第10話 わたし大人の紳士がタイプなのですが
目の前にいるのは、濃紺の羽織を纏い、黒い帯どめを巻いた和装の……。
「えっと……」
一花は暗がりに目が慣れていないため、ちょっとした目の錯覚でも起こしたかと一度目を擦ってから、再度目の前にいる人影を確かめた、が。
「…………」
そして受け入れる「見間違いじゃない」と。
「こ、子供」
「それって、オレのこと?」
睨まれた。感情のない表情とアメジスト色の瞳にわずかな怒りの色が浮かぶ。
でも、怖くはない。
「だって、子供……」
脱力した声で、もう一度呟いてしまった。
目の前にいるのは、子供らしくない覇気のない表情をしているものの、尖った犬歯が妖魔っぽいものの……漆黒の髪の可愛い男の子だった。
身長も160cm弱の一花よりちょっぴり低くて華奢な痩躯をしている。
顔立ちは暗がりでみても分かるほどの美少年で……噂に聞いていた凶悪な雰囲気はない。
十二~十三歳程にしか見えないこんな少年に、大人たちは怯え震えあがっていたなんて信じられなかった。
「昴ちゃん、これはどういうこと」
一花は暁斗とやらへの対応をいったん止め、隣を浮遊する昴の方を向く。
「どういう事と言うのは?」
「だって、こんな子供が王子様なの? わたしの王子様、子供なの?」
そんな、まさかと驚愕だ。
今年で二十歳の自分としては、この幼さは恋愛対象外だし、間違って恋に落ちちゃっても犯罪になるんじゃないかとか、色々後ろめたさを感じてしまいそうだし。
「期待してたのに。人間じゃない代わりに、せめてかっこよくて頼りがいのある爽やかな大人の好青年を期待してたのに」
「落ち着いてください。ここは過去の世界なのですから。彼がまだ子供なのは仕方ないです。一花さんはお母さんのお腹の中にもいない時代なのですよ」
「そ、そう言われれば」
ちょっと期待しすぎて振り向いたものだから、思わぬ事態に取り乱してしまった。
「なにをブツブツ言ってるの、お姉さん」
一花は自分の目的を思い出し、もう一度暁斗の方を向く。
「えっと、暁斗くんだよね。お姉ちゃん、あなたを助けに」
来たのよっと言い終える前に、なんだか不快な声が突然割って入ってきた。
「そのお嬢さんから離れるんだ!」
「誰!」
暁斗が気配に警戒するより早く一花が暁斗を庇うように前へ出る。
殺気を感じたのだ。刺客の気配を。
「あなたは、勇さん……のはずないか」
現れた人物を見て一瞬そう思ったけれど、違うはずだ。
この世界に勇はいない。となれば、現れた目の前の青年は勇にそっくりな顔の雅だ。
「なぜここに?」
雅は、気遣わしげにこちらをみつめてくる。その後ろには、先程のババさまと小五郎の姿。
「一花さん、この人はババさまが都に頼み呼んだ退魔師だそうだ!」
「だいぶ前から頼んでおったのじゃが、ようやく来てくださった。もう安心じゃ。この村の村長としてこの方に助太刀を頼んだぞ」
ババさまが村長だったことにも驚いたが、そんなことより二人の気遣いはありがたい事なのだけれど、今は余計な事をと正直思った。
「ボクが来たからにはもう大丈夫。さあ、お嬢さんはこちらに!」
雅が手を差し伸べてくる。
暁斗のことを退治する気満々のようだ。困る、この状況。
こうなると察しが付く。やってきた退魔師の青年、そして倒される暁斗。
そうしたらこの村を救った勇者さまはこの人。つまり雅が勇のご先祖様だ。
(どうりで、勇さんにそっくりなわけだ)
「その美しい人から離れるんだ! 成敗する」
雅の殺気を感じたのか、暁斗も身構える。
「オマエに成敗されるいわれは」
「あなたに助けられるいわれはありません!」
「「は?」」
暁斗と、それにババさまと小五郎も声を揃えてきょとんとした。
頼もしく登場した勇者に向って小娘が啖呵をきったのだ。ここにいた誰も予想外の展開だったに違いない。
けれど雅は、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「可哀相に。その妖魔になにか脅されているんだね」
そう言って彼は腰に携えていた退魔用の刀を鞘から抜き、なんの躊躇もなく刃先を暁斗に向ける。
これはいけない。この場からどうにか逃げなければ、自分の戦闘能力だけでは太刀打ちできないと一花は判断した。
いったいどうしたら……無い知恵を絞って頭をフル回転させる。
迷っている暇はない。
今ここで雅に退治されるわけにはいかないし、暁斗にこれ以上人間と争わせるわけにもいかない。
誰にも被害が及ばない方法で乗り切るしか――
「よし……わたしを人質に逃げよう」
「は?」
一花は無抵抗だと伝える様に、暁斗に向って両手を広げた。
「ああ、かわいそうに。その妖魔に操られているんだね」
雅がいらぬ勘違いをして、小五郎とババさまも気遣わしげな眼差しで見てくる。
「今、ボクが救ってあげるから」
「救わなくって大丈夫ですので!」
余計なお世話だ。今にも斬りかかってきそうになった雅から逃れる様に、一花は暁斗の手を引き走り出す。
「近づかないで。近づいたら、人質になったわたしの命が危ないんだから!」
「オマエ、バカ?」
暁斗が半眼でこちらを見てくる。そんな目で見ないでほしいが、今は引けない。
「いいから、ここは大人しく逃げるの!」
「オレがあんなやつらに負けるわけないだろ」
「とにかく戦っちゃダメ!」
(負けちゃったから、未来で出逢えなかったんだよ!)
と言いたい気持ちをぐっと堪える。
後ろから追いかけてくる足音を引き離すべく、一花は強引に暁斗の手を引きながら薄暗い林の中を走り続けた。
「お姉さん、何者?」
「それは……」
訝しい目で見られても、本当のことは言えなくて口ごもる。
(だって、言えないよ。こんな年下の男の子に、あたなの運命の相手です、なんて……)
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