第7話 その女装は、趣味ですか本気ですか?
「お伽村の妖魔と言ったらひとつ有名な昔話があったのですが、一花さんご存知ですか?」
もうなにも考えたくないし、しばらく心の休息がほしかった。けれど、自分が動かなければ、この先に待っているのは死のみ。投げ出すわけにはいかないので、気を取り直して昴の話に耳を傾ける。
「その昔話とやらを、詳しく教えてほしいです」
「はい! 僭越ながら、語らせていただきます!」
昔々、龍神の加護を受け平穏だったお伽村。しかしある時、龍神を怒らせ加護をなくしてしまった村には、村娘を生贄に要求する困った妖魔が住み着いたそうだ。
捧げられた娘たちは精気を吸い取られ灰にされてしまうので、皆それに怯え暮らしていた。そんなある日、勇敢な青年がお伽村に現れ、妖魔を退治し、村に再び平和が訪れる。
村人たちはその勇者に感謝し、村がこれからも平和でいられるよう、この地に留まってほしいと豪邸と広大な土地を捧げた。
龍神の加護の代わりに勇者の家系に守られるようになり、村は平穏を取り戻したのだった。
「めでたし、めでたし、です」
「あー、その話!」
今更ながら聞いたことがあると思い出す。初めて村長に聞かされた時は、単なる言い伝えかと思って心に留めてもいなかったのだが。
「その勇敢な青年の子孫が勇さんだって聞いた覚えがあったけれど……まさか」
思い返した言い伝えをもう一度頭の中で整理して、嫌な予感に冷や汗がでてくる。
「わたしの王子様って……」
「そうです。100%とは言い切れませんが、その退治された悪い妖魔だと思いませんか?」
「なんてこったぁ」
ショックのあまり、普段なら使わない言葉遣いが飛び出した。
「つまりわたしはこれから勇者様をボコボコにして、悪い妖魔を救出しなくちゃならないってこと!?」
よりによってこの村を脅かしている妖魔を。
「ボコボコにはしなくて良い気もしますが……場合によって、敵対してしまいますかねぇ。村にとっては困った存在でも、一花さんにとっては運命のお相手ですし……どうします?」
「そんなの……」
そんなことをしたら苦しむ人が増えてしまうかもしれない。もとの時代に戻った時、あの平穏な村は変わり果てているかもしれない。
「村の人を苦しめる元凶を助けるなんて、わたしには……」
「一花さん……」
一瞬、さまざまな思いがよぎったが頭を横に振ってすべて払いのける。
「そんなこと出来ないよ……って、一時間前のわたしなら言ってたかもしれないけど、今はそんなこと気にしてられないので、さっそくその妖魔を助けに行きます!」
「えぇー!?」
少しの躊躇もないのかと言いたげな昴の眼差しは気付かないフリをして、一花はススキ野原をずんずんと力強く歩き出した。
本当はなんとも思わないわけない。でも……
(悪人を助けるなんて、間違ってるかも……とか深く考えちゃだめ。全部自分で解決して、お兄ちゃんの待ってるお家に帰るって決めたんだから……)
◆◆◆◆◆
「う~ん、でも当てもなくその妖魔さんを探しても会える保証なんてないよね。どこに行けばいるのかな」
「ぼくもそこまでは……。ごめんなさい、中途半端な力しかないぼくじゃ、お役に立てなくて」
「そんなことないよ。わたしのわがままを叶えて過去まで連れて来てくれたのは昴ちゃんでしょ。それだけでも十分感謝してるよ。ありがとう」
「い、一花しゃぁん!」
「わぁっ!」
「ぼくぼく、少しでもあなたのお役に立てたなら本望ですぅ。だって、だって、ぼくっ」
昴が緊張の糸が切れたようにスカイブルーの瞳から大粒の涙を流し一花の胸に飛び込んできた。その時だった。
「いやぁあぁあぁぁあぁぁっ!?」
ドスンドスンと空気の読めない足音を鳴らし、烏の濡れ羽色した髪を一本に結った大男が砂埃を巻き上げながら、イノシシの如くこちらに突進してくるのが見える。
「な、なにあれ」
そして近づいてくればくるほどに、異様な彼の格好に一花たちは釘づけだった。
だっておかしい。体格は森にすむ大きなクマさん程もありそうで、純白のドレスの裾から見える腕や前がはだけて見える足は筋肉隆々とまではいかなくとも適度に引き締まった男の身体をしている。
そう走ってくるのはどう見ても男だ。けれど服装は純白のドレス。女物なのだ。
なにがあったか知らないが悲壮感漂う表情で奇声を発している。顔立ちは、きりっとした眉が男らしいのに……お化けみたいに白塗りの化粧を施され、薄い唇に紅が差されている。ただ顔立ちはあくまでも男らしい。
それがとてもアンバランスで不気味だった。
「変質者だね」
一花が呟く。
「変質者です」
昴も呟いた。
その光景にドン引きした二人は身動きも取れぬまま、その謎の男が全力で走り目の前で思いっきり躓いて転ぶところまでを一部始終黙って見ていた。
「いったた……はっ、なにか?」
今更目の前にいる一花たちが、自分に注目して立ち尽くしていることに気付いたようで、地面に膝を着いた男は、髪やドレスにススキをくっつけたまま、警戒の眼差しでこちらを見上げている。
今、一花が彼に聞きたい事はただ一つ。そして、それは昴も同じだったのだろう。
三人の間を暫しの沈黙が支配した後、一花と昴の声が揃った。
「「で……その女装は、趣味ですか、本気ですか?」」
生暖かい二人の眼差しを一身に受け、男はヒヨコみたいな昴がしゃべったとか、そんなことに驚く前に心が折れたようで、分厚い肩をわなわなと震わせ叫んだのだった。
「こんな格好、誰が好き好んでするかー!!」
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