第174話「仲悪いけど相性は良いってちょっと羨ましいよね」



 慣性に任せ自然に揺れる船体側面を、緩やかな波が打つ。

 抜けるような青空に、透き通る冬の空気。うみねこのどこか間抜けな鳴き声が周囲から聞こえてくる海の上にて。


「ふふ、いくよ~、このはちゃん……それっ、タ〇タニックごっこ~♪」

「あ、綾女様……私の身体を支えてくださるのはありがたいのですが……!」

「船に乗ったからには、これはやっとかないとって感じだよねっ。定番は良いことだよ、うんうん!」

「て、テンションが高うございます……! し、しかしですねっ」

「え、なぁに? このはちゃん?」


 二人の小柄な少女が、中型クルーザーの甲板に立ち寄り添い合う。

 先頭に立つ、黒髪を赤い組紐で一つに束ねた少女は不安げに。そして肩口をくすぐるカフェオレ色の髪を揺らす少女は楽しげに、目の前の少女の腕を支えていた。

 その少女達こそ、陰陽局支部長・六条このはと、喫茶ダンデライオンの看板娘にして鬼の友・薄野綾女であった。

 楽しげな声を後ろに聞きながら、しかし六条このはは、そんな場合ではないと言いたげに焦った声を上げる。なぜならば……、


「しゅ、周囲をご覧ください! サメが! 人食いザメがいっぱい!」

「あ、ホントだね。サメって釣り竿で釣れるものなのかな?」

「釣る気ですか!?」


 そうなのだ。

 先程から船のエンジンを切りプカプカと浮いていれば。

 獲物を囲うようにして……いやまさしくその通りに、いつの間にかウヨウヨと多数のサメがこの船を取り囲んでいたのだった。

 その状況に、黒髪の少女は情けない声で口早に叫ぶ。


「ひーん! 私、海洋生物は苦手なのです! 特に自分よりも巨大な生物が、人間が自由に動けない環境を闊歩しているなど……神秘ですがっ、その前に恐怖が先立つのです!」

「あー、ちょっと分かるかも……? 私もネットとかにたまに貼られてる、大っきいお魚の絵とかはビックリするよ」

「綾女様! これは現実なのですよぉっ!」


 切実に訴える声に、呑気に答える綾女。

 一歩間違えば命の危機だというのに、しかし彼女は心配よりも楽しむことを優先する。


「ふふ、大丈夫だよー、このはちゃん」


 そう言って、綾女は小柄な身を手すりに任せ海面を見る。

 見渡す限り一面の青。しかし船体の下から……徐々に、徐々に、浮かび上がってくる影がある。


 ……船体の全長を優に超える、巨大な蛇のような影が。


「だって――もっと怖いのが、今の海にはいるからね」


 少女が安心する理由。それは――


 自分達がこの世界で一番安全な場にいると、他の誰よりも知っているからだった。


 ――ギャオォオォォォォォォォォン!!!


「ひいぃぃぃいぃぃぃぃ!!??」


 怒り狂った咆哮と、魚雷の爆発でも起こったかのような水飛沫を上げ“それ”は姿を現わす。

 蛇のように細長いフォルムに、強固な鱗が鎧のようにその身を覆う。魚類にはあり得ぬその鋭利な頭部はまさしく海竜と呼ぶに相応しい威厳と暴力性を備え付けている。

 ギラつく牙を存分に見せつけ、その竜は怒りに身を任せ吠え滾った!


『カニはどこだあぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!!』


 ――ブチブチブチブチブチブチ!!!


