第8話 その生贄、立候補します!

「趣味じゃないのなら、そのふざけた格好はなんのために?」

 どこから走ってきたのか息の荒かった男も、だいぶ落ち着き取り戻したところで一花は素朴な疑問を投げかけてみた。

 趣味とか本気と言われてしまえばもうなにも言えないが、好きでもないのにこんなクオリティーの低い女装をしている理由が気になる。


「それは、あれさ、あれだよ!」

 一花と昴は顔を見合わせ首を傾けた。

「あんたらもこの村にいるなら知ってるだろう。今日はあの妖魔に生贄を捧げる日だって」

 妖魔。その言葉に一花は喰いつき、男の汗で剥がれかけた化粧の気色悪さも忘れ、ずいっと身を乗り出す。


「それってこの村を脅かしてる、とっても困った男の妖魔のこと?」

「そんなこと今更確認しなくても、このお伽村を困らせている化け物ったら、あいつしかいないだろう」

 きっとこの男が言っている妖魔そこ、自分の運命の相手に違いないと確信した。

 昴も話が呑み込めたのか、男の女装に怯え震えながら状況を整理する。


「つ、つまり、まさかとは思いますが、今日の生贄はあなたなのですか?」

「そうだ、そうなんだぁ。オラが女装させられてるのも、そういう事情からで」

 男は唸りながら、わしゃわしゃと頭を掻き毟り苦悩している。


「無理があると思うけど。いくらなんでも、その女装じゃ……」

「そんなの、オラだって承知のうえさ! 無理だって村の連中にも訴えたさ! ただ、これでもオラ、村でたった一人の退魔師だから。正確には退魔師の訓練を受けただけの自称退魔師的なものだけど。これ以上、村の娘たちに被害を出さないようにって村人たちに言いつけられてっ。生贄ならオマエがなれって、くっそーこんな予定じゃ……」

「退魔師……」

 まさかこの男が後にお伽村の勇者となる勇のご先祖様だろうか。


 だが男にはまったく勇敢な素振りがなく、大きな身体に似合わない気の小さい素振りで猫背に丸まり、地面をぐるぐる指でなぞりながらもごもごと説明を続けた。

「でも土壇場でやっぱり怖くなって。というか、いくらなんでもこの女装で騙される程、あの妖魔はバカじゃないよなぁとか、思ったり」

「そうだね、それは正しい判断だと思う」

「それでイケると本気で思ったなら、村人さんたちに疑問を感じますね」

 一花と昴は、うんうんと揃えるように深く頷く。


「ああ、オラどうしたらいいんだ。退魔師としての役目をはたさねぇと、もう村にはいさせてもらえないって言われて。他に行く当てもないし。でも、生贄なんて。まさかこんなお役目がくるなんて」

 苦悩する男はウジウジと地面を指で突っつく。


 身体も大きくて力もありそうなのに、見かけ倒しの気弱な性格のようだ。この男が自分の王子様を退治し、村に平和をもたらす勇者になるなんて一花には信じがたい。

 勇とは性格も見た目もまったく似ていないように見えるが、とにかく妖魔を倒してしまいそうな要因は、一人も運命の王子様に近づけてはいけないと思った。

 それに、これは一花にとっては好機でもある。


「はい! じゃあ、わたしが生贄になります!」

「へ?」

 挙手する一花にぽかんと開いた口が塞がらないのか、男は大きな口を開けたまま固まっている。


「わたし、その妖魔に攫われる役に立候補します!」

「そ、そんなことして、あんた灰にされてもいいってのかい?」

「まさか。もう女の子たちを灰にして村を困らせるのをやめてもらうの」

「そそ、そんなすごいこと、あんたみたいに可憐な娘さんにできるわけ……」

「任せてください!」

 少しも怯えた素振りをみせない一花に、男は尊敬の眼差しを向けてくる。


「ちなみに、妖魔をちゃんと更生させたら、その妖魔を退治する話をなかったことにしてもらえませんか?」

「え? でも、そんなこと」

「そうしたら、更生させた手柄、全部あなたのものにしていいですよ」


 男は最初唸っていたが、自分にとって都合の良すぎる取引に惹かれたのか、深く追求することなく頷いた。

「本当に、全部オラの手柄に?」

「はい、約束です。あなたが解決したことにしていいです」

「じゃ、じゃあ、お願いしようかなぁ」

 少し後ろめたさを感じているのか居心地悪そうにぽりぽりと頬を掻きながら男が頷く。


「交渉成立」

 一花はそんな男の手を掴み、思い切り振って握手を交わした。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。わたしは、一花。こちらの可愛い子は昴ちゃん」

「オ、オラは小五郎こごろう

「小五郎さん、改めてよろしくね」

「あの、ところで今さらだけど、あんたたちどこから来たんだ? よくみると見かけない顔だ。服装だって、村の娘は着物姿が多いのに随分とハイカラな格好をして……今流行のモダンガールってやつかい? というか、その白いヒヨコ(?)なんでしゃべれるんだ?」


 本当に今さらだ。今さらすぎるけれど、本当のことを説明するわけにはいかない。

「わたしは、この村のずっとずっと遠くから来た流浪の女旅人です。わたしの生まれ故郷では、ヒヨコは白くてニワトリが黄色くて、しゃべるのは常識!」

「えぇ!? せ、世界はやっぱり広いんだなぁ」

 よかった。扱いやすい性格だ。一花は内心ホッとした。


「さあ、自己紹介も済んだことだし。もたもたしてる暇はないね。さっそく妖魔が現れる場所へレッツゴー!」

 一花は握りこぶしを掲げると、とりあえず小五郎が逃げてきた方向へ歩き出す。

「そんな軽いノリで、遊びじゃないんだぞ」

「分かってます(こっちは命がけなので)」

 キリッとした顔で迷いなくそう答えた一花に小五郎は目を丸くする。


「こ、怖くないのかい、これからあんたは攫われるのに」

 すでに走り出す一花は、なかなか動こうとしない小五郎に振り返る。

「怖くても……女には、やらなきゃいけない時があるの。迷ってる暇はありません!」

 自分の命が掛かっているのだ。立ち止まって怯えている暇はない。

「あんた、そんな華奢で可憐な容姿をしているくせに、中身は随分と男前だなぁ。よし、オラあんたに付いてくぞ!」

「ぼ、ぼくだって一番に一花さんに付いて行きます!」

 勇ましく駆け出した一花の背を追うように、大柄な青年とヒヨコ姿の天使が後に続いたのだった。

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