第3話 このままじゃ鳥籠の中の小鳥です
「ボクが可愛い一花をお茶しただけで帰すわけないじゃないか」
当然でしょうといった態度でじりじりと勇が迫ってくる。
「いやいやいやまだ嫁入り前ですので、健全にお家に帰してください」
一花は逃げ腰になりながらも、これ以上二人の距離が詰まってしまわぬよう警戒した。
「そんなに緊張しなくても、とって食ったりしないよ。大事なキミにそんなことするわけないじゃないか……(今のところは)」
爽やかな笑顔で言われても、ボソッとつぶやいた最後の【今のことろは】がばっちり聞こえたので少しも安心できない。
「ねえ、一花。キミはこのお見合いにより、今日から正式にボクの婚約者になるわけだけど」
「断る選択肢も欲しいんですけど……」
そんな一花の提案は笑顔で無視され、また一歩、二歩と勇が歩み寄ってくる。一花もそれに合わせ後退し、だがすぐに近くの木にトンと背をぶつけ追い詰められた。
「ボクの可愛い婚約者をあんなボロ小屋に住まわせるのは、あんまりにも哀れじゃないか。だから今日から一緒に暮らそう」
「わたしにはあの家が居心地いいんです!」
顔を赤くして気色ばむ一花を見て、勇は楽しそうに笑っている。
「ボクとの生活が楽しみ過ぎてそんなに興奮するなんて、キミって本当に可愛いよ」
(こわい、こわい、会話がいつも以上に成り立たない!?)
そっと頬を撫でられ鳥肌がたつ。
勇に触れられると、一花はいつもなぜだかそうなる。生理的に受け付けられないのだと思う。
「ふふ、顔が真っ赤だよ。照れないで」
「~~~~っ」
どこをどうとったら、そんなおめでたい答えを導けるのか。これは、照れているのではなく、怒りからくる赤らみだ。
「キミを一目見た瞬間、やっと見つけたと思ったんだ。これは運命なんだよ」
そっと耳朶に息をかけられ囁かれる。
得体のしれない恐怖から、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく体が固まり動けなかった。
「キミが穢されては大変だから、今日からボク以外の誰の目にも触れないように大切にこの場所で閉じ込めてあげる」
(この人、想像以上に狂ってる)
なぜ自分に、こんなに執着してくるのか分からないけれど、恐怖に駆られた一花は抵抗も出来ず、徐々に二人の距離は縮まって、互いの吐息が掛かるほど顔が近づいていた。
「ずっと探していたんだ。待ち続けていた、キミみたいな子を」
琥珀色の瞳に見つめられると、くらりと軽い眩暈がしてきて思考が一瞬ぼやける。
――このまま、わたしはこの人と。
それでいいのかもしれない……ぼんやりと無意識のうちに一花は彼を受け入れるよう瞳を閉じる。
この人を受け入れて、この人の婚約者になって……そのまま監禁生活?
ビリッと静電気のような刺激が一瞬体を巡り、一花はハッと目を開く。
(…………いやいや、そんなのだめでしょう! 冷静にならなきゃ)
今この男、さらりと監禁宣言したでしょう!?
「どう考えても、ムリです!」
「っ!!」
拒絶されると思っていなかったのか、勇は一花が両手で突き飛ばすと僅かによろけた。
その隙に彼の横をすり抜け走り出す。
このままでは、この屋敷に閉じ込められて鳥籠の中の小鳥状態になってしまうかもしれないのだ。そんなの嫌に決まっている。
冗談みたいな展開だけど、この男ならやりかねないと思って必至で走った。
大きな門をすり抜け、長い石造りの階段も転げ落ちるような速さで駆け下りる。
「一花、どうして逃げるんだい?」
後ろから楽しそうに追いかけてくる恐ろしい気配を感じるが、一花は振り向かないで走り続ける。
「ふふ、追いかけっこ? わかった、ボクに捕まえてほしいんだね」
「そんなわけあるかい!」
思わずツッコミを入れてしまったが、無駄な体力を消耗している場合じゃないと走り続ける。
だがしかし、人の気持ちを察すると言う言葉を知らない勇は、空気を読まず追いかけ続ける。
「これは運命なんだよ、一花。ボクたちは出会うべくして出会ったんだ」
「こんな運命の出会い、わたしはいりません!」
それは理屈じゃなくて、なんの根拠もなくて。でも分かる。この人は違うと。
本当に運命の王子様がいて、この小指の先には赤い糸で繋がった誰かがいて、ピンチの時に駆け付けてくれるのならば。
(助けて、私の王子様)
今、この瞬間、どうか現れて救ってください。そう一花が強く願った刹那だった。
「っ!?」
大きなクラクションの音に身を竦め、階段を駆け下り道に飛び出した一花は足を止め音のする方へ振り返った。
目の前に、大きなトラックが突っ込んでくる。
「危ないっ、一花!」
いつもとは違う、余裕のない勇の叫び声が遠くの方で聞こえた気がした。
でも一花は動けない。
目の前に迫りくる大きなトラックに圧倒され、微動だにできなかった。
田舎村の道、普段は車の一台だって滅多に通らないのに。
きっとこのまま、自分は死んじゃうんだと悟った。
――お兄ちゃん、ごめんね。
浮かんできたのは今朝笑顔で自分を見送ってくれた国彰の姿。
兄を独りぼっちにさせてしまう罪悪感を覚えながら、一花は静かに瞳を閉じた。
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