第46話「壁を壊すノルマなんてないのよ?」



『まずは形から入るべきではないでしょうか』


 唐突に始まろうとしている紅茶教室。

 俺の生き甲斐を賭けた戦いへ挑む手前、さて何からすべきかと考えていたところ、刀花がそう言い出して彼女は一旦部屋に戻っていった。どこか楽しげに口の端を浮かせて。


「なにかしら、形って」

「さてな……」

「……で、さっきからなにしてるの」

「んー?」


 主従揃って首を傾げること五分。暇だったので主人の髪を三つ編みにして遊びだす。そんな俺を白い目で見ながらも、背中を預ける彼女とじゃれあって時を過ごした。

 そうしていると上階から軽い足取りで降りてくる足音が聞こえてきた。自分達が待機する食堂の入り口、そこからステップを踏みながら姿を現したのは……


「じゃーん、こんなこともあろうかと!」

「んなっ!?」

「――」


 驚くリゼットの声と、あまりのことに声を失う俺。


「どうです? どうです? 妹メイド刀花爆誕です! 可愛いですか兄さん?」


 そう、我が妹の姿は使用人の衣装……メイド服へと進化を遂げていたのだ。

 頭にちょこんと乗った清楚なホワイトブリムに、紺色を基調とした洋装。そこにフリルをあしらった白いエプロンを着用し、本来の彼女の甘い雰囲気と、へにゃっとした笑顔がさらに甘く引き立てられている。なんというか……甘えたいし甘やかしたい雰囲気を同時に醸し出す、なんともズルいメイドがそこにはいたのだ。


「むふー、あるんじゃないかなーと思って探しておいた甲斐がありました。いかがでしょう、お・に・い・さ・ま♪」


 悪戯っぽく言って、彼女は自分の姿をチェックするように、スカートを摘まんでヒラリと一つその場で回ってみせる。スカートの裾から覗く裏地の白いフリルと共に、その足を包むブーツが小気味いい音を奏でた。

 フワッと広がったスカートの両端をちょこんと摘まみ、最後に妹メイドはこちらの心を蕩かしそうな笑顔でカーテシーを披露した。その動きは洗練されたものではなかったが、彼女のはにかんだ笑顔と初々しさが合わさり最強に見える。

 そんな最強に可愛い妹を、リゼットは死んだ魚の瞳で見て「形ってそういうことだったのねまったく……」と少し呆れて見ている。


「この妹あざといわねー……。ジン、なにか言っておやりなさいよ……ジン?」

「か、か――」


 ぷるぷる震える俺を不思議そうに見るリゼットと、慣れた様子で近くの窓を開ける刀花。

 噴火前の火山のように震える俺は、ニコニコと手を振る妹メイドを確認した後、その内に滾る衝動を容赦なく爆発させた。


「可゛愛゛い゛ぃ゛ーーーーーーー!!」

「どこ行くのー……」


 リゼットの力ない突っ込みを背中に受け、俺は窓から衝動に任せて飛び立った。

 赤道より北上し、ご主人様の二つの祖国を眺め、様々な国に住む人種を視界の端に捉える。人々の営み、戦争、平和、希望、憎悪……そして愛。人間は愚かだが、しかし確かにそこには優しく輝く光が灯っている。愚かさゆえの愛、それこそが人間を人間足らしめている情動なのではなかろうか。

 最後に成層圏を突破し、月に降り立ち地球を眺める。あぁ……なんて美しい惑星なのだろうか。ありがとう地球、刀花を立派に育んでくれて。おかげでこの無双の戦鬼、少しだけ優しくなれた気がする……。嗚呼、あぁ……見える! 刀花が! 最愛の妹が俺の帰りを待っているのが見える! 今、俺は一条の流星となりてお前の元へ飛んでいこう。刀花……刀花ぁー!


「――帰ったぞ、土産の月の石だ」

「早かったですね、綺麗な流れ星でしたよ」

「あなたいい加減にしなさい? 妹キメすぎ」


 摩擦で黒焦げになったまま玄関から帰宅。その間約二十秒。刀花が中学校の制服を初めて着て見せてくれた時より早かったな。


「あとベルギーのワッフルにイギリスのスコーンにフランスのフォンダンショコラに……あぁカード借りたぞマスター」

「兄さん大好き」

「あなたほんっといい加減にしなさい?」


 霊力で保護しておいた紙袋からポイポイと各国のお菓子を取り出すと、刀花は琥珀の瞳をキラキラさせる。

 はじめ呆れ返っていたリゼットも「あ、これ私の好きなブランドの……」と言って結局は刀花と一緒にキャッキャしだした。女の子の機嫌はスイーツで取れる……体重に目を瞑ればな。


「さて、茶菓子も用意したし、いよいよか」


 指を一つ鳴らして身なりを整えた俺は、スイーツで盛り上がる彼女たちに声をかける。


「そもそもマスターはどんな紅茶が飲みたいのだ?」


 仕切り直すように手を叩きながら、まずは目標の設定から始める。何事も着地点が大切だ。それさえ設定しておけばある程度迷子になっても挽回はできる。話を聞いた感じではミルクティーのようだが……。