 求めるモノが見つからぬ腹いせか、はたまた少女を守るためか。

 その竜は細長い身を巻き付けるようにしてサメを捕まえ、力任せに締め上げる。とんでもない圧力を加えられた獰猛なサメは抵抗する間もなく、不愉快な肉の潰れる音と共にその身を肉塊に変えた。

 だがその荒れ狂う海竜は怒りも冷めやらず、船の周囲を縦横無尽に泳ぎ回りサメを追い散らす。


『貴様らのせいでカニがおらぬのではあるまいな……このフカヒレ風情がァ!!』


 そんな海の神もかくやと猛る暴力の化身に、しかし綾女は柔和な笑みを浮かべて手を振った。

 大事な、友人の名を呼ぶ声と共に。


「あ、“刃君”お帰り~。カニ、いた?」

『む――いいや、いるのは雑魚ばかりだ。冬はカニの季節ではないのか?』

「うーん、場所が悪いのかも?」

『……もう少し北へ移動するか。ああ、寒くはないか綾女?』

「うん、大丈夫。それよりもワクワクしてるよ! 私、船も釣りも初めてなんだ!」

『ククク、そうか。ならばよき船旅となるよう、海路の安全は任せるがいい。……六条、貴様も綾女を大いに楽しませるのだぞ』

「悪夢……悪夢です……」


 釣り竿を片手に瞳を煌めかせる少女と、虚ろな目をして頭を抱える少女。

 その二人の姿を認め、海竜はその尾を手すりに巻き付けて、まだ見ぬカニを求め船を牽引するのだった。





「うぅむ、これほどまでに見つからぬとは」

「せっかく、このはちゃんがカニ漁の許可取ってくれたのにね」


 そんなこんなで海をさ迷い、太陽が真上に昇る頃。

 俺は索敵のために取っていた海竜の姿を解除し、一旦船の上にあがっていた。昼食の時間だからな。

 船内に簡単に備え付けられたキッチンで、二人の釣果や俺が適当に咥えてきた魚を捌きつつ、俺は嘆息を漏らした。


「ズワイガニでも取れればそれでいいと思っていたのだが」

「……ダメですよ、安綱様。TACで漁獲量は定められているのですから、乱獲はお控えください」

「そうだよ、刃君。そもそも密漁、ダメ絶対」

「……むぅ」


 漁業をするには人選を見誤ったか。

 俺の後ろに立つ二人は、正義の公務員に、清く正しい魂を持つ少女。彼女らの前では悪さもできぬ。……まあ、綾女が楽しそうならばそれでいいのだが。


 ――昨日宣言したように、俺は今日、クリスマスプレゼント用の資金を調達するべく海に出ている。

 遊びついでに、シフトが空いていることを事前に聞いていた綾女を誘えば、二つ返事で彼女は同行を了承。六条は陰陽局の仕事を寄越さなかった腹いせに拉致した。俺が索敵している間は綾女が暇だろうからな、その相手役だ。

