第1話 神殿
気がつくと、俺は神殿の中にいた。
そう、まさに神殿だ。壁から柱の装飾に至るまで全てが神々しく、まるで淡く光を放っているような印象を受けた。……初めの数回は。
今、俺の前でこの世界の説明をしている人物がこの世界の神様だ。ベタにジジイで、床につきそうなほどの髭を蓄えている。神様は後光がさし、その体からも光を発しているようで、まぶしくて直視するのが辛い。
俺は神様の説明そっちのけで、鏡まで歩く。全身が映る姿見を見つけ、のぞき込むと深いため息を吐いた。
俺がこの世界に転生させられたのは、今回で一万回目だ。毎回、転生した直後にまず行うのは、鏡を確認することだった。
異世界転生しているのだから、少しぐらい容姿が変わってもいいと思う。しかし、鏡の中にいたのは、スキンヘッドで鼻の下に唇にそって髭を蓄えたぽっちゃり系のいつもの姿だった。
「おい、おぬし。わしの話を聞いておるのか?」
いつの間にか背後までやってきた神様が声を掛ける。これもいつも通りだ。
「分かってるから、説明は大丈夫!」
いつも通りの甲高い声。ここで再び深いため息。四十二年間と異世界での生活一万回分聞き慣れたソプラノボイスだ。異世界転生をしても、容姿関連は何も変わらないようだ。
「と言うか、いい加減、現世に帰りたいんだけど……」
俺はこの世界の神様に振り返り、そう懇願する。
「だから、言っておるじゃろう。この世界に君臨する魔王を倒してくれれば、元居た世界に返してやるし、どんな願いも一つだけ叶えてやると」
神様は大盤振る舞いだろうと言わんばかりの顔をしているが、その条件を聞くのも、そして、そのどや顔を見るのも一万回目だ。
三度目の深いため息。
確かに破格の条件だとは思う。しかし、目の前にいる神様は、俺のこの状況に気付いていない。
毎回、初めてこの世界に転生させたものとして話を進めてくれる。実際は、今回めでたく一万回目の転生なのだが。
ちょっとだけ、今の状況を整理しよう。
俺、
すでに、この世界セヴィオディンに転生させられてから相当の時間が経過している。さっきから言っているように、今回で一万回目の転生だ。
転生したからといって特別イケメンになったりと容姿などが変わるわけでないらしい。
よって、現世での姿のまま——正確には現世にて事故にあって死んだときと同じ容姿のまま——セヴィオディンに転生させられたようだ。
そして、俺緑川彰人がどうして一万回も転生し続けているのかだが……これははっきりとは分からない。
すでに、何度も何度も魔王ゼノンと死闘を繰り広げているのだが、毎回その戦いのさなか、再びこの神殿へと転生されてしまうのだ。
その度に、武器や持ち物、金などは無くなってしまう。転生したときにあるのは、それまでの記憶とそれまでの修行や戦いで手に入れたスキルだけだ。
一万回、この世界を旅し、いろいろと——正確には嫌々と——修行し、それなりの力は手に入れた。
例えば、魔法は何度も魔法使いの職業を繰り返すことで、普通の魔法使いでは到底たどり着くことができない、ほんの一握りの人間しかなることができない大魔導師すら越えるスキルを手に入れた。
ぶっちゃけ、この神殿なんて、一瞬で消し炭にすることができる。
剣だってそうだ。剣士も何度も繰り返したし、
魔王にたどり着くまでに一度、モンスターとの戦闘中に謝って命を落としてしまったことがあった。気が付くと、セヴィオディンに来たときと同様に神殿で神様の話を聞かされていた。次は、わざと崖から落ちてみた。簡単に言えば自殺してみた。それも何度も。剣で胸を突き刺してみたし、毒や火災などでも普通に命を落とす。そして、神殿に戻される。
現世に戻るのを諦めてこの世界で天寿を全うしようと考えたこともある。しかし、それも無駄だった。
セヴィオディンで二十年ほど大人しくただの村人として暮らした。ところが、ある日突然、神殿に戻された。年齢も容姿も初めに転生した状態と同じまで戻っていた。
今、俺の目の前にいる神様を攻撃してみたこともある。ひょっとしたら神様を殺すことができれば、このループから抜けることができるのではないかと思ったからだ。
神様は目の前に存在しているが、幽霊のような存在らしい。剣で切りつけても空気を切るように手応えも、もちろん神様へのダメージもなかった。
魔法も同じだ。試しに神様に向けて炎の魔法を発射してみた。驚かれはしたが、炎は目の前でかき消されてしまった。
どうやら、神様に攻撃は無駄のようだ。
つまり、今分かっているのは、神様を攻撃してもループを抜け出せない。
何かの拍子に死んでしまったら、転生時からやり直しだ。ダラダラと時間をつぶしても何かのタイミング——これははっきり何故なのか分かっていないが——でやり直し。魔王と戦っていても、その最中にやり直し。
俺がこれからやることは、転生の条件を見つけ、それを避けて魔王を倒し、イケメンもしくはモテモテの人生を送れるように願いを叶えてもらって、現世に戻ることだ。
そのためには、今までのやり方をガラッと変えなきゃダメだろう。
俺は神様の話を適当に切り上げて、神殿を出た。
振り返るとそこにはすでに神殿の姿はなかった。確か、強く願えば、どこの場所にいても神殿は現れてくれると言っていたはずだ。まぁ、特に用はないと思うが。
辺りを見渡すと、草原が広がっている。ルーシティと呼ばれる地方だったはずだ。確か、近くにはシャイトンの町があった。
この辺りは、町の外に出るモンスターも比較的弱いモンスターが多い。正直、今の俺ならパンチいや、デコピンでも瞬殺できる程度のモンスターしか生息していない。
俺は頭の後ろで腕を組み、鼻歌混じりでシャイトンの町へ足を向けた。
町でまずすることは決まっている。服、靴の調達だ。
転生されると、初めに転生された時間に戻されるようで、服装も転生時のものに戻ってしまう。
この世界の服装ではないので、特に違和感をもたれることもないのだが、こっち側の気持ちとしてちょっと恥ずかしい。……タンクトップにパンツ一丁では。靴も履いてない。裸足だ。
ルーシティ地方のそよ風が俺のチャームポイントの一つである背中にびっしりと生えた毛を優しく撫でていく。
どうしたら、この世界でのループを抜け出すのかをぼんやりと考えながら、俺はゆっくりとした足取りでシャイトンの町へ歩を進めるのだった。
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