第19話 男心ってなんのことですか?

切り株に腰を下ろして朝食を取りながら、三人は今ある情報を整理する。

「つまり、暁ちゃんが悲鳴を聞いて現場に駆け付けると、すでに清子さんは倒れていたんだね」

「抱き起して事情を聞こうとした途端、その娘さんは灰になり、その現場を弟の小五郎さんに目撃され、暁斗さんがやったと最初の誤解が生まれたわけですね」

 暁斗が静かに頷く。


「その噂があっという間に村中に広まってこの有様だ。そのうち、オレが生贄を捧げろと言い出したって噂まで流れ出して」

 暁斗はそれでも村娘を襲う妖魔を捕まえようと一人動いていたと言う。

 けれどいつも遭遇するのは村娘が襲われた後で、事情を聞きだそうと抱き上げると灰になり、それを誰かに謀られているかのように目撃され誤解が深まってしまっているらしい。


「小五郎さんったら。事情を確認することもなく噂を広めるなんて」

「暁斗さんは今まで守ってきた村人たちに信じてもらえず、今や退治されそうになっているというのに、なぜこの村を離れようとしなかったのですか?」

「それは……悔しかったから」

 昴の疑問に暁斗はポツリと答えた。

「悔しい?」


「オレに罪を擦り付けて好き勝手してるヤツを野放しにしておくのは癪に障るし。清子の仇を取りたかった」

 その名を口にする暁斗は、彼女のことを思い出してなのか表情が曇っていた。いったいどんな女性だったのか。契約を交わしていたぐらいだ。おそらく信頼関係で固く結ばれていたのだろう。


 小五郎の姉だと思いながら想像すると、ガタイがよくでちょっぴりビビりで……あの夜の女装した彼のインパクトが強すぎて、一花も昴もそんな顔しか想像できず青ざめる。

「言っとくけど、小五郎とは性格も見た目もまったく似てないから」

 二人が想像している事を察したのか、暁斗が呆れた顔で一瞥してきた。


「じゃあ、どんな女性だったの?」

「誰よりもこの村の平穏を願ってるヤツ、だった。自分の手で大切な人たちの生活を守るんだって決めて、この村の三代目退魔師になったと言ってた。強いヤツだった。アイツだったから、オレは力を貸してやってもいいって思ったんだ。どうでもいいこんな田舎の村を守ってやっても良いって思わせるだけの力がある女だったから」

「素敵な人だったんだね」

 彼女を思い出し語る暁斗の表情を見れば、それが伝わってくる。

 暁斗は彼女をとても慕っていたのだと。


「それはまた。気の小さい小五郎さんとは真逆の女性だったのですねぇ」

 昴も人のこと言えないぐらいビビりのくせにとからかいたくなったが、一花は黙っておいてあげた。

 その代りまたリスみたいに頬を膨らませて木の実を食べるその頬を指で突いてやる。

 あうっと小さな声をあげて昴がこてんと倒れるのを見て、一花は可愛過ぎるときゅんきゅんしてしまった。

 そんな一花に暁斗が呆れた顔をしている気がしたけど、気付かないフリをしておく。



◆◆◆◆◆



「さあ、腹ごしらえも済ませたことだし、聞き込み調査を始めましょう!」

 立ち上がった一花を見上げ、暁斗と昴が同時に首を傾げる。

「お伽村の住人たちに話を聞きに行こう。だって色々おかしいと思わない?」

 暁斗はなにもやっていない。生贄を村人に要求したことすらない。

 それなのに、なぜ村人たちは小五郎の話を信じたとしても、生贄まで用意しようとしていたのか。

 これは調べる必要がある。


「というわけで、暁ちゃんはお留守番お願いね」

 一花が立ち上がると昴も当たり前のように一花の肩に止まる。

 ところが暁斗だけどこか不服そうにこちらを見ていた。


「なんでオレだけ留守番なの」

「だって今村に戻ったりしたら、危険でしょ」

「オマエだって色々危なっかしいから、一人だと危険だろ」

「大丈夫ですよ! 一花さんにはボクがついてるんですから!」

 肩の上で昴が胸を張って答える。

「ちゃんと情報収集してくるから、いい子にして待っててね」


 一人で留守番するのが寂しいのかと思い、一花は軽く暁斗の頭を撫でたのだが、さらに不機嫌な顔になった暁斗に手を払われてしまった。

「子供扱いするなよ」

 ムキになった顔をして、上目遣いで睨んでくる。美少年にそんな表情されると……。

「か、可愛い!」

「うわっ」


 思わずむぎゅ~っと抱きしめて頭をわしゃわしゃ撫でると、されるがままになりながらも暁斗は不満の滲む表情をしている。

「心配しなくても大丈夫だよ。なにかあっても昴ちゃんがいるし。暁ちゃんはなにも心配しないで洞窟で待ってて」

「昴がいれば安心なんだ。オレじゃ頼りないのかよ……」

「え?」

「もういい。勝手にすれば……バカ」

「暁ちゃん?」

 不貞腐れた顔で一花を押し離すと、暁斗は一人洞窟へ入ってゆく。


「一花さんったら、男心を分かってないですねぇ~」

「なんのこと?」

「いいんですか。仲直りしなくて」

 仲直りって、別に喧嘩をしたつもりはないけど。


「でもっ――」

 突然キーーンと耳を劈くような耳鳴りの後、激しい眩暈に襲われて一花はその場に蹲ってしまった。


(ああ、まただ)

 過去に来てからの記憶がぐちゃぐちゃに頭の中で再生されてゆく。

 苦痛で目を瞑ると瞼の裏に記憶の欠片たちが渦を巻いて映りこんできた。

(やだ、気持ち悪い。なにも考えられなくなってくる……)


「どどど、どうしましたか!?」

 昴がなにか言っているけれど、それに答えられる余裕などなくて、思考すら上手くまとまらないまま一花は地面に倒れる。

「一花さん!?」

 (だめ。このままじゃ……)

 意識が途切れそうになるのをなんとか堪えて、立ち上がる。


「だい、じょうぶ。ちょっと立ちくらみしただけ。たぶん貧血だから」

「顔色が真っ青です……本当に、それは貧血の症状なのですか?」

 それ以外なにがあるのと一花は笑ってみせた。

 嫌な汗が額から流れる。一瞬記憶が抜け落ち、自分がなぜここにいるのか分からないような感覚になっていた。

 これは昴が前に言っていた過去へ無理矢理飛んできた後遺症が出てきたのかもしれない。


(なら……急がなくちゃ。わたしの記憶が完全に壊れちゃう前に)


「一花さん、あなたもしかして」

「本当に大丈夫だよ。それより、早くお伽村に聞き込み行こう!」

 もう自分に残された時間は少ないのかもしれない。

 そう思ったら立ち止まっている暇などない。

「あ、一花さん。待ってください~」

 心配そうに肩に乗る昴と共に、一花はお伽村へ足早に向かったのだった。

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