 だが、そんな半ば無理矢理連れて来られた六条は調子が戻ってきたのか、己の職務を全うすべく言い含めるようにして立てた指を振る。


「よいですか、安綱様。獲ったカニの九割は組合に還元し、その分の金額を受領。これが局の定めたカニ漁の条件です。呑んでいただきますからね」


 いつの間にかそんなことになっていた。

 このクルーザーも裏で陰陽局が用意したものだ。俺が戦艦でもポンと出す予定だったのだが……見せ場を奪われたな。まあ操縦は俺が霊力で無理矢理動かしているのだが。


「ふん。まあ、密漁で稼いだ汚い金で贈り物を買うというのもあれだったからな。その辺りは感謝せんでもない」

「素直に感謝できないんですか、この戦鬼様は」

「ほら刃君。ありがとうは?」

「……かたじけない」

「絶対言わない気ですね……あ、私、お醤油持ってきましたので、お刺身はこれでいただきませんか?」

「おお、このはちゃん準備いい! やっぱり天才だよ!」

「ああ、綾女様の言葉が温かく身に染みます……なんとお優しい方なのでしょう。お友達は選んで欲しいですが」

「余計なお世話だ。やらんぞ、刺身」

「あーん! 意地悪せんとってー!」


 三人で騒ぎながら甲板に出て、設置したテーブルに皿を並べる。

 その皿の上ではとれたての魚の切り身が宝石のように艶めいており、二人の少女は目を輝かせ舌鼓を打った。


「ふわー……海の宝石箱や~」

「このはちゃん、意外にネタが古いね……でもすっごく美味しそう。食べていいのかな?」

「ああ、妙な細菌は斬っておいた。いただくとしよう」


 二人がお行儀良く手を合わせ、六条が持参した少しお高めの醤油につけて切り身を頬張る。

 そうすれば二人は幸せそうに顔を緩ませ、堪らないといったように頬を押さえた。


「ん、んん~! めっちゃ美味いぇ!」

「潮の香りがすっごく強くて新鮮! こんなに違うんだぁ……」


 方言丸出しの六条に、スーパーに並ぶ売り物とは異なる味わいに感嘆の息を漏らす綾女。楽しんでいるようでなにより。


「あ、これ私が釣ったんだよ刃君! 食べてみて食べてみて!」

「ああ、美味いぞ。それに、初めての釣りで魚を釣り上げるとは大したものだ」


 楽しげに笑う綾女に讃辞を投げれば、綾女はくすぐったそうにして笑みを深めた。


「ふふ、やった♪ でも釣りって実際やってみると難しいんだね。テレビとかではこう……ピュッて簡単そうに遠くまで針を飛ばしてるけど、私なんて投げる前に竿に糸が絡まっちゃったよ」

