第107話「履歴書でやらかしてるじゃない」



「へえ、いろんな機械があるのね」

「リゼットさんは初めてですし、オーソドックスな機種にしましょうか」


 放課後のひととき。

 俺達は宣言通りプリクラを撮りにゲームセンターへと足を伸ばしていた。

 紅の瞳を輝かせ、キョロキョロと周囲を物珍しげに見渡すご主人様に苦笑を漏らしながら、エスコートするようにその手を引く。


「こっちだ、マスター」

「ふふ、うん!」


 騒がしく明るい場の雰囲気に当てられたのか、子どもっぽくリゼットは返事をし、キュッとこちらの手を握る。愛おしい……。


「ここ? け、結構狭いわね」


 ゲームセンターの一角。

 そこに立ち並ぶ筐体に三人で入り込む。


「このボタンを押せばいいのかしら?」

「ああ、そうすればこの機械が写真を撮り始める。写真を先に撮ってから、色々と設定をいじるのだ」


 マスターの疑問の声に俺がそう返せば、なにやら二人はキョトンとし、場が沈黙に満たされる。なんだ?


「……珍しい、あなた詳しいの? トーカと以前撮ったことがあるとか?」

「いえ、ないはずですけど……兄さん?」


 不思議そうに首を傾げる二人。


「ん? 別に珍しくもなかろう。社会に出た経験のある者であれば、プリクラくらい一度は利用していよう」

『?』


 さらに首を傾げられてしまった。

 ふ、まあ仕方あるまい。

 リゼットは箱入りのお嬢様であり、刀花にはアルバイトさえさせたことがない。妹が人間にこき使われる様など、俺が見たら憤死する。


「履歴書というものがあるだろう?」


 ここは社会経験のある俺が一肌脱がねば。

 そう思って腕を組み、得意げに説明する。


「――履歴書には自分の写真を貼る部分があり、そこにここで撮った写真を貼るのだ」

「あらー、そうなのー。初めて知ったわー」

「さすがです兄さん」


 おっと、マウントとやらをとってしまったかな?

 知っているぞ。最近は、隙あらばそういうものを取り合う時代らしいな。世はまさに群雄割拠。


「……ねえ突っ込むべき?」

「兄さんが可哀想ですからそっとしておいてあげましょう。兄さんの笑顔を曇らせることは、妹には出来ません……」

「そんなだから劣悪なバイトにしか受からないのよ……」

「私がもっと以前から注意していれば、お労しや兄さん……」


 二人でなにやらコソコソと話しているが、珍しく年上らしいことをしてやれた俺の耳には入ってこない。一人得意げにうんうんと頷く。


「ククク、お前達も俺のように立派に社会に溶け込むのだぞ?」

「はいはいすごいすごい」

「はーい兄さん、一緒にプリしましょうね~」


 どこか流された感があるが……まあいい。

 こうして三人一緒に写真を撮るというのも初めてだ。今はそれを楽しむとしよう。


『はーい、それじゃ撮りますよー!』

「兄さん、もっとギュッてしてください」

「こうか? ……マスター、それではフレームに入らんぞ。こっちに来い」

「こ、こう? 近くない? きゃっ」


 モゾモゾ動くご主人様を、刀花と同様に抱き寄せる。今更何を恥ずかしがっているのか。

 もう、と不満げに声を上げるが、こちらに寄り添ったままのご主人様と共に正面を向く。


『それじゃ、さん、にー、いちー』


 パシャリ、と。

 シャッター音が筐体内に響き、目の前の画面にその一枚が表示される。

 リゼットは頬を赤らめながらもしっとりと微笑み、刀花は元気いっぱいな表情で嬉しげにピースをしている。

 それぞれの特徴がよく現れた、なかなか良い一枚だ。まあ俺の笑顔は少々ぎこちないが、俺の顔などどうでもいい。二人の少女が楽しそうであればな。


『それじゃ、もう一枚撮りますよー! さん、にー、いち』


 そうして再びシャッターを押さんと響く声に身構えていると――


「隙ありです……ちゅっ♪」

「あっ!?」


 頬に熱く、マシュマロのように柔らかい感触。

 そうして目の前の画面には……


「むふー、いただいちゃいました」


 満面の笑みで、こちらの頬にキスする妹の姿が大々的に表示されていた。

 隣を見れば、キスを掻っ攫っていった可愛い怪盗は、いたずらっ子な表情で唇に手を当てている。これは、してやられたな……。

 そんな刀花に、リゼットはプリプリと怒っている。


「と、トーカ! そんな写真撮って……私も写ってるのよ!?」

「プリクラは複数枚、一気に現像するんですよ? それに切り取ることも出来ますしね。なんでしたらリゼットさんもしていいですよ? 初めてのプリクラですし、妹が特別に許可しちゃいます」

