第4話 王子様じゃなくて天使さまの出現
「な、なぜでしょうぅ。お、おかしいですねぇぇ。王子様が現れない……これは、もしや」
「……え?」
耳ともで聞こえてきた少し震える臆病そうな声に、一花は瞑っていた目を開く。
目の前にはあと数センチで接触するトラックが静止していた。
遠くの方でこちらに手を伸ばし、なにかを叫ぼうとしたまま固まる勇が石像みたいになっている。
いつの間にか辺りがモノクロに染まり、静止した世界が広がっていた。
まるで時が止まったかのように。
その中で一花と臆病そうな声の主だけが、色を持ったまま動けるようだ。
「あの、どちら様ですか?」
臆病そうな声の主へ、一花は戸惑いながら声を掛ける。その戸惑いはこの状況に関してももちろんだったが、声の主が人ですらなかったことも大きかった。
ふわふわと雲みたいに真っ白なヒヨコ(?)が、やはり声の通りプルプルと遠慮がちに震えながら一花の目の前に浮かんでいるのだ。
頭の中が疑問符と混乱でいっぱいになる。
「お、恐れ入りマス。ぼく、ぼくは……見習い天使の
「天使さま?」
天使といえば人間のような容姿と白い羽を持つ天からの使い。実際に人を襲う化け物の妖魔とは違い、信仰の対象とされていてこんな風に会える存在ではないはずだが。
しかし目の前に確かに存在しているそれは、震えるヒヨコ姿の見習い天使(自称)だ。
「ちなみに……見習いが取れたらヒヨコからニワトリに進化したりするんですか?」
一花の素朴な疑問に、自称天使はつぶらなスカイブルーの瞳を潤ませ、申し訳なさそうに小さな小さな身体を震わせる。
「ごご、ご期待に副えずごめんなさいぃ。残念ながら、ニワトリには進化できないんです。なにせぼく、天使なもので、人型になったり大きくなったりするだけなんですぅ。なんの面白みもなくて申し訳ないですぅぅ」
自称天使はよほど小心者なのか、ごめんなさい、ごめんなさいと大げさに謝り倒すものだから、一花までなんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「いえいえいえ、わたしが余計な質問をしたばっかりに、申し訳ないです。どうか落ち着いてください。別にあなたがニワトリにならないからって、怒ったり焼き鳥にしようなんて考えてませんし」
「ややや、焼き鳥~!? いやぁっ、火炙りの刑ですかぁ。せせせ、せめて間にネギを挟んでネギ間にしてはいただけないでしょうかぁぁ!?」
「いやいやいや……ていうか、今はそんな話してる場合ではなくて」
昴はバタバタと宙に舞い怯えるので、どうにか落ち着かせる言葉を探そうとがんばってみたが、一花も混乱しているため一向に話が進まない。
なんで突然世界の時間が止まったのか。この状況はなんなのか、確認しなくてはと思うのに。
一花は一呼吸して、気持ちをいくらか落ち着かせると改めて口を開いた。
「あの、昴ちゃん……って呼んでもいいですか?」
「はいぃぃぃっ、どうぞお好きなようにぃ」
「じゃあ、昴ちゃん。わたし、このまま死んでしまう運命なのかな? だから昴ちゃんはわたしをお迎えに来た天使さま?」
「そ、それは、そのぉ……」
昴はやはり挙動不審に視線を泳がせた後、小さく白い三角の嘴をパクパクさせながら、覚悟を決めた面持ちで話し始めた。
「単刀直入に申し上げます!」
「はい」
「あなたは、今日この時間この場所で、事故により――」
一花は手を握りしめ、緊張でぱさぱさに乾く喉を潤すようにゴクリと唾を呑み込む。
だってこれから自分が受けるのは、恐らく死の宣告に違いないと思っていたから。
「命を落としそうになった所を、運命の王子様により救われ、一命を取りとめるという定めを受けています」
「……え?」
運命の王子様? 救われる?
まだ上手に頭が働かなかったけれど、つまり自分は助かるという事なのかと拍子抜けした、が。
「ただ……運命や定めというモノに、絶対的な力はありません」
「絶対的な力?」
「今この瞬間、あなたを助けてくれる予定だった運命の王子様は現れませんでした」
「それって、どういう?」
「あなたの運命の王子様は、もうすでにお亡くなりになっているようです。よって、あなたの運命も軌道を変え、あなたの歩むこの世界での人生も、今この瞬間で終わりを告げるでしょう」
「え……えっ、えぇー!?」
つまり、本当は今日、運命の王子様と出会えるという人生の一大イベントがあったはずなのに、運命の王子様がなんらかの事情により一花よりも先に死んでしまったため、自分も助からずに……。
「そ、そんな、そんなことって、ありなんですか」
泣きたくなった。自分にも運命の王子様がちゃんといてくれたこと。
その相手はやはり勇ではなかったこと。
なのに、もう会えないなんて。恋も知らずに、自分はこのまま死んでしまうなんて。
そんな様々な感情が入り混じる。
「予定はあくまで予定であり、確定ではない。様々な可能性の中で気が付くと天より定められし運命とは別の道を行き、その時間軸での運命を歩むモノも多いのです。それもまた運命なのです」
昴は先程の挙動不審なヒヨコとは別人の静かな声で、一花を諭すようにそう教えてくれた。
でも、もう昴の行っていることの半分以上が、頭に入ってこなかった。
だって、結局それって……。
「わたし、やっぱりここでおわり……」
今までずっと心の奥底で張りつめていたなにかが、パリンと音を立てて砕けた気がした。
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