第20話 お祭りの夜に
突然妖魔の件で、と聞き込みをしたりしたら村人たちに警戒されるかと思ったけれど、今日は年に一度の村のお祭り『龍神祭』らしく、昼間から催事場の広場は村人でごった返しており、さりげなく話を聞きやすい雰囲気でもあった。
「どうして暁斗が犯人だと決めつけてるのかって。なにをいまさら。そりゃおまえさん、小五郎が見たってんだから間違いないだろ」
「小五郎だけじゃねぇ。他にも村娘があいつの腕の中で灰になるのを見た奴だっている」
質問に返ってくる答えは大抵こんな感じで同じだった。
「あの夜どうして生贄を用意することになったかって。そりゃ、小五郎が言ったからさ。暁斗は恐ろしい妖魔だ。犠牲を少しでも減らすためにはそれしかないってな」
「小五郎さんがあの妖魔は生贄を欲しがってるって。言う事を聞かないと、恐ろしい仕打ちをされるかもしれないって。この村なんか一夜で吹っ飛ばされてしまうかもって聞いたわ」
聞いた話から察するに噂の発信元は、ほぼどれも小五郎だ。
これは彼に直接会って話を聞くのがいいだろう。
「いったん洞窟に戻ったら、暁ちゃんに小五郎さんのお家の場所を聞いてみよう」
「そうですね。どちらにしろ、もうすぐ日が暮れてしまいますし、小五郎さんに話を聞くのは明日にしましょう」
昴に言われて気が付けば、もうすっかりそんな時間になっていたようだ。
祭りは夜も続くようで、提灯などが用意されている。
出店には射的や輪投げなどを楽しむ小中学生ぐらいの子たちの姿もたくさんあった。
最近は妖魔事件で元気のなかった村の雰囲気も、今日ばかりは特別だと盛り上がっている。
(暁ちゃんも見た目はあの子たちとなにも変わらないのに……)
無実の罪を着せられ一人戦ってきた暁斗のことが浮かび、彼にもこんな日ぐらい嫌な事を忘れて笑顔になってほしいと思った。
「やっぱり、三人で一緒にくればよかったね。今日ぐらい……」
「ダメですよ。こんな日だからこそ、暁斗さんが姿を現したら大騒ぎになってしまいます」
そうしたら傷つくのは暁斗の方だ。
「そうだね。でもせめてお土産ぐらい……あっ」
その時、ふとある出店が一花の目に留まった。
◆◆◆◆◆
昼間に出かけたっきり、一花と昴は帰ってこない。
騒がしいのがいなくなって清々する。とか思いながら暁斗は何度も洞窟の入り口にチラチラと視線をやっていた。
すっかり日は暮れて外は真っ暗だ。
自分は夜に生きる妖魔のはずなのに、今はこの闇が少し嫌いだった。
夜になると特に思い出すから。清子の最後の姿を。
そして村娘たちが、灰になる姿も……襲われて初めて人々を灰にしていた妖魔が暁斗ではなかった事実を知って彼女たちは皆、最後にごめんなさいと悲痛の表情で謝罪をして消えてゆく。
それを見るたび、また救えなかったと無力感に襲われる……。
もし……もしも、次の犠牲者があの女だったら。唯一、自分を信じると真っ直ぐに目を見て答えてくれた彼女だったら……
想像すると失うことに恐怖を覚えている自分に気付き、暁斗は苦虫を噛み潰したような顔になる。
もう大切なモノなんて二度といらない、作らないと決めたのに。
失いたくないと願う存在なんて、欲しくないのに……いつの間にか、彼女に絆されている……
◆◆◆◆◆
洞窟に戻った頃には辺りは暗く、けれど入口に見える暁斗の作った鬼火の明かりを目印に一花は駆け出した。
「暁ちゃ~ん! ただいま!」
笑顔で暁斗の目の前に飛び込んだ勢いでハグしようと思ったのだが、すっと軽やかに避けられ空振りする。
(う~ん、まだご機嫌斜めなのかな)
そういえば昼間に機嫌が悪くなった暁斗をほっといたままだったと思い出したけれど、一花はこの後のとある事を思い浮かべ「ふっふっふ」と得意げな笑みを浮かべていた。
「なに、その不気味なニヤケ顔」