「俺はそもそも獲物がかかるまで待つというのが性に合わんのでな。よくやるものだ」

「だからといって安綱様、海竜に変化して深海まで潜るのはいかがかと……」

「網などちまちま使っていられるものか」

「カニ漁をしに来られたのでは……?」


 ままならぬものよ。


「まあまあ、刃君もゆっくりお喋りしながら釣りしてみようよ。潮風が気持ちいいよっ」

「……綾女がそう言うならば」

「安綱様も、時にはお心を鎮めてくださいませ」


 海の幸を存分に堪能し、腹も満たされたところで再び漁へ。

 誘う綾女に手を引かれ、釣り竿を手に三人で船の縁に座り込んだ。


「……」


 釣り糸を垂らし、流れに身を任せる。

 周囲には人工物などない大自然なる青。まるで自然と一体になったかのような錯覚すら覚える。確かに、ただの狩猟とは断ずることのできぬ、味わいのような何かがある。

 売り上げの落ち込む喫茶店の経営に追われるわけでもなく。来ぬ待ち人を探すことに時間を割くでもなく。作りだした安寧をそのままに享受する。贅沢な時間。


「……なるほどな」


 ……たまにはこういった趣向も、悪くはないかもしれんな。


「まあ惜しむらくは、今が冬だということか」

「え、なんで?」


 隣に座り込み、ぽやっと不思議そうに首を傾ける綾女の姿を見る。その姿は、冬の寒風に負けぬよう厚手の上着に包まれている。


「いや。夏であれば、綾女の水着姿を拝めたのかもしれぬと思っただけだ」

「……鬼さんのえっち」


 じっとりと目を細め、綾女は上着の合わせを守るかのようにしてギュッと重ねる。恥じらいからか、その頬は赤い。

 そんな彼女を微笑ましく眺めながら、構わずに話しかける。


「夏に海やプールには行ったのか?」

「う、ううん。喫茶店の手伝いが大変だったからね。今年は授業でプールに入ったきりかな」

「ほう。それでは古い水着のサイズも合うまい」

「あー、そうかも。スク水もちょっときつかったし、来年には新しいの買わないと……」


 悩ましげな綾女の視線は、主に下方向へ。

 厚手の上着を着てもなお、その低身長には不釣り合いなほどの胸が服を押し上げる様が見て取れる。


「……安綱様、どこを見ておられるのですか」

「お前のものとは比べものにならんほどの胸だ」

「なっ!? 誰がお胸羅生門ですかー!!」


 言うとらん言うとらん。


「こらっ、刃君。人の身体的特徴を小馬鹿にするのはダメ! あ、あと私の胸を見るのもっ」

「……分かった。来年のお楽しみに取っておこう」

「懲りないね……」


 苦笑する綾女に鼻息で返す。来年の楽しみが増えたな。


「まあ、今は目前に迫ったクリスマスをなんとかせねば」

「刃君そんなにお金ないんだ?」

「誰かさんの計略に足を取られてな」


 忌々しげに横を見れば、知らぬ存ぜぬを決め込んだ支部長の横顔が見えた。少し得意げなのが実に精神を逆撫でする。まったく、俺としたことが。


「……まあ、言うほど金が無いわけでもないが、今は昔と違い、こうやって生活費以外を稼ぐ時間が取れるのでな。今年は多少奮発したいと思ったのが一番の理由だ」

「おお、刃君偉い!」


 パチパチと小さく拍手してくれる綾女に、少し嬉しくなる。そんな彼女にも、俺は贈り物を届けるつもりなのだが……、


「さて、綾女への贈り物は何にしたものか……」

「えっ、私は別にその……無理のない範囲で……」


 なんとも殊勝なことを言ってくれるが、それでは俺の気が済まん。


「こ、このはちゃんは例えば何が欲しい?」

「私でございますか?」


 誤魔化すかのように、綾女は六条へ話題を振る。俺は綾女の好みが知りたいのだが……まあ、年頃の娘という点では参考になるやもしれん。

 そう期待し、とりあえず現役中学生である六条の言葉に耳を澄ませてみる。そうすれば六条は得意げに指を立てた。


「そうですね。やはり贈り物と言えば“消え物”ですよ、“消え物”。後腐れありませんし」

「ビジネスライク……」


 聞いた綾女の頬がひくつく。

 いや参考にならんかったな。この公務員めが。


「え、よいではないですか、消耗品。置き場所に困りませんし、使ってしまえば捨てることに葛藤もしませんし」

「なんとも色気の無い回答だな……」

「あ、あはは……」


 まあ個人の好みがあるとは言え、俺としては後腐れ上等。その者に想いを刻みつけるほどの贈り物をしたいと思うのがこの俺だ。


「なればこそ、今は金が要る……」

「……うーん」


 資金調達への熱を再び燃やしていれば、しかし隣の綾女が悩ましげな声を上げた。


「確かに、品物にお金を掛けるのは良いことだとは思うけど……私はちょっと恐縮しちゃうかも」

「む……」


 綾女のその言葉に、少しギクリとする。

 彼女の趣味の一つは、父から受け継いだ高級ボールペン集めだ。贈るならばそれだろうと思っていたのだが……。


「贈り物は、お互いが気持ちよく贈り合わなきゃね。うん、品物やその値段も大事だけど、やっぱりその人を思う気持ちが一番大事だと私は思うな」


 ――心か。


 はにかみながら言う彼女だが、それこそがこの戦鬼には一番難しい。慈愛無き殺戮兵器として生を受けた、この俺には。

 心に値段は付けられぬ。焦るあまり、俺も考えが凝り固まっていたか。

 知らぬ間にその値段へ走ろうとしていた俺に、綾女は戒めとしてこう言ったのかもしれんな。

 綾女の思想の一端を聞き、俺と六条は感心しきりだ。


「女子力の高いお言葉でございます、綾女様。これが良き女性というものなのですね……」

「いやまったく。この戦鬼、感服したぞ」

「そ、そういうつもりじゃなかったんだけど……あはは」


 照れくさそうに頭をかく綾女。

 いや、やはり清く正しく美しい魂を持つ者は言うことが違う。俺もこの時ばかりは、考えを改めねば――


「む? 綾女、竿が引いていないか?」

「え、あ、ホント――わわわっ!?」

「綾女っ!」


 一瞬で海に引きずり込まれそうになった小柄な身体を後ろから抱く。


「はわわわ、刃君が! だだだ抱きついて!?」

「言っている場合か」


 まあ確かにその髪からは甘い香りがし、咄嗟に抱いた腕にはたわわな感触がたっぷりと伝わってきているが……いかんいかん。


「さ、竿が折れそうでございます!」


 六条の声に意識を切り替える。

 今にも折れそうな竿の先。ピンと張る釣り糸を辿れば、そこには巨大な魚影がある。あれは……、


「マグロだな。やるではないか、綾女」

「え、え、うそ!? どうしよう!?」

「あ、綾女様落ち着いてください! ゆっくりとリールをお巻きに……!」


 かなりの大物だ。これならばカニの代わりにしても釣りが来る。釣れればの話だが。


「じ、刃君!」

「……いかんな、竿も糸も耐えきれまい」


 焦る綾女にそう返す。

 そもそもマグロを釣る予定では無いため、用意した釣り竿など安物の類いだ。このままでは……!