 リゼットはお菓子の箱を置き、考えるように顎に手を当てた。


「そうねぇ、今の時期だとやっぱりアッサムのセカンド・フラッシュをミルクティーでかしら」

「ふむ、なるほど(?????)」

「あ、絶対わかってない」


 取り敢えず頷いたところを看破するリゼットは、刀花から「おぉ~」と感心されている。


「なんだかそういうブランドとかがさらっと出てくるの、本物のお嬢様っぽいです」

「本物よ本物、生意気な胸をしてる使用人ね」

「ごめんなさい大きくて――ひゃわぁー!?」


 恨めしい目でメイドの胸を鷲掴みにするご主人様を横目に見ながら、俺はスマホを取り出した。

 知っているぞ。今の時代、なんでもネットを使えばだいたい答えが出てくるのだろう? 人間に頼るのは癪だが、まぁせいぜい上手く使ってやる、感謝するがいい。

 俺は刀花からレクチャーされた操作に従い、質問袋とやらにたどたどしく文字を打ち込んだ。


『アッサムのセカンド・フラッシュ、ミルクティーの淹れ方を教えろ』


 送信。これでいいはずだ。便利な時代になったものだとしみじみ思う。人の技術は日進月歩というやつだ。

 ……お、早速メッセージが届いたな。人間のくせになかなか機敏ではないか、感心感心。


『教えてもいいがお前の態度が気に入らない』

『情弱乙wwwww』

『まずご自分でお調べになってから質問なさっては? 小学生でもお使いくらいできますよね? その方があなたのためになると思いますよ』

「……」


 俺は無言で窓際に行き……


「――おらぁっ!」


 全力でスマホをぶん投げた。これが俺のベストアンサーだ。

 そんな俺を、じゃれあっていた少女たちは目をパチクリとさせて眺めている。


「ど、どうしたのジン……」

「……人間の卑劣さを再確認していたところだ」

「兄さん後でちゃんと拾ってきてくださいね?」


 気が向いたらな。ちっ、やはり人間に頼ろうとした俺が間違っていたのだ。頼れるものは己とこの少女達のみだ。

 さて、と余計な雑念は隅に追いやり、改めてアッサムのセカンド・フラッシュについて思いを巡らせる。アッサムは恐らく茶葉の種類……しかしフラッシュとはなんだ、いつ発動する?


「……これのことか?」

「なんでいきなり閃光手榴弾を出すの」

「手をあげねば撃つ」

「それはマズルフラッシュ」

「お前がナンバーワンだ」

「それはベジ○タのフ○イナルフラ○シュ――壁を壊すなー!?」


 青い閃光が破壊した壁を直しつつ、リゼットの声に耳を傾ける。彼女は腰に手を当ててプリプリと怒っていた。


「セカンド・フラッシュは六月から七月に摘まれた茶葉のことよ。特にアッサムはまろやかでコクもあって、ミルクにぴったりの茶葉なの。というかなんで最初から私に聞かないのもう」


 ちなみに春摘みがファースト・フラッシュ、秋はオータムナルというらしい。

 壁を直し終わり、とりあえず茶葉を探そうということで棚へと移動する最中。色々とリゼットのうんちくを聞き「はえー」と兄妹揃って感心した。


「リゼットさん、詳しいじゃないですか」

「当然の知識よ」

「だが淹れられないのか」

「茶葉だけよ。それにね、知識と技術は比例しないのよ……悲しいことにね」


 遠い目でリゼットは空を見上げた。なんかすまん……。

 とりあえず棚に目をやり、茶葉の入った缶を見て回る。


「いっぱいありますね。アッサムアッサム……兄さん、持ち上げてください」

「うむ」


 比較的高い位置にあるものは刀花を高い高いして探してもらう。そうしてなんとかごちゃごちゃとアルファベットが並ぶ缶の中で「ASSAM」の缶を探しだした。

 しげしげと眺め、試しにパカッと開けてみる。


「わ、いい香りです」

「……甘い香りだな」

「うーん、これよこれ」


 三者三様に、独特の甘い香りを楽しむ。リゼットなど、その高貴な香りにうっとりとしてしまっていた。


「……問題は淹れ方だが」

「あ、じゃあ私が調べますね」


 刀花はそう言ってサクサクと自分のスマホで検索し始める。だ、大丈夫だろうか。ネットの悪意に晒されてしまわないだろうか……。


「兄さんには後で正しい調べ方をレクチャーしないと……あ、出ました。ふむふむ……」


 刀花が読み込んでいる間に、俺はハラハラしながらも道具の用意をしておく。リゼットは近くの椅子に座り、いよいよかとワクワクしていた。


「……なるほど、だいたいわかりました」

「すごいな、さすがは俺の妹だ。偉いぞ刀花」

「むふー」


 スマホをしまってキリッとした顔の刀花の頭を撫でる。そうするとキリッとした顔はすぐにへにゃっと崩れてしまったが、刀花は自信満々な様子だ。


「決まりごとさえ守っていれば、特別な技術は要らないみたいです。それじゃ兄さん、私の指示通り動いてくださいね?」

「む、いきなり俺か」

「リゼットさんはあくまで兄さんに淹れてもらいたいんですから。それに私も兄さんの淹れたお茶飲みたいですし」

「ふむ」


 まぁ構うまい。所有者の指示を受けて動くのは道具としても願ったり叶ったりだ。


「よし、わかった。それでは妹メイド長、上手く俺を使ってくれ」

「ふふ、ラジャーです!」


 冗談めかして言うと、元気な敬礼が返ってきた。


 いよいよ計画も実行段階に入った。

 さぁ待っているがいいマスター。妹の指揮により、きっと美味い紅茶を淹れてみせるからな。






------------------------------------------------------------------------------------------------

今見ると物足りなかったので、プロローグ部分におはようのキスシーンを加筆&修正しました(半ギレ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る