第21話 ぼっちゃまはお屋敷の中

 事の始まりを知るには、彼の話を聞かなければ。

 そう決意していた一花はあくる日の早朝、暁斗に小五郎の家の場所を聞くと、昨日と同じように昴を連れて聞き込みに向った。


「ここね」

 教えてもらった道順を歩き辿り着いた場所を見上げる。

 そこには石造りの長い階段があり、小高い丘の上には、立派な門構えの屋敷が建っている。


「……ここって」

「どうかしましたか?」


 階段を前に立ち止まった一花を、右肩に乗った昴が不思議そうにみつめる。

「このお屋敷、わたしの時代では勇さんの家になってたんだけど……」

 そして階段を上り門が見えてきたところで確信する。

「立派な門構え。やっぱりわたしの時代の勇さんのお屋敷と同じだ」


「そんなの簡単なことですよ」

 昴がぴょこっと一花の頭に乗っかった。


「小五郎さんのあの臆病っぷりを見る限り、彼に妖魔退治は無理でしょう。それに比べて雅さんはやってくれそうな男です。おそらくは雅さんが暁斗さんを退治して、小五郎さんは村で唯一の退魔師の家系という地位を奪われ追い出されるのでしょう」


「確かに……でも、昴ちゃんも臆病っぷりなら負けてないよね」

「むむ、失礼です! ボクはあんな弱虫じゃありません!」

「いてて、ごめんごめん~」

 分かったから、頭の上でぴょんぴょんしないでと頼む。

「小五郎さんと一緒にされるのが嫌なの?」

「だって、だって、小五郎さんはどうだか知らないですけど、ぼくはやるときはやる男ですから!」


「へー……というか、昴ちゃんって男の子だったんだ」

「ななな!? ぼくをなんだと思ってたですか! ひどいです!」

「いてて、分かったから、そのぴょんぴょんやめて~」


 ぼくって言ってるし男の子だろうなとも思っていたけれど、可愛いという表現が昴には合うから、ついつい性別を忘れてしまうのだ。


「わたし白いヒヨコの性別見分け方なんて分からないんだもの。ごめんね、許して」

「ぼくはヒヨコじゃなくて、天使ですぅ! それに、ぼくはどんな理由があろうと、自分が怖いからって女性に生贄を代わってもらって平気でなんかいられません!」


 なにかと思えばそんなことで怒っていたのか。

「昴ちゃんったら、意外とジェントルマンなんだね」

 あれは一花が無理矢理生贄に立候補したようなものだったけど。

「そうですよ。天界では、ぼく、フェミニストな紳士って言われてるんですから」

「ぷっ」

 フェミニストで紳士なヒヨコって……かわいい。


「あ~、なんで笑うのですか!」

「だって、可愛いなって思って」

 一花は昴を掌に乗せると、指でふわふわな羽毛と頭を撫でまわす。

「うわ~ん。なんかその反応は納得いきませんー。頭ぐりぐりもしないでください~」


 ついつい暢気に門の前でじゃれあっていると、箒を片手に使用人と思しき女性が現れた。

 紺のワンピースに白いエプロンをしたメイド姿の、つぶらな瞳と栗色の肩まで伸びる髪が愛らしい女性だった。


「どちら様でしょうか」

 なんだか不審感の滲むような眼差しを向けられている。


「あの、わたしたち小五郎さんに用事があってきたのですが」

「ぼっちゃまに? 失礼ですが、あなたは」

「数日前に小五郎さんの代わりに生贄になった者です。一花が来たと伝えていただければ分かるかと」


 女性は、ああっと声をあげて再度一花を見た。

「あなたさまが。失礼いたしました。先日はぼっちゃまを助けていただきありがとうございます。私はこのお屋敷の女中千世ちせと申します」

 千世はつぶらな瞳を細め控えめに微笑み頭を下げると、少々お待ちくださいませと屋敷の中へ姿を消した。


 これで小五郎と話ができそうだと一花は肩を撫でおろしたのだが、少しして千世は申し訳なさそうに肩を落とし戻ってきた。


「申し訳ございませんが、ぼっちゃまはただいま瞑想中でして。誰ともお会いできないそうです」

「待ってますので、瞑想が終わったら会えませんか?」

「すみません……。ぼっちゃまは、唯一の肉親である清子様を失ってからというもの、ふさぎがちでして、あれから誰とも会いたがらずお屋敷から殆ど出掛けようともなさらないのです」

