第175話「まさかこの時の話題が爆弾の一つだったなんて……」



「あら、結構雰囲気のいいお店じゃない?」

「ここならいい感じの物が見つけられそうですね!」


 私、リゼット=ブルームフィールドとサカガミトーカがそのガラス戸を潜れば、暖かい色の照明が私達を出迎えた。

 店内を包み込む品のあるお香の香り。瞳に映るは色とりどりの雅な小物類。奥の壁には仕立ての良さそうな着物までかけられている。

 それらを視界に収め、私は一つ感心するように「へぇ……」と息を漏らした。


「和雑貨屋さんなんて初めて入ったけれど、これなら私もいくつか買っちゃいそう」

「この匂袋とか、とっても落ち着く香りですねぇ……」


 ――和雑貨店"式守"。

 ジンが今日一日漁に出ているのを好機と捉え、私達も彼へのクリスマスプレゼントを選ぶべく街へと繰り出していた。

 彼への贈り物を、さてどこで選ぼうかとトーカと歩きながら話していたところ、彼女からの提案でこの和雑貨屋を紹介されたのだった。

 トーカの紹介するお店と言われてどこに連れていかれるか少し不安だったけれど……どうやら正解だったみたい。でもレジについてる女性の店員さんがこちらを見て、汗をダラダラ流してるのは何でかしら?


「ふぅん……?」


 なんだか小さく「支部長帰ってきてー……」って聞こえた気がしたけれど、まぁ今はプレゼント選びに集中すべきね。

 匂袋に鼻をクンクンとさせうっとりとするトーカを横目に、私も品定めをしながら彼女に話しかけた。


「よくこんなお店知ってたわね。前から知ってたの?」

「いえ、私も初めて来ました。兄さんのスマホのGPS追ってたら、たまにこの場所に来てて前から気になってたんですよね」

「ごめんなさいよく分からなかったわ」


 あなたそういう重いのいきなりぶっ込んでくるのやめなさいな。スピード違反よスピード違反。そういうのはジンだけでお腹いっぱいなのよ。


「あ、ほら見てください。今は日本海側にいるみたいですよ?」

「はいアンインストール~」

「あー!?」


 トーカが得意気な顔で見せてくるスマホを奪い、素早く位置情報アプリをアンインストール。まったく、油断も隙もないんだから。

 私がスマホを投げて返すと、トーカは頬を膨らませながらいじけたように口を動かす。


「ふーんだ、別にいいですもん。私と兄さんは魂が繋がってますので、アプリがなくてもだいたいどこにいるか分かりますし」

「じゃあ何でアプリ入れてたのよ……」

「兄さんとの繋がりなんてどれくらいあってもいいですからねっ!」

「接着剤でももう少し遠慮するわよ」

「……おお! 兄さん今マグロ釣ったみたいですよ。綾女さんが呟いてます」

「あの子達はあの子達で何してるの……」


 というか、カニを獲ってくるんじゃなかったの?

 ひょいっとトーカのスマホを覗き込めば、そこには漁に出ている三人の写真。

 アヤメが自撮りするアングルでこちらに向かってピース。そしてその後ろでコノハがマグロに手をかざして冷やしつつ、ジンが海にダイナマイトを投げようとしてるのを止めている。ホントに何してるの……。


