第34話 決戦の時

 ついに雅の口から本性の言葉を引き出せた。そして彼の企みも。

 この村を被い一花の運命さえも変えていた思惑と言う名の黒い渦のようなものの流れが変わったように思えた。けれど。


「い、一花さん。これからどうするんだい?」

 雅を警戒しながら小五郎が寄ってくる。

「オラにはこんな強そうな妖魔、どう頑張っても倒せそうにない」

「わたしも」

「え!?」


 小五郎はすっかり一花が強い退魔師だと思い込んでいたようだが、修行を積んだことすらない一花は小五郎以上に弱いというのが本当のところだ。

「じゃ、どど、どうすれば!? 一体、誰がアイツを倒してくれるんだい!?」

 再び挙動不審で情けない目の男に戻った小五郎の両肩に、一花は力強く手を乗せみつめる。


「大丈夫」

「なにか作戦が?」

「ううん、なんにもないけど大丈夫」

「なにが大丈夫なんだ、アンタって本当に空気が読めないっていうか。怖いモノ知らずっていうか」


「わたしはあの妖魔が油断する隙を作るから、あなたがアイツを倒すの」

「むむ、むりだぁ!」

 頭を抱えてしまった小五郎の頬を両手で挟めて顔を上げされる。


「お姉さんの仇を取るんでしょ! 千世さんに惚れ直してもらえるような男になるんでしょ!」

「でも、オラ修行もさぼりがちだったし」

「でも、ど素人ではないでしょ!」

 ずっと傍にはいてあげられない。けれど彼にはこの先もここを守ってもらわなくてはいけない。それが一花のいる未来に続くのだから。


「大丈夫、あなたならできる」

「ほ、本当にそう思うかい?」

「うん!」

 とびっきりの笑顔で頷いてやると、引き攣っていた小五郎の表情が少しだけ和らいだ。


「不思議だな。一花さんが大丈夫って言うなら、大丈夫な気がしてくる」

「信じてるから、小五郎さんはやればできる男だって」


「なにをブツブツと、話し込んでいるんだい!」

 また雅から放たれたどす黒い渦巻きを、一花と小五郎は聖樹を盾になんとか耐える。

「いい、雅さんに隙ができたら見逃さないでね!」

「あ、ああ。でもどうやってそんな隙をっ」

「それはわたしに任せて!」


 それだけ言って一花は聖樹の影から飛び出した。

「かくれんぼはもうおしまいかい?」

「はい。次は追いかけっこがしたい気分なの」

 飄々と笑う一花につられるように、雅も口の端を吊り上げて笑う。

「ふふ、キミって面白い子だよねぇ。このボクに口説かれて、靡かないところとかそそられるよ」


「命懸けの鬼ごっこをしよう。もしもあなたがわたしを捕まえられたら、大人しくあなたの大事な人の生贄になってあげる」

 少し冷たい風が一花の長い髪を靡かせる。沈む大きな太陽をバックに一花は強気な態度のまま宣戦布告を仕掛けた。


「やっぱりキミは綺麗だ……キミが欲しいよ、色んな意味でね」

 雅は眩しそうに目を細めそんな一花に見惚れた。

 そして駆け出した一花の後ろをすぐに追いかけてくる。

「ダメだ、一花さんっ。その先には、崖が!」

 そんな小五郎の叫びは聞こえていたのかいないのか、走り出した一花が足を止めることはなかった。



◆◆◆◆◆



「っ……」

 うっすらと目を開けると、そこはいつもの洞窟ではなく見慣れない木目の天井があった。

「あ、暁斗くん。目が覚めたのね」

 耳元で聞こえてきた声の方へ暁斗は顔を向ける。

(この人は……清子の家の……女中)

 千世が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 自分は雅たちに捕まり牢の中へ入れられていたはずだったが、気が付けばベッドに横になっていた。


「ここは?」

 雅に変な術を掛けられ眠らされていたせいか、気怠さを感じながらも暁斗は体を起こす。

「村長の家です。ぼっちゃまが貴方をここまで運んでくれたんですよ」

「小五郎が?」

 あんなにこちらを目の敵にしていた男がどういう風の吹き回しかと思った。そんな暁斗の気持ちを察したのかこの場にいない小五郎の代わりに千世が申し訳なさそうに頭を下げる。


「暁斗くん、ごめんなさい……お屋敷から追い出して、ひどい言葉をたくさん浴びせて」

「なんでお前が謝るの」

 千世には特になにかされた記憶はなかったけれど、彼女は小五郎の暴走を止められなかった自分にも責任があるからと言ってきた。


「ぼっちゃまも、貴方が目覚めたら謝りたいと言っていました」

「そう……」

 本当に突然この変わりようはなんなんだと思ったが。

「暁斗よ、目が覚めたのじゃな」

 暁斗が目覚めたことに気づいたのか部屋に入ってきた村長まで、暁斗と目が合った早々に頭を下げてきた。

「すまなかった。今までのわしや村人たちの数々の無礼、代表して謝らせてほしい。本当にすまなかった」


「な、なんだよ、突然」

「突然じゃないわ。私や村長も、どこかで本当に暁斗くんが犯人なのかなって疑問を持っていました。けれど、結局耳を傾けたのは人間の言葉だけ……ちゃんと確かめもしないで」

「清子が目指したのは、人と妖魔が共存できる村だったはずなのになぁ……」


 もう二度とこんな風に村人たちと言葉を交わすことなどないと思っていた。

 たとえ清子の仇を討てたとしても。

 それがこんな風に謝罪を受けることになるなんて。


「暁斗よ、これからもこの村にいてくれるかのぅ」

「どうか小五郎ぼっちゃまと一緒に、またこの村を守ってはくれませんか?」

「アイツがその気になるとは思えないけど」

 小五郎は争いごとが極端に苦手な性格をしている。それにあの気弱な性格が退魔師に向いているとは思えなかった。

 けれど「そんなことありません」と千世は力強く言った。


「ぼっちゃま変わりました。この短時間で……きっと一花さんの影響です。今の彼なら、清子お嬢様の後を継ぐ退魔師にだってきっとなれます」

「あの女の……?」

「はい。彼女に背中を押してもらえたおかげで私も頑張ろうと思えました」


 彼女はいつか言った言葉の通り、暁斗が犯人じゃないと証明してくれた。

 もう全部諦めて、人を拒んでやさぐれていた自分を闇の中から引っ張り上げてくれた。

 無性にそんな彼女に会いたくなった。

 あの能天気そうで、けれどふんわりと周りの雰囲気を和ませてくれる笑顔に。


「そういえば、あの女はどこに?」

「一花さんのことですか? 彼女なら、今はぼっちゃまと一緒に……暁斗くんの無実を証明するため、雅さまに戦いを挑みに行きました」

「はぁ!?」


 自分が意識をなくしている間に、なにが起きたのか。どうしてそうなったのか知らないが、彼女はたまに度胸がありすぎるところがあるから、胸騒ぎがして暁斗はベッドから飛び降りた。

「あ、暁斗くん、休んでいた方がっ」

「寝てる場合じゃない」

 言いながらドアノブに手をかける。自分でもどうしてこんなに必死になっているのか分からなかった。


「でも、まだ本調子じゃないでしょう?」

 千世は心配そうに声を掛けてくれたけれど。

「アイツになにかあったら……一生後悔する気がするから」

 今行かなければいけない気がして、暁斗は部屋を飛び出したのだった。

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