第33話 時を越えたのは、あなたのためではありません!

「どうしたの、小五郎さん。千世さんは?」

「暁斗なら大丈夫。術で眠らされていたがちゃんと助け出せた。今は千世が見ているから心配いらない」

「そっか、よかった……それで、まさかわたしの助っ人に来てくれたの?」

「もちろんさ。一花さんが戦ってるのに、オラだけぼ~っとしてるのは居心地が悪いし」


「小五郎さんったら、この数時間でここまで成長するなんて。恋って偉大だね」

 見た目年下には見えないが、まるで弟が成長した姉のような気分になって小五郎の頭をわしゃわしゃ撫でてやった。


「わわ、なんだよぅ」

「ありがとう、わたし嬉しいよ!」

「そうかい、へへ。オラもさ、一花さんみたいにもっと男らしくならなくちゃって思って」

「ん? 男らしくでわたしみたいにって、なにか引っ掛かるけど」


 そんなこと言っている場合ではないようだ。雅が近付いてくるのが気配で分かる。

 どうやら証人になってもらう予定の村人は全員雅に倒され気を失っているようだが、小五郎がいてくれれば十分だ。

「……小五郎さん、お願いがあるの。あの槍を持って」

「ああ、アンタを襲ってるフリをすればいいんだな」

 無駄な会話は必要なかった。二人は目と目で合図を送り頷き合う。


「アンタはオラが成敗してやる、覚悟しろー!」

 大きな声を張り上げて小五郎が槍を振り上げた。

「やめろ、その女に手を出すな!」

 鬼気迫る声を張り上げると雅が両手を小五郎に翳してきた。その掌から魔法陣が浮かび上がったのを見て、一花は本能的に危険を察知し小五郎の腕を掴む。


「小五郎さん、こっち」

「へ!?」

 魔法陣の中心からどす黒い光の渦が飛び出してきたのと、一花が槍ごと小五郎を引き寄せ爆風に吹っ飛ばされたのはほぼ同時の出来事だった。


「けほっ、大丈夫?」

「う、う~ん」

 小五郎は軽い脳震盪を起こしたのか意識が朦朧としている様子だが、とりあえず酷い外傷は見当たらない。


 運よく丈夫な聖樹の影まで転がったおかげで大きな怪我をせずに済んだが、あの攻撃をモロにくらった倉庫の一つが粉々に砕かれているのを見て冷や汗を流した。

 建物の骨組みまで折れ黒い煙ときな臭い匂いが辺りに充満している。


「おやおや、小五郎だけ狙ったつもりが、二人仲良く飛ばしてしまったようだね。ごめんよ、可愛いキミ。怪我はないかい?」

 涼しい顔してやってきた雅から小五郎を庇うように一花が立ち上がる。


「なぜですか?」

「なぜというのは」

 雅がわざとらしくやおらに首を傾げる。


「暁ちゃんの手下になっているわたしを小五郎さんは倒そうとしていた。なのに、あなたはなぜわたしではなく彼を狙うの?」

「そんなの、キミが可哀相だからに決まってるじゃないか。術を解けば元に戻れる。なのに殺されてしまうなんて」


「嘘つき!」

 ビシッと指差してやるとその手ごと掴まれ、一花は雅の胸の中へ引き寄せられた。

「ふふ、ばれちゃってるんだね。キミにはこんな嘘、通用しないんだね。じゃあ、正直に言うよ。キミに一目惚れしてしまったんだ。どうか、ボクのお嫁さんになって」

 耳朶に吐息を掛けられて不快感から眉間に皺が寄った。

「それも嘘!」

 雅の胸を強く押して突き放す。


 本気を出せば一花の力など一捻りで抑え込めるのだろうが、雅はいとも簡単に一花を解放してくれた。


「あははははは、ひっどいなぁ。人の真剣な告白を嘘だなんて」

「だって、わたし知ってるんだもの。あなたが欲しがっているのは、わたしの命だってこと」

「……どういう意味かな」


「この木に眠るご主人様を復活させたいんでしょう。そのために小五郎さんを追い出して暁ちゃんを消して、この場所に居座るつもりだったんでしょう」

 雅はまだとぼけた薄ら笑いを浮かべているが、一花は構わず話を続けた。


「いつかご主人様の封印を解ける資質のある人間が生まれるまで」

 一花は胸の勾玉を突きだして見せる。

「それは……」


「このお屋敷の退魔師が代々受け継いでいる勾玉だよ。見覚えない?」

 雅が命を奪った清子の胸にもあったものだとはあえて言わない。

 雅は黙ったまま、倒れている小五郎の胸にある勾玉と一花が持っているものを見比べているようだった。


「この世に一つしかない勾玉が、どうして二つ存在してるか分かる?」

「なぜだろう。どちらも偽物には見えないよ」

「でしょう。だって両方本物だもの」


 すっと雅の表情が消えたのが分かる。ようやく本性を現してくれたようだ。

「ずっと不思議だなって思ってたんだ……数百年またないと出会えないはずの生贄が、突然夜空から降ってくるなんてね。でも、そうか、そういうことか」


「わたしがどこから来たか、分かった?」

「ああ。もちろんさ……数百年の時を越えて、ボクを喜ばせに会いに来てくれたんだね!」

 首を鷲掴みにされそうになり、一花は後ろへ飛び退いた。


「違う! あなたを成敗しに来たんだから!」

「ははははは、随分とお転婆だなぁ。何人娘を灰にしようとも全然足りなかったけれど、キミさえ手に入れば……相当その血肉には、強大な力が宿っているんだろうなぁ」

 舌なめずりする雅に、寒気がしながらも一花が叫んだ。


「小五郎さん、ちゃんと聞いてた?」

「ああ、聞いた! オラの姉さんを殺したのも、全部アンタが犯人だったんだな!」

 ようやく意識が定まってきたのか、ボロボロの小五郎もなんとか自力で立ち上がる。


「あはは、そうだよ~。でも、キミのお姉さんは力不足でね。死んでくれたはいいけどたいして役には立ってくれなかったよ。封印は解けずじまいさ」

 雅の軽い口調と言葉にに小五郎は怒りで身体を震わす。


「よくも姉さんをっ!」

「まあ、勘違いしてくれたキミのおかげで邪魔だった暁斗に罪を着せ、ボクは娘たちの気を吸い随分と力を取り戻せたわけだけど」


 雅の瞳が紅蓮に光る。蛇のように先が割れた舌がチロチロと薄い唇から見え隠れするのを見て、一花はコレかと思った。

(どうりでこの人に触れられると寒気がするわけだ)

 一花は蛇が大の苦手なのだ。本能的に蛇が化けた妖魔を察知していたのかもしれない。


「村長が呼び寄せていた国の退魔師も大したことない奴でさあ。あっという間に死んじゃった。まあ、おかげで退魔師に成りすまして、ボクはこうしていられるんだけどさぁ、あはははははは」


「許さないぞ、雅!」

「結構だよ。キミに恨まれたって痛くも痒くもない。ちなみに二人ともここまで事実を知ってただでいられると思わないことだ。覚悟してね?」

 高笑いする雅の足元から木枯らしが吹き荒れ、夕焼けに染まる空が血の色みたいな赤色に思えて一花の瞳には辺り全てが不気味に映った。

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