第36話 窮地の事態ですが運命の王子様が……
いつかはきっとわたしにも、運命と呼べる王子様が現れて手を差し伸べられて、窮地の事態というやつから颯爽と救い出してくれるんだって夢を見たりもした。子供の頃。
麗らかな春の陽気とは裏腹に、一花の気分は最悪だった。
「わあ、キレイだよ一花。まるで花嫁さんのようだ」
半ば無理矢理着せられた赤い袴の巫女姿。それにシースルーの白いベールを頭から被る一花の姿を見て、兄の国彰は暢気に微笑んでいる。
「うむ。この姿ならば、誰に恥じる事もなくお披露目できるな。一花が新たなお伽村の退魔師だと」
出会って一時間弱しか経ってない祖母の言葉に、一花の表情が引き攣った。
「色々言いたいことはあるのだけど……まずはおばあちゃん、それはなあに?」
「こやつは、一花の使い魔となる雅だ。今は白蛇の姿をしておるがその正体は見目麗しい妖魔でなぁ」
「いや、ムリ!! それ以上こっちに近づけないでください!?」
どっからどうみても白蛇にしか見えない妖魔を祖母に差し出され、一花の顔色はみるみる青ざめてゆく。
昔から蛇はどうしても苦手なのだ。
「すごいなぁ、妖魔を従え村の平和を守るなんて兄として尊敬するよ」
「お兄ちゃん! 妹が命の危険を顧みない職業に就かされそうになっているのに、心配じゃないの?」
「ああ、大丈夫さ。一花は見た目の愛らしさに反して勇ましい女の子だってお兄ちゃん、ちゃんと知ってるよ」
国彰がのんびりとした口調でそんなことを言ってきたものだから、一花はあからさまに不貞腐れた顔つきになる。
「勇ましい女の子ってなに! お兄ちゃんのばか」
「これ、一花どこへ行くのだ。話はまだ終わってないぞ。この後すぐに村の広場でお披露目の儀式が」
「そんなのわたし知りません!」
今日遥々到着したばかりの祖母の大きなお屋敷を一花は勢いよく飛び出した。
行きは兄と上った長い石造りの階段を駆け下りる。小高い丘の上に屋敷があるため、その階段はとても長い。
「あんなの詐欺だ。騙されたんだ」
ぷんすかと思わず膨れ面にもなってしまう。
両親を早くに亡くし兄とその日暮らしの生活を送っていた一花の元に、自分たちの祖母だと名乗る女性からの手紙が届いたのは今から数週間前のことだった。
手紙には駆け落ちしたきり行方不明だった娘、つまりは一花たちの母への想いや、一人寂しくお伽村で暮らしている祖母の現状。そして出来ることなら残りの人生を愛娘の残した可愛い孫たちに囲まれて暮らしたいとの想いが綴られていた。
そうして一花は国彰と話し合い、祖母と暮らそうと決め今日お伽村に到着したのだが。
「まったく、話が違うんだから」
慎ましやかな文章で、自分は体が弱く一人暮らしが心細いと書いてあった祖母は、実際のところ今一花が駆け下りている長い階段をすいすいと上り下りできるほど元気なお年寄りだった。というかおばあちゃんと呼ぶのは憚られるほど若々しい見た目をしている。
まあ、それはいいのだが。一花が思わず逃げ出したのはそんなことではもちろんなくて。
『よくぞ来てくれた。して一花。あなたには今日から、みっちりと修行を積んでもらう。覚悟してほしい』
『え? 何の修行ですか? まさか嫁入り修行?』
先程会ってすぐ、きょとんとした一花にしれっと祖母はこう告げたのだ。
『退魔師のだよ。我が家の血筋は代々このお伽村を妖魔と守るのが掟となっていてな』
話を聞くに一人っ子だった一花の母が駆け落ちをしたばっかりに、この村を守る退魔師の跡取りがいなくなり困っていたらしい。
そして今日兄と共に見定められた一花は、退魔師としての素質を持っていると祖母にべた褒めされたわけだが。
「全っっっ然嬉しくない。っていうか、妖魔と村を守るってなに。しかも相棒が蛇なんて無理だよ~!」
いつ自分が喰われるか分からないような状況を想像して一花はゾッとした。
「それにお兄ちゃんったら、可愛い妹が心配じゃないなんてひどい」
もっと心配してくれると思ってたのに。自分が逆の立場だったら絶対に心配で反対するのに。
一花なら大丈夫さなんて、能天気に祖母の肩を持ったりするから。
主に兄の反応に不貞腐れた一花は、そのまま階段を三段飛ばしで飛び降り地面に着地した。
その時。
「っ!?」
大きなクラクションの音に身を竦め、音のする方へ振り返る。
階段から道に飛び出した一花の目の前には、急には止まれないスピードを出した大きなトラック。
一花は動けなかった。
目の前に迫りくる迫力に圧倒され微動だに出来ない。
(あれ、前にもこんなことがあった気が……)
そんなはずないのに。この村に来たのは今日が初めてで、こんな状況になったことだってない。
それなのに……一花はなぜかこの光景にデジャブを感じ、なにかを悟ったように目を閉じた。
(わたし、このまま死んでしまうんだ)
トラックのクラクションと今さら急ブレーキをかける音とが辺りにこだます。
――王子様は迎えに来ない
なぜだろう。瞼の裏に知らない男の子の姿が淡く浮かんだら、悲しい想いが溢れ涙が滲んだ。
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