第6話 わたしの王子様って人間じゃないんですか?
紫のマーブル模様の渦巻きに呑み込まれた一花は、逸れぬようぎゅっと昴を抱きしめたまま光の荒波を乗り越え、しばらくするとぽ~んっと出口に放り出された。
「こ、ここは?」
「すす、すみません。ぼくの力不足で……到着点が空中になってしまったみたいですぅ」
「ほえぇえぇえぇっ!?」
過去の世界に到着し、まず一番に目に飛び込んできたのは満天の星空だった。
ただ地面は遥か下にある。そしてもちろん空なんて飛べない一花は、真っ逆さまに地面へ。
「昴ちゃん、助けて!?」
「ふぬぬぬぬぬぬっ!!」
昴はなんとかしようと一花の服の襟を小さな嘴で咥え、小さな小さな羽でパタパタと足掻き飛ぼうとしてくれた様子だけれど。
「ごめんなさい、重くて一緒にとべませ~ん」
「そこをなんとかぁ~」
一花の叫び声が宵闇の世界に響き渡った。昴はぜいぜいと息を切らせながら、自分だけ宙に浮いている。
せっかく過去に来たのに、いきなり地面に叩きつけられぺしゃんこなんてオチ、笑えないにもほどがある。
薄暗い田舎の田んぼ道が、どんどん迫ってくるなか、一花は地面に叩き付けられる衝撃をかわす術も思いつかぬまま、ただぐっと目を瞑って恐怖に耐えた。
複雑骨折は免れないかもしれない。それでも執念で生き残ってみせる。王子様を助けるために!!
ぼすっ
「?????」
意外とソフトな落下音と想像の半分以下だった衝撃を疑問に思いながら恐る恐る瞳を開くと。
「いてて」
誰かが一花の下で唸り声をあげている。
見下ろすと自分の下敷きになっている青年と、ばっちり視線がぶつかって。
「…………」
「…………」
「きゃあ!?」
しばし無言で見つめあった後、一花は悲鳴をあげ猫みたいにその青年の上から飛び退いた。
だってその青年の顔、見覚えが大有りだったから。
「い、勇、さん……?」
「勇? いえ、ボクは
青年は自分の名を勇ではなく雅と言うが、一花は疑り深く彼を見つめてしまう。
ミルクキャラメルみたいな優しい髪色に琥珀色の瞳、爽やかな春風みたいな微笑。すらっと手足の長い体躯。どこをとってももろ勇。そっくりすぎる。
「でも、名前は雅さん?」
よくみると違う部分も確かにある。名前の他にも髪の長さ。長髪を後ろで低く一本に結っているのは、一花の知っている勇とは違う。
急に髪がここまで伸びるのは考えられない。
それから服も和装でまるで旅人のようだし。
「可憐なお嬢さん。あなたのお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「……一花、です」
「一花……そうですか。花のように愛らしい貴女にぴったりの名ですね」
「そ、そんな恐縮です」
勇ではない、けれど似すぎている青年が、一歩、二歩、近づいてくる。
一花は反射的に背筋を粟立たせ後退する。
なんだこのデジャブみたいな状況は、と思った。
「お嬢さん、そんなに警戒しないで」
「そそ、そう言われましても」
本当に別人?
もしかして過去まで執念深く、くっついてきたうえ別人だとしらばっくれているのではないだろうか。勇ならやりかねない。
「ええっと……わたし、ちょっと急用が。王子様を探さなければならないので」
「王子様?」
雅はきょとんと首を傾げた。
「とにかく大忙しなのでさようなら!」
一花はその隙に一目散に走り出す。
「え、あっ、お待ちください。お嬢さん!」
そんな呼びかけに立ち止まるわけもなく、一花は逃げ続けたのだった。
◆◆◆◆◆
「はぁ、はぁ」
ここまで逃げてくれば大丈夫だろうか。
必死に走った一花が足を止めたのは、薄暗いススキ野原の中だった。
「なんだか、ずいぶん大昔にきちゃったみたい」
過去とはいえせいぜい数年前だと思っていたのだけれど、走りながら視界に入ってきた風景を思い返すと、もっとずっと大昔にきてしまった気がする。
まるで学生時代教科書で見た大正時代あたりの雰囲気が漂っているが、まさか……。
「そりゃあ大昔ですよぉ。なにせここは、百年ぐらい前のお伽村ですから」
昴が申し訳なさそうに、弱気な声と共に星の瞬く空から落ちてきた。
先程落下する一花を助けられなかったことを気にして、ビクビクしながらの登場だったが、一花はもうそんなこと忘れている。
「百年ぐらい前!?」
「はい」
「ちょっと待って。わたし、王子様がわたしと出会う前に死んじゃうのを阻止するために、過去にきたかったのに」
「はい、承知のうえです」
「全然意味がわからないよ」
「け、決して、ぼくは間違えであなたをこの過去に飛ばしたわけじゃないですよ!」
間違いじゃなくて百年も前に?
「つまり、わたしの王子様は……わたしと出会う時には百歳越えのおじいちゃん?」
愛があれば歳の差なんてという言葉はよく聞くが、さすがに百歳以上の歳の差を乗り越え、そのおじいさんと恋に落ちる自信が持てない。
「いえいえ、一花さんの運命の人は、その……一花さんが想像しているのとは、ちょっぴり違うと思います」
「どういう意味?」
「つ、つまりですね、ぼくが予想するあなたの運命の王子様は、人間じゃない可能性が高いかと」
「に、人間とは違うって、なに?」
一花はますます困惑してきた。だって、人間じゃないって。嫌な予感しかしないのですが。
「おそらく、妖魔というやつですよ」
「よ、妖魔!?」
はるばる時空を越えて助けに来た王子様が妖魔だったなんて。
歳が近くて優しくて一緒にいると安らぐような、そんな相手を夢見ていたけれど。
「そ、そんな……」
目が三つあって角が生えていて、毛むくじゃらで言葉の通じない化け物だったらどうしよう。
まだ人間であるだけ勇の方がマシなんじゃないかとすら思えてしまって、一花はふらりと眩暈がした。
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