警戒心剥き出しの目で見られ、不気味はないでしょっとツッコミたくなったが、喧嘩はしたくないので華麗にスルーをして暁斗の手をぎゅっと掴んだ。
「なに?」
当たり前だが突然手を握られ暁斗は警戒する表情を浮かべている。
しかし一花はそんなことお構いなしでそのままぐいっと繋いだ手を引っ張ると駆け出した。
「なっ、なんなんだよ!?」
「いいから、来て来て」
村の方角へ連れて行かれているのを察し、このまま村に降りるのかと暁斗は思ったようだったが、一花は森を出るその手前の少し開けた木陰で足を止めた。
「あ、二人とも遅いですよー!」
人気のない特等席で「待ってました」と飛び跳ねる昴が、そこに用意されている三人分のラムネとお団子を見張って待っていてくれた。
暁斗はまだ状況が把握できていないようだったけれど、遠くの方からちょうど始まりの音が聞こえてきたので一花は空を指差す。
「見て、暁ちゃん。今日は村のお祭りの日だよ!」
「え……っ!」
暁斗が素直に夜空を見上げた瞬間、村で上げた打ち上げ花火が闇の中で花開く。
「……そうか、今日は龍神祭の日なのか」
ようやくそれを察した暁斗を特等席の大きな切り株に促し、二人と一羽は一花を真ん中に仲良く並んで腰を下ろし空を見上げる。
「綺麗だねぇ」
いいながら買っておいたラムネで乾杯した。昴は炭酸が飲めないというので、お団子を頬張っている。
「このラムネ、どうしたんだ?」
一文無しだと言っていた一花からのラムネを見て不審そうにしている暁斗に、盗んだんじゃないよと慌てて否定した。
このラムネは、暁斗になにかお土産を買って帰りたいと思った一花が、店主と交渉してちゃんと互いに納得のうえ物々交換で手に入れたものだ。
ちなみに、一花が店主に差し出したのは元の世界にいる時からポケットに入れっぱなしになっていた非常食のチョコレート。
ダメもとでこれと交換してもらえないかと言ってみたのだが、こんな高級なものもらっていいのかとなぜか大喜びで応じて貰えた。
(あの店主さん。よほどチョコレートが好きだったのかしら)
仲良くなった店主にこれから花火が打ちあがる事。そしてこの穴場を教えて貰ったのだ。毎年ここは花火を見るベストスポットとして人気だったらしいが、村はずれの森の中なので今年は例の事件のせいで人が寄りつかないという情報まで調べ済みだ。
「こんなにいい場所から花火を見れるなんて、わたしたち運がいいね」
なぜこの場所を独占できているかには触れず、一花は無邪気に笑った。
「本当ですねぇ。贅沢な気分です」
と同意しつつも昴は花より団子のようで、目の前の団子しか眼中にない様子だ。
暁斗はなにか思うところでもあるのか、次々と打ち上げられる花火をぼんやりと眺めている。
なにを思っているのか、その表情からは読み取れなかったけれど、どこか儚げで花火と一緒に消えてしまうんじゃないかというおかしな不安が一花の胸によぎった。
「っ、なに?」
気が付くと一花は暁斗の手をぎゅっと握りしめていた。
「……今日ぐらい、全部忘れて目の前の花火だけ楽しもうよ。わたしもそうするから」
難しい事はまた明日から考えればいい。たまには息抜きも必要のはずだ。
「…………」
暁斗はしばらくなにも言わず、また花火に視線を戻しぼんやりとそれを見上げていたけれど、やがてポツリと。
「……綺麗だな」
呟くようにそう言った。
「うん」
「……ありがとう。こんな夜も悪くないな」
「っ……うん!」
本当に本当に小さな独り言のような言葉だった。
けれど花火の音に打ち消されることなく、しっかりと一花の耳に届いた。
そしていつもと少し違う穏やかな彼の横顔を眺めながら、一花は心の中で願ったのだった。
(絶対に、あなたを死なせたりしない)
暁斗にとって今日だけじゃなく、毎日が穏やかな日々になる日が来ますように、と。
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