「日本でダイナマイト漁は禁止よ、あのおバカ……」


 ダメ、突っ込みが追い付かないわ。あっちの突っ込みはコノハに任せましょう。アヤメがうまく纏めてくれるといいけど……ウチの眷属がごめんなさいね。


「まったくもう……」


 私は呆れたようにため息を吐きつつ、引き剥がすようにして視線を切った。多分付き合ってたら一生プレゼント選び終わらないやつねこれ。


「ふんふん……手拭いに風呂敷……あら、扇子なんて素敵かも」


 棚に並べられたラインナップに目を通しつつ、ポップにある説明も読む。へぇ、字入れなんてできるのね。

 私は他にお客がいないのをいいことに、少し離れた場所にいる店員さんに声をかけた。


「ねぇ、店員さん? この字入れって漢字じゃないとダメとかあるのかしら?」

「はっ、ははははい!? あっ、いえ! 漢字でもアルファベットでも、甲骨文字でも大丈夫ですぅ!」

「そ、そう……?」


 別にそこまで古い字は求めてないけど……なぜそんなに焦っているのだろうか。少し心配。


「大丈夫? 体調でも悪いのかしら?」

「めっ、滅相もない! むしろ万全です! しっかり接客させていただきますっ……もし失礼なんてあったら、後で絶対鬼に殺されちゃうと言いますか……」

「え?」

「いえっ、なんでも! ああそういえば気が利きませんで! お茶などはいかがですか!?」

「そこまでは……あ、でもお茶っ葉とか贈り物にいいかもしれないわね」


 いつも彼には紅茶を淹れてもらっているし、たまにはこのご主人様自らお茶を振る舞ってあげるのもありなんじゃない? 淹れ方知らないけど。

 うんうん。雅に茶器を傾けながら、しっとりと静かに寄り添い合うの。そうしてたまに指をそっと絡ませたり、肩をコツンと触れ合わせたり……そして、キスも……やだ素敵。


「一考の余地はあるわね……」

「ちょっと倉庫に行って最高の茶葉探してきます!」

「えっ、ちょっと――」


 私が言い終わる前に、店員さんは目にも止まらぬ早さでバックヤードに引っ込んでいってしまった。


「サービス精神いいわねぇ……」


 国民性なのかしら。あなた達のおかげで夜景が明るくてとっても綺麗よ。


「でも、どれも良さそうで迷うわね……」


 雑貨屋さんって見てるだけで楽しいけど、目移りしちゃうのが玉に瑕ね。彼ってどっちかって言ったら和風の物を好むから、なんだかどれも似合いそうで。


「うーん……」


 ……そういえば、トーカは何を選ぼうとしてるのかしら。被るのもあれだし、見ておきましょうか。


「むむむ……」

「トーカ?」


 別の棚に移動をしていたトーカに近付けば、彼女もまた悩ましげな声を上げながら唇を尖らせている。

 けれど……、


「どれがいいでしょうか……迷います」

「包装用のリボン……?」


 彼女の前には、古風な模様で彩られた数々のリボンが並べられていたのだ。

 え、まだ早くない? それとももう何を贈るかは決めているのかしら。


「トーカは何を贈るか決めたの?」

「もちろんです! というか、私は毎年同じものを贈ってますので」

「あら、そうなの? それは?」

「私です」

「ん?」

「"私"です」

「んー?」


 おかしいわね。

 私、日本に来るまでに結構日本語勉強したのよ? だけど私、たまにトーカの言っていることが分からなくなるの。不思議ねー?

 言語の壁にぶつかっていると、トーカはウキウキとした様子でリボンを手に取っている。


「どのリボンが私に似合いますかね? 去年はシンプルに赤いリボンを身体に巻いたんですけど……今年は私もお給仕のお給金がありますので、ちょっぴりお高めの、ちりめん製の肌触りの良いリボンなんてのも――」

