第9話 王子様の悪評

「ここが、その妖魔の現れる場所ね」

 そこは一花の時代でも、村の祭りなどでは賑わうと聞く憩いの広場だった。

 村の隅っこにある森林に囲まれた円形の広場。


「今までどこに行っていたのじゃ、小五郎!」

「ババさま。オラ、やっぱり生贄なんて無理だ」

「まだそんなことを言っておるのか。む、そちらの女子は?」


 小五郎にババさまと呼ばれた白髪をお団子に束ね杖をついた年配の女性が、広場で待っていた数人の村人の輪から離れこちらへやってくる。

 この中では一番のご長寿のようで、他の村人からも一目置かれているのか、小声で話し合っていた村人たちの声もピタリと止んだ。みな逃げ出した小五郎とその後ろにいる一花に好奇や警戒の視線を向けてくる。


「こちらの方は一花さんと言って、遠い所からはるばるここお伽村にきてくださった旅人なんだ」

 一花は説明を小五郎に任せ、大人しくババさまと村人に会釈する。

「この方が、自分を生贄にしてくれと名乗り出てくれて」

 この小五郎の一言で一気に村人たちがざわめきだした。


「それはどういうことだ、小五郎!」

「そうだ、よそ様を巻き込むな。この役立たず!」

「そ、そんなぁ」

 村人たちの非難めいた言葉と眼差しに、小五郎は大きな身体を丸める。

「待ってください。小五郎さんは悪くありません。彼の言う通り、わたしが自分で生贄になると立候補したんです」

 気弱に口ごもる小五郎がなんだか不憫に思え、一花は大きな彼を庇うように小五郎の前に立って村人たちにそう告げた。


「お嬢さん、どういうおつもりじゃ?」

 ババさまが村人を代表し、一花の前に立つ。その表情は怪訝なものだ。

「ただの人助けのつもりです。わたし、こうみえて退魔師で、化け物退治も朝飯前です!」

 もちろんそんな経験ないが、少し罪悪感を覚えながらも、ここは全て任せてもらうためにそう丸め込むことにした。


「退魔師、ほう」

 ババさまは威厳のある瞳を細め、一花を値踏みするように上から下まで観察してくる。

「その肩にのっている白い生き物は?」

「これは……昴ちゃんはわたしの使い魔です。可愛い面して熊よりも怪力な妖魔です。化け物退治はわたしたちにお任せください」

 うそです。昴ちゃんは天使です。心の中でそう謝罪しながらも、もう後には引けないのでそういう設定にさせてもらう。


「す、昴さん、真の正体は妖魔だったのかい!?」

 小五郎が驚きの声をあげ、昴は咄嗟に首を横にふりかけていたが、一花の無言の圧力により石の様に固まり否定をやめた。


「なんだか分からんが、小五郎よりは頼もしさを感じる」

「ああ、自ら生贄に名乗り出たうえ、こんなに堂々としていられるなんて」

「ババさま、どうだろう。この方に任せてみては」

 村人たちが期待の眼差しを向けてくる。

 ババさまはまだ一花を信用しきってはいない様子だったが、小さく息を吐いてから一花にこの村を脅かす妖魔のことを話してくれた。


「妖魔の名は暁斗あきと。奴は少し前までこの村を守っていてくれた退魔師の相棒として、人側に付いていた妖魔だった」

 だがある日、彼は契約を交わしていた退魔師を灰にして以来、無差別に次々と娘たちを襲って同じく灰にしているという。

「それはまた、酷い話ですね……」

 他人事じゃない一花も、複雑な気持ちになった。


「ひどいなんてもんじゃない、あの妖魔! あいつは凶悪だ。オラの、オラの姉さんを」

 ずっともじもじと一花の後ろに隠れていた小五郎が、グッと握りこぶしで声を震わせ前に出る。

 聞けば妖魔が最初に灰にした退魔師というのは、清子きよこという娘で小五郎の唯一の肉親だったらしい。


「そのあと、わしの娘をあの妖魔はっ」

「その後に狙われたのは、おいらの一人娘だ」

 次から次へと嘆く村人たちの声。

 聞けば聞くほどその妖魔、暁斗とやらはやりたい放題、最悪最低だ。


(そんな凶悪な相手が運命の王子様だなんて……わたし、男運なさすぎじゃない?)


 勇のほうがさすがに妖魔よりはマシなんじゃないだろうかと思ったりもしたが、すぐにその気持ちを却下する。

 だって運命の王子様に助けてもらわなければ、一花は死んでしまうのだ。

 相手の人格とか気にしてられない。

(このさい命を助けてくれるなら、悪人だってしょうがない……と思うしかない)


「わたしが来たからには安心してください。その妖魔、必ず手懐けてみせます」

 気合を入れて腕まくりをする一花に、おぉっと村人たちの歓声。

 ババさまは苦い顔、というより一花を心配そうに眺めていたけれど……その時。


 木々が不気味な強風に煽られ、ざわざわと音を立ててしなりだす。

 くっきりと漆黒の空に浮かんでいた月も、薄雲に覆われ朧に。

 村人たちは恐怖に顔を引き攣らせ、散り散りになる。


「くるぞ、奴が来るぞ!」

「ひぃぃぃ、お助け下せぇ」

「うわぁぁ、本当に来るなんて~っ! ババさま逃げよう!?」

 小五郎に連れられその場を離れてゆくババさまは、それでもなおこちらを無言で見つめているので、一花は深く頷いて視線に答えた。

 任せてください。そう伝えたつもりだ。


(来る。ついに、わたしの運命の王子様が)


 ごくりと唾を呑み込んだ一花の右肩には、震えあがる昴だけ。

「二人きりになっちゃったね。覚悟はいい、昴ちゃん」

「だだだ、だめです、だめです。ビビッてますぅぅ」


 ここは嘘でも任せとけ的な台詞を返してほしかったけれど、まあ仕方ない。

 一花だって余裕ぶってはいるけれど、先程から心臓は早鐘のように鳴るし喉だってカラカラだ。

 でも飛び出しそうなほど暴れる心臓を胸に手を当てなだめ、目を閉じ深呼吸をした。


 やるしかない。ここで喰われるかもしれない。でも、元の世界に戻っても今の状況では一花に未来はない。

 ならばやるだけのことはやっておきたいと思うから。


「――こんな夜に、女が一人でなにしてるんだ?」


(来た!)


 後ろから聞こえてきた声音に肩を竦める。昴もつられて縮こまる。

 砂利と草を踏み鳴らし、コチラに近づいてくる一つの足音。

 一花はゆっくりと心が急くのを押え、音のする後ろへと振り返った。

 色んな意味で緊張した。不謹慎だと言われても、少しは自分の王子様への期待も入り混じる。

 だが振り向いた瞬間


「あなた、が……?」


 目に飛び込んできた彼の姿に一花は瞬きをした。

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