第5話 過去へ旅立ちます
「…………っ」
「一花さん、ごご、ごめんなさい」
俯き肩を震わせる一花を見て、昴は自分の言葉で泣かせてしまったのだと責任を感じたようだった。
「ぼくが余計なことをしゃべったから、ですよね。ぼくが、本当はあなたは助かる運命だったなんて知らせなければっ」
すりすりと小さな柔らかい体を一花の頬に摺り寄せ、慰めようとしてくれる。
「ぼくホントは今日、あなたが運命の王子様と出会う瞬間を陰ながら祝福するつもりで来て、でも運命の狂いがみえたもので、どうしてもほうっておけなくて」
「っ……」
「一花さん……泣かないで」
「……泣いてません」
「ひえ!?」
泣いているのだと思い込んでいた一花が突然顔を上げたので、昴は悲鳴を上げて驚き宙を転がる。
「さすがに泣きたい気持ちにはなったけど、よく考えたら泣いてる場合じゃない」
「た、逞しい精神力デス……」
涙の一つも流さず毅然とした顔つきになった一花に昴は驚いているようだったけれど。
「だって、ここでしくしく泣いてたって誰も助けにきてくれないんでしょ」
「は、はいぃ」
昴が申し訳なさそうに小さくうなずく。
「なら、自分でどうにかする方法を考えなくちゃ。お兄ちゃんを一人残していけないよ」
「こんな時に人の心配してる場合ですか」
「だって、わたしのお兄ちゃん生活力皆無なんです! よくわからない魔法陣や術式の研究始めたら食事するのも忘れちゃうし。ぼーっと歩くからよく電柱に激突するし、この前なんて!」
「あ、あのあの、一花さん、落ち着いてください」
「でも……頼りないけど誰よりもわたしのこと大切にしてくれる優しいお兄ちゃんなの」
「一花さん……」
「だから、わたし……つらい時も泣きたい時も我慢して、がんばってせめてお兄ちゃんとの平穏な生活だけは、守らなきゃってっ思ってたのに……わたし、このままじゃお兄ちゃんを独りぼっちにさせちゃう。今日だって、本当はいやだったのに。お兄ちゃんとの生活を守るためだけに我慢してお見合いして、その結果がこれなんだ」
童話のお姫様なら、最後には王子様が迎えに来て幸せにしてくれるのかもしれない。
さすがにもういい歳して本気で自分がお姫様になれると信じてるわけじゃないけど。でも、いい子にしていれば、つらい経験も報われて幸せに暮らせると信じて、自分にそう言い聞かせてきたのに。
「こんな人生の終わり方、絶対にいや!」
静止したままの世界で高らかにそう宣言すると、一花は昴の方を向き、絹糸のように艶やかで繊細な羽毛に包まれた身体を、がしっと両手で掴み引き寄せる。
「ひぃっ!?」
昴は喰われるんじゃないかと、尋常じゃない震え方をしているがお構いなしだ。
「ねえ、昴ちゃん」
「な、なんでございまするか!?」
「こうして今、時間を止めてくれたのって、あなたの力だよね?」
「はいぃぃ!! そうでございます。でも、ぼくだけの力ではなくって、一花さんの髪飾り、それに神通力を増幅させる力があるようでしたので、か、勝手ながら一片使わせていただきまして、急遽時間を止めさせていただいた次第でございましゅっ」
「髪飾り……ああ」
国彰に貰ったそれを手に取ると、確かに三つの白い花弁が減って残り二つになっていた。
得体のしれない兄の研究の賜物は、力のある者が使えば本当に役に立つ代物だったらしい。
「……じゃあ、あと二回使えるよね」
「で、でもでも、ぼくの力なんて微々たるものなのでぇ、あなたの運命を変えることはできないのです。やはりこの静止時間中に移動しても力が解ければ元の位置に戻され……ヒカレマス」
「わたし……そんなの、やだ」
一花は両手で包み込んだ昴を掴む手の力を少しばかり強めた。
「ぶ、一花しゃん、く、苦しっ」
「時間を操れる力があるなら、過去や未来に飛べたりもできるんじゃない?」
「そ、そうですね。その髪飾りを使えばおそらく。ただ、時間を越える術というのは、制約も厳しく万能でもなくて……あの、なにを企んで?」
「企んでなんていないよ。ただ、昴ちゃんにお願いがあるの」
「……なんだか、とぉっても嫌な予感がするのですがぁ」
「わたしを、過去に連れてって!」
「過去ぉ!?」
「そう! わたしの運命の王子様がいる過去に!」
「あなた、まさか」
「運命の王子様が助けに来てくれないなら、わたしがその人を助けに行きます。もう一度、生まれた時に与えられた運命を取り戻すために!」
「えぇー!? 正気ですか」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「しかし、ぼくみたいなぺーぺーがそれをするのは違反行為でぇ」
「お願いします、天使さま」
「うぅ……本気、なんですね?」
一花の熱意が伝わったのか、昴は「わかりました」とつぶやいたが、やはりまだ迷っているのか、もごもごと戸惑ってなかなか行動を起こそうとしてくれない。
「あのぅ……」
そして何かを言いづらそうにしながら、じっと一花を見つめてきた。
「あなたは今から本来自分がいるべきではない時代で行動を起こすことになります」
「うん」
「人の身でそんなことしたら……命の保証はできません。本当にいいのですか?」
「うん」
「え!?」
あまりにもあっさり返事をするものだから昴は耳を疑っていたが、やはり一花に迷いは無かった。
「だって、どうせこのままじゃ死んじゃうんだよ。それなら一か八かに掛けてみたいの」
「け、けれど、どんなふうにあなたに影響が及ぶか分かりませんよ。命とは限らず、心が壊れたり記憶喪失になったり、なにが起こるか」
「それでも、なにもしないで死ぬよりはマシだから」
「そう、ですか。それがあなたの願いなら……そうですね。今度こそ、行きますか」
あまりにも真っ直ぐな一花の視線にやられたのか、昴もついに覚悟を決めてくれたようだった。
「ああ、違反行為をするぼくをお許しください、それ!」
そうして一花は運命を取り戻すべく、昴の力を借り過去の世界へ向かったのだった。
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