「このハレンチ妹」

「むむ、どこがですかっ。決めつけはよくないですよ」

「どうせ裸にリボン巻いてたんでしょ」

「おお、吸血鬼さんって読心術とか使えるんですか?」

「あなた達兄妹限定で使えるのかもしれないわねぇ……」


 見え透いてるのよやり口が。

 ホントに愛情表現のブレーキがお互いに壊れてるんだから。


「今年のクリスマスはそういうの禁止ね」

「え!? クリスマスって大好きな人に自分をプレゼントとして贈る日なんじゃないんですか!?」

「どこの文化圏からいらっしゃったの?」

「むしろ今年こそ自分をプレゼントしないんですか!?」

「むしろそれが当然みたいに言うのやめて?」

「だって今年で十六歳ですよ!? 日本じゃ十六歳から結婚できるんですよ!? 妹解禁の年じゃないですか!」

「ボジ○レー解禁みたいに言うんじゃないの」

「あ、ちなみに私、もちろん一度も封を開けてないヴィンテージものですよ?」

「やかましいわ」


 分かりきったことを言わないの。

 それに、もしあなたがヴィンテージじゃなかったら私もう二度と他人を信じられなくなりそうよ。

 異なる文化圏からいらっしゃった妹に冷たい視線を注いでいれば、彼女は名残惜しげに呟いている。


「婚姻届も用意してありますのに……」

「戸籍上ジンは十七でしょうが。結婚はできないの」

「兄さんは法に縛られませんので」

「まさかその台詞を妹から聞くとは思わなかったわ……もう、あなた達ってすぐにそういう直接的な方向に持っていきたがるんだから。悪い癖よ?」

「ゴム買ってるリゼットさんに言われたくないです」

「それ掘り返すのほんとやめて……」


 私は顔を覆って床に崩れ落ちた。

 あの時の私はどうかしていたのよ……一夏の過ちだったの……。

 だ、だって仕方ないじゃない! 初めての恋人と初めての夏だったんだから……やっぱりその、ねぇ? 多少頭が湯立ってたというか……頭お花畑だったというか……。

 私がそう暗くブツブツと呟いていれば、目の前のトーカは兄がするように腕を組んでプンプンと怒っている。


「まったく失礼しちゃいます。それにチラッとパッケージ見ましたけど、あれではサイズが小さすぎますよ。いいですか? 兄さんの"兄さん"はもっともっとおっき――」

「きゃー!? きゃー!? 何言おうとしてるのおバカーーー!?」


 バカじゃないの!? 店員さんも他の客もいないけどここはお外なのよ!? 家でもダメだけど!

 自分でも真っ赤になってると分かるほど頬が熱くなり、誤魔化すために牙を剥いて怒ってみてもトーカはどこ吹く風だ。


「日本の教育はちょっと潔癖すぎますよ。こういうことはキチンと話し合わないといけないと妹は思います」

「本当に文化圏の違う人みたいなこと言い出したわね……時と場合を考えなさいよ」

「でも実際、私達はそういうことができる身体になってるわけでして」

「カラダって言うのやめて、生々しく感じちゃうから……」

「……むふー、兄さんから聞いた別の世界の私みたいに、私から襲っちゃうのもアリですかね」

「や・め・な・さ・い・こ・ら」

「あいたー!?」


 ペチリ、とトーカの頭を軽く叩いた。

 しかし叩かれたトーカは頭を押さえながらも頬を緩めて想像の翼をはためかせる。


「きっと兄さんと私の子どもは、私に似て清楚でお淑やかな子か、兄さんに似てちょっぴりやんちゃな子に育つと思います!」


 えぇ……?


「トーカがお淑やかぁ……? そんなの最初だけだったじゃないの。知れば知るほどヤバい思考の持ち主だって、化けの皮剥がれたじゃない。絶対あなたの子どももどこかヤバくなるわよ」

「そ、そんなことありませんよぉ!」

「私、自分の子は絶対まともな子に育つよう育児するわ……高望みはしないから、せめて笑い方が『クハハハハハ!』とか『フハハハハハ!』とかにならないよう、普通に……」

「……どっちが先に妊娠するんでしょうね?」

「む……」


 気が早い……とは思うけれど、いつかは絶対に来ることであることは分かっている。

 それに、フォークダンスをどちらがジンと先に踊るかでさえあれだけ揉めたのだ。時の運とはいえ、どちらが先でもかなり揉めるだろう。

 ジンと添い遂げるということは、それは同時にこの妹とも一生の付き合いになるということ。家族を増やすのなら、あまり彼女と揉め事は起こしたくないというのが本音だ。教育に悪いし……家族は仲良しが一番だし。

 でもこればっかりは、ねぇ……?


「ま、そりゃあご主人様が先でしょ」

「むっ、いーえ。可愛い妹が先です!」

「そんなことはないわね。だって私この前、彼に『そういうことは常にしたいと思っている』って言われたし? もう、本当にご主人様のことが大好きなワンちゃんなんだから」

「私にだって思ってくれてるに決まってますよう! 兄さんは妹大好きなんですから! 私、今月はもう恋人のチュー五十三回もしましたし?」

「うわ、そういうマウントの取り方する? そんなこと数えておくとか陰湿って思われるわよ?……ちなみに私は五十六回だから」

「五十八回だったかもしれません」

「あら、私六十回だったかも」

「さっき自信満々に五十六回って言ってたじゃないですかー!」

「知らないわ。貴族のマントは翻るのよ。何時何分何秒地球が何回まわった時に言ったかしらね?」

「こ、この人、地動説者です! 異端審問にかけてください!」

「なんで現代で地動説が審問にかけられるのよ! だったら天動説者のあなたがかけられるべきでしょうが!」

「あ、私の場合は兄さんを中心に世界が回る“刃動説”信者なので」

「よっぽど異端審問にかけられるべき悪魔崇拝じゃないのよ」

「あ、あのー、お客様……茶葉をお持ちしましたがー……」


 あ……。


「すみません……全部買います……」

「私、この桜っぽい柄のリボンください!」


 だからやめなさいって言ってるでしょうが。


 あー、もう。私ったら外でなんて話を……。

 また私が恥ずかしくて行けないお店が増えちゃったじゃないの……。


(一応品物は買ったけれど、まだもう少し候補を考えておきましょうか)


 そう思いつつ、私は気まずい思いで財布からカードを取り出すのだった。

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