 だから今はそっとしておいてあげてくださいと、頭をさげられてしまった。


 彼は仮にも村で唯一の退魔師のはずだが。妖魔が村娘を灰にしているこの状況で、村人をほったらかしにして引き籠っていてもいいものなのだろうか。


「どうかぼっちゃまのことを責めないでくださいませ。あなただって、大切なご家族を突然妖魔に灰にされてしまったら、憔悴しきってしまうでしょう」

 千世は訴えかける様に言う。まるで小五郎を守ろうとするように。


「たった一人の家族も失い、孤独になってしまった小五郎ぼっちゃま。なんてお可哀相」

「……でも、千世さんがいるじゃないですか」

 一花の一言に千世は苦しそうで歯痒そうに表情を陰らせる。

「私はただの使用人ですもの。ぼっちゃまの家族にはなれませんわ。モノみたいな存在ですもの」

「ここのお屋敷には、他にも使用人さんがいるんですか?」

「いいえ……清子様の件があって以降、皆怖がって辞めていきました。今では、私の母と私だけでございます。


(それは好都合)


 一花は企みを悟られぬよう、ぎゅっと千世の手を握りしめ、俯く彼女の顔を覗き込んだ。

「わたしには身分の違いとかそういう葛藤は分からないけど、千世さんはモノとは違う。だってちゃんと誰かを心配したり想う心があるでしょう」


 握りしめた千世の手は、少しかさついていてあかぎれがあって、一花とたいして歳も変わらないだろうに、働き者の温かな手だった。


「尽くしてくれるあなたがいるんだもの。小五郎さんは孤独じゃないよ。彼が早く立ち直れるように、遠慮しないで千世さんが支えてあげなくちゃ」

「私が、ぼっちゃまを……」

「うん。たとえば、小五郎さんの好きなモノをプレゼントしてあげるとか。好物を作ってあげるとか」

 一花が大きく頷いて見せると、千世の瞳に意思が宿りだす。


「私が彼を支える……そうですね! 私、今から食材を買ってきます。今日は丁度、月に一度の市の日なので。村では取れないぼっちゃまがお好きな食材も手に入ります」

 持っていた箒も放り出し、千世は階段を駆け下りてゆく。

 吹っ切れたように微笑んだその顔は、なんだかキラキラしていてとても可愛らしかった。


「千世さんは、小五郎さんのことがお好きなのですねぇ」

 食材を買いに遠くなってゆく千世の背中をながめ昴がそう言う。

「へ~、そうなんだ」

 この試練を乗り越えられたら、自分にもそんな恋ができるのだろうか。


(でも、それって暁ちゃんが相手に? う~ん……どうがんばっても弟みたいにしか思えない)


「恋する乙女の背中を押してあげるなんて、一花さん優しいです」

 なんだか昴が見直した目で見てくれているけれど。

「そ、そんな純粋な目で見られると若干罪悪感が湧くというか……わたしは千世さんが出掛けてくれた方が都合が良いなと思って、買い物に行ってくれるよう仕向けただけだよ」


「へ? 仕向けた?」

「千世さんの情報によると、彼女が出掛けた今、お屋敷にいるのは千世さんのお母様と小五郎さんだけ」

「ま、まさか」

「そう、そのまさか! 今の隙に忍び込んじゃいましょう!」

「なんてことを」

 だって、こうでもしないと小五郎と会えなさそうだったので致し方ない。


「まあまあ、難しいことは考えないでささっと入ろう!」

 昴は渋い顔をしていたけれど、一花は悪びれることなく門に手を伸ばした。

 そうしたら、昴は諦めて付いてきてくれると分かっていたから。いつもみたいに。

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