんここでポイントを出しませんー!」

「トーカ実況しないの」

「なんでですのー!?」


 驚愕するリンゼの声に、こちらも首を傾げる。


「ふぅむ、確かに刀花の好物はイチゴショートケーキだが……」

「ええ。でも、駅前にそんなお店あったかしら……?」

「……この先に開店するんですかね? 楽しみです!」


 ああ、そういうことならば納得だ。娘がここまで育つ時間だ、環境もまた変わろ――


「……いえ、老舗だと伺っています」


 しかし、その可能性は小さく首を振る彼方に否定された。これはいったい……?

 眉をひそめていれば「あ」と、聡明なリゼットが指を鳴らす。


「分かったわ。同じ軸――あなた達で言う同じ"枝葉"じゃないから、細かい部分が違うのねきっと」

「……なるほどな」


 可能性とは無限大。

 それは即ち、"あり得なかった"部分もまた存在するということか。


「うぅむ……」


 しかし納得してしまったが、これは少し難儀だぞ。

 "ここ"と"向こう"で差異があまりにあるならば、先程のように肩透かしなことになる。


「……」


 ――ならば、より普遍的で絶対的なことを。たとえ世界が異なれど、燦然と胸に抱く誓いのようなものを問わねばなるまい。


「――」

「「っ!」」


 こちらの真剣な空気を敏感に察知し、目の前の娘達は肩を強張らせる。だが、その瞳には決意の炎が揺れていた。いい表情だ。

 俺はそれをゆっくりと睥睨し、重く口を開いた。


「――異なる枝葉より来たりし少女達に問う」

「「――」」


 その燃え盛る炎、

 見せかけではないと証明しろ……!


「そもさん! "覇道"とは――!!」

「説破! 有象無象を蹂躙し、振り返った後にできる道!」

「説破。無双の力を捧げ、全てを手に入れる覇者の道」

「っ!!」


 そこに一切の躊躇はなく。そこに一切の妥協もなく。

 二人の少女は、まるで歌い上げるようにして間髪入れずにそう答えた。打てば響くとはまさにこのこと。

 その姿に、その心意気に……身体が、震える。滑稽などではない。武者震いなどでもない。


 ――歓喜に、だ。


「その手に握る刃とは――」

「……研ぎ澄ましたる芸術。しかし、」

「それは人を殺めるための凶器。使命を果たさぬ刃に価値は無し、ですわ」


 ククク……、ハハハハハハハハハ……!


「お前達は!!」

「「覇道を征く覇者!」」

「マスターは!!」

「「絶対!」」

「妹は!!」

「「絶対!」」


 ――天晴れ! 一那由多なゆた愛娘ポインツ!


「来い、我が愛娘達よ!」

「お父様ぁー!」

「旦那様ぁー!」


 ひしっ!!


「順応はや……え、なにこれ?」

「ぐすっ、これが親子の絆なんですねぇリゼットさん!」

「えぇ泣くぅ……? ていうか那由多って何」

阿僧祇あそうぎの一つ上の数の単位です」

「いや言われても分かんないから……」


 不可思議の一つ下でもある。だがそんなことはどうでもいい!


「くっ、こ゛ん゛な゛に゛立゛派゛に゛育゛っ゛て゛!」

「いや育ててはないでしょあなた」

「ハ゛ハ゛ぁ゛……!」

「お゛と゛ー゛さ゛ん゛……育゛て゛て゛く゛れ゛て゛、あ゛り゛が゛と゛う゛」

「うわめんどくさいところ似てるわこの子達。あと呼び方変わってるし……」

「リ゛セ゛ッ゛ト゛さ゛ぁ゛ん゛!」

「トーカまでそういう声出さないの収拾つかなくなるでしょうが」


 よく分かった。この子達は俺の娘だ。

 胸に抱く小さな二つの温もりが、なにより雄弁に語っている。例え道程は違えども、行き着く先は同じと見える! もう離したくないぞ!


「まったく、やんちゃな娘達め。遠路はるばる何しに来た?」

「……パパに、構ってほしかったんだもん」

「おとーさん、おかーさんとばかり、ずるい」


 年相応な声色でそんなことを言う。こんなに可愛い娘二人を放っておいて、そっちの俺は何をしているのだ! まあ、それなりの理由はあるのだろうが今は問うまい。

 だがそれでここまで来てしまうのだから、さすがはこの無双の戦鬼の娘達である。


「我がマスター、そして妹よ。この子達は俺が養う」

「いやそんな野良猫拾ってくるノリじゃないんだから。それに『冬休みの間お邪魔します』ってカナタが言ってたでしょう?」


 疲れたような声を出すリゼットだが、その肩をつんつんと突く指がある。刀花の指だ。


「まあでも、本当に私達の娘みたいですね。ねぇ……リゼットさん?」

「……そうねぇ、確かに?」


 む?

 なにやら主と妹が一瞬見詰め合い、妖しくその瞳を輝かせた。そうして二人はその輝きのままに、こちらを見据える。


「ねぇ、ジン?」

「兄さん?」

「……なんだ?」

「「"オーダーお願い"です」」


 なにっ?


「「二人を優しく、でも私が許すまで離さないで離さないでください」」

「へっ?」

「これは……」


 そんな二人の命令に、俺の身体が勝手に動く。

 可愛い二人の娘を抱く腕を移動させ、その細い腰をガッシリと固定する。

 それを確認したリゼットと刀花は、優しく……しかし妙な迫力のある微笑みで見つめた。


「うふふ、確かに別の枝葉の未来だけど……あなた達は確かに“そう”だと思えるほど色濃く教えを継いでいるわね」

「でしたら私達も、自分の可愛い娘さんだと思って接しましょう」


 同じではないかもしれないが、確かにその枝葉の先は俺達であると、彼女達は認める。

 それはつまり、通常ならばあり得ない未来の情報を得ることができるかもしれないという状態なわけであり……、


「ねぇ、私の可愛いリンゼ?」

「は、はひ……」

「むふー、かーなたちゃん♪」

「な、なんでしょう……」


 ――にっこり。


「まず生年月日を教えてくれるかしら?」

「どっちが先に生まれたんですか? いえ、どっちが先にお腹に宿ったんでしょうか?」


 ……年頃の、そして恋する女の子には垂涎な情報の塊が目の前にあるということと同義であった。


「み、見た目は違うけど……」

「……やっぱり、同じ奥様方」


 可愛い娘二人の、そんな諦観にも似た呟きが冬休みの到来を告げるのだった。

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