「えっ!?」


 キスする写真が撮れて大満足なのか、刀花は珍しく余裕を見せる。

 しかしリゼットはボッと顔を赤くし、あわあわとするのみだ。


『はーい、ではもう一枚! さん、にー』

「え、あ、うぅ~~~……!」


 そんな彼女に急かすように告げられる、無情の機械音声。

 だが、彼女はまだ心の準備が整わないらしく……


『いち――パシャリ!』

「あ、ああ……!」


 彼女は恥じらいからモジモジと指を組み合わせるのみで……何をするでもなくシャッターが切られてしまった。

 まあ指をこねこねし、上目遣いでこちらを見る我が主の姿もとても可愛らしいので、これはこれでありだ。大事に保存しておこう。


『それじゃ、最後の一枚だよー! さん、にー』

「え、え!?」


 ダメだ、このままでは間に合わん。

 俺は彼女の希望を叶えるべく、その熱を持った頬に向け――


「マスター、じっとしろ」

「え、ふむっ!?」

「あー!?」


 む。

 狙いは頬のつもりだったが……彼女が動いたことで、その唇に口付けをしてしまった。


 パシャリ。


 そうしてそのままシャッターは落ち……俺とマスターがキスを交わす絵が記録された。


「んっ、ちゅ……もう、ジンのばか」


 一瞬だけ情欲に瞳を濡らしながらも、彼女は少しだけ唇を押し込んでから身体を離した。甘い罵声と共に。

 そんな彼女からは甘い甘い恋情が、これでもかと流れ込んできた……実に、甘露。


「にーいーさーんー! 私ともぉー!」

「あら、ごめんあそばせ。もう終わりみたいよ? ほら、加工しましょ加工。ふふ、いっぱいあって迷っちゃうわね」

「むぅぅぅぅぅ~!!」


 パンパンに頬を膨らませる刀花を横目に、楽しげにリゼットは備え付けのペンを取る。


「まずは普通の写真ね……ぷっ、見て見て。あなたの目がおっきくなって別人みたい」

「いじるないじるな」


 魚眼レンズのようになっているではないか。


「むぅ~……まあそれは普通にフレームとか文字だけにしましょう」


 刀花も頬から空気を抜き、仕方ないと肩を落としてキラキラとしたフレームを選ぶ。

 顔の形をいじったりはせず、三人で撮った写真をわいわいと彩っていく。


「あ、ジンほら。ジンに猫耳が付いちゃったわよ?」

「俺をこんなに可愛くしていいのか?」

「なんで自信ありそうなの……えい、私にも」

「ん゛っ!」

「おっと兄さん尊さに吹っ飛んだー!」


 そうして飾り付けた画像を、小さくプリントアウトしていく。

 小さく切り取り、それぞれの写真を持った二人はホクホクとし、顔を明るく輝かせた。


「ふふ、三人のはスマホに貼って……こっちは大切な小物とかに貼っちゃいましょう」

「うぅ~兄さん! 次こそは私とチューしながら撮りましょうね!」


 リゼットは大切そうに胸に抱き、刀花はプンスコしながらも次への布石を打つ。

 そんな彼女達からは“喜び”の感情が溢れ、写真からも明るいオーラが発せられているように思えた。

 それだけに……


「……」


 俺はそんな彼女達を横目に微笑ましくなりながらも、鞄の中に入った一枚の写真に思いを馳せる。

 プリクラと比べるのもアレだが、彼女達との写真に明るい感情が溢れているだけに、薄野の写真にこびり付いた捻れた感情がより歪に見える。


(……さて、どう動いたものか)


 俺は密かに自分の中の指針を確認しながら、事の流れを見定める。


 ――そして、事態は動き出すのだった。

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