「や、安綱様、なんとかなさってください!」

「くっ、せめてリゼットか刀花がいれば……」


 俺もなんとかしたいのは山々だが、俺の雑な力ではマグロを消し飛ばしかねん。それでは綾女が悲しむ。それはいかん。


「むぅ……」


 せめてこの場に霊力の扱いを理解し、ある程度制御できる者がいれ、ば……。


「……」

「……」


 一瞬、俺と六条の視線が交錯する。

 その瞬間に、六条は全てを理解したのか小さく頷いた。


「……ちっ、背に腹はかえられんか。綾女、一瞬だけ持ちこたえろ」

「え、刃君!?」

「安綱様!」


 童子切を抜くには怨嗟も霊力も足りぬ。

 しかし、形状変化しただけの俺ならば……!


「――急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

『はっ、生意気を言うな!』

「どっちがですか!」


 憎まれ口を叩き合いながら、俺は六条の思念を読み取り矛へと姿を転じ、紙垂しでを揺らしてその手に収まる。今だけは!


「――水生木すいしょうもく!」


 陰陽師である六条が五行に則りそう念ずれば、我が総身を雷が包む。

 水は吸われ木を育み、木に属する雷はその働きを増幅させる――!

 ちぃ、さすがに陰陽師かつ武家の娘だ。リゼットや刀花と違い、矛の構えも霊力の把握も教科書通りの理想のそれだ。それを少々心地よいと思ってしまうなど……まったくもって気に入らんな!


「六条式陰陽術――」


 そうして六条は真っ直ぐに俺を構え、その穂先で狙いを定めた。


「――雷槍砲撃らいそうほうげき縛身ばくしん!」


 刹那。

 絶妙に調整された雷撃が海面を襲う。消し飛ばす雷光でもなく、弱すぎる電撃でもなく。その身を拘束するために穂先から放たれた雷撃は、確かにその一撃を魚影に食らわせ……見事、その身の自由を奪ったのだった。


『……ふん、小娘にしては上出来だな』

「れ、霊力が逆流して死ぬかと思いました……」

『たわけ、力に振り回されるな。殺意を滾らせ、その切っ先を敵に向け続けるのだ。その身を殺し尽くすまでな』

「私、もう二度と安綱様を使いたくありません……」


 使わせんわ。

 まったく、俺は担い手を選ぶ妖刀ぞ。未熟な小娘に振るわれる道理など無いのだ。

 だがしかし、その甲斐あってか……、


「わぁ……すごい、おっきいね!」

「あわわ、えっと、凍らせて鮮度を保って――」

「冷凍庫など用意されていないぞ」

「こ、交代で凍らせる術をかけましょう。安綱様、暴発させないでくださいね! 慎重に! 慎重にですよ!」

「ええい、うるさい。俺に指図するなっ」

「ほらほら、二人とも喧嘩しないの!」


 やいのやいのと言い合いながら、一本釣り(?)したマグロを囲んで右往左往する。

 そうして釣り上げたマグロを凍らせ、急いで港へと舵を切った。

 そんな中で緊張が解けたのか、綾女はしきりにお腹を押さえて笑っている。


「ふ、ふふふ、あははっ!」

「わ、笑いすぎですよ綾女様……」

「ふふ……だって、なんだかおかしくって。絶対こんなこと変なのに、だけど楽しいの!」

「一般の方を巻き込んでしまい、申し訳ございません……」

「え~? そういう言い方は寂しいな。こういう時は、こう!」


 舵を握る俺の隣で、綾女は楽しそうに笑いながら片手を挙げる。


「ふふ、綾女様……」

「ね、刃君もっ!」

「……ああ」


 そうして穏やかに微笑む六条と、綾女の音頭と共に、


 ――パシン、と。


 互いの健闘を讃えるかのように、三人でハイタッチをするのだった。

 まあ、こういった休日も悪くはないかもしれん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る